落花流水
実を言うと、バッグから水が出た時に層のカラクリには気づいていた。黙っていたのはリク君のプライドを徒に傷つけたくなかったからである。
「本当はね、女王蜂はランカさんを殺せなんて言ってないんだ」
憑き物が落ちたように、リク君は本当の事を話してくれた。
「来るもの拒まず去るもの追わずって人だから、よほどのことがない限り、厳しい処罰は下されないんだ。でもだからといって、僕は納得できなかった。いきなりやめるって言われて、はいそうですかってならないよ」
「リク君はランカのことが好きなんだね」
ランカは離れた場所から俺たちの戦いを見守っていた。片時も目をそらすことなく、リク君の身を案じている。俺の方を気にして欲しいとは言わないが、ちょっと嫉妬した。
「好きなんて言葉じゃ収まり切らない。僕とフーは、蜂に入る前、ろくでもないギルドに所属していた。冒険者の死因の六割は、同業者による殺傷。僕らはその片棒を担いでたってわけさ。なんにも知らないおのぼりさんを罠にはめて、みぐるみはいで、ごねたら殺してね。理由なんかないよ。ただ楽したかっただけだから」
俺は運が良い方だったのかもしれない。手本となる人がいて、周りに助けられてここにいる。リク君のような境遇に落ちてもおかしくなかったのだ。
「蜂がそのギルドを潰して、僕らは自由の身に……、ってことには当然ならなかった。いつ死んでもいいと思ってたし、覚悟はしてたよ。でもランカさんは」
”生きて罪を償いなさい”
「どうせ僕らを手駒として使うつもりなんだって信用なんかしてなかったけど、家族みたいに扱われているうちに、これって償いになっているのかなって考えるようになった」
リク君は償いの意味を考えたが、答えは出なかったという。
「僕はバカだし、過去のことはそれほど後悔しちゃいない。でも、ランカさんの側にいるとまともになれた気がするんだ。道しるべみたいなものだったのさ。それがいきなりなくなったから、どうすればいいのかわからなかったんだ」
反省したようにうなだれ、リク君は静かに水に打たれた。ランカを想う気持ちが強すぎて暴走したってことか。俺にも責任の一端はあるから、声をかけづらい。
「リクー! このやろー」
ランカが俺の前を豪快に横切り、リク君に抱きついた。
「……、姐さん」
「ばかやろう。さっきのすげえ傷ついた」
「姐さんが危ないことをするのはやっぱり向いてないと思います。その分僕らが弾になって」
ランカは有無を言わさずにリク君を懐に抱え込んだ。
「うだうだ理屈こねるな。ごめんなさいは?」
「はい……、生意気言ってごめんなさい。でも僕らには姐さんが必要です。帰ってきて、くれませんか」
抱擁する二人の邪魔にならないよう、俺は静かにその場を離れた。地面に水たまりが出来ている。避けようとしたら目眩がして転びそうになった。
矢倉を解除して効果が切れてるから、元の衰弱した体に戻ったのかもしれない。普段使わない頭を無理に使ったからその反動もある。
王女の機嫌も少しは治った頃かな。今後のことも話さないといけないし、俺はコテージに戻った。
二
王女は薄いシャツをはだけさせたあられもない格好で、お休みになられていた。
「う~ん、サラ、うるさい……、今日はお休みだから一日中寝るの~……」
情けない寝言を言いながら背を丸めている姿は普段の厳しい雰囲気とは似ても似つかない。
とりあえず毛布でもかけてあげようとベッドに近づくと、足の甲に何か当たった。緑色の酒瓶だ。俺の修行中にお楽しみだったのだ。まあ、葬式みたいな雰囲気で待たれるよりはずっといい。
「あ、帰ってきた」
物音を感知したのか、目元をこすり、ヒロコが俺の方を振り向いた。
「ランカは無事か?」
「うん、一段落ついた」
俺が事態の収束を告げると、ヒロコは安堵するように長い手足を伸ばした。
「それはよかった。っ……、安心したら二日酔いがぶりかえしてきた」
「お前……」
二日酔いが辛くて寝ていたのか。弱いのに深酒するからだ。というような諫めることはせず、俺は大人しく台所から水を持ってくる。ここの上下水道はどこに通じてるんだろう。気になるけど知らない方がいい気もする。
コップを運び終えると、酒の匂いとヒロコの体臭が混じったベッドの端に浅く腰掛けた。
「何をしている? お前も休息が必要な体だろう? 僕に遠慮するな」
旅の時は意識してなかったけど、今は変に緊張してしまって、行動がぎこちなくなる。ランカに早く戻ってきて欲しくて、連絡を取ることを考えた。
「あ、ランカに誤解されるのを恐れているのだな」
妙に勘が鋭い。
ベッドがきしんで、ヒロコの衣擦れがするだけで俺はうろたえた。
「ち、ちげえし。体が汚れてるからシーツを汚したくないだけだし」
「ほう、だいぶまともな会話ができるようになったじゃないか。ではランカの変化にも気づいたか?」
戦うことに必死で、そんな余裕なかった。些細な変化を見逃して、破局したカップルの例は枚挙に暇がないとヒロコは言いたいのだろう。
「髪、切ったんだぞ、彼女。お前が望んだから」
俺は暗い気分に引きずられるように下を向いた。口だけでまさか実行に移すとは思わなかった。朝、髪を纏めるのが大変そうだから、無理しなくていいよと言いたかったのだけど、言い方を考えればよかった。彼女だって前の髪型を気に入ってたのかもしれないのに。
俺は彼女に恩返しする方法がわからないのだ。どうやって喜ばせればいいのか。ずっと一緒にいられればいいのだろうけど、それも難しい。結局中途半端になってしまう。
「なんだかランカよりもむしろお前の方がこじらせてる気がしてきたぞ」
ヒロコは一息でコップの水を飲み干した。
「繊細な男の子は嫌いですか」
「好かんな。見ていてイライラする。早めに決断することだ。ランカもそれを望んでいる」
王女は清々しく俺を裁断なされると、横におなりになった。決断力という点で、ヒロコ王女はシャルル王に似てらっしゃるし、王家の血をお引き遊ばしてらっしゃるように思う。
それに比べて俺ときたら、決断力のなさを誤魔化していただけなんだ。自分で答えを出さなきゃなきゃいけないってわかっていたはずなのに。