駆け引き
リク君の肩から下ろされた細長いバッグから、液体がトクトクとあふれだした。
バッグが完全にへたると、中に液体しか入ってなかったことがわかる。透明な液体は地面にしみて、その痕跡を完全に消した。
「スキル 真層水」
リク君は、だしぬけに液体の正体を明かしてくれた。
「あんたの能力もネタバレしてるからこれでおあいこだよね」
「死十朗と俺の戦いも見てたみたいだな」
「職業柄、観察するのが癖になってる。悪いとは思ったけど」
口振りとは対照的に、顔を不遜にそらし、全然悪びれていない。今更バレて困る能力でもないし、言い合いは避けた。
構えずにいると、俺の足下が地割れを起こし、鉄砲水が飛んできた。急襲の上に勢いは強い。しかし、流れは一つ。右手で受ける。
指先に触れた水のマテリア解析が自動で行われる。赤い付箋みたいのが水流についていて、めくらないとわからない。初めての経験だ。
めくった瞬間、水だったものが揮発して形態が変化した。不定型の水だと思っていたものが、猛火となって俺の指先に燃え移る。
「ユニークスキル 蛇の脱皮」
俺は地面に拳を叩きつけ、火を消した。拳全体が赤みと共がただれ、激しい痛みが断続的にやってくる。やけどの痛みは後を引く。涙が出そうだ。
「僕は任意のタイミングで、エンチャントを変更できる。相手からしたら相当やりにくいらしいよ。あんたの”すかし”みたいな技には天敵だよね」
俺を休ませないためか、地面から暴発するような勢いで水流が噴き出した。
今度は同時に三本。死角にもう二本。
俺の死儀は相手のエンチャントを認識しないと発動しない。俺がエンチャントを判定しなくてもスキル自体がやってくれていたからこれまで問題はなかった。だが、死儀の判定をくぐりぬけたものは無効化できないらしい。まさに天敵だ。以前の俺なら手も足もでなかった。でも今なら対抗できる自信がある。
蛇行して走りながら、左側面の水流二本に触れる。外れだ。単なる持続強化しかかかっていなかった。触れた瞬間に水はあえなく分散した。あと三本。
奪ったエンチャントを反射炉で加工してっと……、地味な作業を戦いの最中に行う。本気出すと、リク君は多分死んでしまう。ランカを泣かせたくないし、迂回しても安全な方法を取る方針は変えなかった。
「よそ見してるなんて余裕だな。詰みだよ」
俺が触れようとした水流が二股にわかれ、俺の足をねらってきた。これが本命か。
持続マイナスALLを貼り付ける。これを貼れば、スキル自体が何秒持続しようが、即座に機能を停止させられる。
「話聞いてなかったの? スキルを止めてもエンチャントが効果をなくすわけじゃないんだよ」
俺の足は体を支えきれずに前のめりに倒れた。体はおろか舌まで痺れる。毒だ。エンチャントを消そうとしたら変化されるし、スキルを止めてもエンチャントはそのまま。
自分で選んだ戦いとはいえ、駆け引きが面倒だ。神官相手なら、ただエンチャント作って殴ってりゃよかったから、ある意味楽だった。
「干支矢倉」
俺がコマンドを指示すると、正十二面体の箱が目の前に現れた。面の一つ一つに十二支の動物が描かれている。
魔鉱反射炉で作成したエンチャントは正規の扱いをされず、FGに保存できない。そのため保存のために新しいスキルを作るはめになった。死十朗の本歌取りみたいなスキルだが、ちゃんと独自性はある。エンチャントを貯めると、段階別に効果を発揮する。今は丑の絵が光っているから下から二番目の効果を使えることになる。
丑が発動している間、俺の耐久値が上がる。ちなみに鼠の場合は素早さが上がる。俺は六段階までしか試したことがない。最高まで貯めるにはかなりの時間と労力がかかる。
毒のエンチャントを死儀で破壊し、コピーを矢倉に入れた。貯金箱のような働きだ。
毒が消えると起き上がることができた。リク君は冷静に接近してくる。手には青白く光るナイフが握られていた。
ナイフに怯めば、水で攻撃してくるつもりだ。俺はナイフの刃に狙いをつけ素手で掴んだ。ナイフには特別な効果はない。今の強化された俺には素手でも十分だ。力を入れても刃が肌に食い込むことはなかった。スプーンを曲げるみたいに折り曲げへし折る。
当然、その隙は見逃されることなく、俺とリク君の間から水が噴射された。これまでと違い、水はスプリンクラーのように俺たちの頭上に降り注いだ。冷水はやけどにしみるけど、慣れてくると肌になじんだ。
「やんなっちゃうな」
リク君は、手で顔を覆ってぼやいた。
俺の手には赤い色の付箋が握られている。付箋には黒字でBOILと書かれている。リク君は自爆覚悟で熱水を降らせるつもりだったようだ。俺は前もってその戦術を阻止したことになる。
「いつからばれてた?」
「んー、二回目の攻撃の時、水が層になってるのが見えた。だるま落としみたいに層を組み替えてるなら、一カ所崩せば戦術が崩せるかと思って、冷水に変えといた。君のエンチャントは返すよ。毒の奴は矢倉に入れちゃったから無理だけど」
「いいよ、いらない。ちぇっ、S級ってすごいな。あーあ、負けちゃった」
ゲームに負けた時のように、リク君は軽い不満を露わにした。