KUSOGEACH
コントローラーを握らなければ お前を守れない
コントローラーを握ったままでは お前を抱きしめられない
俺とアテナが、桟橋で互いの手の感触を確かめ合っていると、
ドドドドド!!!
勇ましく疾駆する足音が背後から迫ってきた。
真っ先に、俺が振り返る。
マントを被った怪人物がみるみる距離を詰めてくる。その勢いのまま、アテナにぶつかろうとしていた。
「危ない!」
俺はとっさにアテナを庇い、襲撃者を掴みにかかる。襲撃者は俺の腰くらいしか、身長がない。子供みたいだ。これなら楽勝だなと、たかをくくった。
ところが襲撃者は俺の片腕を難なく取り、背中に背負い込むように放り投げた。体躯が違いすぎるにもかかわらず、あっけなく俺は宙を舞い、海へと落下する。
「なん……、だと」
格闘の際、マントに隠れていた顔が一瞬だけのぞく。黒い眼帯をしたアッシュブロンドの少女だった。
少女はアテナを指さし、けたたましく笑った。
「BITCH,BITCH,KUSOBITCH! HAHAHA!」
正気とは思えない哄笑を残し、少女は走り去った。
アテナは呆気にとられ、しばらく身動きがとれないでいるようだった。
俺は、水面下でもがき苦しんでいた。波は穏やかに見えたが、入ってみれば四肢の自由を奪うようにからみついてきた。
「ア、アテ……ナ」
助けを呼ぼうとして、海水を飲んでしまう。
アテナは俺のことなど気にもとめず、きびすを返して、桟橋を離れてしまった。
俺はその後、騒ぎを聞きつけた漁師に助け出された。危うく海の藻屑になるところだったのだ。靴は片方なくしたし、惨めさが口いっぱいに広がっていた。
「ア、アテナ、どうして・・・・・・」
アテナは俺を見捨てたのか。あいつの言うとおり、おんぶにだっこって、訳にはいかないだろう。でも、その場を黙って離れるなんて、ひどいすぎる。
漁師のおじさんに、長靴をもらった。命の恩人だ。
おじさんにアテナの向かった方向を聞くと、水揚げされた魚の仕分け場へ行くのを見かけたと教えてくれた。
アテナがまた襲われてるかもしれない。一応様子は気になる。俺は後を追った。
魚の仕分け場は、海鮮丼を食べた飯屋の側にあった。海猫が、鳴きながらうろついている。
屋根つきの建物は、太い柱が三本だけある空間だ。せいぜい学校の体育館の半分くらいの面積くらいしかない。空の木箱が隅に重ねて置いてあった。生臭い臭いが鼻をつく。
建物の中央に、アテナが一人ぽつんと立っている。背中を向けているので、声をかけようとした。
「アテナね、寂しかったの」
媚びるようにアテナが、口を開いた。
それって、俺に構って欲しかったってことなのか。愛情の裏返しで冷たくしたのか。そんな態度取られたら、怒るに怒れねえよ。俺はだらしなく口元を緩め、そっと背後から近寄っていった。
「ア・・・・・・」
「もうどこにも行っちゃ、やだよ。ショータ君」
アテナは下を向き、ぼそぼそ喋っている。誰かいるのか。俺は声をかけるのをやめ、耳をそばだてた。
「あまり僕を困らせないでください、アテナさん。また戦いに行かなくちゃいけないのに」
アテナの声じゃない誰かの声がする。どこにいるんだろう。声変わりしていない少年のもののようだ。
「じゃあ、もっと困らせちゃう。アテナ必殺の、ぱふぱふ攻撃! えい、ぱふぱふ・・・・・・」
「ふわぁぁ・・・・・・」
アテナが体をこぎざみに揺すっている。これがぱふぱふ。俺が望んでやまなかったことを第三者がされている。
俺はアテナの肩をたたいた。
「アテナ? そこに誰かいるの?」
アテナが顔をひきつらせ、振り返る。
アテナの他には誰もいない。俺が怪訝に思っていると、マントの前が開いて、小さな顔が現れた。
年端もいかない金髪の少年だ。中性的な顔立ちで、くりくりした碧眼を俺に注いでいる。
「知り合いですか? アテナさん」
アテナのマントにすっぽりくるまったまま、少年が訊ねた。
何故か、不自然に目を泳がすアテナ。
「し、知ーらない。さっきそこで、しつこくナンパされたの。断っても、つきまとわれるし、手も握られちゃった。困っちゃーう」
俺は頭を抱えたくなった。
よしんば他人のふりをしたいにしても、もう少しましな方法があるんじゃなかろうか。邪険に扱われた俺は、知らず恐ろしい顔をしていたようだ。
「あのー、この女性は、やめた方がいいと思いますよ」
少年が無邪気な瞳を俺に向けている。窘めるような言い方が、俺のかんに障る。
「うるせえ、ガキは黙ってろ。俺はアテナと話してるんだ」
アテナは困ったように眉を曲げ、少年をマントに入れたままだ。俺にはそんなことしてくれたことないのに。
「少し頭に血が上っているようですね」
少年が全身を露わにする。白い羽織袴に太刀をはいている。きつく結びあわせた唇がぷりぷりで、新雪のような肌と相まって、妖しい色香を感じさせた。
俺が不覚にも見とれていると、少年が太刀の柄に手をかけた。かちゃ、という金属のこすれる音が危機感を与える。
「こんなことはしたくないんですが、アテナさんが困ってますし、つきまとうのはやめてもらえませんか?」
つきまとわれたのは、俺の方だ。アテナの不条理にはなれたつもりだったが、今回は我慢ならん。それ以上にこの小僧が許せん。俺より先にぱふぱふをしてもらっていたのだ。
少年は俺が退かないのを見て取り、やれやれとため息をつき、太刀を抜いた。多分、業物の類なんだろう。刀身がゆらめくような危うい光を帯びる。
「やろうってのか?」
「ええ、あなたが退かないのがいけないんです。命までは取りませんよ」
右手だけで刀を握って、舐めくさっている。絶対自分は負けないという自信があるようだ。俺より強いのは確かだろうさ。だが、刀から片手を離すなんて、素人丸だしなんじゃないのか。
「おい、知ってるか? 刀ってのは両手で握った方が強いんだぜ」
少年は妖艶な笑みを浮かべる。調子狂うな。
「知ってます。でもこの”安綱”は、打ち刀じゃありませんから片手用なんです。VAFで両手持ちの武器は、リスクが高いので好まれません」
この戦いなれた感じが鼻につくんだよな。だとしたら、余計に俺の勝ちは薄いけど、負けられない。Drカトーみたいな化け物に序盤で会ったおかげで、度胸は少しついたみたいだ。
少年が足をわずかに上げた。
俺が取るべき法則は、先手必勝しかない。右手を突き出すようにして、突進した。突進と言えば聞こえはいいが、足はまめだらけで、長靴のため、のろのろと近寄ったに過ぎない。
少年にとって、俺の蛮勇は意外だったようだ。刀でおどすだけのつもりだったから、身動きが取れずにいる。
一発ぶん殴る。
意気高く接近した俺だったが、その考えは間違いだったかもしれない。
「よかったです。先に手を出して頂けて」
尋常じゃない覇気に俺は気圧される。こいつ、ただの子供じゃない。
「右腕、もらいますね」
舌なめずりし、太刀を振るう姿は、悪鬼羅刹そのもの。
化け物ばっかりかよ。このクソゲー。
(2)
少年が太刀を振るうと同時に、周囲を揺るがす衝撃が俺を襲う。
斬撃を食らえば、多分右腕どころじゃすまない。全身まっぷたつになるんじゃないか。頭でわかっていても、腕を引かなかった。
刀と俺の右手が真正面から衝突する。雷のような光が破片のようにほどばしる。建物が軋んだ。
俺の右腕は、切断されなかった。それどころか、刀身を人差し指と中指で掴んでいたのだ。
俺が驚くのは当然として、一番驚いたのは、刀を振るった当人だった。天変地異でも起こったように目を丸くしたるんだもの、笑っちゃうよ。ルーキーに自慢の一撃を止められちゃ、そりゃへこむよな。
とりあえず細かいことはどうでもいい。俺が今しなくちゃならないのは、この坊ちゃんをぶっ飛ばすことだけだ。
と思ったんだけど、こいつ本当に男なのか。近くでまじまじと見ると、肌の肌理は細かいし、頼りない骨格してるじゃないか。ショックで目が潤んでるし、俺悪いことしちゃったのかもしれない。
「隙だらけですよ、お兄さん」
少年は刀を離し、回し蹴りを放った。俺は全く反応できずに吹き飛ばされ、木箱に背中から突っ込んだ。
少年は落ち着いて太刀を拾い、点検をしている。
右腕の激痛で、立ち上がれない。頭もふらふらしてる。やっぱりすごく強いんだ、こいつ。
でもなんで、さっきは刀を止められたんだろう。明確な意志をもって、刀を止めたわけじゃなかった。もしかして俺にもチートみたいな能力が? 確か”しぎ”ってスキルがあったよな。あれってすごいのかも。
アテナは、白々しい目つきで死闘を眺めていたが、俺が倒れると、いそいそと少年の元に駆け寄った。
もう俺、情けなくて涙がでてきた。こんな子供にも勝てないし、アテナはよくわかんねえし。
アテナがなにやら、少年に耳打ちした。
「えっ! アテナさん、この人と知り合いだったんですか?」
少年が驚愕する。そうだよ、なんでさっきは他人のふりしたんだよ。俺は恨めしそうな視線をアテナに送る。
「だってぇ、ショータ君にタロウのこと誤解されちゃうと思って」
「お前!」
俺が怒鳴り散らすと、アテナはショータの背後に隠れるようにそそくさ移動する。
「アテナにとって、俺は何なんだよ。そいつの方が、大事なのか?」
ショータとぴったりくっついているアテナの表情は読めない。
今回のことは腹に据えかねた。俺は失望して、一人で建物の外に出た。
「待ってくださーい!」
数メートル先まで歩いたところで、ショータに追いつかれた。先ほどとは打って変わり、人なつっこくからんでくる。
「まだなんか用か? お前にはまだ勝てねえからよ、修行でもしてくるわ」
「そんなこと言わないでくださいよ、結構いい線いってましたよ、タロウさん」
小さい手をきゅっと固めて、俺を励ましてくれる。クソ、可愛いじゃねえか。
「そ、そうか? お前もマジですごいよ。LV聞いてもいいか?」
「76です」
はあ、76か。どうりで強いわけだ。でも、LV1でその攻撃に耐えた俺も、まんざらでもないのかもな。
「さっきは、すみませんでした。僕がもう少し話を聞いていれば・・・・・・」
「いいって、気にすんな。悪いのは全部アテナだ」
ショータの柔な頭髪の上に手を置く。そんなに顔を曇らされたら、俺の方が困っちまう。
「アテナさんは、タロウさんの実力を試したかったんだと思います」
「そんなこと言ったって、俺LV1の盗賊よ。何ができるって・・・・・・」
ショータの太刀を止めたのは、まぐれじゃなかったってことか。アテナはそれを確かめたくて、一芝居打った。
「だとしたら、タチ悪いな」
「ええ、アテナさんは、悪い人です。お互いタチの悪い女性に引っかかりましたね」
俺は疑問を呈するように、ショータを見下ろした。
「僕、アテナさんが好きなんです。一人の女性として愛しています」
太陽みたいな誇らしい顔するなよ。まぶしい。
「・・・・・・、俺は違う。あんなビッチは好みじゃない」
「そうでしたか。僕の思い違いでした」
ビッチのところは否定しないのか。もう女なんて信用できそうにない。
「腕痛みせん? 本気で蹴ってしまいましたから」
「ああ、まあ、気にすんな。そのうち治るよ」
ショータが俺の腕に触れる。アテナより作りの小さな手だ。男らしいごつごつした感じは微塵もない。
「タロウさんの腕、男らしいです。僕、細いから憧れるなあ」
ふわふわした指が、俺の腕を懸命に撫でさすっている。マッサージの心得があるのか、俺の体はすぐにぽかぽかしてきた。
「いたいのいたいの飛んでけー!」
突然万歳して、大声を上げるショータ。
もう男でもよ・・・・・・、くないか。
俺の煩悩に反応したかのように、謎のファンファーレが鳴り響いた。
タロウのクソゲー値が上がりました!
というウインドウが手元に表示された。
それを確認したショータが、俺の胸に飛び込んできた。肩抱いていいの? いや、男だし、いいんだよな。むしろやらないといけないな。変な逡巡しなくちゃいけないのが悩ましい。
「タロウさん、おめでとうございます。クソゲー値があがりましたよ!」
顔真っ赤にして、興奮してるショータ。ぴょんぴょん跳ねて、近いよ顔が。なんでこいつこんなケーキみたいな甘ったるい良い匂いするの。首細いし、着物はだけそうになってる。鎖骨見えそう。
「聞いてるんですか! タロウさん!」
「あ、ああ・・・・・・聞いてるよ」
俺は、上の空である。クソゲー値なるものが何なのかのより、ショータの性別が気になって仕方ない。これがショタか。
「クソゲー値とは隠しパラメーターなんです。クソゲーらしい行動をすると加算されます。どうやったんですか?」
無垢な顔で聞かないでくれ。男に萌えたなんて口が裂けても言えるものか。
「教えてくださいよー、ねーぇ?」
首を傾げて上目遣いをしつつ、俺の体にしがみつく。こいつ、自分が一番魅力的に見える角度を知ってやがるな。女子か。
「いやああああああああああ!?」
遅まきにやってきたアテナが絶叫する。俺たち、そんな危険な光景になってるの?
「ショータ君が、タロウに寝取られてる・・・・・・、こんなはずでは」
こんなに狼狽えるアテナ初めて見た。少し気が晴れる。
「どうだ、許してほしいか?」
俺の精一杯の譲歩を、アテナは鼻で笑い飛ばす。
「タロウの許可? そんなの認められないわぁ」
俺の胸で猫のように甘えるショータを、アテナが力ずくで引きはがす。一瞬の早業だった。
「ショータ君! こっち来なさい。ぱふぱふしてあげるから」
ぱふぱふと聞くや、ショータの目の色が変わる。
「わーい。でも・・・・・・・、クソゲー値が・・・・・・、ふわぁぁぁ」
すっぽりとマントにくるまれ、ぱふぱふを受けるショータは、どんな顔をしてるんだろう。
俺が恋こがれてやまなかったぱふぱふは、ショータのもの。やっと俺は負けを認める気になったのだった。