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クソゲーがしてえ!  作者: 濱野乱
導かれし俺ら~取説編~
11/128

クソゲー試験其の壱 妹バブル

俺はついてゆけるだろうか。君のいないこのクソゲーのスピードに。


「いや、そんな顔しないでよ。別に君は未来永劫冒険者になれない。人生オワタとかいう意味じゃないから」


カーターは鼻を膨らませて、得意げに語る。

誰かこの野郎をぶん殴ってくれないかな。よく見りゃ、こいつのストライプのネクタイ趣味悪いんだ。


俺は人を一度嫌いになると、そいつの些細な面も気に食わなくなるみたいだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いじゃないけど。


半ば疲労した頭で理解したのは、俺は冒険者として認められていないという事実だった。少なくとも今はまだ。


「冒険者として認められるには、教皇庁と国の認可が必要なんだよ。君の場合、神官の認可、つまり教皇庁の認可は得ているみたいだから、あとはどこかの国で認可をもらえば問題ない。どうだ? 知らなかっただろ」


こいつ、俺をビビらせたかったんだな。ゲス野郎め。


「で、俺はどうしたらいいですか? 犬の真似でもすりゃいいんですかい?」


「威勢がいいのは悪くないが、反抗的になるのはよくないぜ。特に城壁の中ではな」

王都内では取り締まりが厳しいらしいし、どんな所なのか想像もつかない。気安い場所ではないのは確かだ。

「悪いが、俺の口からはこれ以上何も言えない。認可を得る方法を探るのも、試験の一部に含まれるからだ」


俺は試されるのだ。クソゲー試験によって。

ちなみに認可を得ないで、冒険を続けることも一応可能らしいが、お勧めはしないとカーターは教えてくれた。

その場合、国からは簡易観光ビザしか得られないため、最長三日の滞在が限度のこと。それを過ぎれば、次にビザを得られるのは、一ヶ月を待たなくてはいけなくなってしまう。

認可がないと関所を通ることもできないため、他国に行くには多額の賄賂が必要になる。

冒険者の認定を受ければ、公共施設の料金が格安になるなどのサービスを受けられるし、クエストという課題を受けることが可能になるという。

つまり冒険者になることは、VAFを生き抜くために必須条件なのだ。

「アテナの奴、こんなこと教えてくれなかったぞ」

あいつが俺に教えてくれたのは、ぱふぱふの素晴らしさと奥深さだけだった。競馬場に行けば会えると言っていたので、カーターにアテナのことを聞こうとしたら、彼の顔から笑みが引いた。

「そうか、タロウが出会った神官は、”白い魔女”だったな」

「え! あいつはこの国のセ○クスシンボルなんですか?」

「バカ、何言ってるんだ。あんな人でなしはいないって意味だよ。っと、こんな所で話して誰に聞かれるかわかったもんじゃない」

カーターは油断なく目を光らせ、辺りを気にした。

「とにかく観光ビザが切れる三日以内に国の認可をもらうんだ、タロウ君。いいか? 三日だぞ」

「は、はい!」

俺が勢いよく返事をすると、カーターはニンニク臭い息を立派な判子に吹きかけた。

「楽しんでこい。ハテナイはいいところだ。くれぐれも悪いぱふぱふ娘にひっかからないようにな」

俺はカウンターに身を乗り出さん勢いで、聞き返す。

「いるんですか? あの壁の向こうに」

ビザに判を押しながら、カーターが頷く。

「上玉ぞろいだ。悪いことは言わない、一流の冒険者になりたかったら、ぱふぱふ屋には近づくな。それで人生を棒に振った冒険者を、俺は二十三人知っている」

「肝に銘じます」

具体的な数字が俺を慎重にさせる。もとより、ぱふぱふはアテナと決めているから、余計なお世話なんだけどな。

「ああ、不思議な気分だ。タロウ。俺は冒険者にドライに接してきた。それは情が移っちまうと、仕事がやりづらくなるからだ。許してくれるかい?」

「もちろんですとも」

俺たちは過去を水に流し、抱き合った。でもカーターの息はニンニク臭かった。

ソファに戻ると、ショータが寝ぼけ眼で俺を見上げた。

「うにゅ……」

ふわふわと手を伸ばしているので、俺が握ると見た目にそぐわぬ馬鹿力で、ソファに引っ張り込まれた。しかもショータの奴、俺の首に頬ずりしてきやがる。ミルクみたいな匂いに俺の思考が麻痺していく。いかんぞこれは。

「おい、ショータ! やめろって。寝ぼけてるのか?」

改めて触れるとショータの体はものすごくやわらかくて、もちみたいであった。

俺は計らずも火照ってきて、こいつは男なんだと言い聞かせて、目を閉じる。不惑を信じ、明日を待つ。

結局、明け方まで眠ることはできなかった。

 

 2


男同士で抱き合って眠って、どうしようって言うんだ。

期待されるようなことは何もないよ。何も。でも柔らかかったな。

俺とショータは目覚めると、どちらともなく体を離し、テラスでブレークファーストに行ずる。

朝の空気を吸うだけで、身も心も清められた。空は透き通り群青色が映える。良い陽気になりそうだ。

「夕べはどうしてあんなにくっついてきたんですか? タロウさん」

ショータは身をよじり、上目遣いで俺を見る。

俺は新鮮な驚きに打たれ、視線がかち合わないように、遠くに目をやった。

屍のように横たわるエチカに、野鳥が群がっていた。

俺は幾分平静さを取り戻した。

「お前が俺をソファに押し倒した。それだけだ。妙な気を起こすんじゃない」

「妙な気なんて、起こしてませんから!」

こいつは俺にどうして欲しいんだろう。もしかして襲って欲しかったのかな。あんまり誘惑しないで欲しい。

って、……ないないない。ショータはアテナを愛してるって言ってたし、落ち着け俺! あの素晴らしいぱふぱふを思い出せ!

カーターがパンと、スープを持ってきてくれた。カフェも併設しているらしい。

スープはかなり薄味だった。豆粒くらいの大きさのトウモロコシが入っていた。パンは固くて歯が折れそうになる。

ショータが小さい口を懸命に動かしているのが、何とも愛らしい。

「あげませんよ」

「いらねえよ」

「じっと見ないでください。食べづらいです」

「いいだろ、減るもんじゃねえし」

ずっとここでイチャついていたかったけど、そろそろ門が開くとカーターが伝えにきた。

「それと、朝食代、二人で10リラな」

「えー、金とんのー?」

「たりめーだ。払えねえならここでもう一日働いてもらう」

俺は無一文なので、ショータに借りた。

カーターと簡単な挨拶をし、俺たちは小屋を後にした。

「あ、タロウさん。僕はここでお別れです」

巨大な門の前でショータが何気なしに言った。

俺は自分の耳が信じられず、彼に詰め寄る。

「何でだよ! お前は新ヒロインじゃないのか! 俺は一人でどうすればいいんだ。弄ぶだけ弄んで、飽きたらポイってわけか?」

「人聞きの悪いこと言うなぁ、とりあえず落ち着きましょう。はい、深呼吸」

「すーはーすーはー」

ここだけの話、ぐっすり眠ったら急にホームシックになっちゃった、俺。その上、ショータに去られては生きていける気がしない。深呼吸くらいじゃ気休めにもならなかった。

「なあ、俺どうしたらいいのよ。異国で一人きりになる気持ち考えろよ。アテナを呼んでよ、うわああああああ!」

俺は、年端もいかぬ少年の前で、号泣する。精神が錯乱しているんだ。


「エロ奴隷にでも、鞄持ちにでもなるから、側に置いてよ、捨てないでええええ!」


「落ち着いてください!」

ショータに一喝を浴び、俺は我に返る。

「一体どうしちゃったんですか? タロウさん。格好付けるのはアテナさんの前だけなんですか?」

「だって、だって……」

「今のタロウさんを見たら、アテナさんは失望すると思います。僕だってそうです」

失望されても側に置いてもらえるかなって一瞬思ったけど、それはやっぱり違うんだろう。あの森での苦い状況が繰り返されるだけだ。

「俺、弱っちいんだ。アテナの前では無理してたけど、魔物怖いし、実は人見知りするし、外国はおろか県内からも出たことない。ただの高校生なんだよ」


「いいじゃないですか。誰も気にしてませんよ、そんなこと」

そりゃ熟練したこいつからしたら、俺はただのチキン野郎にしか映らないんだろう。けど冷たくないか。

「僕もね、人に話しかけるの苦手で、学校に居場所なかったんです。だからVAFで友達ができた時、本当にうれしかったな」


思い出をなぞるようにショータは一端、口を閉じた。

高い灰色の壁の前に俺たちは立っている。何とかここまで来た。俺一人だったら、途中でのたれ死んでいただろう。アテナや、ショータのおかげだ。

「気軽に、友達を作りに行くと考えましょうよ。きっと誰かが貴方を必要としています」

「俺にもできるかな、友達」

「ええ、既にここに一人いますから」

だから、その友達を失うのが身を切られる苦しみだってわかんないのかね。もどかしい。

「それにタロウさん、もう一生、僕と会えないと思っていませんか?」

「違うのか?」

ショータは柔らかく微笑んだ。


「しばらく僕も王都に滞在しますから、見かけたら声をかけてくださいね」


俺は勢い余ってショータ押し倒した。


「ふざけんなちくしょう。ズッ友だからな、俺たち」


2


王都の門は固く閉ざされたままだ。門扉は、横幅約十メートル、高さはだいたい二十メートルくらい。灰色の城壁に目立たないように設置してあって、目印もない。注意しないと通り過ぎそうだった。

それにしてもこの壁、どういう材質でできているのだろう。コンクリートのようだが、所詮俺は素人なので思い至らない。

拳を打ちつけてみたけれど、鉄を殴ったような固い感触が返ってきただけだった。表面は滑らかで、登ることは不可能だ。

「なあ、ショータ。俺、現実に帰ったら妹に言いたいことがあるんだ」

「妹さんいらっしゃるんですね。きっと心配だろうな」

ショータは我が事のように胸の痛めたのか、声を落とす。

俺には三つ違いの妹がいる。家を空けていることで、あいつが心配しているかっていうと、多分していない気がする。

「私、お兄ちゃんを卒業するね」


妹は小学校を卒業したその日の晩に、俺に別離を告げた。


「お前は俺のお兄ちゃんだったのか?」 


「違う違う。私がお兄ちゃんの妹から卒業するって意味」


「兄からの卒業証書はいるか?」


「うん。A4の紙で五枚以内にまとめてちょうだい。絶対だよ」


妹はそう言い残すと自室に引き籠もり、中学には一度も登校しなかった。


両親はかなり気が動転していたように思う。

妹は俺とは違い優秀で、私立の中学に通う予定だった。


苛烈な受験闘争を勝ち抜いた直後だったから、その反動が起きたのだと周りは思っていただろう。

だが、俺はあいつが引きこもりになった原因を知っている。俺が卒業証書を渡さないせいだ。

「なあ、部屋で何やってんの?」

あいつの食事の面倒は俺がみていたから、少しは会話があった。ドア越しにね。

「……、ゲーム」

いつも風っぴきみたいなくぐもった声で、妹は返事をした。それだけで、俺は幾分安心できた。


「どんなゲームだよ。お前、受験だったからゲームなんて持ってなかっただろ。ポケモンか? 対戦すっか?」 


「オンラインゲーム」


妹はパソコンを所持していたから、納得がいった。電子の海で溺れ、その魔力にとりつかれてしまったのだろう。だが、どんなゲームにも終わりがやってくる。その時にこいつはどうするんだろう。


「俺もやってみようかな。タイトル教えてくれよ」


「Venas Athena frontier」


「え? 何だって?」


妹はやたらと巻き舌を多用し、俺を幻惑した。何度か聞きかえし、ようやくゲーム名をメモできた。


「どういうゲームなん?」


「ドラクエみたいなRPG風だけど、簡単に言うとクソゲーかな。私なんかヨガしかやることないよ」


「そりゃ燃えるね。教えてくれてありがとよ」


そう、VAFの存在を俺に教えてくれたのは妹だった。俺はネットゲーム初心者で早々と詰んだけれど、妹はサクサク先に進んでいたみたいだ。


「おい、スライムLV30が倒せねえぞ。バグじゃねえのか」


「逃げれば?」


「コマンドする前に死んでるよ。ネットで調べても、出てこない。教えて、妹さま。おこづかいあげるから」


妹は攻略情報を決して明かさなかった。それは俺がクソゲーを独力で攻略するのが好きだと知っていたからなのだ。普段、どんなに苦しくても攻略本は邪道とみなしている俺だからな。


夏休みに入った頃だったか、あいつは珍しく興奮した様子で話しかけてきた。


「私、ギルドマスターになったよ、お兄ちゃん」


「そりゃよかったな。お前、統率なんてできるんか?」


妹がむっとして黙り込んだ気配が、ドア一枚を通して伝わってきた。


「みんなガチ勢だし。強くなくちゃつとまらないんだから。お兄ちゃんは入れないし」


「ええよ、別に。どうせスライムに勝てないし」


「どうせアテナのおっぱいばっかり見てるんでしょ」


妹の痛恨の一撃に、息が止まりそうになる。


「お兄ちゃん好きそうだよね。ああいうおっぱいの大きいやらしー女」


わざとらしく聞こえないように、咳払いをするはめになった。


「おっぱいは大きさじゃないんだぞ。そればかりに目を奪われる男は未熟と言わざるをないな。俺はそんな男じゃない」


否定に否定を重ね、いつしか俺は巨乳好きを公言できない状態に追い込まれた。妹の前で見栄を張りたくなったっていうのもある。


「卒業証書、あれだめ」


俺はゲームの話ついでに、卒業証書を作って妹に読ませていたのだが、OKが出ることはなかった。


「○妹条約第二百六十三条、あれなに? 妹は海産物に含まれるって。ワカメに欲情するの? お兄ちゃん」


「しない。そして妹に欲情する兄はいない。訂正する」


その時わかった。こいつは俺を責めていたのだ。


そして、証書が完成する前に妹は泡のように消えてしまった。


ある日、夕飯を持っていっても返事がない。普段は返事くらいはするのだ。


数日前から妹は落ち込んでいた。なんでも、信頼していた仲間から裏切られたらしい。所詮ゲーム内の話だろうと、俺は深刻に捉えていなかったのだが、嫌な予感がした。


ドアノブに手をかけると鍵はかかっていなかった。部屋の窓は締め切られ、ライトグリーンのカーテンがかかっている。フローリングの床にはチリ一つ落ちていない。数時間前まで人がいたとは思えない。清廉すぎる。まるで消毒された後のような居心地の悪い部屋だった。


味気ないスチール製の机の上に、ノートパソコンが開きっぱなしのまま置いてある。画面に映し出されるVAFのロゴがきらめく。


妹はその日から行方不明になり、両親は捜索願いを出した。俺はあいつを探さなかった。探そうともしなかった。何となくあいつが見つからない気がした。死んでるとか生きてるとかそういうんじゃなくて、あいつは卒業したんだと思う。


兄からも、妹からも。


それが良かったのか俺にはわからない。あいつが最後までやっていたVAFで答えが見つかるとか、都合のいいことも考えちゃいない。


俺がVAFを執拗にプレイしていたのは、アテナのエロCG目当てでも、妹のためでもない。このクソゲーを意地でも攻略したかっただけなんだよ。こんな兄、卒業されて当然だろう?


俺は今を乗り切るのに必死で、あいつがこっちにいても助けてやれるかどうか。そういえばゲームはあいつの方が先輩だ。教わる立場になるわけだ。


兄と妹の立場を越えて。

それでも俺は気がつけば頭の中で、卒業証書の添削をしていたりするんだな。もう染み着いちゃってだめなんだ。


俺の方が妹から卒業できていないのかもしれないね。

 

 3


「ん……、あれ?」


門の表面をよく調べると、梟の小さなレリーフが目に留まった。土ぼこりに埋まっていたが、これは取っての役に立つようだ。俺が右手の人差し指を入れ、軽く押しただけで、門が内側に折れるようにして、開いた。力はほとんど必要なかった。


「おい! ショータ、開いたぞ」


ショータは、野ざらしのエチカと仲むつまじく会話をしていた。エチカはショータに抱き起こされ、小さく頷いている。


あの二人の関係もかなり不思議だ。エチカは多分ショータに惚れているんだろう。でもショータはそうでもない。気持ちのすれ違いか。俺とアテナみたいだな。


「すみません! 先に行っててもらえますか」


「ああ。いいって。ごゆっくりどうぞ」


「そんなじゃないですから」


苦笑するショータと、赤リンゴのような顔色のエチカを目に焼き付けると、俺は門の内側に滑り込んだ。


「リア充爆発しろ」


門は音もなく閉まり、城壁と一体化する。

「え、あ……」 


城壁をいくら押せども、開かない。門があったことすら、もはや怪しい。


「おい、ショータ!」

俺は不安に駆られ、大声で叫ぶ。だがすぐ思い直し、口を閉じる。

そうだ。これは俺のクソゲー試験。一人で乗り切らなくてどうする。

「ありがとな。ショータ」

俺は引き返したい気持ちを叱咤し、前を向く。

今いる場所は路地の行き止まりらしかった。青々とした葉をつけた木の枝が、すぐ真上にある。

石造りの家が、狭い土地にギュウギュウに押し込められるように建てられていた。家の窓には鎧戸が下り、人の気配は感じられなかった。

道幅は人とすれ違うのがやっとの広さで、舗装されていない。幸い土は乾いており、今の俺でも歩くのに問題ない。

低い石垣にそってゆっくり歩いていくと、小さい畑のある家が目に留まった。その家の煙突から、細い煙が立ち上っている。

俺は少し安堵し、息を吐く。

静かだ。恐ろしいくらい静かだ。都市ってこんな感じなのか。思っていたのとかなり違う。人と会わないし、まるで田舎に来たような感じだ。

あの煙突のある家に行ってみようか。

俺は逡巡する。人見知りでなくとも、いきなり知らない人の家の門戸を叩くのには抵抗を感じるはずだ。

このクソゲー、どこまでゲーム臭くないんだ。田舎に泊まろうっていう試験なのか。

覚悟を決めた俺の耳に、何者かの声が突如響いた。

「お前は、お兄ちゃんか?」

どこの誰がどういう意図でそう訊ねたのか、俺は聞き返そうともせず、身構えた。


「ちなみに私はお兄ちゃんだ。お前もそうだろう? タロウ=オオツダ」


声の主は石垣に片足を載せた格好で、俺を名指しした。


その男は長身で、なおかつかなりの痩身だった。目測で百八十は越えている。紫陽花のような青みがかった髪を肩まで伸ばし、不健康そうな青白い肌をしていた。

びっちりとした細身のパンツに、先のとがった黒い靴を履いている。そして、トップスが問題なのだが、Sister loverと書かれたピンク色のTシャツを着ていたのだった。そして、指には宝石のついた指輪がじゃらじゃら。ダイヤとかアメジストとか、一見しただけではわからないけど、多分本物なんじゃないかな。


「あの、もしかして、この辺の住民の方ですか?」


こんな質問するだけ無駄なのだが、間を持たせるために仕方なく訊いた。

男は指輪をはめた人差し指を立て、俺に向ける。

「私にとってこの世界そのものが庭なんだから当然じゃないか。今鬼ごっこしている最中だ」


何なんだこいつ。絶対ヤバい。またなんとか教団の方かもしれない。俺だってこいつが、ここいらの人間じゃないってわかってるって。


俺は愛想笑いを浮かべた。ここを乗り切らないと試験どころじゃなくなる。


「お兄ちゃんさん。ちょっとお尋ねしますが、もっと人気のある場所を知りませんか?」

男はニヤニヤと侮るような笑みを浮かべる。

「そのまま右手に折れれば、広場につくぜ。大聖堂が目印になるからすぐわかるだろう」  

 あら。態度は気に食わないが、以外と親切だ。喧嘩ふっかけられたら、どうしようかと思った。人を見た目で判断しちゃ駄目だな。

「ありがとうございます。それじゃ俺は失礼します」

男の脇を通ろうとすると、長い足が俺の進路を阻んだ。

「さっきの質問の答えがまだだぞ。お前はお兄ちゃんか?」 

しつこいな。俺は段々腹が立ってきたものの、なんとか堪える。

「ええ。一応、妹がいますから」

男は肩を揺すって笑いだした。

「何かおかしいこと言いましたかね?」

「いやいや、すまない。そうか、お前は妹がいるから兄なのか」

「普通そうでしょう? 妹もいないのに兄は名乗れない」

「妹がいても兄を名乗れない奴もいるぞ?」

「はは、おもしろいですね。妹にひどいことでもしたのかな」 

「心当たりがあるんだな」

「ははは」 

「ハハハ」

「ははは」

「ハハハハ」

「ははははは」

「ハハハハハハ」

「ないですね。失礼します」

俺は男の足をまたいで、歩きだした。

広場に行けば、何かわかるだろう。善は急げだ。 


「お前の妹は生きているよ」


足を止めるな。前を向け。


「ここからだいぶ離れた場所にいる。話ができる状態じゃないがね」


俺の足は止まった。ショータに軟膏を塗ってもらってましになったものの、まだ走ったりはできない。

恐る恐る振り返ると、お兄ちゃんはいなくなっていた。

民家の煙はいつのまにか絶えている。

あの男は、俺の名前も、妹のことも知っていた。問いたださず、俺は耳を塞ぐことを優先した。

だって恐ろしかったから。

妹を救わなくちゃなんて思うだけで、もう潰れてしまいそうなんだ。

俺は最低の兄だ。


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