Lost1
一
たとえば、金メダルを取ったオリンピック選手の世界が一夜にして変わるように、ハテナイに帰還した俺の生活もそんな感じに表向き大きく変わったらしい。
「わたくし、シャルル=ド=コークはハテナイ代表として感謝の意を表し、えー、タロウ……、何だっけ?」
役場前での表彰式で王様は、俺の名前を忘れてまごついていた。秘書らしき女性が耳打ちすると、心底ほっとしたように頷いて、俺の首に銅のメダルをかけた。
それはいわゆる名誉勲章みたいな奴で、俺が通行を妨げていたヒトコロス教団を追い払ったことに対する労に報いるものらしい。
俺、大したことしていないから、居心地が悪かった。ショータがいなかったら、確実に命を落としていただろうしな。
そのショータもハテナイには寄らず、ニーベルンデンにとんぼ返りした。ハテナイとニーベルンデンは、休戦協定を結んでいるらしいが、敵国同士だ。アテナがパイプ役となってエチカを逃がしたみたいだけど、大人の事情はよくわからん。
ショータもご苦労さんだよな。アテナの頼みといえ、国同士の諍いにまで介入するなんてさ。やっかみを込めて訊ねると、
「アテナさんは僕の命の恩人ですから、どこにいたって駆けつけます」
きれいな笑顔で言ってのける。駄目だこいつ。アテナ教の信者なんだな。もう放っておこう。羨ましいわけじゃ全然ないんだからね。
話を戻す。俺がとっ捕まえたユイっていう子は、グラナダに強制送還された。ユイは大人しそうで案外ピーキーだったし、もう会いたくないけど、あの子との新婚プレイは悪くなかったな。
さて、形だけの勲章に舞い上がるほど、子供じゃないつもりだったけど、生まれて初めての授与にはしゃいじまったんだろう。
その後行われた宴会で、ワインをしこたま飲んじまった。ハテナイでは飲酒は十五歳から。十五から大人として扱われ、兵役などの義務を負うらしい。
でだ、その後、まずいことが起こった。
大切なメダルをなくした!
宴会の後、目を覚ましたのは、自分の部屋で、その時はメダルのことなんてすっかり忘れてた。頭も痛くてそれどころじゃなかったしね。
それから一週間くらい、ブタゴラスで今まで通り普通に働いた。勲章のことをどこから聞きつけたのかアンジェラが「ふーん、意外とやるのね」と、態度を軟化させたので調子狂う。
そんなある日、ヌイーダさんと、寮の掃除を頼まれたついでに世間話したんだ。
「あのメダル、質に入れたらどのぐらい借りられんのかね」
ヌイーダさんの言葉に深い意味はなかったと思う。あの人お金の勘定が好きだから、自然とそういう目で見てしまうんだよ。
俺は、この世界の物価は知らないから適当に相槌を打って、床の掃除をしていたんだ。水をつけたモップでね。
「おやあ、ヒーローのおでましだ。よっ、色男」
すると、にやけた若い男が、階段よりかかって俺をちゃかし始めた。寝起きのまま肩まで伸びた濃い金髪、白いボートネックのシャツに、女ものみたいな緑の長いカーディガンを羽織っている。背はひょろりと高く、頬に濃い髭、少し垂れた瞼から灰色の目がのぞいている。
俺は無視して掃除を続ける。
「僕、不思議なんだよー、Lv1の新米が、ヒトコロス教団を討ち払ったなんてさー。VAF始まって以来の快挙だね」
野郎は、なれなれしく俺の肩を抱いた。
「なあに、つき合いは短いが、君は誠実な人間だということは知っている。疑ってるわけじゃない。ジャイアントキリングってのもあるし、君のお国では、判官びいきなんてのもあるだろ。こう見えてそういうの弱いんだよなー、僕」
こいつは、ジョエル=ミラーといって、先輩冒険者にあたるんだけど、働いているのを見たことがない。ヌイーダさんも、「あいつは、どうしようもない」と言っていた。年は、はっきりしないけど、二十代後半から、三十代前半くらい。いつも、違う女と酒飲みながら街をぶらついている。顔を会わせるたび、金貸してくれってしつこくせがむから、適当に相手をすることにしていた。
「いや、まぐれっすよ、まぐれ。先輩には叶いませんって」
野郎、にやけてやがる。できるならそんな活躍見せて欲しいもんだ。
「君は若いのに話がわかるねえ。謙虚さって人生で三番目くらいに大事だよ」
くそ、早く消えろ。でも一番と二番が気になる。どうせロクでもないことは想像がつくけど。
ジョエルが息がかかるくらい顔を近づける。やけに話に前のめりなんだよな。嫌な予感しかしない。
「話戻すけどさあ、君、叙勲受けたんだろ? 勲章持ってる?」
「はあ、まあ。普通の銅のメダルっすよ。大した奴じゃないです。変なところケチなんだよなあ、この国」
俺はふと、アテナのことを思い出しちまった。
あのクソビッチは、もうこの国にいない。俺をこのVAFに呼んだり、理不尽な理由で牢にぶちこんだりと、ひどい仕打ちをしてきた救いようのない女だったが、あの類稀な乳と尻の測定は済んでいなかった。それが済むまでは俺はこの国を去るまいと決めていたのに、またしても裏切りを受けたのは許しがたい。
「いやいや、謙虚は君の美点だけど、悪い面もあるね。勲章は大したものだよ。胸を張れよ、な!」
ちっ、外野のくせにうるせえ。俺はあんな見せかけのもんどうでもいいんだ。明らかに強いユイをやっつけて実力はあるはずなのに、城の外で働きたいのに、未だにぱふぱふ見習いだ。アンジェラには悪いが、やはり俺の目的は、妹を探して元の世界に帰ることだ。先行きは見えないのは、ブタゴラスに行く前と変わってないじゃないか。
この頃、じれてきて欲求不満を抱えていたのは否め無い。
ジョエルは俺の事情なんか知っちゃいないから暢気なことを言い出しやがる。
「なあ、勲章見せてくれよ。ぜひ見たい。タロウの大手柄だなんろう? 僕も鼻が高いよ」
お望み通り鼻が伸びてピノキオにでもなっちまえ、穀潰しが。俺は大人しい新米って印象のままで通したいから、勿論、そんな罵倒はしなかった。
「はいはい、わかりましたよ。見るだけですよ」
二階にある俺の部屋に行った時、へまをしたことに気づいた。
「……、ない!」
部屋にはベッドと、服が何着かハンガーにかけられているだけだ。小物は、二十センチ四方の木箱に入れてベッドの下に隠してあるが、そこにも見あたらない。
「どっかに落としたんじゃないかい? 君、あの夜だいぶ酔っぱらってたぜ」
悔しいけど、ジョエルの指摘は的を得ていた。その可能性は高い。けれど他の可能性も検討する余地がある。
考えたくないけど盗難の可能性が第一に上がる。すまん、ジョエル、多分違うだろうけど、疑ってしまった。こいつが犯人なら、メダルを見せろなんて言うはずないもんな。
ジョエルはベッドに座ったまま、何か思いついたように顔を上げた。
「そういや、ヌイーダ、最近、金の工面に困ってたなあ。いや別に深い意味はないんだけどね」
こいつ、最低だ。人に責任をなすりつけやがった。だが、反論できない俺も同類だ。ヌイーダさんが、金に汚いのはみんな知ってるから、思いつくだけなら罪はないと思いたい。
「君、ヌイーダが何故、冒険者の面倒を見るようになったのか知ってるか」
「聞いたことないな。あの人、詮索するなって空気ぷんぷんさせてるじゃないですか」
「はははは……、それもそうだね。女の過去を詮索するのは野暮だよね。でもここだけの話、あの人の旦那は凄腕の冒険者だったんだよ」
俺は食い入るように、ジョエルを見つめた。謎めいたあの人の身の上話は、少なからず興味を惹いたのだ。
「このハテナイが、魔物の侵攻を受けて、泣く泣く元の土地を追われたのは君も知っているだろう。彼女の夫は、退避していた国民を守って、殉死したのだ」
俺は口を挟まず、下を向いた。確かに気安く立ち入っていい話じゃない。
「悲劇は終わっちゃいない。彼女は、夫を死地に送り込んだ王政府を恨んだ。そして冒険者ギルドを牛耳り、冒険者を苦しめる魔女へと生まれ変わったのだ。僕らは飛んで火にいる夏の虫。死ぬまで酷使される運命なのさ」
悲しげにリュートを鳴らす。そいや、ジョエルは吟遊詩人らしい。
「それマジですか」
「いや、僕の創作。それにハテナイが壊滅しかかったのって僕が流れてくる前だし、詳しいことは知らないよ」
悪びれず、邪な風聞を広めたがるこいつの人間性は、やはりどうしようもない。真面目に聞いた俺が馬鹿だった。
「おい、どこに行こうと言うんだ。まさかヌイーダを問いただすのかい? 僕も行こう」
勝手に騒動を作るんじゃねえよ。もう駄目だ。こいつといると話がややこしくなる。
「俺、仕事の時間なんで。これで失礼します。メダルのこと一応黙っておいてくれますか」
駄目元で、頭を下げる。こいつの口は、壊れた戸より軽そうだもんな、あまり期待できないからメダルの件は一刻を争う。
ジョエルは、目を閉じ気取った挨拶を述べる。
「若人よ、恐れず歯車となりて、身を削るがいい。凹凸を失った美しい歯車は醜い人間関係をより円滑にすることだろう……、うん〜、僕いいこと言った」
やべ、マジで頭痛くなってきた。こいつと面をつきあわせるくらいなら、働いた方が絶対精神にいいに決まってる。




