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クソゲーがしてえ!  作者: 濱野乱
恋するバクダン〜王都騒乱編〜
18/128

ぱふぱふ修行始めました。



思い出せば辛いこともあるけれど、順番に話していこうか。


ヌイーダさんに冒険者と認められた俺は、あてがわれたボロ屋……、じゃなかった素敵な庭付きのおうちに暮らすことになった。そこは冒険者専用の簡易宿泊施設で、無料ではないが、朝と晩、食事は出る。


スラムに近い場所にあるからね。外観はあまり良くない。黒い板屋根は所々雨漏りしていて、石がのっけてある。修繕費すらないのかケチなのかよくわからない。


二階建てで、いくつもある部屋はどこも割れた窓と固いベッドがあるきり。電気もつかない。電気は富裕層の家とか、国の主要施設にしかつかないみたいだ。どこから電気を賄っているのか俺は後に意外な場所で知ることになる。


住むところを見つけたわけだけど、次は食扶持だ。RPGなら魔物退治と、行きたいところだが、ご存じの通り、ハテナイ周囲の魔物は強い。Lv1の俺では、命がいくつあっても足りない。


そのため、ヌーイダさんと相談して街の中でできる仕事を探すことにした。ゴミ回収や、買い物代行、落書きを消したり、つまり何でも屋だな。でもこれ労力の割に賃金が安くてさ。しかもヌーイダさんが仲介料と称してほとんど懐に入れちまうんだもんな。おかげで食っていくのがやっとで金はたまらんし、ストレスも溜まる。仕方ないので、ばれないように競馬場の警備の仕事も始めた。


そんな生活を一ヶ月続けた。この先どうなるんだろうと、俺は毎日悩んだ。よく眠れなかったし食欲もなくなって、やっぱあの時、井戸に落ちて死んどくべきだったと後悔することもあった。


一階階段脇の食堂、黄ばんだシーツを被せた長テーブルに、朝食が出される。たいてい小さいジャガイモの入ったスープなんだが、俺はある日、その皿に涙をこぼしていた。泣きたくて泣いたんじゃない。感情が押さえきれなかったんだ。


「タロウ、あんたってどうしようもなく真面目だね」


冒険者同盟ハテナイ支部支配人である、ヌイーダは、俺の雇用主でもあり、住宅の管理人でもある。長い黒髪を重そうに垂らし、痩身でいつも黒い上下の服を着た、三十過ぎの未亡人風の女性だ。


ヌイーダはほとんど俺と一緒に食事を取らないが、その日は何故か同席していた。

「よく頑張ってる。この一ヶ月、仕事辞めたいって一度も言わもなかった」


俺にやさしい言葉をかけたことがないこの冷血な守銭奴が、どういう風の吹き回しだ。さらに過酷な労働に追いやるつもりか。思惑が読めないからすげー怖い。


「辞めたいって言ったら、辞めさせてくれたのか?」


「そりゃ当然だよ。辞めるのも働くのもあんたの自由意志だからね。その気がないならすぐに出ていってもらうよ」


これだもんな。この女、有言実行を絵に描いたような人なんだ。


そして驚くべきことを言い出した。


「そろそろ頃合いだと思ってね。本格的な修行に入ってもらう」


この一ヶ月はいわば試用期間だったんだな。俺の本気を試すための。あれー、おっかしいな、試験ちゃんとパスしたはずなんだけど。


「用心深すぎですよ。俺ってそんなに信用ない?」


俺はスープを一気に飲み干した。ラッキー、じゃがいも二個入ってら。普段は一個なんだ。


「すねない。あんたは、要領は悪いけど、真面目なのは認めてあげる。なんていうか……、叩けば叩くほど伸びるみたいな?」


俺に訊くな。人材育成に自信ねえのかよ。管理職として大丈夫か、こいつ。


「適材適所ってのは、どの業種でもあるわけでしょ。やみくもに素振りすればいいってもんじゃないし。才能を見定めて伸ばすのがうちの方針よ」


雑用押しつけられてこきつかわれているだけかと思ったけど、この人なりに俺のこと考えてくれてたのかもと納得してしまった。


「じゃあさ、じゃあさ、俺も他の冒険者と同じように外に出ていいの?」


遠足に行く小学生みたいにはしゃいだ。だってマジで嬉しかったんだ。

ヌイーダさんは、うんざりした感じで首を振る。


「話聞いてなかったの? ハテナイでは戦わせないって何回言わせる気? 無駄死するだけなんだから。はあ……、まず学校行かせた方が良かったかな……」


ヌイーダさんは、無駄死が嫌いだと口癖のように言っている。葬式は金がかかるし、墓地の面積も限られているからだそうだ。でも俺には、彼女が死を嫌う理由がそれだけじゃない気がするんだ。何となく。


「話、続ける? やめる? 」


「聞きます!」


この機会を逃したら、一生飼い殺しにされる。俺は焦っていた。


「あんたの”右手”を最大限生かせる職種を選んでおいた。あんたがその気なら、明日からでも……」


「オナシャス!」

俺は額を金槌のようにテーブルに叩きつける。


ヌイーダは、しばらく開いた口がふさがらなかったみたいだ。

俺は何でもいいから展望が見いだせる仕事がしたかった。妹を探すためだ。なりふり構ってなんかいられない。


「その元気、いつまで続くか見物だわね。あんたにやってもらう仕事は」


ヌイーダは、テーブルに身を乗り出す。そして、シャツの上から俺の胸の先端を正確に突いた。つまり乳首だね。


「ぱふぱふ、だよ」 


 2


「というわけなんですよ」


俺はお客さん相手に、ここに至るまでの経緯を説明し終えた。

俺の目の前で、黒皮のベッドの上に大きなは虫類みたいな生き物がうつ伏せになっている。体長は二メートル近く。背中から長い尻尾にかけて緑から黄色にグラデーションになっていた。


「いいボスじゃねえか」


は虫類さんの大きな口から、眠たそうな声があふれる。彼は俺のお客さんで、店に来るのは今日で三回目になる。


ヌイーダさんに紹介されたのは、ブタゴラスという店だった。


むさ苦しい風俗街の端にある小さい二階建て住宅に、今にもずり落ちそうなピンクの看板がかかっている。入り口に入ると土間になっていてベッドが二つ。それぞれ派手な更紗のカーテンで仕切られてている。明かり取りの窓はあるけど、昼でも伸ばした手の先もはっきり見えないほど薄暗い。入り口にもカーテンで目隠しがあるんだ。徹底してるよな。


「いいか? ぱふぱふは、目に頼るな。手の回路で感じるんだ」


この店の主人、オルテガは俺にそれだけしか指導をしなかった。抽象的でまるで要領を得ない。


かつて俺の暮らした世界の言葉に訳すとすれば、ぱふぱふは、整体に当たるらしい。

筋肉の緊張、悪しき血の流れ、骨盤のゆがみを、矯正するのが目的だ。


しかし、施術を実際に目の当たりにしたものの、物理的な力を要するようには思えなかった。 

オルテガは巨漢だが、力任せに客の体を指圧しない。見えない線を辿るように慎重に体をなぞる姿は、一種演武めいていて、こんな場末でこんなものが行われているなんて俺は信じられなかった。てゆうか、ここに来るまでエロいことしか考えてなかった。恥ずかしい。誰かさんのせいにしておこう。


と、俺もここに来てお客さんの体を触るんだ。今のところはクレームは来てないから、少しは役に立ってるのかな。


今日のお客さん、は虫類さんの背中を右手の腹で触れる。背中に突起のある背鰭があり、その右端当たりをなぞっていく。いぼのある分厚い皮で覆われ、ざらざらで冷たい。


触れていると水が流れているイメージの中で、小石が詰まっている感じがする。それを流すように念じる。


「ヘタクソ。やっぱ才能ねえな、てめえ」


やべ、怒られちった。そんなに甘くないか。


「大将はどうした?」


「あー、朝から競馬っす。アンジェラ、隣にいますけど変わります?」


「馬鹿言え。あの跳ねっ返りも、てめえと大差ねえよ」


カーテンの向こうから、女の短い舌打ちがする。オルテガの娘、アンジェラのものだろう。あいつの方が先輩だから、新米の俺と比べられて癪なんだろうな。


「タロウ、てめえ冒険者なんだろ? こんなところでなにしてるんだ?」


は虫類さん、これでも冒険者なんだ。それも結構ベテランらしい。


「まずは金を貯めます」


「それで?」

俺は彼の体をできるだけほぐそうと努める。ゴムみてえに堅い。いや、力を入れてる時点で駄目なんだ。多分ツボみたいなものを見つけないといけないんだ。


「金貯めたら、船と陸路で、ユミルを目指します」


今現在この世界は、、大まかに分けて三つの大国が牛耳っている。


教皇を頂点とする宗教国家グラナダ。


亜人種が治める氷結の軍事国家、二ーベルンデン。


そして、魔導を積極的に取り入れ、爆発的な経済成長を遂げた商人の国、ユミル。 


「金と物が集まる場所に、人が集まるのは自然の流れだ。ま、いいんじゃないか」


本当はショータとヌイーダさんの考えなんだけどね。黙っとこ。


ショータは、俺の友達は、今、ニーベルンデンに向けて移動中だ。俺と城門で別れた後すぐ、街道を北上したそうだ。ハテナイに滞在すると匂わされたからな。だまされた。


「あの国には借りがあるので、急に呼び出されても断りづらくて。道中の温泉で傷を治しがてら、行ってくることにします。タロウさんも、国に借りを作るのはお勧めしません。無茶な要求も断れなくなりますからね」


ショータの気乗りしなさそうな声はFG越しからでもわかった。


FGの通話機能は一定の距離なら交信可能だが、二週間前から、圏外になってしまった。今はショータと連絡はできない。メールは送れるけど、返信もないのだ。


「ユミルに行ってそれからどうする? 一山当てるつもりか?」


からかうつもりかと思ったけど、は虫類さんは結構真面目な人だ。単に向こう見ずな俺の行動が気になったのだろう。


「俺、いなくなった妹を探してるんです。こっちの世界に来てるはずなんですけど」


会う人みんなに聞いてるから隠すこともない。俺は妹の特徴をは虫類さんに伝えたが、返答は思わしくない。


「知らねえな、そんな娘」


「そうですか」


「俺みたいに全く別の姿になってる奴もいるからな。容姿の情報は役に立たねえ。そいつに目立つ癖とかねえのか?」


俺は手を止め考え込む。

「手、止めるな。仕事中だろ」


「あ、すんません」


考えながらだと、結構しんどい。妹の癖、靴下を裏表反対に履くことが多い。歯ブラシの色は、水色というこだわり。ああなる前はたしか親父と、サーフィンに行ってたこともあったな。俺はインドアだから一回しか行ってないが、あいつはけっこう体を動かすのが好きでボルダリングなんかもやってた。


「消える前、VAFについて何か言ってたことはあるか?」


そう言われると、確かあいつ……


「ギルドマスターになったって言ってました」

「ほう……」


肩胛骨の当たりに俺が手を当てると、気持ちよさそうな声を出したは虫類さん。


「だが、珍しい話でもない。ギルドマスターは誰でもなれる。お前でもな」


ヌイーダさんにまだ聞いてなかったけど、所属ギルドの支配人に申請すれば、のれん分けという形でギルドマスターを名乗ることが可能らしい。たとえ、一人でも。出資金は必要ないが、最低、三つのギルドマスターの審査と承認が必要となる。今の俺にはどのみち無理な話だった。


「他には?」


「あー、大事な仲間に裏切られたって言ってたような……」


俺が何気なしに言ったとき、は虫類さんの背鰭が逆立ったので驚いた。


「何でもねえ……、裏切りもよくある話だ。この世界ではな」


は虫類さんは、だいぶ具合がよくなったと言って、ベッドから下りた。彼の右手首は切り落とされたようになくて包帯が巻かれている。


「タロウ、お前の妹生きてると思うか?」


俺の心臓がはねる。当然、その可能性は視野に入れなくてはならない。


「ええ。でも、あいつは死んでない。俺より要領はよかったし、ゲームの腕だってあいつの方が上だったんです」


自分に言い聞かせるように、俺は言い切った。


「見つかるといいな。俺はゲームをあきらめたプレイヤーだ。俺みたいな奴もまた珍しくない」


代金を払った、は虫類さんは、長い尻尾を左右に揺らし、埃っぽい往来に出た。俺も見送りに出る。前から見ても、後ろから見ても、でけえイグアナが二本足で歩いてるようにしか見えない。この世界には亜人種と呼ばれる人間以外の生物もいるのだ。


「タロウ、お前、実戦経験はあるのか?」


「魔物は何度か。でも俺のツレが倒してたの側で見てただけなんで」


「違う。プレイヤーと斬り合った経験を訊いたんだ」


「それって……」

PKのことだ。VAFでは禁忌という建前になっている。


「俺は、ないです」


「だろうな。だが避けては通れない問題だぞ。PKをするのは、何もヒトコロス教団のような狂人どもだけじゃない」


は虫類さんが、こんなに喋るのは珍しい。いつもは寡黙な人なのだ。


「タロウ。戦闘で大事なものって何だと思う?」


「速さとスキルとエンチャントのバランス」

彼は満足げに頷く。優等生に対する教師みたいだった。


「半分正解。だがそれもある程度のレベルの魔物にしか通用しない戦術だ」


彼が俺に教えてくれたのは、中級者向けの内容だ。ショータはまだ早いと思ってあえて教えなかったのだろう。


「その戦術が全く通用しない敵もいる。そいつらは、お前みたいな初心者の思いこみを逆手に取る。そういうベテランプレイヤーか魔物に出会ったらお前は即死だろうな」


俺は疑問符を浮かべる。どういうことなんだろう。


「使い勝手の悪いスキルは、リスクが高い分、リターンも総じて高い。そういうバランスの悪い尖ったスキルを持った怖い物知らずが一番厄介だ」 


その時の俺はよくわかっていなかった。バランスがいい方が安全そうだけどな。でも確かにショータも速さに特化していると言っていたし的外れでもなさそうだ。


「じゃあ、俺もハイリスクハイリターン戦法でいこうかな」


「それも考え物だと思うがな」

どっちなんだよ。俺は少し混乱してきた。 


「スキルを育てるのには時間がかかる。潰しのきかない特殊なスキルだけで戦うのも難儀だぞ」


うーむ。初めのうちは無難な戦いをするしかなさそうだ。でも必殺技みたいのもいつか会得できると思うとわくわくしてきた。ゲーマーの血が騒ぐね。


「後は、そうだな……、信頼できる技師を一人見つけた方がいい」


「技師?」


「スキルを育てるのにはマテリアという物質が必要だ。それは魔物から採取するしかない。そしてそれを加工して、俺たちが使えるように調整するのが魔導技師なんだ」


どうやら戦闘向きのプレイヤーと、サポートが得意なプレイヤーがいるようだ。俺は戦闘向きだ。一応。


「マテリアは、魔導技師にしか加工できない。大きなギルドにはお抱えの技師が何人もいて頭をサポートするのが一般的だな」


「ソロプレイは難しそうですね」


「だから言っだたろ、ギルドマスターは珍しくないって。徒党を組むのは常識だ」


最低でも、二人のパーティーがVAFでは必要ってことか。二人三脚、ピッチャーとキャッチャーみたいな。


「技師は、慎重に選べ。こっちの手の内をさらけ出すわけだからな。主治医みたいなもんだ。逃げられたり、情報漏洩でもされたら命取りになるぞ」


マテリアと聞いた時、俺の頭に浮かんだのはある一人の女の子だった。俺が井戸に飛び込もうとした際、止めてくれた命の恩人だ。確か彼女はマテリアショップで働いてると言っていた。忙しくてあれから会ってないけど、一度訪ねてみるのもいいかもしれない。


「まあ、優秀な技師は大きなギルドに軒並み引き抜かれてるだろうから、今から探すのも骨が折れるだろうよ」


「いや、心当たりがあるんでそれは大丈夫です」 


「そうか。俺が伝えられるのはここまでだな。下手に俺のやり方を真似て失敗されちゃあ立つ瀬がねえ」 


自嘲気味に笑うと、どこか凄みがある。結構百戦錬磨の戦士だったのかもしれない。


「お客さん、どうして俺にそんなに詳しい話をしてくれたんですか?」


「グエンだ。大したことじゃねえ。お前は何も言わずに今日までツケを待ってくれたからその詫びよ」


黙ってたけど俺はまだ見習いだから、あまり強く言えなかったんだよ。それにグエンさん結構強面だし。


「グエンさん、また店に来て俺に色々教えてくれませんか」


俺の駄目もとのお願いに、グエンさんは、手首のない腕を持ち上げてみせる。


「見ての通りだ。利き腕が駄目になっちまってな。俺はもう実践から退いたんだ。悪いな」


グエンさんは、どうやって生活してるのだろう。戦わないで生きる方法もあるのだろうか。

「タロウ、絶対、妹見つけろよ」


「はい!」


グエンさんは、のろのろ尻尾を振り、通りを歩いていった。


「久しぶりに名前で呼ばれて嬉しかったぜ。頑張れよ」


それが、グエンさんの姿を見た最後だった。

彼が、”影なる城”で働いていたのを、俺はだいぶ後になって知ることになる。


俺は、まだ、この世界が”何を”糧に動いているのか考えもしなかった。


  

 

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