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クソゲーがしてえ!  作者: 濱野乱
導かれし俺ら~取説編~
16/128

番外編 誓い


「せっせせっせせーのよいよいよいよい……」


ショータが城門を去り、二時間が経過した。


野鳥に啄まれていたエチカが体を横に倒し、右肩を地面にこすりつけ始める。


「モウ行クノカ?」


鴉が、嘴を開いた。この鳥は、エチカの頭上に夕べから留まっている。


「うん、愛する人を追いかけないと。恋する女はハードワーカーよ」


答えながら、鳥に肉の切れ端を口元まで運んでもらう。


「豚肉の脂身マジうめえ。やっぱもつべきものは友達だわ」

鳥が嘴を上向ける。


「アノ壁の中ニハ、イヤナモノガイル」

「いやなものって?」 

エチカは、外れた間接をもどかしそうにいじる。

「ワカラナイ、タダ大キナモノ」

「マテリア?」

「夜一ツ増エタ。今は三ツニナッタ」


エチカはその一つを知っている。憎き恋敵だ。


「そいつにはデカい借りがある。あたしが潰す」


「ヤメタホウガイイ。アレハエチカノ手ニ負エナイ」


鴉が一斉に羽を広げて飛び立ち、白々しい朝日が目に入る。ようやく右肩の間接が落ち着いた。


「あー、よっし。やっぱ何回やってもなれないね」


痺れるような痛みに慣れるまで、胡座をかいて座っていた。ショータを追うには越えるべき城壁がある。文字通り高い壁だ。


「そろそろ門が開いたかな。ドキドキ」

脳天気な声が背後から聞こえ、エチカは首をもたげる。


弾んだ足取りで現れたのは、十代中頃の少女だ。マウンテンパーカーを着て、ニット帽を被っている。大きな黒縁眼鏡には分厚いレンズがはめられていた。


彼女は、エチカのすぐ脇を通り過ぎようとした。


「おーい。ユイ」

エチカが呼び止めるとぎこちない動きで、立ち止まる少女。


「お、おはようさんどす。エチカはん」


「シカトすんな。てゆーか、その京都弁なに?」


「他意はないのですけれど、あのその」


エチカの激しい追求にたじたじの彼女は、ユイという。エチカと同じ立派なヒトコロス教団の一員である。教団に加入した時期は、エチカよりも早いにもかかわらず、気弱な彼女はまるで後輩のように顎でこき使われていた。


「こんなところで会うなんて珍しいじゃん。あんた、ギャンブルとか興味あったっけ?」


「え、ないよ。私、そういう心臓がドキドキするのはちょっと……」


「ハテナイといえば、ギャンブルっしょ。じゃあ、あんたのコレクションに関すること?」


「ち、違うよ。召集命令があったから」


ユイは声を落とした。エチカの眉間に皺が寄ったのに気づいたためだ。


「総長のメール見てないの? エっちゃん」


「ああん?」


エチカは動かない左腕を右手で持ち上げ、FGを操作した。


「あ、ほんとだ。あの銭ゲバ、今度はこの国を盗るつもりか」


エチカは苦笑する。この場所にいる状況が、まるであの男の手のひらで転がされるようで滑稽だった。


「エっちゃん、本当に何も聞いてないの?」


心配そうにユイが顔を近づける。小動物のように落ち着きがない。


「あたしの前でカトーを総長って呼ぶな」


「あう……、でも」


ユイはますますうつむき加減を強める。


「総長は、”リリス”だ。あたしはカトーを絶対認めない」


エチカの大切な友達が作った組織は、形を変えていく。その変化は醜悪で、受け入れがたいものだった。だが、エチカはその組織にしがみつく。友情が彼女を縛り付けていたのだ。

 

ショータへの超弩級の愛>友情≧金≧戦


「ユイ、話を聞く前に、左肩の間接はめるの手伝ってくれる? 一人じゃやりにくくって」


「うん、いいよ」


ユイは華奢な見た目とは裏腹に、なかなかの腕力があり容易に仕事はすんだ。


「それにしてもエっちゃん、どうして間接が外れて倒れてたの?」


エチカは目を泳がせる。


「彼に、愛されちゃって」


「そ、そうなんだ」


ユイは顔を赤くして眼鏡を持ち上げた。


「彼ったらご無沙汰なもんだから、獣みたいに激しくしてきてー、さすがのあたしも体がガタガタよ」


「いいなあ、うらまやしー。私も彼氏欲しいなあ」


「できるよ、ユイにも。まあ、ショータほどの男はあたしくらいの女じゃないと釣り合わないけどね」

エチカは太鼓判を押し、豪快に笑った。ユイも小さく愛想笑いをした。


ユイは内心、恋愛に全く興味がない。話を合わせないと、エチカの機嫌が悪くなるので、仕方なくのろけ話に相槌を打ったまでだ。


「でも彼氏さん、冷たいね。エっちゃんを置いていくなんて」


「え?」 


エチカは言葉を失い、うなだれた。


「どうしたの? エっちゃん」


「何でもない。ショータは忙しいの。それよりさっきの話の続きして」


「それは小生が答えてしんぜよう」


嗄れた男の声が二人の少女の背後から聞こえた。

声のした方向にはリクガメが這っている。大きな甲羅はエチカの頭より大きい。一歩一歩確かに地面を踏み踏み進んでいた。


「ああ、あんたも来てたんだ」


エチカは落胆したように、カメを見下ろす。


「当然だ。小生はユイの相棒にして、同好の志であるのだからな」


リクガメはエチカと会話をしている。威厳あふれる口振りに、カメの姿が見えなければ、賢人の声と聞き間違えてもおかしくない。


「同好の志なんて、キュンキュンだよぉ。ゲーテさん」


ユイがカメの脇にしゃがみこむ。


「謙遜するな。小生と同じ収集癖という共通項があるではないか。ユイの場合、幾分特殊だが」


教団メンバーは通常、二人一組で行動している。ユイと、カメのゲーテはコンビを組んでいるものの、普段は別行動だ。有事の際にしか集合しない特殊なコンビである。


「てか、結構ヤバ目の案件なの? 何ならあたしが斬り込んであげてもいいよ」

 

もち有料で♡


「どの口が言うのだ、エチカ。小生たちがここまで出ばって来たのは、貴様とその相棒が原因なのだぞ」


「はあん? どうして?」


「教団の資金を持ち逃げした事実は認めるな?」


非合法活動をしてきたせいで、エチカは正規の依頼が受けられない。拠り所は教団だけなのだが、エチカは現在の教団の在り方を認めていない。そのため単独で動いている。


「でも、新型の機雷を作るためにお金が必要だったんだよ。あれで特許取れば、借金も返せると思って」


「それについては総長もお喜びだ。教皇に良い手土産ができた」


「なに、それ……、勝手な」


「勝手をしたのはエチカだろう? 総長に土下座でもすれば、許してもらえるかもな」


そんなことはできっこないと、カメは知っていて煽るのである。エチカは拳を握りしめた。


「貴様はどうしたいのだ? エチカよ。正規の冒険者ともつるまず、教団の方針には逆らう。あげく借金の自転車操業で、負け犬の尻を追いかけるなど考えられん。くだらん人生だ。貴様も、ショータとかいう餓鬼も」


エチカの隻眼が鮮やかな怒りに燃える。


「……、聞き捨てならない。ゲーテ、あたしのことはともかく、ショータを悪く言うのは許さない。撤回しろ」


「吠えるなよ、餓鬼」


カメは手足と首を甲羅に引っ込め、高速で回転した。生じた衝撃波は強烈なエネルギーを兼ね、エチカの体をはね飛ばした。エチカの小柄な体は鞠のように転がり、城壁に叩きつけられて止まった。


「ゲ、ゲーテさん、やりすぎじゃないかな」


間近にいたユイは衝撃波を跳躍し、難を逃れている。


「構わん。聞き分けのない餓鬼には体罰もやむなし。これは教団の伝統だよ」


ユイは居たたまれなくなり、エチカの側まで走っていった。


エチカは額から血を流していたものの意識はあり、自力で身を起こしていた。


「エっちゃん、平気? やっぱり総長に謝って戻ってきたほうがいいよ」 


エチカの強情さをユイも知っているので、もう言葉は用をなしていないと思った。

ところが、


「あたしは何をすればいいの? ユイ」


「エっちゃん?」


血が流れると、エチカは逆に冷静になる。冷静に現実を捉えつつあった。どのみち自分の食い扶持は稼がなければ生きられないのだ。ゲーテの言動はいけすかないが、優先順位という観点からは、それていない。


「勘違いすんなよ、カトーを総長と認めたわけじゃない。盗んだ金の分、働いて返すだけなんだから。這い蹲ってもやる」


「その意気やよし。貴様は小生やユイと違い、代えのきく兵士だ。鉄砲玉と言い換えるべきかな。せめて、その役割は果たすべきだろう」


カメが悠然と這いながら憎らしい口を叩く。

ユイに手を借り、立ち上がる。目眩はするものの、五体は満足に動いた。


「さ! 詳しい話は後にして、王都に入りましょう。私お腹ぺこぺこだよ」


ユイが気分を一新させようと、朗らかに提案した。


「貴様はバカか、ユイ。おたずね者の我々が正面から、はいそうですかと入れてもらえるわけがなかろう」


「あうっ!?」


正論であったものの、ユイは涙ぐむ。ゲーテの言葉はいつも直戴過ぎるのだ。


「じゃあどうやって入るつもり?」


エチカが疑問をぶつけると、ゲーテは首を重そうに振った。


「それは小生が考えるべき事案ではない」


忌むべき亀は、首と手足を甲羅に収納し、死んだように動かなくなった。


「こういう時、賄賂が有効だと思う」


ユイが可愛い顔を近づけると、エチカはその頬をつねった。


「もったいないもったいない。入国審査の奴を人質にして突入するべし」


少女たちが侃々諤々の議論をしていると、恰幅のいい紳士が突如、背後から二人の肩を抱いた。


「そ、総長……」


ユイが驚きを露わにつぶやく。

カトーは、血色のいいつやつやした顔で微笑んでいた。燕尾服に山高帽子を被っている。

カトーとは逆に、エチカは顔をしかめたままだ。まさか前線に、この男が現れるとは予想していなかった。


「やあやあ、エチカ君。無事で何より。心配したんだよお。怪我とかしてない? んん?」


カトーはなれなれしくエチカを抱きしめ揺さぶった。首を引っこ抜かれる恐れもあった。


「あ。ども、ご心配かけました」


エチカは反射的に謝った。情けないことに、この男に逆らうには力が足りないのだ。


「いいんですよ、トモダチ。君にはまだまだ働いてもらわなくちゃなあ。借りはねえ、返してもらうよ」


カトーのねっとりとした視線を、エチカは真正面から受け止めた。


「もちろん」


教団に一度でも足を踏み入れたものは逃れられない。だが逃げるつもりはない。エチカは必ずこの男を打倒する。それが意地だろうが、未練だろうが構わない。


戦う理由は自分で決める。

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