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クソゲーがしてえ!  作者: 濱野乱
宝石の国
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裏切りは蜜の味


王女はヤギを崖下の小屋に先導した。木製の小屋はかなりの大きさで屋根もあり、雨風をしのぐには十分だった。中は獣臭い。生まれたばかりのような子ヤギが、藁にくるまっている。


俺が中に入って観察していると、ヒロコに柵を閉められた。


「お、おい、まだいるって」


「お前もヤギなんだろう? ここで暮らせば」


「どこをどう見れば俺がヤギに見えるんですか! 王女様の目は節穴ですね」


「なんだ、ヤギじゃないのか。ずっとここで飼ってやろうと思ったのに」


ヒロコは渋々柵を開けてくれた。俺はヒロコの言葉にどぎまぎしていた。深い意味はないんだろうけど、ずっとというのは穏やかじゃない。


「魚が食べたい。お前、魚釣りは得意か」


前触れなく王女がお下知なさる。今は我慢だ。これまでずっと我慢してる気がするけど。


「できないことないですよ。お望みならね」


「わかった! 老師に釣り竿借りてくる」


ヒロコは飛ぶような勢いで坂を上っていってしまった。ビッチとは違う意味で疲れる。


あの二面性は前から不思議に思っていた。一緒に競馬場に行った時と、旅をしていた時、まるで別人だ。今のヒロコ前者に近い。オンと、オフが上手く切り替えられないだけならいいが、ヒロコの場合、急に爆発するからちょっと怖い。


「お待たせ! 行くぞ」


戻ってきたヒロコはバケツと竿持ってきた。少年のように頬を紅潮させ、俺の手を引こうする。


「ヒロコ」


「老師の分も釣らないとな。たくさん」


「行かないよ」


「どっちがたくさん釣れるか競争するんだ。負けないぞ」


「お前、俺が試練を受けられないようにするつもりだろ」


ヒロコはぷつりと黙り込んだ。性急に話を進めようとするからには魂胆がある。こいつの場合嘘が下手過ぎるけど。


「だって、試練が終わったら、イリスを殺すんだろう?」


ヒロコが心配していたのは俺がタマさんに抱いていた疑念に重なる。死十朗もそれらしいことを言っていたし、俺も懸念している。


「そんなことはしない。たとえタマさんに命令されても断る。イリスを連れて逃げてやる。お前が心配することは何もないからな」


ヒロコの手からバケツが落ちた。金属性らしくガチャガチャと鳴った。


「お前がしなくても僕がイリスを殺すかもしれんぞ」


物騒な事を言うのは今に始まったことじゃないが、イリスを対象にしたことはなかったはずだ。意外性に驚いた。


「僕は何度イリスを殺そうと思ったかわからない。寝ている時、僕の腕に抱かれている時、首を絞めるなら簡単だ。機会はいくらでもあった」


「でもやらなかっただろ」


ヒロコは国を滅茶苦茶にし、母の命を奪った城主を憎んでいる。イリスが同一の個体だと知っていたら割り切れるだろうか。俺だったら自信がない。


「これからするかも」


「お前はできない。俺を止めようとしたのがその証拠だ。お前はイリスのママなんだよ」


俺はヒロコを信じたい。ヒロコが俺を信じられなくても、俺はイリスのママとしてのヒロコを信じていた。


「何か、背中の辺りがムズムズする」


ヒロコは震えながら背中に手を伸ばした。触るわけにはいかないので静観する。


「お前にママと呼ばれるとムズムズする」


「ママ?」


「うう、やめろ」


ヒロコは寒気を感じたように腕を押さえる。


「お前も絶対変になるぞ。パパ」


「うお、ほんとだ」


ヒロコが言っている意味とは別の意味で戦慄した。これからは言葉を選ぶことにしよう。じゃないとランカを裏切る事になる。





ヒロコと話合うこと、数十分。試練を受けることは認めてくれた。



「その代わり釣りには付き合ってもらうぞ」


交換条件持ち出される意味がわからん。俺がタマさんに殺されるのを遅らせたいというのは希望的観測か。


「後でいいだろ。今大事な時なんだから」


「僕は予定を変えるのが嫌いだ。今じゃなきゃ駄目なんだ」


説得しようとしたが、次の一言で雲行きが怪しくなる。


「ランカ=リーのことも聞きたいしな」


「彼女のことは関係ないだろ」


「関係ないことはないだろう? 散々世話になっておきながら、ポイ捨てか? 男として、いや、人間として最低だな」


どこまで俺たちの事情に通じているか知らないが、随分深く踏み込んできやがる。前に恋愛に興味ないとか言ってた癖に。


「今、マジで他の事考えてる余裕ないんだ。後で何とかするから」


「あの子は泣いていた」


ヒロコは我が事のように胸を痛めているらしかった。吐息をつくように言った。


「会ったのか?」


「今朝、お前と会う前にな。彼女は、タロウは悪くない。自分が悪い。もう一緒にはいられないと泣いていた」


俺が考えている以上に、ランカを傷つけていた。冷静になると、ちゃんと謝るべきだと痛感する。


FGでランカに連絡してみたが、着信拒否されていた。さらに、コテージにも入室拒否の設定がなされており愕然とした。


「ど、どうすりゃいい」


「二人の危機だな」


今更、右往左往する俺を尻目にヒロコはどこかはしゃいでいるように見える。


「任せろ。こういう時どうすればいいか知っている。恋愛小説で読んだ」


「……、頼りねえな」


ドヤ顔で言うからどんな秘策かと思った。王女の小さな秘密を知ったけど別にどうということはない。


「大丈夫、破局寸前のカップルが修復した例はいくらでもある。今からそれを教える」


ほぼ経験値ゼロの王女に任せられるわけがない。でも断ったら、絶対怒る。ひとまず話を合わせておくことにした。


「どうすりゃいいんですか」


「強引に唇を奪え!」


俺は吹き出しそうになった。ヒロコはちょっと背伸びした女子中学生と何ら変わらない。微笑ましいやら、阿呆らしいやら。


「こう肩をつかんで振り向かせる」


ヒロコが俺の肩を無理矢理引き回す。ネジを回すみたいな強引さだ。


「相手の目を見ながらゆっくり顔を近づけて……」


ヒロコの端正な顔がおもむろに近づいてくる。俺の目を切なそうに見つめ、片時も逸らさない。


俺はすっかり魅了され、唇を突き出していた。ヒロコの息が当たる。初めてキスをした時のように胸がざわついた。


唇が触れそうになった時、ヒロコは目を見開き、俺を突き飛ばした。


「……、なぜ嫌がらない。やめ時がわからなくなったじゃないか」


ヒロコは顔を強ばらせ、本当にキスした時のように唇を何度も拭っている。俺は憮然として座り込んだ。


「小説の真似してふざけただけだ。本気にしたら……、駄目だからな」


ヒロコはか弱い声で俺に忠告した。そういや、こいつ女なんだ。一度意識すると、収まりが尽きそうにない。


あのまま続けていたらどうなっただろう。考えるだけなら、裏切りにならないだろうか。


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