クソゲー招致! オモテナシの女
百三十一時間。
何の時間かわかるか?
それは、一ヶ月の間、俺がVAFに費やした時間だった。
真面目な高校生だった俺は、親が寝静まった夜が更けてからゲームに勤しんだ。
毎晩毎晩ゲームやって寝落ちすると、しまいには夢にまでアテナが出てくるんだわ。夢に出てくるアテナはやっぱり美しかった。肌つやがよくて母性あふれるお姉さんって感じだ。でも何故かやたらと流し目を多用してきた。
「異世界で暮らしたくは、ありませんか?」
アテナの張りのある乳が、たゆんと揺れる。しゃべり方はおっとりしていて、自信なさげだ。ゲームより幼く感じた。
「転生しろってこと? 俺そういうの苦手だな。チートとかね、あれはいかんですわ。人生山あり谷ありが大事だね。ゲームはゲーム。しかもクソゲーだし」
俺が正味な感想を漏らすと、アテナは水の中に腰まで浸かってむせび泣くんだ。
夢の祠は灰色の岩で覆われた鍾乳洞の中にある。天井にも、地面にも氷柱みたいな鍾乳石がとんがっていた。アテナが浸かってるのは、地下水なんだろうね。たぶん。
五日たった頃かなあ。そろそろアテナの顔も見飽きてきた。幅跳びさせて、乳揺れの限界範囲を測定し終えたから、背後にしゃがんで、今度は尻を拝んでいたんだ。そしたら、アテナが恥ずかしそうに変な紙を渡してきた。
くしゃくしゃの小さい紙に、ぱふぱふ補助券と書いてある。(この時既に俺は異世界に取り込まれており、その土地の言語を理解できた)
「それ、69枚集めたら、アテナがぱふぱふしてあげる」
腰をくねらせて言うもんだから、俺はすかさず巻き尺で尻の動きを測定したね。
で、ぱふぱふって何ですのって訊いても、アテナは答えない。
次の日粘ったら、小声で秘密を打ち明けるみたいに教えてくれた。
「男の人と、女の人がする楽しいこと」
伏し目がちになりながら、また地下水に飛び込みに行ったよ。何だ、ただのビッチか。
ふと、補助券の裏をめくると、
8レース 単勝ヴァリアントおーがー17番
5000リラクマ
何のことかわからなかったが、俺は補助券を大事にしまいこんだ。
その次の日も、アテナは補助券を一枚くれた。興味がなかったといえば嘘になる。ぱふぱふは、いかがわしいことだって知ってたし、でもこの尻軽は信用ならんと、童貞らしく身構えていたんだ。
補助券は夢の中だけの産物だけど、目が覚めた時、俺は拳をすげー握りしめていた。
アテナは、くしゃくしゃになった補助券を毎回くれるんだけど、それは俺に渡しに来る時、力一杯握りしめてるからなんだ。
陳腐な表現になるけど、その時のアテナは片思いの女の子が、なけなしの勇気を振り絞って、恋文を渡そうとするみたいないじらしさがあったよ。
俺は、だんだん補助券をもらうのが待ち遠しくなってきた。ベッドに入る時間が早くなった。だが一度でもvafを起動しないと、アテナは夢に現れない。それを知らず何日か無駄にしたこともある。
「あと、19枚でイイこと……、できるね♡」
アテナに不意打をつかれ、耳元で甘く囁かれた。
「誰にも言っちゃヤダよ。アテナと2人だけの秘密」
俺は、ひどい勘違いをしていたんじゃないだろうか。見た目だけで人を判断するなんて、やっちゃいけなかったんだ。アテナはビッチじゃない。俺だけのvenus。
「ねえ、どうしてタロウはお外に出て戦わないの?」
補助券が残り10枚を切ろうとした頃、アテナが唐突に言い出した。
タロウとはアテナが俺につけた名前だ。この時点で俺は、アテナに首輪をつけられた犬同然だった。頭はぱふぱふで占められ、実生活もどうでも良くなっていた。
「でもここは夢なんだろ。外に出られないんじゃないの? それに祠の外は、あいつが出るし……」
俺が暗い顔をすると、アテナが手を握ってきた。よく手入れされて発色もいい。滑らかな感触。いつまでも触っていたくなる誘惑に駆られる。
「タロウは冒険者よね? アテナ、強い男の人好きー。アテナを王都に連れてって♡」
「行くぞ! 俺についてこい」
男は思い切りが大事。俺はアテナを伴い、鍾乳洞を抜けた。
外には、青く広大な平原が横たわる。
燦燦と目を焼く太陽光は、夢とは思えないリアリティーを俺に与える。涼風が首筋をなでる。少し肌寒いけど、アテナが隣にいるのであまり気にならなかった。
「空ってこんなに広かったんか……」
「タロウおおげさー、でもお外は気持ちいいねっ」
アテナが両手をうんと伸ばして、つるんとした脇を無防備にさらした。その際横乳が露わになる。俺は前かがみになって、アテナから少し離れた。
遮蔽物がほとんどないからか、かなり遠くまで見渡せた。平原に見えても、完全に平らではないらしい。当たり前か。地盤プレートで大陸はできてるらしいからな。
小山があったり、岩が出っ張ってたり、歩くのはなかなか骨折れそうだ。
俺の装備といえば、元々着ていた白いTシャツにジーンズ。やはり夢なのか、家にいた時の格好のままだ。アテナに会うんだからもっとオシャレしたいのだが、変に気張るのも恥ずかしかった。
靴は持ってなかったので、アテナに木の靴をもらった。タダでもらっといて悪いけど、履き心地はあまりよくないな。スニーカーとは比べものにならないくらい重いし、サイズが小さいのか、小指があたって少し痛い。でもアテナにもらったものをむげにできない。俺はこのまま冒険することに決めた。
俺の冴えない格好とは反対に、アテナは完全によそ行きの格好だ。
ビキニの上に、鮮やかに映えるスカーレットカラーの豪奢なマントを羽織り、頭に月桂冠を載せている。素足にブラックのミュールを履いていたのだが、装飾の派手すぎない趣味のいいものだ。手には動物の皮で作られたらしいブラックのハンドバックを持っていた。
素人の俺でも、それらの品が尋常じゃなく高価だとわかる。
「アテナって、もしかしてお金持ち? 神官職ってそんなに儲かるの?」
アテナは大げさに手をふった。
「えー、そんなことないよぉ。神官職って公務員だから、お給料も据え置きだよ☆」
下世話な詮索でアテナの心証を悪くしたくなかった俺は、さっさと会話を切り上げた。
さて、歩くにしてもまず方角を知らなくちゃな。アテナに教えてもらい、王都の方向を確認する。
目的地は祠から見て西南の位置にある。雲海霞む向こう側に、垂直にそびえる灰色の壁があった。あれが王都の城壁。俺が一ヶ月かかっても越えられない壁だった。
その時だった。
俺たちの背後から、平原の草をなぎ倒す不穏な音が聞こえた。明らかに風ではない。動くものが近づいてくる。
ここが夢でもvafに準拠しているのなら、俺の危惧は間違っていない。アテナを岩場の陰に隠す。
vafが至上希なるクソゲーと呼ばれる所以の一つ。青い災厄が迫り来る。
ゼラチン質の魔物。
初心者殺しのスライムLV30が現れた。