クソゲーロード~なんでもないような場所のインフラを整備したことで僕らは幸せになったと思う〜
「君は、焦り過ぎたのですよ、少年。なあに、大丈夫、巻き返しはできます」
その男の慰撫するような言葉は、俺の傷心に深く沁みいった。
母さん、お元気ですか?
俺は今、異世界で知らないおじさんと、たき火を囲っているよ。
夜天に、緋色の月が冴えている。円形でどこか懐かしさを覚える形だ。この世界の月は、俺たちの世界の月と形は同じものの、濃い光を放ち、人の顔もはっきり照らしてくれる。でもこの光を見つめていると、不安が募ってくるんだ。
俺は小枝を、火の中にくべた。
火の向こう側で、どっかり腰をおろしているのは、燕尾服を着た恰幅のいい男だ。頭に小粋なシルクハットを載せ、口の周りに白髭をたくわえている。
彼は、Drカトーと名乗った。年は五十代から六十くらいに思ったが、動作は俺より俊敏だ。熟練の冒険者なんだろう。
俺がこうしてここにいるからには、現実への逃避が失敗に終わったと、白状しなくちゃならない。
アテナに愛想を尽かした俺は、夢の祠から逃げ出したのだ。
だが、錯乱状態に陥った俺は、危うくスライムに食われそうになった。それを救ってくれたのが、カトーなんだ。
今、俺たちは王都に続く街道の近くにいる。街道沿いには、立方体の箱が点々と置かれ光を灯している。
歩行者のためというより、魔物よけの意味合いが強い。
あのスライムは特定の波長の光に弱く、あの箱がある限り街道には近寄ってこないようだ。
街道は、ウナギロードと呼ばれている。付近にウナギの養殖場があり、それを輸出することで、王都ハテナイは外貨を稼いでいるとカトーは教えてくれた。
ああ、何の話してたっけ。アテナがいかにひどい女かわかってもらおうとしてたんだっけな。
「女心なんてわかりませんや、カトーさん。あいつは、こう、ウナギみたいな女なんです」
俺がいくらしょうもない愚痴を言ってみても、カトーは馬鹿正直に頷いてくれた。まるで牧師さんみたいな安心感があった。
「ウナギみたいですとな。それは言い得て妙なり。左様、君の言う通り、女は捕まえようとすればするほど逃げるものなんですな。でも捕まえようとしなければ、捕まらんというのもまた、真理なわけで」
「じゃあ、押せ押せどんどんでいいんですか? でも嫌われないかなあ、がっついてると思われたりして」
俺は、アテナと仲直りしたくなった。向こうにあまり非はないわけだし、現実に戻れる算段がつかない以上、アテナに頼るしかないのが実状だった。
「昨今は、草食系男子などがもてはやされておりますが、何も考えないのがよろしい。若いうちの多少の無茶は、いずれ酒の肴になるもんですよ」
押しても引いても、びくともしない気がするんだけどな。VAFもアテナも。
「カトーさんは、こんな世界に閉じこめられて帰りたいと思わないんですか?」
カトーの今の姿もアバターである。ゲームによって作られた虚構に過ぎないのだ。俺と同じ理不尽に巻き込まれた被害者として、意見を聞きたかった。
「いや、お恥ずかしい話、私はいわゆる廃課金者という奴で、稼いだ給料のほとんどをこのゲームにつぎ込んでいたんですよ。なので、あまり現実に未練はありませんな。セカンドライフをエンジョイするつもりでおりますよ、がははは」
カトーは大きな口を開け笑う。この人の笑い声、機関銃みたいにすごい響くんだよ。魔物に気づかれるんじゃないかってひやひやしたね。俺はカトーみたいに割り切れない。現実には絶対帰るつもりでいる。
「それにね、君、案外こっちが現実かもしれませんよ。我々が現実だと思っていた方は、夢幻だったのです。私には、VAFの方がよほど生きている実感を与えてくれます」
確か、荘子だったか。意識は、夢で見た蝶が自分か、起きている人間の姿が自分かは、厳密に判別できない。案外、カトーの言い分も的外れではないのかもな。
「確かに。こっちの世界にも良い女はいますからね。振られたけど」
「おや、あきらめるのはまだ早い。男は、一度振られてからが勝負です」
カトーはいたずらっぽくウインクした。このオヤジ、マジでポジティブだな。見習いたいくらいだよ。
「タロウ君、君は既に私のトモダチです。そんな君がしょげているのは見過ごせない。そこでね・・・・・・」
カトーは、皮袋の中から一冊の雑誌らしきものを、取り出した。A4サイズで、神官生活というタイトルがついている。表紙は、なんと・・・・・・
「アテナ!」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げ、飛び上がってしまった。
雑誌の表紙になっているのは、見間違うはずもないあのアテナだ。南国らしき浜辺を背景に白いビキニを着て、楽しそうにはしゃぐ姿を切り取ったものと思われる。
21歳 ワガママ魅ボディの作り方とか、意味分からん見出しが踊ってるぞ。けしからん。
俺はなるたけ、雑誌から目を遠ざけて訊ねる。
「Drカトー・・・・・・、この一見お堅いようで、卑猥な雑誌は一体?」
「興味をもたれたようで、何よりです。この本はですね、本来、神官の地味な活動を載せた広報の役割を担っていました。しかし、それだけでは売り上げは伸びません。そこで苦肉の策として、白羽の矢が立ったのが彼女です」
忘れそうになるけど、アテナって神官だった。グラビアの仕事までやらされるんだ。結構楽しそうに見えるけど。
雑誌は、大衆紙みたいな内容がほとんどだ。やれ、どこそこの王子が結婚するだの。ゴシップが多い。あと、化粧品の広告とか。こっちの世界でもこういうのあるんだ。後ろの方に神官の求職情報や、表彰を受けた地域の紹介がある。神官の評価って、当たり前だけどいかに死人を出さないかっていうダメージコントロールに力点がおかれてるみたいだ。そのためのサポートは、職業相談とか、クエストの受注など多岐に渡る。結構ヘビーな話が載っていて、アテナは本当に職務を果たしているんだろうかと心配になってきた。
見開き1ページで、アテナのインタビュー記事が載せられている。インタビューアーとの対談方式だ。
美しすぎる女性神官アテナ~仕事に懸ける情熱の原点とは~
「私の偏見かもしれませんが、神官というと、厳めしい顔の男性というイメージが思い浮かびます」
「そうですねぇ、アテナもそういう風に見られるのは仕方ないことだとー、思うんですけどぉ。女性活躍が叫ばれてますから、少しずつ変えていけたらって思います☆」
「若干17歳で、神官になられたとお伺いしています。最年少記録だそうですね。しかも女性初。神官になろうと思ったきっかけは?」
「はい、アテナの家は貧しいけど子沢山で、兄弟がたくさんいるんです。その子たちを食べさせなくちゃと頑張ろうと思いました」
「ご家族も鼻が高いでしょう。現在の赴任地と出身地は離れた場所にあるんですね。ご自身で希望されたんですか?」
「いえ、赴任地は自分で決められません。仕事ですから仕方ないですよ。仕送りはちゃんとしてます」
「男性中心の職場で苦労は多いかと思います」
「はい、人間関係には気を遣いますね。でも雑誌のカラー的に、あんまり言っちゃまずいかな(笑)」
「読者はそういう下世話な話を求めるんですよ。冒険者とも接するわけですから、ロマンスの話もあれば是非」
「ロマンス・・・・・・、アテナ、結構他人に親身になっちゃう性格で、男の人に言い寄られることはしょっちゅうあります。やさしくしない方がいいのかなって、思ったりもしますけど、顔を覚えちゃうとほっとけないっていうか」
「顧客は、男性が多い?」
「そうですね、アテナ、同姓には受けが悪いみたいで、同年代の女の子の友達もあんまりいなくて。女子会みたいのしたいんですけど(笑)」
「ハテナイに新設された競馬場の建設に、貴女が噛んでいるという噂がありますが」
「(驚いた顔で)やだー、そんなのどこで仕入れてくるんですかぁ? 噛んでるなんて、アテナが黒幕みたい。そんなんじゃないんですよ、知り合いの知り合いのデザイナーさんをシャルル王にご紹介しただけです。そしたら意気投合しちゃったみたいで。はじめは博物館を造るつもりだったけど、どうせならもっと大きなものを造ろうって話が纏まったみたいですよ」
「シャルル王とは懇意なんですね」
「はい、とってもよくしていただいてます。アテナの20歳の誕生日に、お馬さんを頂きました。今度のレースにも出走予定ですから、遠方の皆さんもぜひ競馬場に足を運んでくださいね。港からウナギロードで直通・・・・・・・」
「(話を遮って)宣伝はそのくらいで。最後に抱負をお願いします」
「はーい。わかりましたぁ。神官って、こわーいイメージあるじゃないですかぁ。アテナが目指しているのは、入りやすい夢の祠なので、気軽に立ち寄って、世間話なんかをしてくれるとうれしいですっ☆」
(2~)
俺はアテナのインタビューを読み終わり、おもむろにカトーの様子をうかがった。
カトーは、口をはんびらきにし、平たい岩に座ったまま居眠りをしている。
カトーとの会話の中で、アテナの名前を出した覚えはない。この雑誌が俺の手元にあるのは偶然なのだろうか。
適当に雑誌をめくっていくと、最後のページに袋とじがついているのに気づいた。黒一色のページには、赤い文字でこう書かれている。
特別付録 アテナの秘密 R18
俺は生唾を飲み込み、もう一度カトーをうかがった。彼の瞼は固く閉じられている。よしよし、眠ってるな。袋とじの間に人差し指入れ、顔を寄せる。
その時だった。
「トモダチ」
眠っていたと思っていたカトーが、ばっちり俺の挙動を監視していたんだ。両手をもみ合わせ、まるで弱みを握ったみたいに、にやにやしていた。
「言い忘れましたが、その神官生活、発売直後にあまりの過激さゆえに発禁になっておりましてな。プレミアがついて、現在2千リラクマの価値があります」
「に、にせん……」
俺は雑誌に折れ目がつかないように、丁寧に閉じた。2千っていったら、日本円でだいたい20万ってことになる。
「よかった、トモダチ。もし袋とじを破っていたら、全額弁償していただくことになりました。ははは」
「は、はは・・・・・・けほっ」
俺は笑うに笑えず、えずいたような妙な咳払いをした。
「袋とじ、見たいですか? トモダチ」
「え? あ、はは、まあ、後学のために」
俺は堂々と、エロ本を希求するような度胸はなくて、曖昧な返事をした。
「よろしい。ですが、その前にタロウ君には、私と真のトモダチになってもらいたい」
「えっ! 握手とかですか。もう十分仲良しじゃないですか」
カトーが何言うかと俺は、身構えた。まさかそっち系の人だったのか。貞操の危機かもしれん。
「実は私、とあるギルドに所属しておりまして、タロウ君には、我が同胞になって頂きたいのです」
単なるスカウトのようで幾分安心した。ギルドに入っとけば、仲間も増えるし、クリアも楽になるかもしれない。カトーは穏健そうだし、悪くない話に思えた。
「ギルドですか。ちなみにどんな名前のギルドなんですか?」
「ヒトコロス教団」
「へー・・・・・・、ヒト、コ、ロス・・・・・・」
”人殺す”じゃないよな、まさか。悪い奴らって、それっぽく見えないように気を配るはずだろ。そんなおおっぴらに、人殺しますなんて、正気の人間が言うわけない。安易な当て字するもんじゃないな。俺の聞き間違いかもしれないし。
「ちょうど、欠員が出たところでして。だからといって、気負うことはありません。教団は上下区別のない相互扶助の団体です。教団に貢献してくれるのなら、新人でも歓迎します」
「こ、貢献というと・・・・・・」
俺は、何も知らないおのぼりさんの体でカトーに訊ねた。
「月末に、上納金を納めてもらいます。シノギのやり方は私が教えますから、心配いりません。このお金は教団の資金としてプールされ、有事の際に使われることになります。保険というわけですな」
思った通りきな臭くなってきやがった。聞かなきゃよかったよ。
「いやー、新人の俺にはまだ、難しそうな話ですね。もう少し考えさせてもらっても・・・・・・」
カトーの顔が怒ったように膨らむ。彼の背後に怨霊のような不気味な影が、もうもうと立ち上った。影はどんどん膨れ上がり、俺を押し包もうと迫った。
俺はとっさに下を向いた。冷や汗がとめどなく流れる。
やばい。このおっさん、スライムなんかの非じゃないくらい危険だ。正気じゃないから、ヒトコロスなんてあっさり口にできたんだ。
アテナの側を離れるんじゃなかった。プレイヤーの中にも、こんな化け物がいるなんて想像もしてなかったよ。
俺が、蛇に食われる蛙のように固まっていると、いきなりカトーが相好を崩した。好好爺の顔に戻っている。
「至極もっともな意見です。ギルドに勧誘されて、戸惑うのは、当然です。じっくりお考え頂いて結構ですよ」
緊張が解けると同時に、楽に呼吸ができるようになった。膝が震え、生きた心地がしなかった。次の瞬間、自分を殴りつけたくなった。
何、ほっとしてんだよ、俺。こいつは、俺が雑魚だから今すぐ殺さなくてもいいと思ったんだ。舐められてるんだぞ。でも反抗しても死ぬだけだ。ルーキーの俺でもそのくらいはわかる。
「神官生活、気に入りましたか?」
俺は、顎をがくがくと揺すった。口がうまく動かせなかったのだ。
憎らしいくらい余裕しゃくしゃくのカトーがほほえむ。
「よろしければ差し上げましょう。トモダチのしるしです」
受け取るか、う○こ野郎! 俺は神官生活をたき火に、たたきつけて、カトーに殴りかかる・・・・・・
ことはせず、神官生活を懐に大事に抱えた。
「ゴチになります!」
90度のお辞儀をしてから、小走りで、街道の明かりに直行する。はあはあ息を荒らげながら、神官生活をめくる。
中学の頃、神社の裏手でエロ本を見つけた時のような高ぶりを感じる。結局、妹に密告されて、親に没収されたけどな。
「ハサミか何か、切るもんないかな。丁寧に破んないと」
「ナイフ貸そっか?」
「サンキュ!」
背後から何者かが、刃渡り5センチくらいのナイフを渡してくれた。震える手は信用ならない。頼りになる道具を手にし、意気揚々となる俺。その隣にたたずむ女。
「え?」
「コンバンワ、タロウ」
俺は尻餅をついて、ナイフも地面に落とした。
月をバックにして、アテナが唐突に出現した。足音も気配もなかったので、かなり驚いた。
アテナは例の派手なマントを羽織り、俺を冷然と見下ろしている。
俺は謝らないぞ。アテナの顔を見た途端、変な意地をはってしまう。
「タロウのもってる、それ」
アテナが指さしたのは、神官生活だ。俺はとっさに雑誌を背後に隠す。
「発禁になったのに、まだ残ってたんだ。貸して、タロウ」
渡したら、確実に処分されてしまう。俺はさせまいとして、腹に雑誌を抱え込む。
「い、いやだい! これは俺が命がけでぶんどったんだ。俺のもんだい!」
アテナは、くすくすと鈴を鳴らすように笑った。
「タロウは、まだ18歳じゃないでしょ? もう少し大人になってからね。さ、渡して」
やんわりと注意され、従ってしまう。俺は、お宝雑誌を取り上げられても、しばらく名残惜しそうに手を伸ばしていた。
「持ち主に返してくるから、ここで待ってて」
何故かアテナの命令に逆らえない。犬の気持ちってこんなものかもしれない。
一分もしないうちに、アテナが戻ってきた。
カトーらしき影が、俺に手を振っているのが遠目にちらついた。俺も手を振り返した。
アテナは俺を置きざりにして、街道を歩きだしていた。迷った末、その後に続いた。
「アテナ、祠は大丈夫なのか?」
「・・・・・・、うん。シフト替わってもらったから」
アテナは、ぐんぐん街道を歩いていってしまう。舗装された道をアテナのミュールが踏むたび、高い音が鳴る。
俺のこと怒ってるんだろうな。勝手に飛び出したわけだし、でも迎えに来てくれたってことは心配してくれたんだ。
「あのさ、アテナ、俺・・・・・・」
突如、歩く速度を上げるアテナ。見失ったら、行き場がない。靴に押さえつけられて痛む足に、むち打って追いかけるしかない。
「ま、まってくれ。どこに行くんだ」
白い明かりに照らされたアテナは、可憐に髪を揺らしてこう答える。
「アテナね、イヤなことがあると、海に行きたくなるの」
ウナギロードって、海に通じてるのかな。アテナの気が晴れるならと、俺は観念してどこまでもついていく覚悟を決めた。
足のまめがつぶれても、腹が減っても、アテナに置いて行かれないように、気を奮い起こした。
街道の脇にテントがあるのをよく見かけた。明かりはついていない。皆眠っているんだろう。時計もないから、時間の検討がつかない。水分を含んだ夜気に、Tシャツ一枚じゃ肌寒くなってきた。
眠気や、寒さよりも足の痛みがひどくなってきて、何度も立ち止まった。そのたびに、アテナも振り返らずに足を止めた。
数時間は歩き通しだったと思う。丘を越え、野を越え、視界に海が開けた時には、朝日が水平線にかかってキラキラしてた。感動する暇もなく、俺たちは進む。
そこからさらに十分くらい歩いて、埠頭みたいなところについた。漁船みたいな船がぎゅうぎゅうに停泊している。べたつくような潮風と、ウミネコに、本当にここが異世界なんだろうかと思わされる。
アテナは、わき目もふらず、バラックみたいな汚い建物に入っていった。俺も渋々その中に入る。
いつ拭いたかわかんないような木のテーブルについて、俺たちは、海鮮丼のようなものを食べた。黄色い米のようなものの上に、まぐろみたいな赤みの切り身と、黒いエビみたいの、げそが乱雑に載った食べ物だ。
異世界で食ぺる初めての食事だ。何が入ってるのかよくわからないが、アテナはもくもくと箸を入れている。木製の箸は、日本にあるものと作りは代わらないが少し太い。
意を決し、俺も切り身を口に入れた(醤油がないかわりに、ソースのようなものをつけて食べる)。
赤みの味はまぐろに似ているが、舌先に乗せると溶けそうなほど柔らかい。ソースは甘じょっぱいけど悪くない。
逆に、げそは噛みごたえがあり、飲み込むまで時間を要した。
米のようなものは、玄米みたいに固い。味はそんなにしなかったが、急に里心がついたように夢中でかっこんだ。
二人合わせて、10リラクマだ。アテナに払ってもらった。出世払いを約束したけど、アテナは相手にしてくれない。
その後、二人で桟橋近くを散歩した。ぐずぐずしてると言いそびれる。俺はいきなり本題に入った。
「アテナ、俺が悪かったよ」
アテナは立ち止まり、凪いだ海に目線を投じた。
「タロウは、アテナを怒らせるようなことしたの?」
「え・・・・・・、勝手に飛び出したこと・・・・・・」
「別に。怒ってないけど。冒険者が一人で冒険するのは、当たり前でしょ。アテナは引き留めたりしないよ」
俺はてっきり、アテナが心配して連れ戻しにきたとばかりに思っていた。自惚れんなよと、振り返ったアテナの瞳が突き放す。
「で、でも、じゃあなんで、俺の所に来たんだよ。仕事も放り出して」
「やーねー、タロウはアテナに何て言って欲しいの? 全く、手間がかかるんだからぁとか言われると思った? ・・・・・・、甘えないで。アテナはタロウのお母さんじゃないんだよ」
俺は絶句する。何で俺、女の子に、こんなに責められてるんだよ。元はといえば、アテナが俺をこの世界に呼んだんじゃないか。それなのに、やさしくなったり、冷たくなったり、こいつわけわかんねえ。
「知っとるわ! そんなの。お前なんかいなくったってなあ、俺は一人で・・・・・・」
アテナが俺の髪を撫でた。それからいつものふわふわした口調に戻る。
「そうだよねー。タロウは強い男の子だもん。よくここまで来れたね、いい子いい子」
やさしげに目を細めるアテナ。これが飴と鞭って奴ですか。
情けない。俺は異世界に来て、初めて安心を得る心地だったんだ。
「撫でるの、やめろ」
「えー、なんでー?」
「うっせ! やめろって」
乱暴にアテナの手を払いのける。これ以上されたら、本当に飼い慣らされてしまう。
「タロウ、VAFの感想は?」
「最悪。足痛いし、バカ女のせいで、散々だ」
アテナは寂しげに笑う。言い過ぎたか。
「ありがとう」
「なんで礼言うんだ」
「ふふっ・・・・・・、なんとなく」
それから二人は、並んで海を眺めていた。南国の海のような爽やかな色をした水面に、波が寄せては返す。
俺とアテナの距離は、拳一つ分離れていた。手を握っても大丈夫な気がして、試しにやってみた。指先でタッチしても無反応だったので、しっかりと握りしめた。
つきたての餅のような柔らかい手を握って、俺は海に思いを馳せているよ。異世界って悪くねえな。