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クソゲーがしてえ!  作者: 濱野乱
導かれし俺ら~取説編~
7/128

KUSOGEACH

コントローラーを握らなければ お前を守れない

コントローラーを握ったままでは お前を抱きしめられない


俺とアテナが、桟橋で互いの手の感触を確かめ合っていると、

 

 ドドドドド!!!


勇ましく疾駆する足音が背後から迫ってきた。

真っ先に、俺が振り返る。

マントを被った怪人物がみるみる距離を詰めてくる。その勢いのまま、アテナにぶつかろうとしていた。

「危ない!」


俺はとっさにアテナを庇い、襲撃者を掴みにかかる。襲撃者は俺の腰くらいしか、身長がない。子供みたいだ。これなら楽勝だなと、たかをくくった。


ところが襲撃者は俺の片腕を難なく取り、背中に背負い込むように放り投げた。体躯が違いすぎるにもかかわらず、あっけなく俺は宙を舞い、海へと落下する。

「なん……、だと」


格闘の際、マントに隠れていた顔が一瞬だけのぞく。黒い眼帯をしたアッシュブロンドの少女だった。

少女はアテナを指さし、けたたましく笑った。


「BITCH,BITCH,KUSOBITCH! HAHAHA!」

正気とは思えない哄笑を残し、少女は走り去った。


アテナは呆気にとられ、しばらく身動きがとれないでいるようだった。

俺は、水面下でもがき苦しんでいた。波は穏やかに見えたが、入ってみれば四肢の自由を奪うようにからみついてきた。

「ア、アテ……ナ」


助けを呼ぼうとして、海水を飲んでしまう。

アテナは俺のことなど気にもとめず、きびすを返して、桟橋を離れてしまった。

俺はその後、騒ぎを聞きつけた漁師に助け出された。危うく海の藻屑になるところだったのだ。靴は片方なくしたし、惨めさが口いっぱいに広がっていた。

「ア、アテナ、どうして・・・・・・」

アテナは俺を見捨てたのか。あいつの言うとおり、おんぶにだっこって、訳にはいかないだろう。でも、その場を黙って離れるなんて、ひどいすぎる。

漁師のおじさんに、長靴をもらった。命の恩人だ。

おじさんにアテナの向かった方向を聞くと、水揚げされた魚の仕分け場へ行くのを見かけたと教えてくれた。

アテナがまた襲われてるかもしれない。一応様子は気になる。俺は後を追った。

魚の仕分け場は、海鮮丼を食べた飯屋の側にあった。海猫が、鳴きながらうろついている。

屋根つきの建物は、太い柱が三本だけある空間だ。せいぜい学校の体育館の半分くらいの面積くらいしかない。空の木箱が隅に重ねて置いてあった。生臭い臭いが鼻をつく。

建物の中央に、アテナが一人ぽつんと立っている。背中を向けているので、声をかけようとした。

「アテナね、寂しかったの」

媚びるようにアテナが、口を開いた。

それって、俺に構って欲しかったってことなのか。愛情の裏返しで冷たくしたのか。そんな態度取られたら、怒るに怒れねえよ。俺はだらしなく口元を緩め、そっと背後から近寄っていった。

「ア・・・・・・」

「もうどこにも行っちゃ、やだよ。ショータ君」

アテナは下を向き、ぼそぼそ喋っている。誰かいるのか。俺は声をかけるのをやめ、耳をそばだてた。

「あまり僕を困らせないでください、アテナさん。また戦いに行かなくちゃいけないのに」

アテナの声じゃない誰かの声がする。どこにいるんだろう。声変わりしていない少年のもののようだ。

「じゃあ、もっと困らせちゃう。アテナ必殺の、ぱふぱふ攻撃! えい、ぱふぱふ・・・・・・」

「ふわぁぁ・・・・・・」

アテナが体をこぎざみに揺すっている。これがぱふぱふ。俺が望んでやまなかったことを第三者がされている。

俺はアテナの肩をたたいた。

「アテナ? そこに誰かいるの?」

アテナが顔をひきつらせ、振り返る。

アテナの他には誰もいない。俺が怪訝に思っていると、マントの前が開いて、小さな顔が現れた。

年端もいかない金髪の少年だ。中性的な顔立ちで、くりくりした碧眼を俺に注いでいる。

「知り合いですか? アテナさん」

アテナのマントにすっぽりくるまったまま、少年が訊ねた。

何故か、不自然に目を泳がすアテナ。

「し、知ーらない。さっきそこで、しつこくナンパされたの。断っても、つきまとわれるし、手も握られちゃった。困っちゃーう」

俺は頭を抱えたくなった。

よしんば他人のふりをしたいにしても、もう少しましな方法があるんじゃなかろうか。邪険に扱われた俺は、知らず恐ろしい顔をしていたようだ。

「あのー、この女性は、やめた方がいいと思いますよ」

少年が無邪気な瞳を俺に向けている。窘めるような言い方が、俺のかんに障る。

「うるせえ、ガキは黙ってろ。俺はアテナと話してるんだ」

アテナは困ったように眉を曲げ、少年をマントに入れたままだ。俺にはそんなことしてくれたことないのに。

「少し頭に血が上っているようですね」

少年が全身を露わにする。白い羽織袴に太刀をはいている。きつく結びあわせた唇がぷりぷりで、新雪のような肌と相まって、妖しい色香を感じさせた。

俺が不覚にも見とれていると、少年が太刀の柄に手をかけた。かちゃ、という金属のこすれる音が危機感を与える。

「こんなことはしたくないんですが、アテナさんが困ってますし、つきまとうのはやめてもらえませんか?」

つきまとわれたのは、俺の方だ。アテナの不条理にはなれたつもりだったが、今回は我慢ならん。それ以上にこの小僧が許せん。俺より先にぱふぱふをしてもらっていたのだ。

少年は俺が退かないのを見て取り、やれやれとため息をつき、太刀を抜いた。多分、業物の類なんだろう。刀身がゆらめくような危うい光を帯びる。

「やろうってのか?」

「ええ、あなたが退かないのがいけないんです。命までは取りませんよ」

右手だけで刀を握って、舐めくさっている。絶対自分は負けないという自信があるようだ。俺より強いのは確かだろうさ。だが、刀から片手を離すなんて、素人丸だしなんじゃないのか。

「おい、知ってるか? 刀ってのは両手で握った方が強いんだぜ」

少年は妖艶な笑みを浮かべる。調子狂うな。

「知ってます。でもこの”安綱”は、打ち刀じゃありませんから片手用なんです。VAFで両手持ちの武器は、リスクが高いので好まれません」

この戦いなれた感じが鼻につくんだよな。だとしたら、余計に俺の勝ちは薄いけど、負けられない。Drカトーみたいな化け物に序盤で会ったおかげで、度胸は少しついたみたいだ。

少年が足をわずかに上げた。

俺が取るべき法則は、先手必勝しかない。右手を突き出すようにして、突進した。突進と言えば聞こえはいいが、足はまめだらけで、長靴のため、のろのろと近寄ったに過ぎない。

少年にとって、俺の蛮勇は意外だったようだ。刀でおどすだけのつもりだったから、身動きが取れずにいる。

一発ぶん殴る。

意気高く接近した俺だったが、その考えは間違いだったかもしれない。

「よかったです。先に手を出して頂けて」

尋常じゃない覇気に俺は気圧される。こいつ、ただの子供じゃない。

「右腕、もらいますね」

舌なめずりし、太刀を振るう姿は、悪鬼羅刹そのもの。

化け物ばっかりかよ。このクソゲー。

 

 (2)


少年が太刀を振るうと同時に、周囲を揺るがす衝撃が俺を襲う。

斬撃を食らえば、多分右腕どころじゃすまない。全身まっぷたつになるんじゃないか。頭でわかっていても、腕を引かなかった。

刀と俺の右手が真正面から衝突する。雷のような光が破片のようにほどばしる。建物が軋んだ。

俺の右腕は、切断されなかった。それどころか、刀身を人差し指と中指で掴んでいたのだ。

俺が驚くのは当然として、一番驚いたのは、刀を振るった当人だった。天変地異でも起こったように目を丸くしたるんだもの、笑っちゃうよ。ルーキーに自慢の一撃を止められちゃ、そりゃへこむよな。

とりあえず細かいことはどうでもいい。俺が今しなくちゃならないのは、この坊ちゃんをぶっ飛ばすことだけだ。

と思ったんだけど、こいつ本当に男なのか。近くでまじまじと見ると、肌の肌理は細かいし、頼りない骨格してるじゃないか。ショックで目が潤んでるし、俺悪いことしちゃったのかもしれない。

「隙だらけですよ、お兄さん」

少年は刀を離し、回し蹴りを放った。俺は全く反応できずに吹き飛ばされ、木箱に背中から突っ込んだ。

少年は落ち着いて太刀を拾い、点検をしている。

右腕の激痛で、立ち上がれない。頭もふらふらしてる。やっぱりすごく強いんだ、こいつ。

でもなんで、さっきは刀を止められたんだろう。明確な意志をもって、刀を止めたわけじゃなかった。もしかして俺にもチートみたいな能力が? 確か”しぎ”ってスキルがあったよな。あれってすごいのかも。

アテナは、白々しい目つきで死闘を眺めていたが、俺が倒れると、いそいそと少年の元に駆け寄った。

もう俺、情けなくて涙がでてきた。こんな子供にも勝てないし、アテナはよくわかんねえし。

アテナがなにやら、少年に耳打ちした。

「えっ! アテナさん、この人と知り合いだったんですか?」

少年が驚愕する。そうだよ、なんでさっきは他人のふりしたんだよ。俺は恨めしそうな視線をアテナに送る。

「だってぇ、ショータ君にタロウのこと誤解されちゃうと思って」

「お前!」

俺が怒鳴り散らすと、アテナはショータの背後に隠れるようにそそくさ移動する。

「アテナにとって、俺は何なんだよ。そいつの方が、大事なのか?」

ショータとぴったりくっついているアテナの表情は読めない。

今回のことは腹に据えかねた。俺は失望して、一人で建物の外に出た。

「待ってくださーい!」

数メートル先まで歩いたところで、ショータに追いつかれた。先ほどとは打って変わり、人なつっこくからんでくる。

「まだなんか用か? お前にはまだ勝てねえからよ、修行でもしてくるわ」 

「そんなこと言わないでくださいよ、結構いい線いってましたよ、タロウさん」

小さい手をきゅっと固めて、俺を励ましてくれる。クソ、可愛いじゃねえか。

「そ、そうか? お前もマジですごいよ。LV聞いてもいいか?」

「76です」

はあ、76か。どうりで強いわけだ。でも、LV1でその攻撃に耐えた俺も、まんざらでもないのかもな。

「さっきは、すみませんでした。僕がもう少し話を聞いていれば・・・・・・」

「いいって、気にすんな。悪いのは全部アテナだ」

ショータの柔な頭髪の上に手を置く。そんなに顔を曇らされたら、俺の方が困っちまう。

「アテナさんは、タロウさんの実力を試したかったんだと思います」

「そんなこと言ったって、俺LV1の盗賊よ。何ができるって・・・・・・」

ショータの太刀を止めたのは、まぐれじゃなかったってことか。アテナはそれを確かめたくて、一芝居打った。

「だとしたら、タチ悪いな」

「ええ、アテナさんは、悪い人です。お互いタチの悪い女性に引っかかりましたね」

俺は疑問を呈するように、ショータを見下ろした。

「僕、アテナさんが好きなんです。一人の女性として愛しています」

太陽みたいな誇らしい顔するなよ。まぶしい。

「・・・・・・、俺は違う。あんなビッチは好みじゃない」

「そうでしたか。僕の思い違いでした」

ビッチのところは否定しないのか。もう女なんて信用できそうにない。

「腕痛みせん? 本気で蹴ってしまいましたから」

「ああ、まあ、気にすんな。そのうち治るよ」

ショータが俺の腕に触れる。アテナより作りの小さな手だ。男らしいごつごつした感じは微塵もない。

「タロウさんの腕、男らしいです。僕、細いから憧れるなあ」

ふわふわした指が、俺の腕を懸命に撫でさすっている。マッサージの心得があるのか、俺の体はすぐにぽかぽかしてきた。

「いたいのいたいの飛んでけー!」

突然万歳して、大声を上げるショータ。

もう男でもよ・・・・・・、くないか。

俺の煩悩に反応したかのように、謎のファンファーレが鳴り響いた。

 

タロウのクソゲー値が上がりました!

 

というウインドウが手元に表示された。

それを確認したショータが、俺の胸に飛び込んできた。肩抱いていいの? いや、男だし、いいんだよな。むしろやらないといけないな。変な逡巡しなくちゃいけないのが悩ましい。

「タロウさん、おめでとうございます。クソゲー値があがりましたよ!」

顔真っ赤にして、興奮してるショータ。ぴょんぴょん跳ねて、近いよ顔が。なんでこいつこんなケーキみたいな甘ったるい良い匂いするの。首細いし、着物はだけそうになってる。鎖骨見えそう。

「聞いてるんですか! タロウさん!」 

「あ、ああ・・・・・・聞いてるよ」

俺は、上の空である。クソゲー値なるものが何なのかのより、ショータの性別が気になって仕方ない。これがショタか。

「クソゲー値とは隠しパラメーターなんです。クソゲーらしい行動をすると加算されます。どうやったんですか?」

無垢な顔で聞かないでくれ。男に萌えたなんて口が裂けても言えるものか。

「教えてくださいよー、ねーぇ?」

首を傾げて上目遣いをしつつ、俺の体にしがみつく。こいつ、自分が一番魅力的に見える角度を知ってやがるな。女子か。

「いやああああああああああ!?」 

遅まきにやってきたアテナが絶叫する。俺たち、そんな危険な光景になってるの?

「ショータ君が、タロウに寝取られてる・・・・・・、こんなはずでは」

こんなに狼狽えるアテナ初めて見た。少し気が晴れる。

「どうだ、許してほしいか?」

俺の精一杯の譲歩を、アテナは鼻で笑い飛ばす。

「タロウの許可? そんなの認められないわぁ」

俺の胸で猫のように甘えるショータを、アテナが力ずくで引きはがす。一瞬の早業だった。

「ショータ君! こっち来なさい。ぱふぱふしてあげるから」

ぱふぱふと聞くや、ショータの目の色が変わる。

「わーい。でも・・・・・・・、クソゲー値が・・・・・・、ふわぁぁぁ」

すっぽりとマントにくるまれ、ぱふぱふを受けるショータは、どんな顔をしてるんだろう。

俺が恋こがれてやまなかったぱふぱふは、ショータのもの。やっと俺は負けを認める気になったのだった。 

  

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