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クソゲーがしてえ!  作者: 濱野乱
導かれし俺ら~取説編~
15/128

クソゲー試験其の伍 トリセツ


俺の釈然としない気持ちは、役場を出ても変わらなかった。


王はどういう意図で、俺の面接を行ったのだろう。新顔の覚悟を試したかったのか、頼りない若造を叱咤したかったのか、はっきりしなかったけれど、途方にくれた。


次に俺は何をすべきか。

ランカちゃんに話を聞こう。彼女は先輩冒険者だし、俺に好意的に接してくれる。その好意につけ込むようで悪いけれど、もうそれに縋るしかない。


善は急げとまず向かった広場は、どういうわけか騒然としていた。


人々が深刻そうに額を寄せあっているのが、不穏である。


ヌイーダに話を聞いてみた。


「城壁の外で小競り合いがあったみたいよ」


せわしなく給仕をしながら、彼女は俺の疑問に答えた。雨が降ってきたみたいなノリですけど結構大変なことですよね。


「それって、魔物ですか?」 


「……、そーなんじゃない」


俺との話を早々に打ち切り、ヌイーダは店の奥に消える。店は大繁盛で、席は全て埋まっていた。


緊急事態らしいが、俺にできることは何もない。野次馬になって、邪魔になるのは最悪だしな。


人混みをかき分けるようにして店を離れると、広場の中央に見知った後ろ姿を発見した。


「おーい、ランカちゃん!」


オーバーオールの彼女は、俺の呼びかけに一度背中をひくつかせた。


「あ、お兄さん」


ランカちゃん、反応が鈍い。振り返るまでに間があった。その間にこさえたであろう笑顔は、取って付けたようにぎこちなかった。


「ちょうどよかった。話したいことがあったんだ」


「そうなんすか……」


ランカちゃんと俺は広場の端っこに、人目を避けるように移動した。そこは戸が閉まった商店の軒先である。


「もしかして時間、ないかな」


「えーと……」


ランカちゃんの気がかりは、察しの悪い俺でもすぐにわかった。


彼女の目線の先、細長い一条の煙が、城壁際から立ち上っている。鼠色に火の粉混じりの煙は、もうもうとして晴れる気配がない。


「ここだけの話、ヒトコロス教団が城壁を攻撃したっす」


「え!?」


「小一時間くらい前に戦闘が始まったそうですが、死傷者も出ていて、こっちの分は悪いようです」


俺は教団の人間に会ったことがある。その男は表向き温厚な紳士だったが、得体の知れない怖さがあった。あいつなら、今回のような派手な真似をしてもおかしくなかった。


「教団は何のためにこんなことを」


「報復、でしょうね」


気づけば、冒険者らしい一団が広場に集結しつつある。ランカちゃんもその一味に加わるのだろうか。


「報復って、悪さをしたのはあいつらなんだろ? 意味わかんねえよ」


「教団にそんな理屈は通じません。彼らは仲間を取り返しに来たんす」


沈没事件の引き金となった機雷を設置した犯人が、今現在この国に拘留されているらしい。近々裁判が予定されており、教団はその引き渡しを要求しているそうだ。


「無罪放免で、犯罪者を解放しろって言うのか? そんな要求通るわけないだろ」


「お兄さんの仰ることはもっともです。そんな無茶はクソゲーであっても通りません。しかし、その無茶を時に通してしまうのが、ヒトコロス教団というギルドなのです」


俺は不吉な煙から目をそらせなくなっていた。あの方角は、俺がこの国に入った門の付近だ。ショータやエチカは無事、国に入れたのだろうか。それに入国審査のカーターの安否も気になる。


「私はこれから現場の応援に行ってきます。ここで情報を待っていても不安ですし」


ランカちゃんは気丈に笑って見せたものの、語尾が弱々しかった。


「あいつらと戦うのか?」


「何としても街に入れるわけにはいきませ

ん。彼らは懸賞金の懸けられたプレイヤーですから、同士討ちになることもないですし、思いっきり叩けますよ」


「勝てるんだよな?」


訊いて後悔した。愚問すぎるだろ。


「難しいでしょうね。さっき、お兄さんの前で格好つけちゃいましたけど、私、技術屋でして。戦闘には全くといって良いほど自信ないっす」


「じ、じゃあ、行かなくていいじゃないか。他にも強い奴はいるんだろ?」


ランカちゃんは力なく首を振る。


「私もギルドに加盟してますし、上から行けと言われれば逆らえないんです。しかも、今回は国からの要請です。建前っすけど、もうそれで勘弁してくださいっす」


小さい体が、俺の懐に飛び込んできた。


「お兄さんはやさしい人ですね。でも今はそのやさしさがキツイっす」

 

彼女は俺を突き飛ばすようにして離れ、広場の雑踏に消えた。


縫いつけられたように俺は、その場から動けずにいた。

彼女は俺の覚悟を責めたのだ。



warning! mission発生


ヒトコロス教団が王都に攻めてきた。王都を守るため、冒険者は団結しよう。

 

参加人数無制限 

 

mission難易度☆☆☆☆☆☆☆(最高12)

 

推奨レベル 50以上

 

報酬未定


 



俺はヌイーダの店の前の道路に体育座りをして、数時間を過ごした。


広場はいつしか人気が絶えていた。戒厳令でも出されたのかもしれない。


ヌイーダの店も含め辺りの店も閉店して、無目的に広場を占有していたのは俺だけだった。


初めてこの国に入った午前中と同じか、それ以上の静けさが耳に痛い。

日も暮れかかり、民家の屋根から健全な煙が生える。命の取り合いをしていても、やっぱり普通に生活できるんだ。


ランカちゃん無事かな。ショータたちも。今は信じることしかできない。


いつまでここにいるわけにはいかず、腰を上げる。宿を取るのが常識だけど、そんな金もツテもない。


「どうせ俺なんか、何の役にも立たないしな」


泣き言なんか誰も求めていない。

俺だって、このままでいいと思ってない。

じゃあどうすりゃよかったんだ。

ノコノコ最前線に出向いて、死ねばよかったのか。


「あらあら、ひどい顔みーつけた☆」


足首まで隠れる純白のローブを身にまとう美しい女が、俺の前に立ち止まる。


俺は意地でも顔を上げない。一番弱みを見せたくない相手だからだ。


それでもあいつは、遠慮なく俺の顔を覗き込んできやがった。


「よお、無事だったか。ビッチ」


「それはこっちの台詞よ、タロウ。こんな所にいたなんて」


アテナは慈しみ深い微笑みを浮かべ、俺の無事を喜んだ。


「悪いけど、一人にしておいてくれないか」


「んー? そうなの? アテナはタロウに会いたかったんだけどなー」 


ああいう別れ方して、どういう神経してるんだ、こいつ。


「わりい、ビッチ。マジで余裕ないんだわ、俺。今日の所は帰ってくれ」


ひょっとしてこいつも俺を責めるためにここに来たんじゃないのか。悪い想像ばかり働く。


「タロウ、ちょっと付き合って欲しい所があるんだけど」


こっちの都合にお構いなしの振る舞いは、馴れている。しかし、今回ばかりは、そっとしておいてもらいたかった。


俺はしゃにむに暴れた。が、恐るべきこのビッチはかなりの腕力を有しており、容赦なく俺を引きずり回した。こいつの細腕のどこにこんな力が秘められているのか謎だった。 


俺が放り込まれたのは、広場にある薄暗い聖堂の中だった。


ステンドグラスから薄明が差し込み、埃がチラチラと反射している。

上方の彩色豊かなステンドグラスに描かれていたのは、天使、なのだろうか。

左右に三枚ずつ合計六枚の翼を有した女人が象られていた。三つある顔は能面のように白い。

ビッチと俺は手を繋いで、祭壇に向かって歩を進めた。木の長椅子の間をゆっくりと、観衆もいないのに見せつけるみたいに。


白いヴェール被るアテナの横顔は、絵画のように幻想的だった。


「こんな場所で結婚式挙げられたら、いいよね」


俺にしか聞こえないような小声で、そっと呟くアテナ。


俺は思わず、「うん、うん、愛してる。家買って一緒に住もう。一生家族でいてくれや」


とか情けないことを口走りそうになった。でも言わなかった。神に誓って、偽りは述べられない。


祭壇の前に辿り着くと、俺たちは向き合う。一体何をしてるんだ、俺たち。


「タロウ、いいよ」


アテナはアヒルみたいに唇を突き出す。

俺は唾を飲み込み、アテナのヴェールを持ち上げて、尊顔を拝し、


「いたっ!」


アテナの額を小突いてやった。こいつと契約なんて死んでもするか。冷静になる時間は十分あった。


「何よ、もう。アテナとキスしたくないの?」


「したいわけないだろ。後が怖い」


アテナはぷりぷりしながらヴェールを被り直す。まるでこの世に自分を欲しない男がいるなんて信じられないという非難が込められているように感じられた。

実はアテナの方が背が高いから、俺が背伸びしないとキスできないというのは秘密にしておこう。


「そーよね、タロウはアテナのことなんてどうでもいいんだよね。もうわかった」


何がわかったというのだろう。伏し目がちになりながら、アテナは一歩後ろに下がった。


「いきなり結婚式やる方がどうかしてるだろ。何企んでる?」


「企んでないよ。アテナはぁ、タロウが元気ないから、元気づけてあげたかったの☆」


アテナのたおやかな指が俺の手に添えられた。絶妙な力の加え方で俺を指圧し、同時に俺の思考は死滅する。


「なあ、俺は何をすればいい? 教えてくれ」


「はて。それはタロウ自身が考えることだよ」


アテナは突如、俺を突き飛ばし、奥の小部屋に押し込んだ。

「……、ビッチ! 開けろ」


木製の扉は外側から施錠がなされた。ビッチの横暴さ、ここに極まれり。

部屋は一畳ほどの広さで天井は頭上に迫るほど低い。一方の壁の顔の位置に、はめ込み式の小窓がついている。そこから声が漏れてくる。

「ここは懺悔部屋。やましいことも包み隠さず話していいお部屋」

「俺にやましいことなんかねえ」

小窓は閉め切られているが、アテナがその向こうにいる気配は伝わってくる。 神官として俺の相談に乗ろうってのか。今更、あつかましい。

「じゃあ聞くけど、どうして俺だったんだ、アテナ。どうして俺を選んだ。この世界に呼んだ?」

「タロウがタイプだったから?」

「とぼけるな。こっちが包み隠さず話してるんだ。真剣に答えろ」


「アテナは真剣だよ。常日頃から」

神のお膝元だからってわけじゃないだろうが、アテナの声は落ち着いている。

「信じられるかよ。俺がここに来ても、役に立ったことないじゃないか。そうだろ? むしろいない方がましなくらいだ」

アテナを責めてしまった。止めたかったけど止まらない。人のせいにした方が楽だから。やはり会うんじゃなかった。自分が救われたい一心で、俺は楽な方に流されていく。

「全部、お前が悪いんだよ、アテナ。俺を元の場所に帰してくれ」

アテナの返答はない。もしや俺を置いて、どこかに去ったのか不安になるほどの時間が経った。

念のため、扉を軽く押すと容易に開いた。

驚いたことに、扉の外は聖堂内ではなかった。

フローリングの廊下が左右に伸びる。清潔そうな白い壁が目眩を起こさせた。

ここは俺の見知った光景、自宅マンションの廊下だった。

俺は迷うことなく左手に進み、リビングに向かった。ダイニングキッチンには調理しっぱなしの野菜が放置してある。半分に切られたトマトが乾いていた。


妹が春から通う予定の制服を着て、ソファに座っている。あいつのつむじが真上から見下ろせた。


俺は妹のすぐ隣に腰を下ろす。

妹は憑かれたように正面のテレビを見つめていた。三十二インチの画面には砂嵐だけが映されており、ゴーという、排水口に似た音が鳴り響いている。


「どうしてここにいるの? お兄ちゃん」

妹は俺の顔を見ず、口を開いた。


「自分の家に戻って何が悪い」


「いけないことはないけれど、一応聞いておかないと」


こいつは俺と入れ違いで家に帰ってきたのだろうか。ようやく二人で面と向かって会話できると思うと、何を話していいのやら戸惑う。


「お前、ずっとどこにいたんだよ」 


「いたよ、ここにずっと。いなくなったのはお兄ちゃんの方でしょ?」


砂嵐がぷつんと途切れ、テレビが消音する。

「は? 俺はお前を探しに行ってたんだぞ」 「嘘。お兄ちゃんは私から逃げた。現実から逃げた。そして行き着いた先でまた逃げた。そうでしょ?」


こいつは何を言ってやがるんだ。妹が密室から消え、俺はVAFに行き着いた。そこから逃げただと? 元々俺はあんな場所に行きたくて行ったわけじゃない。


「逃げてなんかないだろ。逃げたのはお前だ。引きこもって、家族に迷惑をかけた」


「私がいつ? 私はちゃんと学校に通ってるよ。お兄ちゃんがいても、いなくても。雨が降っても、槍が降っても、病めるときも、健やかなる時も、変わらず同じ電車で、同じ時刻に登校しているよ。だって私は」


妹を卒業したんだから。


そう淀みなく言って、あいつはソファから腰を上げた。


「どこに行くつもりだ」


「学校。遅刻しちゃう」


「待て。話は終わってない」


俺はあいつの細腕にしがみついた。捨てられまいと必死な情けない男の見本のように。

「離して」

「行かないでくれ」

「もう私はお兄ちゃんの妹じゃない」

「妹から卒業されたら、俺はもう兄じゃなくなるのか。勝手な理屈だ」


じゃあ、こいつは誰で俺は誰なんだ。


「少しでいいから、聞いてくれ。俺はお前がいなくなって、きつかった。もしかしてVAFにいるんじゃないかって、何とかしようと毎日、頑張ってた。でもどうにもできなくて」


堪えていたものがふつふつと沸き上がり、ともすれば言葉にできずに消えてしまいそうになる。あれほど封じていた気持ちも口にすると、本当に情けない。


こいつの言うとおり、俺は逃げてばかりだった。逃げ腰で、どうしようもないけど、それでも。


「お前はまだ俺から卒業証書を受け取ってない。お前はまだ俺の妹なんだよ」


妹は俯き、何の反応もしない。前髪を垂らし、幽霊のように押し黙る。


「俺はあきらめない。お前を探すために、もうVAFから逃げない。絶対に」


俺が言い終わる前に妹は席を立ち、リビングを走り抜ける。

廊下に出ると、妹が玄関で靴を履いている最中だった。


「忘れないでね、さっきの言葉」


妹はやっと俺に視線を向けてくれた。

「兄に二言あるまじ」 

「ふふっ、何それ。ダサ。でもお兄ちゃんにぴったりだね」

妹がチェーンと鍵を開け、ドアを開ける。ドアの向こうから目を灼きそうなほど白い光が溢れ出す。

「もう行かないと。会えてよかった」

「待てや、おい。今お前どこにいるか教えろ」

妹は半ば光に飲まれている。俺は手を伸ばし、小走りになりながら訊ねる。


「七十二本目の杭が眠る場所。お兄ちゃん、私、待ってるからね」


光は縦横に広がり、部屋を粒子に分解して拡散する。

俺の指先が触れる前に、あいつの声も姿も失われた。

海原に身を委ねるように、俺もあいつと同じ光に飲み込まれた。

  

 

 3


俺が目を開けたのは、懺悔部屋の中だった。

ひどく狭苦しい牢獄のようなこの部屋で、俺は立ったまま白昼夢を味わったらしい。

扉を押し開けた先には、聖堂の祭壇があり、聖女らしく手を合わせる女の姿があった。

俺の存在に気づいたアテナが、懐に飛び込んできた。嗅いだだけで足腰立たなくなるような甘い香りが俺の頭を痺れさせる。

「うおっ、何だよ!?」

「気分はどう?」


アテナは俺を閉じこめたことを詫びた。あの部屋は本当に何の変哲もない部屋で、幻を見せる効果はないそうだ。


「ずっと考えてたんだ。タロウがここにいるのはね、タロウがここに来たいと思ったからじゃないかな」


「そうなんだろうな。やっとわかったよ、さっきは怒って悪かった」

アテナは目を細くし、俺の肩を掴む。


「謝れば許してもらえると思ったら大間違いだゾ、タロウ君」


そしてビッチは俺の弱みにつけこみ、不当な契約を結ばせた。


曰く、ビッチを敬え。ビッチは絶対だ。ビッチの言葉は神の言葉と同義。


つまりビッチの"トリセツ"である。


「あとね、アテナが呼んだらすぐに来ること。服を誉めること」


「はいはい」


聖堂を出た俺とアテナは両手を繋ぎながら、広場を踊るように回転していた。ステップも何もなく、ハシャぎながら子供のように俺たちは楕円を描いていた。


影が濃くなり街灯がつく頃になると、俺は足を止めた。


「なあ、泊まるところないんだ。アテナの所に泊めてよ」


アテナは自分の肩を抱き、不安そうに身をよじった。


「いいけど……、タロウ。変なことしない?」


「しないしない。借りてきた猫みたいに大人しくしてるから」


疑わしそうに上目遣いするビッチ。


「やっぱりだめ! タロウ絶対変なことするもん」


「しねーよ! ショータには鍵渡してたじゃん! 何で俺はダメなんだ?」


「ショータ君は特別だから……、とにかくタロウは、だ・め☆」


ビッチのくせに猜疑心が強い。少しは貞操観念があるようだ。正直もっとちょろいと思っていた。ダメもとだったので、すぐあきらめる。


「庁舎は男子禁制なんだもん。あ、そうだ。ヌイーダに頼むといいよ」


アテナが苦し紛れに言ったのかと思いきや、俺たちの十メートル後ろに、仁王立ちする女店主の姿があった。


「あ、あの人は難しいんじゃないか?」


「へーき、へーき。アテナが頼んであげる」


アテナは数分も要せず、得意の交渉スキルを駆使し、ヌイーダに一晩の世話を取り付けてしまった。


「本当にいいんですか?」


ヌイーダは苦い顔で頷いた。


「いいよ」


 ”ただし”と続くのかと、覚悟したが、ヌイーダは何も言ってこない。


「じゃ、タロウ。アテナ帰るねー。そうそう、教団は一旦引き上げたみたい。騒動で門番が亡くなったし、グラナダに抗議しないと。ああ忙しい。今夜も徹夜かなー」


亡くなった? 嘘だろ。

アテナが去った後、俺はうなだれながらヌイーダと共に路地を折れる。


石橋を渡り、明かりも満足に届かない場所にある、二階建ての古ぼけたアパートに俺はたどり着いた。雨漏りするのか、屋根に石がのせられているのに気づいてしまった。

さらにはその門扉に俺は立ち入らせてもらえず、物置のような側の小屋に入るように命令される。


「明日から働いてもらうから。今夜はゆっくり休みな」


と言われたのだが、小屋の中は藁がうず高く積まれており、雨風を防ぐことができる程度の侘びしいものだ。置いてもらえるだけましか。


「ヌイーダさんのお店で働かせてもらえるんですか? ありがとうございます。お世話かけます」


ヌイーダは俺の頬をつねりあげた。アテナと違って節くれだって固い指だ。


「早とちりしなさんな。あんたは冒険者として働くんだよ。あたしはその手伝いをするだけ」


言葉の意味が飲み込めない。俺はまだ国の認可を受けていないはずだ。


「説明が遅れたけれど、あたしは酒場を経営している。それも国の認可を受けた特別な酒場をね。ここでは冒険者に仕事を斡旋している」


もしかしたらヌイーダの店に俺が入ったのは偶然じゃなかったのかもしれない。彼女は常に俺を試していた。それも有り体に言えば、やはり試験の一環だったのだろう。


「国による審査は可能だけど、それだけじゃアンフェアになる。そこで冒険者をチェックする第三者組織が必要になった。それが冒険者同盟。あたしはこの国でそこの責任者をしてる」


「つまり、俺は国とその組織に試されていたってわけですね」


「しょうがないでしょう。教団みたいなサイコ野郎だったらみんな受け入れたくないもの。あんたはもやしみたいだから、悪さもしない。あたしのお眼鏡にかなったの。合格」


うなだれ、女の子みたいに涙ぐんだ。正直な所、腹も立ったが、初めて居場所を得たようで少しばかり嬉しかった。


「でも俺があきらめて、他の奴もあきらめて、冒険者の数が減ったらどうするんですか?」


ヌイーダは肩を竦めた。


「いくらでも流れてくるから平気でしょ。でも人手不足なのは事実だからね。これからよろしく」


悪びれることなく、握手を求めるヌイーダ。

やはりクソゲーの住人は、どいつもこいつも勝手だ。


なら、俺も勝手に生きさせてもらう。

今から俺は冒険者。

あいつをこの手で捕まえに行く。 

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