Gift Number22.5
不快な湿気が肌にまとわりつく。
地下にあるこの石牢は、四畳くらいの空間しかない。組まれた石の隙間から水が漏れてくることもある。
動物園の檻の向こう側ってこんな感じなんだ。入れられて初めてわかる経験。
「少し落ち着いたらどうだ、タロウ」
苔むした床に平然と座禅を組む一人の男。金髪と髭は無造作に伸ばされ、時の年輪を強調させていた。
俺はこいつとは対照的に水滴のついた鉄格子にしがみついていたんだ。獣みたいにがなりながらな。
「うるせえよ。俺をあんたみたいな犯罪者と一緒にしないでくれ」
何か涙声になっちゃった。だってこいつは、
「タロウ、心配するな。俺はお前を吹き飛ばして脱獄しようなどと考えちゃいない。人間を爆弾に作り替えるのは、美学に反するからな」
機雷を作って船を沈めた、爆弾魔なんだから。
「信じられるか。クソ野郎」
俺は野郎の隣にどかっと腰を下ろした。床も湿っていて気持ち悪いから座りたくないんだけど、ずっと立ちっぱなしというわけにもいかない。
「教団員は、みなそれぞれアイデンティティーを持って活動している。それを破る奴はクズさ」
こいつは、クジンスキーという名で、ヒトコロス教団の人間だ。例の機雷事件の首謀者としてパクられたこいつは、ハテナイに一ヶ月をかけて移送され、独居房に収容された。牢に入ったのは、一週間前(自己申告)らしい。こんな松明の明かりしかない薄暗い地下で時間なんかどうやってわかるのか知らないが、飯の時間もぴったりわかってたからな、馬鹿にはできない。
「それにあの牢には何重にもプロテクトがかかっている。下手に爆破しようとすれば、俺たちに跳ね返って焼かれるだけだろう。あの神官は用心深い仕事をしてくれた」
賞賛してるのか。別に歯がゆそうじゃないんだな。
俺を牢にぶち込んだのはあの女神官、アテナだ。奴のことを思い出すたびに、暴れ出したくなる。
「どのみち俺はここで死ぬつもりだ。総長は宗教裁判に持ち込んで時間を稼ぐつもりのようだが、駆け引きに興味はない。俺の好きだった教団は消えてしまったしな」
「最初に比べたらよくしゃべるじゃねえか。死刑になるのはどんな気分だ」
「別に、何も。魂があるべきところに還るだけさ」
悟りやがって何様なんだろう。人殺しの気持ちなんて想像するだけでおぞましい。
でも何か考えないと頭に苔生えそうでやなんだよな。俺も入れられて三日経つし。
「なあ、あんたの話だと組織の再編とかで、頭が変わったのか?」
疑問を吹っかけると、死にかけだった野郎の目が、わずかに光を帯びる。
「前総長なら、俺が捕らえられた時点でハテナイを落とすと宣言するだろう。皆殺しにする相手に話合いなど不要だ」
野郎が夢想していたのは、黄金時代なのか。殺戮の追憶か。
「邪知暴虐の魔竜王リリスと共に、俺たちはゲームクリアを目指した。だがそれも昔の話だ」
黙っちまった。
ヒトコロス教団って、単なる無法集団かと思ったけど、仲間意識とかあるんだ。意外だ。協調性とかなさそうなんだけどな。それでもやっぱ矛盾を感じてしまう。
「あんたの仲間は、あんたを助けようと暴れたみたいだぞ」
「それも脅しに過ぎない。本気ならとっくにハテナイは火の海だ」
その自信はどこから来るのかね。つい励まそうとしちまって損した。俺も大概矛盾してるね。
「エチカが来るはずがない……、俺を助けになど」
エチカって、ショータに絡んでた女の子か。まさかな。
「ところでタロウ。お前は何故俺と同じ牢に入れられている」
「知るか。あのビッチに聞け」
俺はクジンスキーと同じ、オレンジ色の囚人服を着させられている。競馬場で人悶着あったのが原因だが、野郎に話すことでもないよな。
「人が来るな」
目を閉じたまま言い当てた。野郎の言う通りだ。足音が反響している。飯かな。
「タロウ、どうやら話せるのは最後になるようだから言っておくぞ。FGを出せ」
死刑になる前の情けだ。俺は油断してクジンスキーにFGの巻かれた左手を差し出してしまった。野郎の翳した手から、熱が放射されたと思うと、鋭い針で刺されたような痛みが生じた。
「炎蚊時限針、発動」
FGが焼き石のように白熱していく。同時に激しいかゆみと、やけどに似た痛みで俺は顔を歪める。
「気が変わった。お前には贈り物を頼みたい」
俺はFGを取り外そうともがいたが、駄目だった。”しぎ”が発動しない。肝心な時に使えねえスキルだな。
「エチカが近くに来ているかもしれない。あいつに伝えたいことがある。お前を爆弾に変えるわけじゃないからな。別にいいだろ?」
いたぶるような笑みを浮かべやがって、こっちが本性ってわけか。
結局俺は思惑通り、数時間後にはあの海岸に行くはめになる。
この手首に巻かれたバクダンを持って。