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クソゲーがしてえ!  作者: 濱野乱
宝石の国
112/128

縛る女、逃げる男。



「どうして死十朗は死んだんですか」


岩礁に打ち上げられた船にいる気分だ。

俺は助けを求めるように、タマさんに訊ねた。


タマさんは、俺のすぐ隣に立っていた。素足にサンダルだから爪まで見える。親指に花の絵が描いてあって吹き出しそうになった。笑ってる場合じゃないのに。


「死十朗の体はマテリア化していた。イリスのなんとか硬化症と違って自発的にな。ハイリスクハイリターン、だろ?」


どこかで聞いたような台詞を聞いても、実感が湧かない。矢倉は、エンチャント化した武器を収納するスキルだった。マテリアを加工したのがエンチャントなんだっけ。もし、死十朗の肉体がとっくの昔に滅んでいてそれでもなお存在しようという妄念の産物だったとしたら……、やめよう。俺が殺したことには変わりない。


「気落ちしてんなあ。このへんでやめにしとくか」


タマさんが、無遠慮に俺の顔をのぞき込んできた。この人はどうしてこうも俺の心を折ろうと躍起になっているのだろう。


「やめるわけないじゃないですか。何なら今から試練してくれても構わんですよ」


俺が断固とした態度で臨むと、タマさんは、けっと、毒づいた。


「最終試練は明日の朝一番でやる。一回こっきりだ。これを乗り越えればS級の称号と新しい職業を名乗らせてやる」


新しい職業とはいかようなものだろうか。不愉快だが、職業は自分で選べないものらしい。こっちに来た当初、ビッチに適当につけられたけど、特に意味はなかったような気がする。今回もおまけみたいなものだろう。


「とりあえず、それさえ乗り切れば、ヒロコを助けられるんですね」


タマさんは即答しなかった。じらすような間を置き、頷いた。


俺を不安にさせるいつものやり口だ。もう迷ったりしない。どんなことがあろうとも。



ランカのコテージに入るにはFGのコマンドを操作すればいい。


部屋主であるランカの許可があれば自由に出入りできる。


ペリカンが運んできたドアは、単なる暗示に過ぎなかった。


人間の神経は、突然別空間に移動しただけで、ひどく混乱するという。無茶をしているように見える冒険者ですら、時差ボケならぬ、空間ボケをすることがある。それを緩和するためにドアから玄関に移動する経過が必要なんだそうだ。気休めかと思ったら、意外と効果的みたいだ。俺は難なく愛の巣に戻ってこられる。


ランカはベッドの上で体育座りしていた。自分の世界に没入しいている様子で、声をかけるのを一瞬ためらってしまった。


「よっ」


俺が後ろに回って抱きしめても、吐息を漏らすばかりだった。胸を揉んだらさすがに怒るかな。やめとこう。


「タロウの”おばけ”が帰ってきた」


ランカが、夢見るような口調でつぶやいた。俺の腕の感触が信じられないのか。ならもっと強く抱きしめてやる。


「タロウ、どうして帰ってきたの?」


「ランカを抱きしめるため」


ようやく俺の方を振り向き、涙の露をこぼした。


「気持ち悪ぃ、変なこと言わないでよぉ……、わかった、タロウの偽物でしょう?」


俺が五体満足で生きて帰ってきたのが不都合なのか。保険金でもかけられていたのかもしれない。ランカ、恐ろしい子!


「もう本物偽物、どっちでもいいって。腹減った。食材ある? 俺作るわ」


せっかちな俺が、ベッドから下りようとすると、腕を捕まれ押し倒された。激戦の後で力が出ない。


「まだ……、信じられない。体に訊いてもいいかな?」


「ほんとしんどいんだ。またにしてくれると助かる」


ふと見上げると、ランカが俺の目をじっと捕らえていた。


「なんだよ」


「S級様の顔をちゃんと目に焼き付けとこうと思って」


「まだS級じゃない。明日で最後らしい。やっとだ」


やっと、の先が続かない。ランカの前でヒロコの話ははばかられる。


「やっとだね。やっと二人でユミルに行けるね」


ランカとのすれ違いが浮き彫りになる。ランカが見据えているのはずっと先の未来だ。俺は目先のことがやっとなのに。


「なあ、俺、蜂とやらに入らないといけないの?」


「強制はしないけど、歓迎はされると思う。私の方から上の方に話つけるし。そうしたら妹さんのこと探す手伝いもできるよ」


ランカは無理強いしてこない。でも俺に紐をつけたいと思っているはずだ。俺は答えを保留したくて黙り込んだ。


「タロウの好きにしていいんだよ。タロウが独立したいっていうんなら私もついてくし」


「先回りして勝手に決めないでくれよ」


死闘の後でかつてないほど気が立っていたのかもしれない。ランカが息を呑む気配がしても、譲るつもりはなかった。


「私……、そんなつもりじゃ。タロウの好きにしてって言っただけなのに」


「お前、いつもそうだよな。俺の勝手にしていいって言って、自分の思い通りに操ろうとしてさ。やり方が汚いよ」


ランカは、ずっと、涙混じりに「ごめんなさい」を繰り返したが、俺は聞く耳を持たなかった。どうしてここまで強情になるのか、自分でもわかっていた。


ランカの描くヴィジョンに、ヒロコはおろかイリスも存在しない。所詮、ランカとあの二人は無関係だから仕方ない。


俺はイリスのことを連れて旅に出るつもりだった。勝手だけど、それがベストだと思ったし、俺にはそれだけの力があると自惚れに近い気持ちを抱いていた。ランカにはこれ以上迷惑をかけたくなかったし、それを素直に表現できずに、苛立ちをぶつけてしまった。


「かっこわりい、俺」


ランカは何も言わずに部屋から姿を消していた。ひょっとしたら俺たちこのまま別れることになるかもしれない。ランカは組織に背く形でここにいたみたいだったし、ユミルに向かった方が彼女のためなんじゃないかとすら思える。


もう一杯一杯だ。全然強くなった気がしない。

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