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クソゲーがしてえ!  作者: 濱野乱
宝石の国
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女たちの悪だくみ

ランカに髪を切って欲しいと言われたヒロコは、当初乗り気ではなかった。人に仕える働きを嫌ったわけではなく、腕に自信がない。


「妹の髪を切ったことはあるが、それも大分前だ。責任は持てないぞ」


「でも刃物の扱いは慣れてるでしょ。ヒロコさんにお願いしたいんです」


頑強に押し切られ、ヒロコはランカのプライベートルームに招き入れられた。


ベッドとキッチンの他、何の調度もない部屋に入ってみると、ヒロコは居心地の悪さをはっきりと感じた。空間的な閉塞感はもとより、恋人同士の寝所に踏み込んだことに対する嫌悪と羞恥に、息が詰まりそうである。


ランカは、ヒロコの気負いを知って知らずか陽気に振る舞う。


「スペースがないんで、ベッドを片づけちゃいましょ」


二人でベッドを片づけ、開いたスペースに丸イスを置き、ランカが座る。正面に姿見を配置した。


ヒロコはランカの背後に立ち、鋏を持つ。理容用のものではなく、動物を解体できそうな大振りの品である。


「長さはどのくらい」


「短めで。この画像を参考にしてもらえますか?」


FG内の画像をヒロコに見せ、準備は整った。


ヒロコはランカ髪に櫛を当ててから、鋏を入れた。全体のバランスを取りながら、床に髪を落としていく。


「ヒロコさんの髪きれいですよね。私もヒロコさんみたいに生まれたかった」


「手入れが大変だぞ。というより、僕の場合は自由に髪型を変えられんのだ」


「どういうことですか?」


振り向こうとしたランカの頭をヒロコは手で固定する。不用意に動くと耳を切りそうだった。


「侍従にうるさいのがいてな。髪を切ったら見た目まで男になってしまうと言われた」


「あはは、ひどいっすね」


「全くだ。僕だって恋愛小説をたしなむし、女らしい格好もする。公務は別だが」


服装に気を使うようになったのは、ごく最近のことだった。以前はプライベートでも動きやすいという理由で男ものを着ていた。ヒロコは疑問を持たず、その変化を受け入れ始めている。


「ヒロコさん、全て終わったらハテナイに戻るんすか」


「うん。僕の居場所はもう残っていないかもしれないが、きっちり咎は受けるつもりだ」


それきり会話が途切れる。鋏が髪を落とす音が断続的に聞こえるに止まった。二人の共通の話題といえば一つしかない。ヒロコが先に口を開いた。


「僕は怒られなかったよ」


ランカは居眠りしたように目を閉じ、小さく肩を揺らしている。


「あんな言い方をしたんだ。もっと責められると思って怯えていた。でもあいつは僕の体を気遣うだけだった。なんだか気持ち悪い」


ランカは薄目を開けた。


「私の時もそうでしたよ。全面的に私が悪いのに、付き合ってくれとか言われて引きましたもん」


「僕といる時も君を恋しがっていた」


「うええ、そうなんすか。何か他に言ってました?」


「洋服も自分で選べないし、手料理が食べたいと言っていた。体が不自由な時は君の名を呼んでめそめそしていた」


内容のほとんどが捏造だったが、ヒロコは二人の関係修復を狙っていた。ランカは肩を張って息をついた。


「全くしょうがない人ですね。誰かがちゃんと面倒を見ないと駄目なんだから」


「そうだな。剣に対する鞘のような存在が必要だな」


「下の方はちゃんと鞘に収まってるんすけどね」


「ん? なんの話だ」


「王女様のお耳に入るような話じゃございませんよ。オホホホ」 


ランカの髪型はボブカットに落ち着き、本人も満足したように、笑顔で鏡をのぞき込む。


それを見たヒロコも大きな充足感と共に安堵した。


片づけを終えた二人は、ランカの作ったぶどうのカクテルで乾杯した。


「こんなことを言うと怒られるかもしれないですけど、私、試練失敗したらいいと思ってるんすよ」


酔いの回ったランカが、口を滑らす。ヒロコはそれを咎めるどころか賛同した。


「実は僕の体は老師によって完治してるのだよ。あいつが骨折る必要は全くない。イリスも修行して人に危害を及ぼすことはもうないそうだ。それを知らずにあいつときたら、俺は偉くなったといわんばかりにふんぞりかえりおって」


「そうですよ。昨日なんか、ランカを抱きしめるために帰ってきたとか寒いこと言ってましたもん。それに俺に口出しするなって、イキリ出してきたし。思い出したら腹立ってきました」


「男が力を持ちすぎるとろくなことがないからな。ここいらで歯止めをかけた方がいいな」


「もうね、ヤギにでもなっちゃえばいいんですよ、あの人。余計なこと言わなくなるし」


「いいな。そうなったら僕も餌やっていいか」


「ヒロコさんなら大歓迎ですよ。一緒に躾けてやりましょう」


杯を重ねるうちに、二人の会話は過激な方向に進んでいった。


「で、結局君たちは別れるのか」


酔った勢いを利用してヒロコは訊ねる。


「どうでしょうね。ヒロコさんはどうしたらいいと思いますか?」


意表をつくようなパス回しに、さすがの王女も言葉に詰まった。本音を言えばどちらからも嫌われる。


二十時間以上経つと二人とも酔いつぶれて、鼾をかいて寝てしまった。


試練終了の報告は未だない。

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