クソゲー試験其の肆 圧迫面接
俺は広場の一角にある、ヌイーダの店に戻ってきてしまった。気心の知れた場所ができると心強いものだ。
「金の用意はできた?」
ところが、女店主は店先で俺の顔を見たとたん、容赦なく取り立てを再開した。励ましの言葉なんて期待してなかったけど、気が滅入る。
「あの、そのぅ、もう少し待っていただきたいんですが」
「あんた・・・・・・、今まで何やってたの?」
俺は直立のまま、両腕を腿にぴったりくっつけている。
ヌイーダは肩を少し開き気味にして、体を斜めに向けていたが、俺から決して目をそらそうとしなかった。
「もしかして、もう冒険者になるの嫌になったんじゃない?」
「そんなことはありません!」
俺ははっきり自分の意志を示す。ビッチに裏切られた今、俺は何が何でも自立しなくてはならないのである。
ヌイーダは、呆れたようなため息をつき、店の奥にひっこんだ。
やった。保釈されたぞ。これで王様に会いに行ける。安心したのも束の間、ヌイーダはすぐに店先に戻ってきてしまった。
「あんた、着替えたみたいだけど、どこかで食べてきたの?」
「いや、何も」
「・・・・・・、もう昼よ。どうすんの?」
俺は常に何かアクションを求められるんだな。クソゲーだから自分で考えて動かなくちゃ、すぐ詰んでしまう。
「このまま王様に会いに行こうと思います」
ヌイーダは白いシーツをテーブルに、ぱっと、広げた。
俺がぼーっと眺めていると、彼女は椅子をひいて座るように促した。
「あまりものしかないけど」
パンにソーセージを挟んだホットドックが、俺の鼻先にちらつかされた。
どういう風の吹き回しだろう。ヌイーダにとって無銭飲食の客に、さらに飯を食わせるメリットなんてないと思うんだけど。
「安心しな、毒なんて入ってない。ツケにしとくから」
パサパサのホットドックを快く受け取った。タダより高いものはない。有料の方がまだ安心できる。
「王様に会ってどうするの?」
有料の水を半ば強引にテーブルに持ってこられ、閉口する俺に向かって、ヌイーダが言った。
「そりゃ頼み込むしかないんじゃないですかね」
「他人事のように言うけれどね、あんたにできる? 教団のせいで、この国は外交に難問を抱えることになった。今更、冒険者なんて引き入れるかしらね」
沈没事件による多額の賠償金を、他国から請求されているそうだ。それは、この国の薄い財布に、多大なダメージを与えることになる。
王様は疑心暗鬼になっているかもしれない。もしかしたら、ヌイーダも教団の起こした事件がきっかけで、冒険者を嫌っているのかもしれなかった。
「国のこととか、難しいことはよくわかりません。でももし、王様がダメだったとしても新しい方法を考えます」
「勇ましい男。王様が許可をくれるといいわね」
その皮肉は、王様が許可をくれないと確信しているようだった。俺に対する信頼がないことの裏返しでもあるのだ。
「あたしがあの神官だったら、あんたのことほっとかないけどね」
気づけばヌイーダもテーブルにつき、酒を煽っている。俺の古傷を狙い始めたな。
俺もグラスに口をつける。喉にさらした水はキンキンに冷えていて、今朝飲んだものとは別物だった。
「あれの話はやめてもらえませんかね。まだ立ち直れてないんですよ」
「あんたも女を見る目がないねぇ。あれは、魔物なのよ」
あくまで比喩だろうけど、アテナの浮き世離れした雰囲気を顕すには適当と言えた。
「貢いだ男は数知れず。そいつらは、もれなく破滅したみたいだよ」
さもありなん。聖堂でのアテナの振る舞いを見ていたら、なんだか男をからめとるために神官の皮を被っているんじゃないかって思える。
「玉の輿とか狙ってるんですかね。家が貧しいって雑誌に書いてあったから」
「ああ、それ、ほとんど嘘だから真に受けると大変よ」
嘘のプロフィールだという情報を俺は、内心で肯定していた。それでもアイドルがスリーサイズ誤魔化すのならともかく、出自を偽るなんて聞いたことがない。
「どうしてそんな」
「もしかしたら、口に出せないほど卑しい身分だったのかもね」
虚飾に彩られた神官アテナに、俺も後一歩で骨抜きにされたかもしれない。冷や汗が出た。
「あのイケメン、ご愁傷様ですね。きっと貢いだ後に捨てられるんだな」
ヌイーダが不思議そうな顔で俺を見つめた。何か変なこと言ったかな。
「あの二人は・・・・・・、あんたの思ってるような関係じゃないよ」
「で、でも、キ、キス、してたんじゃないですか?」
俺は唇を震わせ真偽を確認する。ヌイーダは目元に皺を寄せていた。
「いつもの悪ふざけみたいなものよ。あんた、まだ気にしてたの?」
俺の安堵は、すぐ伝わったらしい。ヌイーダがにやにやしている。
「ほっぺに、チュってね」
と囁くと、ヌイーダが俺の頬に軽く唇を押し当てきやがった。アテナとは違い、化粧品の臭いでむせるところだった。
「・・・・・・、からかわんといてくださいよ」
「あんた見てると誰でもそうなんの。これ以上イジられたくなかったら、早く出かけな」
お母さんと言ったら、失礼か。異郷で出会ったこの女性に俺は知らず気を許している。嫌われてると思ったけどなんだかんだで世話を焼いてくれるし、憎めないところがあった。
「12リラ。耳を揃えて払うまで死ぬんじゃないよ」
金の切れ目は縁の切れ目かもしれない。
世知辛いね、クソゲーは。
2
広場を出て通りを歩いていると、喧騒に飲まれそうになった。
俺は市場に向けて歩を進めている。市場を通れば、王様がいる”役場”への近道になるとヌイーダに教わったのだ。
ランカちゃんにもらったブーツは快適で、石畳をコツコツ叩く音が楽しいリズムを奏でる。
市場には所狭しと、果物、野菜など扱う露天があり、買い物客でごったがえしていた。
俺、腹減ってるんですけど。前だけを向くことにしよう。
太ったおばさんが、安いよ安いよと魚を叩き売っている。そういえば近くに港があるんだった。
市場を何事もなく通り過ぎると、緩い坂を上り、住宅街に入る。
石で組まれた家という点では変わらないんだけど、最初に見た農家とか、ランカちゃんのアパートのあった場所とは違い、小ぎれいな芝生や、家紋付きの門構えが目立つようになってきた。総括すれば、建物が若いって感じだ。
役場とやらは、その近辺にあった。通りに面した大規模な建物と聞いていたから、すぐにわかったのだ。
通りから観察すると役場はL字型になっていて、民家の隣に、申し訳なさそうに建てられているらしかった。王様がいるとは本当に思えない。そもそも役場って、村長がいるイメージなんだよね。
しかし、突っ立っていても始まらない。俺はL字の内角90度の部分に扉を発見した。ニスの塗られた木の扉だ。
扉を押しあけると、ホールみたいになっていて、思いの外明るい。見上げると、ガラスの天窓から光が差し込んでいるのだった。
奥にカウンターのようなものがある。カウンターはセクションごとに分けられて、戸籍、税金など、パネルがついていた。カウンターの奥では忙しそうにスーツ姿の人が書類と格闘している。
「すみません。王様とお会いしたいんですけど」
「アポはお持ちですか?」
俺の格好が奇異だったのだろう。受付の若い女性は訝しげに見返してくる。
「飛び込みはきついっすかね? 大事な用があるんですけど」
「そーですねー・・・・・・」
女性は一度辺りに気を配ってから俺に顔を近づける。いたずらな笑みを浮かべて。
「もしかして、暗殺?」
「いやいやとんでもない。ただお話が」
俺が真顔で返すと、女性はクスクスと笑った。
「冗談だよ。外でお昼食べて、もうすぐ帰ってくると思うから直接頼み込んでみるといいよ」
受付嬢と物騒な話していると、俺の背後に気配があった。
振り返るとスキンヘッドの中年男性が立っていた。痩せ型だが、肩幅は広くスーツの上からでも、分厚い筋肉を保持していることが伺える。眉毛がなく、厳つい顎は金色の髭で覆われている。
そして、睫が長かった。どのぐらい長いかというと、目を閉じたら、鼻にかかるんじゃないかって思うくらいだ。
「あ、シャルル王、お帰りなさい。こちらの方がご用があるそうですよ」
威厳のある表情を崩さず、王さまは俺を見下ろす。
危うく目をそらすところだった。
あ、どうしよう。偉い人に対する礼儀ってどうするんだろう。なにも考えてなかった。お土産とか用意すればよかったのだろうか。やはり、このTシャツは失礼にあたるかもしれない。
王様は親指を上へ立てる。
「上で話を聞こう」
ビブラートのきいた声でのお誘い。断れるわけがない。
二階の廊下は、赤絨毯に覆われている。
王様が堂々と先に立って歩く。
彼が立ち止まったのは、会議室という部屋だ。
「報告は受けている。タロウ=オオツダ君だね」
長テーブルを挟んで俺と王様は着席した。会議室は日当たりの良い部屋で、窓からは中庭が見渡せた。
「は、はい。はじめめまして」
俺はがちがちに緊張して、舌を噛みそうだった。
「そう緊張するな。で? 冒険者になりたいんだって?」
「はい!」
「よし、じゃあ簡単な面接を始めようか」
暫くして、受付にいた女性が書類とお茶を持って入ってきた。
王はお茶に手をつけず、書類に一心不乱に目を注いでいた。
俺は王の所作を注意深く観察していた。
「あ、何か話さなくていいの? 時間ないけど」
「え・・・・・・」
「いや、面接って言っただろ。自己アピールとかしないと」
獅子のような王の態度に、俺はますます萎縮した。
「それなら、こっちから質問するぞ。城攻めの経験は・・・・・・、ないか。Lv1だから。うちはね、未経験じゃつらいよ。神官から聞いたと思うけど、魔物すごい強いからね。死んでも保証ないし。都市生活者として生きるなら、国が援助できるよ。そっちの方がお勧めね」
王は歯切れよく言って、お茶に口をつけた。
「……と、俺が決めることじゃないだろ。タロウ君はどうなの? どうして冒険者になろうと思った?」
空間を圧するような王の厳しい態度に、俺は追い立てられ、たどたどしく口を開く。
「生きるため・・・・・・」
「それだと冒険者じゃなくてもできるよね? わざわざ身の危険を晒すこともないでしょ。非戦闘員として、うちにいたいってことか? 職業の欄、盗賊って書いてあるけど、何ができる?」
「まだよくわかんないです。すみません」
王は鼻から息を吐き、天井を仰ぐ。
「セキュリティー部門に空きあるけど、・・・・・・、ついてこれる? 結構つらいと思うけど」
冒険者って思っていたのとだいぶ違う。まるで国家公務員になるみたいだ。
「じゃあ、最後に質問があれば、どうぞ」
一方的に面接の終わりを告げられる。有意義な問答とはほど遠い。
挫折感だけがついて回る。俺が何もできないっていうことはわかっていたが、改めて突きつけられた現実に俺は顔が上げられない。
何かないか。王の興味を引くもの。このままで終わるらわけにはいかない。
「新米が生きていくには、つらい環境だっていうのはわかりますけど」
言いたいこと言ってやれという内心の声に俺は従う。
「ぱふぱふがしたいだけなんですよ、俺。ぱふぱふは他の国じゃできないですよね?」
王は興味を持ったように首を前に突き出した。
「へえ・・・・・・、若いのにねえ。ちなみにどこの店通ってる?」
「いや、店じゃなくて」
「あ、専属がいるの。いいよねー、ぱふぱふは。躍動感がさ」
「はい。瀑布がぜんどうしてきますよね。毛穴まで幸せでしたよ」
王と俺はぱふぱふで意気投合した。さっきまでの怖い大人はどこにもいない。 同じ土俵なら立場を忘れ、気兼ねなく話すことができた。
「ははあ、話せるね、タロウ君」
「大人の流儀を王と話せて満足です」
「ぱふぱふに老いも若きも関係ないぞ。こうなったらとっておきの店、教えちゃおうかな」
「いや。俺には心に決めた人が」
「まあ、操を立てたい気持ちはわかるが、若いうちは何事も経験だよ、君。その店はブタゴラスっていって・・・・・・」
王の話を遮るように、扉が二度素早くノックされた。返事をする前に、険しい表情のの男が入ってきた。
ふと顔を拝めば、アテナをさらったあの男だった。彼は俺には目もくれず、王に素早く耳打ちしている。
とたん、上機嫌だった王の顔が引き締まる。
「すまんね、タロウ君。面接はこれで終わりにさせてもらうよ。楽しかった。酒が飲めるような年になったら・・・・・・、また話そう」
王は俺の側まで歩いてきて、両手で握手を求めた。タコの目立つ大きな手だった。力強い手を離すと、下を向いて、王は部屋の出口に向かう。
「それと、今日の面接は試験には関係ないから。では、引き続き頑張って。期待してるぞ」
王と男は唖然とする俺を残し、部屋を去った。
外では鐘を叩くような音が、しきりに辺りを脅かしていた。
西南の方向、つまり俺が都市に入った城壁付近で火災があったらしい。
俺はこの時知らなかったけど、犠牲者も一人出たみたいだ。