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クソゲーがしてえ!  作者: 濱野乱
導かれし俺ら~取説編~
5/128

クソゲーマーの哭く頃に〜罪滅ぼし編〜


「きゃー、タロウー、がんばってー! アテナのために死ぬまで戦ってー、きゃー」

アテナの黄色い声援で、俺の脳内のアドレナリンが分泌されて、あふれんばかりになる。

男は単純だからさ、女の子に応援されたら、がんばらなきゃって足腰に力が入るものなのさ。

俺の目の前の平原には、スライムという魔物がうねうねと蠢いていた。濁り水をゼリーみたく固めた不気味な物体は、一応生物だ。大型犬をまるごと包める大きさで、膨張すれば、人間すら飲み込んでしまう。体内にタンパク質を分解する微生物を共生させており、その力を借りて獲物を溶かして食べる。つまり肉食ということだ。

「ちくしょー、今日こそ狩ってやる。アテナの前で恥をかけるか」

スライムには、これまで散々煮え湯を飲まされてきた。ここは夢の中だけど、だからこそチート的な才能が芽生えるだろうと、甘えた考えも持っていた。そのため、丸腰で魔物の数メートル近くにいることに、あまり危機感を持っていなかったのだ。

「タロウ! 危ない!」

俺の目は、ほんの一瞬だけアテナの方を向いていた。スライムの方に目を戻した時には、俺の命運は既に尽きていた。

 

 使用者 スライムハンニバルLV30 

 

 禁呪詠唱 LV2 コキュートス 

 

 エンチャント 詠唱速度5倍

        反射耐性LV3

 解決しますか?

 


見慣れぬウインドウ画面が、俺の手の側に表示されている。

スライムの色は青から黄、赤へと信号機のようにめまぐるしく変化している。だが、襲ってこない。状況が飲み込めないので、アテナを振り返る。

「タロウ! お別れって悲しいね。ぐすっ」

アテナは白いハンカチで、目元を拭っている。それだけで俺の喉は詰まってしまう。

「アテナ、一つだけ答えて。俺どうすればいい?」

「う・・・・・・、タロウがそのまま呪文を解決スルーしたら、呪文が発動します」

解決というのは、俺が敵の攻撃に対して何もしないことを許したということなのだ。こっちのリアクション待ってくれるなんて律儀なシステムだが、今の俺にできることは何もない。震える指先をウインドウに近づける。

死ぬ前に男気溢れた顔で挨拶をしたくて、振り返る。

「アテナ、君だけでも逃げて。俺のこと忘れないで・・・・・・」

アテナの姿は影も形も見あたらない。俺の体は地面に縫いつけられたようにその場から動けなかった。まあ巻き込むよりはいいか。

「くそったれ、ここでゲームオーバーか」 

ウインドウに拳をたたきつけて、大の字で倒れる。時間が戻ってきたように、黒い暗雲が空を覆う。何が来るか大体想像はつく。コキュートスというのは、西洋における氷の地獄のことだ。冷たいと感覚馬鹿になるっていうし、丁度いいかな。

さらに都合がいいことに倒れた際、俺は大きな石に頭を打って気絶した。

吹雪の嵐が起こったのか、俺は知らない。

突如、スライムの色素が薄くなり、煙を上げて気化し始めた。細い植物の根のようなものが、スライムの体から岩場へと伸びている。根は血管と見間違うほど、赤く生々しい。まるで命を吸う触手のようだった。

アテナが岩場の陰から身を踊らせる。開いていたウインドウを閉じると、根のようなものが、ぼろぼろと崩れた。


 使用者 アテナ

    

 秘術 ソウルスティール

  

 エンチャント 呪文カウンター

        詠唱速度50倍

        命中率+30

        見切り無効


「はー、間に合った。VAFってHPもMPも回復手段ないし、死んだら終わりなのよねぇ。ほんとクソゲー☆」

額に光る汗の滴をさわやかに拭う。

「だ・か・ら、奪うしかないのぉ。教団の奴らが強いのは、こういうことをしてるから。アテナも色々と物いりだからぁ、あなたの命、全部もらっちゃった、ゴメンね♡」

命である水分がとろとろと地面に流れ出すスライムに、ウインクでお別れ。

「あんっ・・・・・・、アテナのためにがんばりたいって、びくびくって、命の力、感じるぅ。でも吸い取るなら、やっぱりぃ・・・・・・」

アテナは喉をごくんと鳴らし、恍惚とした表情を浮かべた。

タロウは白目を向いて倒れている。アテナはそれを見下ろし、舌なめずりした。

「アテナ、強い男の人大好き。タロウもアテナのために精一杯がんばるんだゾ☆」


 (2~)


おなじみの水の音で目が覚めた。ちょろちょろじゃなくて、流しそうめんができそうな勢いの水流だ。

まだ目は開けてない。頭痛がするし、学校行きたくないなあ。どうせ授業中は起きてられないし、最近日光が目に刺さるように痛い。夜までアテナに会えないし、でも格好悪いとこ見せちゃったし、幻滅されたかもな。

「タロウ・・・・・・、起きなさい、タロウ」

耳元で、甘いショコラのように囁くのは誰だ。そういえば、枕がやけにやわらかくて温かい。目を開けた。

俺がいたのは、自分の部屋ではなく薄暗い鍾乳洞だ。

俺はアテナの膝の上に頭を載せて、横たわっていた。つまり目の前には。

「ち、乳・・・・・・」

俺の覚醒に気づいた白ビキニ姿のアテナが、まじまじと顔をのぞき込んできた。

「あ、目覚めた? もー、タロウ油断したら、めっ、だよ」

「ご、ごめん・・・・・・、あっ! いてて・・・・・・」

頭を押さえて、アテナの膝から転げ落ちる。激痛で目の前が白くなる。

「大丈夫? 頭打って、たんこぶできてるから」

「あ、そうなんだ。あはは・・・・・・」

やべ。アテナの顔見れないぞ。どんな顔してるんだろう。がっかりされてるのは確定してるだろうから、アテナが責任感じないようにふるわまわなきゃ。

「やっぱりスライムは強いな。俺、冒険者に向いてないのかも。アテナもそう思うだろ?」

アテナは立ち上がり、鍾乳洞の奥まった場所に小走りで移動した。そこはアテナの定位置らしい。咳払いをした。

「おお、勇者タロウ、死んでしまうとは、な、情けない。でも神官アテナが何度でも助けてあげます。感謝するのです」

芝居がかった口調に、なれていないのか少し噛んでいた。 

俺を慰めてくれてるんだ。悔しい。でもうれしい。俺は肘をついて起きあがる。

「アテナ、怪我してないか? よく逃げられたな」

「えへー、アテナ、かけっこ自信あるんだよ。タロウを抱えて走るの大変だったけど」

アテナの姿が神々しく映る。気のせいかな。

「タロウ。あんまり気にしないで。また挑戦すればいいんだよ」

「ああ。今度は負けない。約束する」

VAFがクソゲーで序盤で即死級の技を使う敵がウロウロしていても、俺はそう言い切るしかなかった。

VAFの戦闘システムの肝は、スキルとエンチャントに集約される。

スキルとは、魔法などの必殺技のことで、職業ごとに差別化されている。エンチャントはそれを助けるための補助の役割を果たす。エンチャントは誰にでも使える代わりに使い捨てだ。

この付近のスライムが強い理由は、即死級の強力な魔法を使う上、それを加速させるエンチャントを豊富に持っているということにある。強い技は待機時間が長く設定されている。その短所がなくすのは、戦術として正しいはずだが、こっちはたまったものじゃないよ。

そんな簡単なことも忘れて、アテナにみとれてたなんて言えないだろ。

「ほんと? アテナ、嘘嫌いだからね」

「う、うん」

疑わしそうに顔を近づけてくるアテナを、よける。早く目を見て堂々と話せるようになりたい。それには強くならなくては。

「さっきは、何度でもって言ったけど、それでタロウが怠けちゃうと困るしぃ。罰ゲーム、しよっか」

軽い口調でアテナは、足を一歩踏み出した。長い足はふくらはぎがひきしまり、俺は凝視できない。初めの頃は意識してなかったのにな。

「罰ゲーム?」 

「うん。罰があると、それを受けないようにがんばると思うの。いい考えでしょ?」

「あ、ああ・・・・・・」

同意したが、アテナの甘ったるい口調に一抹の不安を感じずにはいられない。そもそも信用されていないんじゃないか。そんな俺の心をアテナは読んでいるようだった。

「勘違いしないでね、タロウを信用してないわけじゃないの。ただ・・・・・・」

アテナは言いよどみ、秘密を抱えていることを示唆する。

「この辺、魔物が強いじゃない? 全国トップクラスだよ。だから夢の祠から離れられなくなる人がいるのは、仕方ないの。でもあんまり居着かれるとぉ・・・・・・、アテナも疲れちゃうし」

夢の祠は各地にあって、付近の国が神官を派遣しているようだ。スタート地点もランダムになっている可能性はある。俺以外の冒険者は違う夢の祠から旅をしていると考えれば、違和感の辻褄は合う。

「ちなみに罰ってどんなの?」

気軽に聞く俺の視線を避けるように、アテナは身をくねらせる。

吐息と間違えるような、か細い声で、

「アテナの足、なめて」

アテナは顔を赤らめ、口元を押さえているが、恥じらいを隠すというよりは、笑いをこらえているように見えた。

「罰を受ける人には、アテナの前で四つん這いになって、心の中で、ごめんなさいって言いながら、足の指を一本ずつ、指の間もなめてもらうのぉ。両足を全部、舐め終わって、アテナが何も言わないでいるとね、”おかわり”したくてたまらなくなって、舌を伸ばそうとするんだ。その時に、”おあずけ”って、アテナが大声出すと、舌を伸ばしたまま固まっちゃう。犬みたいに、はっ、はっ、って言いながら、涎垂らすの。アテナを見上げる目は、なんだか悔しそう。男の人って、よくわかんないよね」

俺は前を向いたまま少しずつ、後ろに下がった。まるで異質なものに遭遇したような緊張感があったのだ。

「タロウはそんなことしたくないよね?」

「う、うん、ちょっと遠慮したい」

アテナが、両腕で胸を寄せながら近寄ってくる。さらに後退する俺は、灰色の洞窟の壁にぶつかる。

惚れた女の足くらい余裕で舐められるだろうと、疑問を持たれた紳士もいるだろうから、補足させてもらいたい。

これは俺のリアルの身の上話になるのだが、俺の初恋は中学二年の時だった。周りと比べて、遅すぎるというのは今は目をつむってもらいたい。それは今関係ないから。

俺が好きになったのは、小島夏美(仮)という同級生だった。仮名なのは、彼女が今もうちの近所に住んでいるからだ。高校は別になってしまったが、ばったり顔を合わさないとも限らない。その時、罪悪感を抱きたくないんだ。

小島さんとは、中学三年間同じクラスだった。目が二重で、髪型は・・・・・・、忘れた。長かったり、ショートだったり。ほら、女子って髪型よく変えるだろ。俺そういうの疎いんだよ。妹の髪型が変わったのに気づかないくらい鈍感なんだ。

小島さんの卒業式の髪型、長い髪をアップにしてた気がする。背は高くない印象がある。俺が高い所にあるポスターをはがして、小島さんに渡したことがあるんだ。

性格は普段温厚なんだけど、クラス全員でやる活動の足並みが揃わないと、「ちょっと男子!」みたいなまとめ役もできた。

でも男子と積極的に話すのは苦手らしく、俺も最初の頃は、あまり目を合わせてもらえなかったな。

朗読がうまくて、先生にほめられていた。俺も小島さんが読むのを密かに楽しみにしていた。抑揚つけて、情感がこもっていた。

彼女はクラス委員をしていて、部活は吹奏楽部だ。クラリネット担当らしい。どのくらいの腕前なのか俺は知らない。

男女ともに人望があつい小島さん。欠点なんかねえよと初めは思っていた。惚れてて、頭パーだったからかもしれない。

でも一つだけあったんだ。

上履きが汚い。

何かこう普通の汚れ方じゃないんだ。キャンパス地が黄色通り越して、緑っぽかった。ラバー部分は怖くて直視できなかった。小島って名前の部分が読めたことないものな。学期が変わると、新しくしてるみたいなんだけど、いつの間にか汚れてる。

クラスメートも気を遣ったのか、誰も聞けなかったんじゃないかな。

小島さんの家は共働きで、上履きが買えない経済事情じゃなかったと思う。

修学旅行の時、真っ白いスニーカー履いてたし、髪にフケついていたこともない。匂いは・・・・・・・、女子特有の甘酸っぱい香りに、シャンプーの良い匂いがしました。

おいおい、タロウちゃん、てめえは随分な小島ちゃんフリークでござんすね(失笑)とか、思わないで欲しい。小島さんの名誉のために言ってるんだ。

隠れて匂い嗅いだのは、申し訳ないと思う。小島さんごめん。

俺、小島さんとそんなに会話したことないんだけどな。二年の時、クラス委員一緒にやった時、ちょっと。

最後に会話したのは、卒業式の日だった。

小島さんに俺、呼び出されたんだ。それも人通りの多い昇降口に。

「タロウ君の第2ボタン、私にちょうだい」

クソみたいに手垢のついた恋愛ドラマだなって泣きそうになったよ、俺。第2どころか、4つくらいちぎっちゃった。

小島さん、歯並びのいい口元で笑ってた。

俺、下見ちゃった。小島さんの上履き、やっぱ汚かった。その時になってようやく気づいたんだけど、上履きに死ねって書いてあるんだ。汚れで目立たなかったけど、マジックで確かに書いてあった。

後で聞いたんだけど、小島さん、ひどいいじめを受けてたんだ。上履きに落書きされたり、女子トイレでなぐられたり、知らなかったの俺だけだったみたい。上履き汚れたままなのは、何度も持ってかえって家族に心配かけたくなかったんだ。

笑っちゃうよな、小島フリークが聞いてあきれるよ。俺が一番クソだったんだ。

小島さんとその時、どんな会話をしたか覚えていない。上履きの謎が解けて、それなのに俺に笑いかけてくる小島さんに責められているように感じたからかもしれない。

小島さんとはあれ以来会ってない。どんな高校生になっているんだろう。でも、会いたくないな。会ったら土下座しちゃいそうだもん、俺。

「タロウ・・・・・・・? 泣いてるの?」

アテナが、心配そうに俺の目をのぞきこんでいた。何を思ったか、舌で俺の目の縁にたまった水滴をぺろぺろと舐め取っていく。

「汚いから、やめろよ」

アテナの肩を、力ずくで押しやる。

「アテナね、涙の味で人の感情がわかるの。タロウの味は、悔しいって言ってるよ」

はっとして、俺は小島さんの思い出を封印しようと躍起になる。アテナと小島さんを重ねるのは危険だ。代替行為で罪滅ぼしなんて、二人に失礼だ。

俺は涙をふき、胸を張る。 

「スライムごときに負けて悔しいだけだ。無双してやっからな、俺に惚れても知らねえぞ」

アテナは珍しく真顔になり、俺に抱きついてきた。心臓が停まったと思った。ずっしりした感触が肉肉しくて、これおっぱいかもと他人事のように思った。

「泣きたい時は泣けばいいの・・・・・・、それができるうちは」

アテナの言葉は、俺の中の水門をこじあけたみたいだった。あの時、言いたくて言えなかったことが口からどんどんこぼれる。

「ごめん・・・・・・小島さん、気づいてあげられなくて、ごめん」

アテナはやさしく俺を包み込んでくれる。泣きじゃくっても、子供をあやすように背中を撫でてくれた。

俺が泣き疲れると、アテナは申し訳なさそうに上目づかいをする。

「タロウがそんなに反省してるなら、罰ゲームは今回免除するよ。がんばったもんね」

何か勘違いされてるけど、結果オーライなのかな。やっぱり足を舐めるのは抵抗がある。

「タロウは・・・・・・・、こっちの方が好きよね?」

その人を見よ!

アテナの豊胸の谷間に、何か挟まってる。ちょこっと恥ずかしそうに頭を出してるのは、紙片に相違ない。

「こ、これは・・・・・・、まさか」

「そう、タロウの好きな、も・の」

俺は生唾を飲み込んだ。

旅の恥は掻き捨てって言うだろ。女性の胸の谷間に指つっこむなんて、現実じゃまずあり得ないし。


俺は躊躇なく美しい谷間にダイブした。

「やん……」

俺が指を引っこ抜くと同時に、アテナあられもない声を上げて、腰砕けになった。

俺の手には、ぐしゃぐしゃになった小さな紙が握られていた。

「とったどー! ぱふぱふ補助券だ。これであと9枚」

俺は快哉を叫んだ。

ふと我に返りアテナを見ると、明らかに様子がおかしい。放心状態である。

 

「こほん」

その後、俺は仁王立ちするアテナの前で正座させられた。

「タロウ、初めてで興奮するのはわかるけど、独りよがりのプレイは、女の子に嫌われるんだゾ☆」

「はあ・・・・・・、すみません」

かつてない厳しい表情のアテナに対し、俺は申し訳程度に謝る。

アテナが誘ってきたような気がするし、俺は内心それほど反省していない。

「まさか・・・・・・、のアテナをここまで火照らせるなんて、タロウはいけない子だね」

ん? 何だろう。「まさか・・・・・・」の部分よく聞き取れなかったけどどこかで聞いたことあるような。デジャヴか。

「聞いてるの? タロウ」

「はい! 聞いております」

誠意を見せろとばかりに、アテナは冷たく俺を見下ろす。まさか足舐めしろって言うのか。勘弁してくれよ。

アテナが急に慈悲深い聖女のような笑みになり、俺は震えた。

「ではよーくお聞きなさい。良い機会だから立場を教えます。タロウ、あなたの職業は」

ここで間を置かれて、俺はますます困惑する。

「タロウは今から盗賊だよっ! 非力でスキルも貧弱だけど、せいぜいがんばんな!」

吐き捨てるように言い、背を向けるアテナ。相当おかんむりのようだ。というか、こいつが職業決めてるのか。

それはさておき、俺はあまりショックを受けなかった。現実でプレイしていたVAF内でも俺のアバターは盗賊だったのだ。恵まれてはいないが、生まれは選べないということで納得するしかない。

「そういや、職業とかスキルとか忘れてた。確認しとかないとな」

ステータスは、腕時計型タブレットで閲覧できる。タブレットは冒険者一人につき、一つ配られる。夢の祠を出る前に、アテナにもらったのを忘れてた。

 

 Lv 1

 

 なまえ タロウ=オオツダ

 

 しゅぞく にんげん

 

 せいべつ おとこ

 

 しょくぎょう とうぞく

 

 ユニークスキル    しぎ


”しぎ”って何ぞ? アテナに訊ねようとしたけど、例の地下水にどっぷり浸かり、話しかけられる雰囲気じゃない。

「〔ピー〕犬のつもりで呼び出したのに、指テクもすごいってなんなのよぉ、もう。信じらんない」

アテナはぶつぶつ言いながら、地下水に首まで浸かっていた。精神的に落ち着くのかなアレ。

「さあ、職業も決まったし、次なる目標を決めるわよ。意見を言いなさい、タロウ」 

地下水から上がったアテナが、居丈高に言った。

「キャラ違うんですけど・・・・・・」

「キャラ? 何を言ってるの、タロウ。本来のアテナはこうなの。これからはビシバシ行くわよ。戦闘のコツは、来た、見た、勝った! これよ。わかった?」

わかんねえよ。VAFってシーザー並の知略が必要なのか。

アテナのむき出しの肩に、砂がついていた。俺が払いのけようとすると、素早く身をかわされた。不具載天の敵のように、にらめつけられる。

「タロウ、アテナに触っちゃだめ!」

鋭い語気は俺の身をすくませた。さっきのことがそんなに拒絶されるようなことだったのだろうか。無我夢中だったのは、反省しなくちゃいけないだろうけど。エロ目的だったのは、事実だし。

「アテナ以外も・・・・・・、触っちゃだめ」

「えっ?」

アテナは頬を染めて、明後日の方に視線をさまよわせている。

どういう意味なんだろう。アテナの考えはよくわからない。”しぎ”ってそんなに危険なスキルなのかな。 

「目標設定は大事なのはわかったけどさ、やっぱ魔法とエンチャントはどうしようもないよ」

「えっと、王都に行けば、エンチャントが買えるよ。それで反射を買うの。スライムは魔法しか使えないからそれで倒せるよ」

なんでこういう重要な情報早く言わないの、こいつ。ぱふぱふより絶対大事だよな。

「反射か、理にかなってるな。でもエンチャントは使い捨てだろ。いくらするの?」

「平均相場は、200リラクマくらいねぇ」

アテナは大したことないように言うけれど、大金なんだぜ。リラクマっていうのは、VAF内で使える通貨の単位だ。1リラクマは、今現在、日本円で約120円。現実の相場と直結していて、常に変動している。リラクマはインターネット上の仮装通貨として流通しており、他のサイトのネットショッピング決済などにも利用可能である。

「あきらかにおかしいよな。持ち金0で、王都にも着けないし、どうしろっていうんだよ」

自棄になって叫ぶ俺に、アテナは面食らったようだった。

「やり方しだいで挽回できるよ。アテナも王都まで一緒に行ってあげるから。あきらめないで、タロウ」

「うっせ、もういいよ、俺一人で行くから」

急に嫌気がさしてきた。アテナは大事なことは教えないし、助ける気がないんじゃないか。ぱふぱふだってそれっぽいこと言って、俺を騙してるのかもしれない。

その後、アテナの必死の説得にも、俺の心は動かなかった。短く別れの言葉を告げ、鍾乳洞の狭いトンネルを地上へと歩いていった。

陽光が俺を出迎えてくれる。風を肺に吸い込めば心も洗われた。

「はー、さらば、クソゲー。俺は現実に帰るぞ」

人生には別れは付き物なんだよ。さよなら、俺の2番目に愛した女性。

平原をスキップしながら、ぱふぱふ補助券を放り捨てていく。未練は不要だ。この堅い靴ともお別れか。少し寂しい気もするな。

「・・・・・・」

この広大無辺の平原はどこにつながっているんだろう。どこまでも、どこまでも・・・・・・。ふと足を止める。

「現実はどちらですか」

おてんとうさま答えてよ。

現実って何だっけ。タロウって誰? アテナはどこ? あれ?

VAFって、本当にゲームなの?

ついこの間までは、知らぬ間に現実に戻っていた。自分の部屋の椅子に座って、デスクトップが・・・・・・・?

俺の体の震えは収まらなくなっていた。

「ふざけんな・・・・・・、マジでゲームの世界に取り込まれたってことなのか。嘘だろ、おい」

気が動転して、方角もめちゃくちゃに走った。当然、騒がしい足音は、悪しきものを呼び寄せる。

 

 スライムハンニバルLv30が現れた。


「わああああああ!?」

みっともない悲鳴を上げて、俺は死の行進を始める。現実よ、さようなら。

俺が無様に逃げ回ってる間に、祠からアテナがゆっくりと出てきた。能面のような無表情は、俺が知らない女の顔だ。

「タロウは、もうVAFからも、アテナからも逃げられないのぉ。覚悟を決めて、遊びましょ?」


 (to be continued?)

 

おまけ 術法コラム


秘術 ソウルスティール


どこぞの寂しがりが作ったとされる、対象を絶命させる恐怖の秘術。

だが、それも昔の話。効率に追われた現代人は、目端が効くようになっており、容易に見切ることができる。

 

(正直、サービス残業の方がこたえるね。

 ハンドルネーム 家族の歯車さん 談)

 

待機時間、MP消費も最高クラスで割に合わないとされるが、エンチャントで補正すれば話は別。すさまじい威力を発揮する。

ただし、今回アテナが使ったエンチャントはどれも高額なため、普通のプレイヤーが使ってくることはまずない。

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