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クソゲーがしてえ!  作者: 濱野乱
導かれし俺ら~取説編~
13/128

クソゲー試験其の参 愛に耐えられない俺の軽さ


俺は地面から体を起こし、胡座をかく。天下の往来で世の儚さを憂うのもオツなものだ。


「ちょっと!」

女店主ヌイーダが、大声で風情を妨害してきた。


「金払え。さもないと警察に突き出す」

俺は未だ冒険者にあらず、収入のメドがついたら払うと、説得を試みる。いつの間にかビッチの飲んだワインの代金まで請求されそうになり、焦る。

「俺、水しか飲んでませんよね」

「水は無料じゃない。一杯、3リラよ」

「そんな! 聞いてないよ」

「それじゃ、この機会に覚えておきな。この世に”タダ”のものなんてないんだ」

ヌイーダの脅し文句に、俺は兎のように縮こまるしかなかった。彼女の理屈はもっともだ。

「必ず、必ず払いますから。警察に突き出すのはやめてもらえませんか?」

俺が懇願しても、ヌイーダの渋面は変化しない。

「条件しだいで許してやってもいい」

「本当ですか?」

ヌイーダは俺の顔をのぞき込み、いたぶるような笑みを浮かべた。

「今すぐ冒険者をやめちまいな。そうしたら解放してやるよ」

俺はしっかりと拳を握りしめ、自分の太股を叩いて立ち上がった。

「それはできないです。ごめんなさい」

ヌイーダの眉間がかすかに動く。俺の答えが意外だったらしい。

「どうして? どうしてそんなに冒険者にこだわる? あんた、あの神官に裏切られて、傷ついてたじゃないか。それなのに、なんで……」

「一度始めたゲームは、最後までやる主義なんです。それがたとえどんなクソゲーでもね」

唖然とヌイーダを残し、広場を歩き出す。数歩で腹の虫が鳴る。

「ほら、忘れもんだ!」

背後からの一声に振り向くと、ヌイーダが何かを投げつけてきた。かろうじて受け止めると林檎が掌中に。

ヌイーダはさっさと店じまいを始めている。食えねえ姉さんだ。

 

 (2)


林檎をかじりながら考える。これからのことについて。プラスに考えよう。もうアテにできるのは自分だけだ。ショータも、ビッチも、もういない。

重要なのは戦略だ。冒険者になって何をしよう。やはり困窮してわかったことだが、金銭問題は避けて通れない。そして住居の問題もある。この王都で暮らすか、それとも他国に移住するか。

おれは自由な風来坊。なあに生きる手段なんていくらでもあるさ。女なんて、人生を彩るスパイスの一つに過ぎないのだ。

つ・い・で。

なんのなんのついででしょ?

ついでに・・・・・・しゅぎな、いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいのおおおおおおいいいいいいいーくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおみjiadhagdyau@@@ddddddddd:::::::::dakahdaudaijdaihaohfa:jfakfak;;;!LL?/>>発狂完了☆

 

はあっっはあああああ……

アテナは、どんな顔でkissしていたんだ。俺はともかくショータのことまで裏切りやがって。クソが。

あのイケメンは誰だ。どういう関係だ。舌は入れたのか。クソ、気になる。いや! 気にならない! ビッチなんて、ビッチなんて……

気がつくと俺は林檎を噛むのを忘れ、涙で頬を濡らしていた。

章変えたくらいで、気持ちの切り替えなんてできるわけないよ。ふぇぇ……

「もう、やだ。死のう」

俺のメンタルは容易に崩壊し、虚ろな目で辺りを見回す。

ちょうど民家の脇に井戸があったため、そこを終の住処と定める。

この世の全てに別れを告げると、さようなら。

「ダメっす!」

俺は突如背後から羽交い締めにされ、地面に倒された。

「だ、誰だ! 死なせてくれええ。もう生きててもいいことないんだよおー!」

錯乱する俺を誰かが胸で慰めてくれた。やわらかい。でもなんか油臭かった。顔を上げると、茶髪にボブカットの女の子が困り顔で見下ろしていた。

「あ、落ち着いたっすか? もう、ダメっすよ、こんな所で死んだら、生活用水がパーになるんすから」

「あ、わわ……」

俺はゴキブリのような不審な動きで、女の子から距離を取った。

「ごめ、ごめんなさい。嫌いにならないでください……」

「え? ちょ、落ち着いてください。お兄さん、大丈夫っすから。私は敵じゃありません」

女の子は俺の頭を再び抱え、辛抱強く落ち着かせようとしてくれた。

「可哀想に。城壁の外で怖い目にあったんすね。もう大丈夫ですよ。私が側にいますからね」

俺は何をしでかしていたんだろう。とりあえずわかったのは、この娘の控えめな胸が俺をこの世界につなぎ止めてくれたということだけだった。

「すみ、ませんでした」

落ち着きを取り戻した俺が土下座すると、女の子が悲鳴を上げる。

「わー、お兄さーん! 勘弁してくださーい! もうわかりましたから顔あげて」

女の子はオーバーオールを着て、汚れた軍手をはめていた。重そうなワークブーツが地面を削るような音を立てている。顔はそばかすのある丸顔で童顔、年は俺と同じかそれより下のように見える。

「おかげさまで、落ち着いたよ。命を粗末にしちゃいけないよな」

「そうっすよ。私なんか時給6リラで働いて、生活カツカツなんすけど、こうして元気に生きてますから!」  

腕を肩の高さで曲げて力こぶを作る彼女は、小柄ながら頼もしく映った。

「何があったか知りませんけど、ファイトっす」

落ち込んでいる時、人から頑張れって言われてもあんまり響かない。でも、見ず知らずの他人だからか意外と元気がもらえた。

「お兄さん、足引きずってますけど、怪我してるんすか?」

「まあいろいろあって。でも大したことないから」

女の子は俺の足下に屈んで、長靴の先端を指で押した。

「これサイズ合ってませんね」

「うん。もらいものだけど、善意だからありがたいよ」

「はっきり申し上げて、これで冒険に出るのは無謀ってものですよ」

女の子は真剣に俺を見上げる。

彼女の言い分はもっともだ。でも今はこれを履く以外の選択肢はない。金も持ってないしな。

「あの、もし迷惑じゃなかったら、靴もらってくれませんか?」

「いや、でも」

「サイズ間違えて、大きめのブーツ買っちゃったんです。お兄さんなら履けるかも。私のアパートまで来てくれれば、差し上げますよ。捨てるのもったいないし」


彼女のうますぎる提案に、俺はよく考えることなく頷いた。断るのも悪い気がしたのだ。

というわけで、見ず知らずの女の子の住むアパートに向かうことになった。

元気で健気で積極的な彼女は、こう自己紹介を締めくくる。

「申し遅れました。私、ランカっていいます。道中、よろしくお願いします」


 (3)


ランカちゃんと俺は街の中心地を離れ、細長い路地を歩いていた。一応舗装はされていたものの、修繕されていない箇所が目立った。石橋は叩いたら壊れそうだったし、広場とは雰囲気が全然違う。

「なあ、城壁って街を綺麗に囲っているわけじゃないのか?」

ハテナイの面積は俺が思っていた以上に広大だ。城壁というと、真四角に街を囲うものと考えてしまうがハテナイの場合、そうではないらしい。あきらかに垂直に交わらない一辺が視界に入った。俺の予想だと、台形とか平行四辺形のイメージかな。

「この城壁はあくまで急拵えらしいっす。目的は魔物と冒険者からの防衛ですから、外観にまで気が回らなかったんでしょう。万里の長城みたいなものですかね」


そういえば俺の入った門も目立たなかったし、中から外には出られなかった。あれは防犯のための勝手口のようなものだったのかもしれない。

「なあ聞いてもいいか? ランカちゃん」

「はい、何すか」

「城壁は、冒険者からも街を防衛してるってどういうこと?」

外から内への攻撃、という質問に、シャオちゃんは足を止めて振り向いた。少しばかり堅い表情をして。

「悪さをする人たちがいますから。聞いたことないっすか? ヒトコロス教団」

「まあ、人並みには」

目にする建物が古くなり、迷路のような路地に差し掛かる。

ランカちゃんのアパートは三階建ての古びた建物で、通りの裏手にあった。日当たりは悪く、汚水みたいな臭いが周囲に漂っている。

「感想はどうっすか? お兄さん」

「……、歴史のありそうな建物だね」

「無理しなくていいっすよ。底辺の暮らしなんてこんなもんっす」

自嘲気味に笑うと、彼女は俺を古びたアパートに誘う。

外階段があり、二階に上がって廊下を突き当たりまで進む。

「あ! ここで待っていてください」

ランカちゃんの部屋のドア部分には、黒い布がかけられて、目隠しされていた。彼女はそれをめくり、中に消えた。ドアがないのだ。

しばらくすると、部屋をひっかき回すような騒々しい物音がしたが、やがて静かになる。

俺は辛抱できなくなり、布をめくって中をのぞく。

部屋の中はかなりとっちらかっており、一言で説明するのは困難だった。四畳くらいのスペースにベッド。部屋の対角線を横切るように紐が渡され、そこに洗濯物が吊り下がっている。ランカちゃんのプライバシーに配慮して、事細かに描写しない。

「お待たせしました。って、乙女の花園をマジマジのぞいちゃダメっす」

「あ、ごめん」

いつの間にか俺は部屋の中まで頭をつっこんでいたらしい。怒られるのも無理はない。

ランカちゃんが苦労して持ってきた靴は、予想を超えて立派なものだった。軍用のブーツに似た黒の編み上げ靴が、俺の足下に置かれた。


「これは、もらえないよ」


「どうしてっすか?」


ランカちゃんは、寂しそうに顔を曇らせる。


「これはすごい値が張るものなんだろ。さっき会ったばかりの俺がもらっていい代物じゃないよ」


「本当お人好しっすね、お兄さんは」


ランカちゃんは俺の右足をむんずと掴み、長靴を脱がしにかかる。


「あ、もっとやさしく……」


「女の子みたいなこと言ったってダメっすよ。さあ、まずは右足から」

ブーツは俺の足のサイズにぴったりだ。重みはあったが、その重みが頑丈さを保証するようだった。

「なあ、何で俺にこんなによくしてくれるの? もしかしたら、俺、悪い奴かもしれないよ」


「お兄さんが私を信頼してくれたから」


両方の靴を履き終わると、俺は慣れない足取りで数歩歩いてみた。安定感が長靴とは全く違う。


「お兄さんは治安の悪そうな場所に来ても、顔色一つ変えなかったじゃないですか。普通、私が強盗でもするんじゃないかと不安がると思うんす」


「死のうとしてた奴を助ける娘がそんなことするなんて思わなかったんだ」


「それでも!」


ランカちゃんは声を振り絞る。


「それでもうれしかったっす。お兄さんの信頼が、私にはうれしかったっす」


この娘は相当愛情に飢えていたのだろう。見ず知らずのこんな俺に気を許してしまうのだから。


「お互いさまってことでいいのかな。俺はランカちゃんに助けられて、靴をもらって、俺ばっかり得しちゃってるけど」


「あはは、お兄さん、そうですね。これはでっかい貸しですね」


それからランカちゃんの話を聞いた。彼女はマテリアショップという所で働いているらしい。よくわからないが、そこでバイト的な扱いを受けているようだ。いつか自分の店を持つのが夢らしい。


「あ、そろそろ俺行かないと。時間ないんだ」


「私ばっかり喋ってごめんなさい。ちなみにどこ行くっすか?」

興味津々に俺を見上げるランカちゃんを無視できない。これ以上余計な面倒をかけたくないが、話すことにした。


「これから王様に会いに行くんだ。俺まだ冒険者の認定がもらえてなくて」


「あー、あの事件のせいで審査が厳しくなって、新規の冒険者が加入しづらくなりましたからね」 


「あの事件って?」 


「ヒトコロス教団が起こした船の沈没事件っす。何でも容疑者は、この国で認定を受けた冒険者だそうです」


その見知らぬ誰かのせいで、俺はクソゲー試験を受けさせられているってわけか。だが、他人に文句を言ってる場合じゃない。このくらいの課題、さくさくこなさないといけないんだ。


「王様に会うんでしたら、その格好はNGっす。待っててください」


ランカちゃんはまたしても俺の世話を焼いてくれる。困るなあ。でも無碍にできないのだ。


俺は汚れたシャツを脱ぎ、ランカちゃんが持ってきてくれたTシャツに袖を通した。黒Tシャツの表には、日本語で

二言あるまじ

と、書かれており、裏面には

ろ、とだけ書かれていた。


「ふざけてないか、これ」


「いやいや、このくらいの茶目っ気があった方がいいですよ。話のタネにもなりますしね」


この娘は俺をどうしたいのだ。実はこの国で二言あるまじろは、F○ck並の危険なワードかもしれない。街を歩いた途端、官憲に捕まり、獄舎に繋がれるかもしれない。

いや疑るのはよそう。この娘は命の恩人で、靴も気前よくくれたのだ。今更そんなトラップをしかけてくるはずがない


「どうかしました? お兄さん」


「何でもないよ。さ、今度こそ行くから。色々ありがとう。恩は忘れないよ」


「うー、行っちゃうすか。寂しいっす」


捨てられた子猫みたいに目を潤ますんだな、この娘。普段からこんなことしているんじゃないかと、心配になる。


「ランカちゃん、この世界でどうか知らないけど、君みたいな可愛い女の子が、よく知らない男を家に呼び寄せるのは関心しないよ。俺が紳士だったからいいようなものを」


「平気っす。だってお兄さん、Lv1だったし。私、Lv22っすもん」


あっけらかんと事実を突きつけられ、傷つく俺。まあ、自衛できるのはいいことだよね。


「とはいえ、ご忠告感謝です。私だって普段は、もう少し警戒心バリバリっすよ」


「うん。そうだね。Lv1のゴミの言うことなんて気にしないでくれていいよ」


「あー、またネガティブになってる。お兄さんって本当ダメダメっすね……、そこがいいんすけど」


ランカちゃんは背を向け、仕切布に手をかけた。


「シャツ洗って置きますから、取りに来てくださいよ。待ってますから」


アパートを出た俺は慣れない靴で地面を踏みしめ、広場に戻ろうとしていた。

路上に酔っぱらいらしき男が倒れ込んでいる。みなりはお世辞にもきれいとは言えない。さっきまでの俺の装いと、いい勝負だろう。


俺は手をさしのべようか迷う。

結局、俺は無関心を装い、その場を離れた。 ランカちゃんが俺にしてくれたのは、無私の善行だったが、俺は内心それほど感謝していないのかもしれない。


白状すると今後、ランカちゃんに、どうやってこの借りを返していけばいいのか、そればかりに頭が占められてしまっている。


俺、人から好意を向けられるのは、昔から苦手なんだ。


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