クソゲー英雄 〜しょたの☆プリンスさまっ〜
戦士の価値とは、何か。
上げた首級の数か。与えられる勲章か。
それとも、特別な者から与えられる賞賛なのだろうか。
エチカは、何れも拒んできた。
与えられるものなど、餌付けの手段に過ぎない。その骨は、どれも噛みごたえがあるだろう。だがいつかは、噛み砕き消化する。そしてまた新しい骨を求めて、うろつき回るのに終始する。
エチカには、それが我慢ならない。
他人に身を委ねるならくらいなら、自分で骨を選んでやる。噛みくだいても噛みくだいても飽きない戦利品を得んがため、戦禍に身を投じてきた。
そんなエチカがVAF最大のPK集団、ヒトコロス教団に入ったのは、自然な流れであった。
Lv 49
なまえ エチカ
せいべつ おんな
しゅぞく ロリ
しょくぎょう バーサーカー・エグゼクティブ
エチカの種族は、ロリだ。ロリとは人間の一種だが、ふつうの人間の女性が、成長の過程で通るロリータとは厳密には意味合いが違う。ロリとは、死ぬまで可憐な幼女として生きる宿命を背負う種族だ。
VAFはアカウントを得た時点で、アバター(プレイヤーがゲーム内で使うことになるキャラクター)がランダム選ばれる。ロリはその中で、稀少種にあたる。
身長148ミリョン。肌は透けるように白く、髪の色はアッシュブロンドで、硬質。仲間からは、見た目は良いけど肌に刺さり、一晩中触りたくない髪との評を得る。髪は、リボンでゆるくツインテールにしている。瞳の色はワインレッド。八重歯を気にしていて、あまり口を大きく開けずに喋る。気を許した相手には態度が大きくなった。
得意武器は斧。身の丈以上の巨大な戦斧で、敵のお肉を鎧ごとぐちゃぐちゃにするのが大好き。
好きな色は、黒と紫。洋服に特にこだわりはないが、あまりサイズがないので、貴族の子供用のドレスをよく着ている。どうせ趣味の悪い鎧を上に着ることになるのだ。バーサーカー用のオシャレな装備は、そうそう見つからない。
右目には大きな黒い眼帯をしている。戦闘で負った傷ではなく、エチカが望んで眼球を好きにしてくださいと差し出したのだ。
相手は、やさしくエチカの初めてを奪ってくれた。それだけでなく眼球を地面に捨て、ゴミみたいに踏みにじってくれた。
エチカは、全身を差し貫く痛みと共に感激した。
眼窩にぽっかりと開いた穴は、彼だけのもの。所有される喜びを、初めて知った。
彼をPKするのがエチカの生きる目標で、恩返しだと思うようになる。彼はとても強く、教団もなかなか狩れないで、もてあましているのだった。
VAFでPKは禁じられている。
しかし、武器を振り回せば、範囲内のアバターの耐久値を減らし、死に追いやることも可能だ。
ペナルティはきっちりある。PKをしたプレイヤーのHPが、ゼロになれば永久追放。アカウント削除の上、二度と復活しない。
教団の傘下に入るということは、そういうことを意味する。2人1組で各地を回って、時に国家を、時に魔物を、時にプレイヤーを相手に戦いを挑む。
最近、エチカと相棒は、船遊びをした。海峡を通過する船を機雷を使って、沈めまくったのだ。これで特許をとれば一生安泰だ。
結構楽しかったが、長逗留のしすぎでかなりの数の手練れに追われる身になった。近隣諸国が、懸賞金を跳ね上げたのだ。
エチカの相棒は、逃げ遅れて捕まった。生け好かない相手だったが、話し相手には悪くなかった。処刑されてしまうのは少し惜しい気がする。
エチカは一人で船を奪って北上し、久方ぶりにツンドラエリアに足を踏み入れた。
ここにあるのは、俗世を捨てた乙女たちの花園、キマシタワーだ。付近に生息する魔物が高レベルのため、この古い塔の存在を知る者は希だ。
エチカは気まぐれに、その門扉を叩いた。
「あなたがここに入る資格はありませんの。ごめんあそばせっ!」
入り口で、ロングドレスの貴婦人に飛び蹴りを食らい、あえなく敗北。
解せぬ。しかし命までは取られなかった。犯罪者でも入れると聞いたのだが、条件があるようだ。もともと興味もないので、簡単にあきらめた。
さらに船で、北上。流氷で船が停止する。キマシタワーを出発して二日で、燃料が切れる。鯨型の魔物に、船を壊された。
武器とわずかな糧食を持って、雪原を宛もなく歩く。水分の多い雪は重く体にのしかかり、体温を奪っていく。吹雪は視界のほとんどを奪った。
通りがかりに出会ったペンギン型の魔物の群にまじって、暖を取る。
「はー、やっべー、こりゃ死ぬわ……。割とマジでえ」
マントを頭から被っただけの軽装だ。目も開けていられず、ただ死を待つだけの状態。指は感覚がなく、関節ごとおれそうなほど固くなった。自然は平等だ。人間にも容赦ない。
ここはfronteirの最北端。住んでいるのは、ペンギン、アザラシ、シロクマ。そして……
吹雪のカーテンの向こう側に、青と白を基調とした華美な宮殿が見え隠れする。高い壁とそれよりもさらに高い尖塔が連なる。王城に匹敵する面積を有するその城を、エチカはペンギンと一緒に見上げていた。
居場所はあるが、身動きは取れない。石ペンギンという種類の体表の固いペンギンにぴったりと挟まれている。
ペンギンと共生するエチカが、あの城の門を叩くことはない。教団員は、あの城に立ち入ることを禁じられている。
団員に”約束の地”と呼ばれているその場所は、一般的に城主が住むと言われている。
教団の理屈はこうだ。約束の地にまします”御方”は魔物を作るクリエイターである。クリエイトは教団の仕事ではない。教団は破壊と略奪を生業としているが、あの御方がいなければ、教団の存在意義、ひいてはVAFの礎を揺るがすだろう。そのため、彼の邪魔をしてはいけない。教団は、VAFを愛しているのだ。
エチカの極北生活は、二週間に及んでいた。
若い雄アザラシが、エチカの視界で体を揺らして威嚇行動をしている。
エチカは涎をまき散らしながら、カエルのような跳躍を見せ、アザラシの首筋に噛みついた。苦しみに首を振り回し、あえぐアザラシがぐったりすると、そのままもぐもぐ。
「アザラシうんめええ! ビタミンせっしゅ! イエイイエイエ!」
口をどす黒い血に染めて叫ぶ。ペンギンも後に続き唱和する。ペンギンたちは、暖だけでなく、魚も提供してくれるようになった。アザラシだけでなく、天敵をエチカが残らず撃退する返礼のつもりらしい。
雪を踏みならす足音が、エチカの耳に入った。幻聴かと思いきや、そうではなかった。
こんな危険区域に立ち入るからには、どんな強者と思いきや、エチカと変わらないくらいの身の丈の人間だ。防寒用のコート着て、フードを被っている。
雪原に埋まりそうな小さな影が、吹雪の中せっせと、進んでいる。エチカの前を横切ろうとしていた。
エチカはアザラシの内蔵を貪るのに夢中で、人影を無視していた。
「もしかして……、エチカ?」
立ち止まってフードを取ったのは、あどけない顔をした10代前半の美少年だ。碧眼がぱっちりとしていて、少女のように線が細い。くせっ毛のやわらかそうな金髪の上に、みるみる雪が積もっていく。
エチカは、自分の目が信じられない。こんな僻地で会いたい人ではなかった。
少年は目を輝かせて、エチカに駆け寄ってくる。
「やっぱりエチカだよね! どうしてこんなところにいるの? なにしてるの?」
エチカは、久しぶりに人間の機微を思いだそうと必死だった。アザラシの肝をすする自分はどう見ても乙女ではない。
「ショータ……、今食事中だから食べ終わってから話そうよ」
もそもそとエチカが喋った。
「アザラシっておいしいの?」
「うん、にんにくみたいな味する。ショータも食べていい」
ショータと呼ばれた少年は真顔で、エチカの頬に往復ビンタを見舞う。
「しっかりしろ! アザラシは生食用じゃないぞ」
もっともな意見だが、胃がなれてしまっている。エチカはアザラシを骨以外きれいに食べた。命を奪った責任を果たしたのである。
「まったく君は、相変わらず無茶苦茶だなあ」
ため息まじりに言いながら、ショータがエチカの体を蒸しタオルでふいてくれた。
二人はショータが持参したテントにいる。二人が足を伸ばせば窮屈だ。ショータはパーティーを組まないため、一人用なのである。
揺れるランタンの下で、うつ伏せのエチカが身を起こす。ショータは自然に目線をはずした。エチカは一糸も纏っていない。青白い肌も、見かけ倒しの髪も、いささかも痛んでいなかった。起伏のない体で、セクシーポーズをとったが、当然のように無視された。
「エチカの懸賞金すごいことになってる。5万リラクマ超えてるよ」
ショータが、荷物から携帯食料を出しながら言った。固形型の粘土みたいな食料。あれならアシカの方が絶対おいしいとエチカは思う。
「たいしたことない。教団だと下から数えた方が早い」
エチカは、謙遜しながらショータのワイシャツに袖を通した。少し大きめで、袖があまった。嗅いでもショータの匂いはしない。
「ショータ、オーロラ見たことある?」
「うん? ないけど。ここにいると見られるのかな」
「あと少しで見られる。一緒に見よ」
ショータは、寂しそうに首を振った。
「それは……、約束できない。ごめん」
「じゃあいい。ほかのこと頼む」
エチカは、ふいにショータの手を握って頬ずりした。
「えへへ、女の子みたい。かわいい……」
魔導ストーブの強烈な熱風よりも、ショータの手の体温の方が、エチカの内部を暖めてくれた。
「エチカ、自首してくれ」
ショータが重々しく口を開いた。エチカはショータの手を夢中で頬に当てている。
「ショータ、あたしを捕まえにきたの?」
「ちがうよ。北に向かったって情報があったから、もしかしてとは考えていたけど」
エチカには、ショータの目的が別にあることを知っていて訊いた。
「エチカ、自分のしたことわかってる? もう死んじゃったら生き返れないんだよ?」
VAFがログアウト不能になってから二年が経過している。ゲーム内の時間の流れは現実とは違っているのだ。
二人は、サービス開始時期からの古参プレイヤーで、パーティーを組んだこともある。だがエチカが教団に入ってからは疎遠になってしまった。
「HPがなくなっても夢の祠に戻らない。現実に戻れるのかどうかもわからないんだ。もしかしたら本当に……」
「どっちでもいいじゃん、そんなの」
投げやりに言ってからエチカは、ショータの様子を上目遣いでそっと伺う。
ショータは悲しみに打ちひしがれたように、うつむいていた。
失望されているのだと思うと、エチカの被虐心はいよいよそそられる。
エチカは崩していた足を正座に組んだ。
「あたしは、わるい子でした。組合につきだしてください。でもその前にお願いがあります」
エチカは、ショータの手を掴み、人差し指をなめた。しっかりと唾液がつくように、根本まで丁寧にしゃぶる。ショータの味が脳を痺れさせた。
なめた指を、自分の隻眼すれすれに持っていく。
「あ、あたしの眼を潰して、あたしをショータだけのものにしてください」
顔を赤らめて、懇願した。ずっと温めていた言葉を吐き出せて、天にも昇る気持ちだ。闇に閉ざされた世界は、ショータだけに占められる。誰にも奪えないエチカとショータだけのワンダーランド。念願かなって、ショータとやっと繋がれるのだ。
「エチカ、ごめんね」
「ショータがどうして謝るの? あたしの方こそごめんね。賞金、5万ぽっちで、あと倍くらい借金もあるけど」
強く首を振るショータ。
「かつて僕が君を捕らえた時、君は言ったね。罰が欲しいと」
ショータに敗北したエチカは、眼を差し出した。それに関して一片の悔いもなかった。どうしてショータは苦しそうにしているのだろう。
「それで反省するならと僕は君を傷つけたけれど、やっぱりこういうのは、よくない」
「どうしてそんなこと言うの? イミワカンナイ」
「罰は君自身が与えるものだ。僕は与えない。自首してもう一度考えてみて」
エチカの顔がみるみる強ばる。頭の中では繊維を引き裂くようなビリビリという音が鳴っていた。
「あーあ、ショータにはがっかり。前みたく、問答無用で組伏せてくれると思ったのに」
シャツの袖を執拗に噛む。どうして自分の想いは届かないのだろう。こんなにも身をさらけ出して愛を告白したのに。憎しみだけが一人歩きをし始めた。
「どうしてそんなに丸くなった? あの女のせい?」
袖を噛みながらも、ショータの一挙手一投足に目を配る。彼の態度は雄弁に真実を物語っていた。
エチカは、虚ろな目をして笑う。
「絶対あきらめない。ショータはPKするし、あの女も〔ピー〕して、街の真ん中に捨ててやる。あたしのことだけ見られるようにしてあげるからね」
エチカの怒気が、テント周辺のペンギンを刺激したらしい。間の抜けた鳴き声がそこかしこから聞こえてきた。
ランタンを消し、二人は寝袋にくるまった。 「明日、僕は城に行くよ。君はどうする?」
エチカは、寝袋ごとショータの方に寄っていった。
「ここで待ってる。船壊されちゃったし」
ブリザードがテントをはね飛ばす勢いで、ごうごうと吹き荒れていた。テントの周りでは、ペンギンたちが風よけと、テントの重石代わりをしてくれている。
「ショータ、ここまでどうやってきた?」
「パラグライダー」
「ショータ、まじロック。かっこよすぎ」
ぴったりとショータの隣に寄り添う。特に何も言われないのでこのまま朝を迎えられそうだ。
「ショータ」
「うん?」
ショータは眠そうな声で返事をした。
「頭、なでなでして」
「エチカの髪って、チクチクしてるから、触りたくない。おやすみ」
ショタは、残酷な種族だ。本音しか言わない。言えないのだ。ロリ以上の稀少種で、基礎パラメーターは最高クラス。装備も豊富で、強力な専用職まで用意されている。
その分、嘘がつけないという致命的なデメリットがある。騙し合いが必須のVAFにおいては、ショタは必ずしも、優遇されているわけではなかった。
まともな寝床のおかげか、エチカは深く寝入ってしまった。ついでにリアルでのイジメを受けた体験が蘇る。過剰なまでの暴力性は、その時の影響だった。
明け方近く、ペンギンが妙な鳴き方を始めた。長く鳴いたと思うと、短くなりやがて聞き取れないほど小さくなった。
不気味な沈黙が辺りを支配した。
エチカは、飛び起きた。外で何か異変が起きている。半月近くのペンギンとの共同生活で、以心伝心になっていたため、危険を察知したのだ。シロクマなどの天敵がいるのかもしれない。
テントの外に無我夢中で飛び出す。ブリザードは収まっていたものの、冷気は健在だ。しかしそんなことを気にしている場合ではなかった。手でひさしを作り、日の光を遮りながら、辺りを見回す。
大量のペンギンが、テントの周りで将棋倒しになっていた。そのほとんどが虫の息である。エチカは特に仲のよいペンギンを瞬時に見分け、駆け寄った。
「ジョン! 言え! 何があった!」
ジョンと呼ばれた年かさの雄ペンギンが、つらそうにくばしを動かす。
(エチカ、逃げろ、奴が来た)
「奴って誰?」
(魔神……、俺たちを滅ぼしにきた。増えすぎたんだ。お前だけでも逃げてくれ)
ジョンはそう言って、事切れた。
エチカは歯ぎしりし、友の敵を探す。
敵はすぐに見つかった。朝日を背に、巨大な人型がペンギンの屍を無造作に踏みにじっている。
全長は、三メートル以上。二足歩行で、頭部に目鼻立ちはなく、なめらかな球体が首に載っている感じだ。体表は紫がかっており、腕が特に長い。
魔物かアバターか、即断できかねた。アバターの中には人外もいる(食屍鬼や、人狼など)。だが、エチカの会ったことのないタイプだった。
「おはようございます」
巨人が慇懃な挨拶をする。よく通るバリトンだ。口はないため、声はエチカの頭に直接響いている。
「喋った!」
エチカは息を飲んだ。やはりアバターか。エチカを狩りに来たのかもしれない。
「夕べはよくお休みでしたね。待ちくたびれたので、先に仕事をすませました。お邪魔ではありませんでしたか?」
「え、えーと」
エチカの苦手なタイプだ。教団にも気味の悪いほど腰の低い団員がいる。そして決まって恐ろしく頭が切れて強い。
巨人の足下に、まだ産毛の子ペンギンがいた。巨人はその上に足を振りあげた。
「サンダースっ! 逃げろっ、踏みつぶされるぞ!」
エチカは、喉を痛めるほどおらぶが、間に合わない。圧倒的な存在を前に、小さな命が費える。あのペンギンはエチカが数日前に温めて孵したのだ。思いいれもひとしおだった。耐えられず下を向いた。
「エチカ、目をそらすな」
いつのまにかショータが、エチカの隣に立っていた。彼は羽織、袴に白を基調とした甲冑を着て、厳しい目をペンギンたちに注いでいる。
「君が機雷で命を奪った人たちにも、今の君のように悲しむ家族がいたかもしれないよ」
エチカにはショータの言葉は届いていない。巨人に、じっと敵意のこもったまなざしを向けている。
「どうして、ジョンたちを殺した?」
「個体数の調整ですよ。アザラシの数が減少し、ペンギンが増えすぎました。生態系が崩れたということです」
暗にエチカの非を責めているようだった。エチカは複雑な生態系の影響など考えもしない。ただゴミのように扱われたペンギンたちが哀れで、まるで我が身が踏みにじられたような痛みを感じた。
巨人は、長い両腕を伸ばす
「適切な個体管理は重要です。私は、長い年月をかけてこの地に王国を作り上げました。それをわずか数週間で壊されて、憤慨しております」
大気が震える。巨人は怒りを露わにしているのだ。だが声は平坦なままだった。
「あなたは、”城主”ですか?」
巨人に怯むエチカを押し退け、ショータが一歩前に進み出た。
「その言葉を知るということは、ただ者ではなさそうですね。お名前を伺っても?」
「僕は、ショータです。これまで70ヶ所の城を攻略しました」
「ほう・・・・・・」
巨人は、感嘆の声を上げ、拍手をした。
「素晴らしい。では、ここが最後の城になりますね」
「・・・・・・、最後?」
ショータは虚を突かれたように口をぽかんと開けた。が、すぐに表情を引き締しめる。
「申し遅れました。私は、ガープ。お察しの通りこの地の城主をつとめています」
VAFの目的は、72ヶ所あるという城を解放することにある。城は、城主と呼ばれる強力な魔物が守っている。ショータはこれまで70ヶ所を攻略した唯一の冒険者だ。
「挑戦者は久しぶりです。しかし、パーティーを組まないソロプレイ。私も見くびられたものですね」
ガープは腕を組み、溜息をつく。口はないのだが、吐息は聞こえる。
「僕、強いから誰もついてこれないんですよね。ギルドも教団と喧嘩して瓦解しちゃったし、一人でやるしかないんです。あはは」
苦笑混じりにショータが言うのを、エチカはぼんやりと見上げた。ショータの鎧や籠手には桜花の紋章がついている。
千本桜。
ショータが、首領をつとめていてたギルドだ。教団に比肩する規模と強さを持っていた。
「成る程。かの千本桜の首領が相手なら、不足はなさそうだ」
ガープの背中から、蝙蝠のような翼が音もなく伸びた。顔を押さえ、低く笑う。
「私は意志を持った瞬間、造物主を恨みましたよ。比肩しうる者がいないというのは、悲しいものだ」
「わかりますよ、その気持ち」
ショータは愛刀、童子切安綱を抜き、鞘をエチカに渡した。金と白の美しい柄と、そりのある太刀は、冒険者垂涎のレアアイテムだ。これを巡って幾度も争いが起こった。
ショータの目がつり上がり、犬歯が伸びて目立つようになる。
ショータの職業は羅刹。力、早さが非常に優れた隠れ上級職だ。戦闘時は、人間離れした鬼の姿に近づく。
テントを出て、雪駄で小さな足跡をつけていく。ガープも空を飛び、戦いのフィールドに移動した。
ペンギンの屍のない開けた場所で、両者は向き合う。
風がやむのを待った。
「挑戦者はこれまで3人。2人は5分と持ちませんでした。あなたには、それ以上を望みます。良い戦いをしましょう」
ガープ
LV 89
しゅぞく まじん
せいべつ ???
しょくぎょう じょうしゅ
VS
ショータ
LV 76
しゅぞく ショタ
せいべつ おとこ
しょくぎょう らせつ
……、おいおい。VAFって、クソゲーじゃなかったのかよ。がっかりだよ。
俺とアテナが乳くりあってる間に、S○Oばりのデスゲームが行われてるんですけど。
ヒトコロス教団ってヤバそうな奴らだな。エチカちゃん病んでるし、ショタもかわいそうにな。あんなのに惚れられちゃって。掲示板のLv76のショタってこいつだったのかもしれないな。わからんけど。
え?
お前誰だよって?
もしかして忘れた?
俺だよ、俺。タロウだよ。冒頭でヘミングウェイがどうとかほざいてたクソゲー好きの高校生だよ。
思い出してもらえたという体で話を進める。
さて、何で今回、語り部の三人称視点が許されたのかと言うとね、実は今、俺死んでるの。
情けないことに、スライムLV30に瞬殺。
ショタが大見得切ってる陰で、凡人はこうしてあがいているわけですよ。
というわけだから、次回は俺の格好悪いハイライトをやるんだろうな。
あれ? ショタが、死んだら復活できないとか言ってなかったけ。
まあこれ夢だし。深く考えるのはよそうか。
……、信じてるぞ、アテナ。