矢倉
時間だけが無為に過ぎていく。
俺は死十朗の攻撃をもろに食らい、死にかけた。
恐らくスキルの類だろう。死十朗は、剣や槍、斧、ありとあらゆる武器を俺にぶつけてきた。金属の濁流。百万個の風鈴が一斉に鳴るような音に全身が包まれた。俺にわかったのはそれだけで、ただ死を受け入れざるを得なかった。
死なずに済んだのはランカに助けられたからで、また安全地帯に引きこもり、一時間が経とうとしていた。
「ごめんね、タロウ。私、油断してた」
なんでランカが謝るんだろう。へまをしたのは俺なのに。
「さっき、タロウが出かける前に、あの椿って人、大したことないって言おうとしたの。でもそれは間違いだった。あの人は強い。最低でもA級以上の力がある」
ランカが誤認したとしても、やっぱり俺が悪い。三百年前の冒険者だから、時代錯誤な戦法をしてくると決めてかかってた。格下に見てたのは否めない。
「ねえ、タロウ。ギブアップしようよ。こんな理不尽な課題で死ぬことないよ」
「……、俺は死なない」
勝機は全くない。死十朗はもしかしたら俺が憧れてるショータ以上に強いのかもしれない。だが、イリスとの約束を破ることの方が耐えられない。
「ま、そうだよね。たきつけちゃったし、私も一緒に戦うよ」
確かに二人で戦うなとは言われてないし、死十朗も文句は言わないだろう。あいつはそういうタイプじゃない。
「あいつにお前の裸を見せたくないんだ」
「馬鹿だなあ。武具破壊は当たらなきゃ意味ないよ。っ……」
俺はランカの右腕に巻かれた包帯をつついた。血がにじんでいる。俺を助け、部屋に戻る際に傷を負ったのだ。
「服を破らなくても危ない事に変わりはない。それにこれは俺だけの試練だ」
ランカは不服そうに顔を伏せた。
「タロウ、死んじゃったらどっか行っちゃうんだよ? もう会えないんだよ? それでもいいの?」
情にほだされるな。やるべきことをやれ。
「俺は死なねえ男なの! 今までだって平気だったんだ。今度だって」
服を着替える。さすがに葉っぱで決戦に向かうほど野暮じゃない。ランカに別れは言えなかった。これ以上何か喋ったら二度と外に出られない気がした。
「遅かったな。もう出てこないかと思った」
死十朗の口の動きが幾重にも重なって見えた。なんて事はない。地面に打ち立てられた夥しい武器の刃に顔が写り込んでいるだけだ。
「悪い。別れに時間がかかった。散々ごねられた。可愛い奴ですよ、全く」
「そうか」
「椿さん、あんたも昔、S級になりたかったんだろ? どうして?」
時間稼ぎとかじゃなく、純粋な興味だ。俺は半ば強制的に試験を受けさせられたが、死十朗の意気込みは違って見えた。
「この世界に危機が迫っている。聞いたことはないか?」
「城主、とか」
「あれは単なる傀儡に過ぎん。斬っても斬っても沸いてくる。問題の本質は別なのだ。それを探していたら神官にたどり着いた」
城主を全て倒せば、元の世界に帰れるとショータは言っていた。
「全ての城主は一つの個体を生み出すための過程なのだ。箱船の神子。神子が生まれた時、世界は滅ぶ」
イリスはそんな疫病みたいな奴じゃない。否定したかったが、話を最後まで聞くために我慢した。
「そして、神子を滅ぼせるのは」
死十朗は唐突に口を閉ざした。喋りすぎを反省するように口を一文字に固めている。
「やめよう。俺は自分のためだけに剣を振るいたかった。だが、強くなればなるほど重荷は増えた。その柵を断ち切るために神官に挑んだ。結果は知っての通りだ」
死十朗は自嘲気味に笑った。俺も笑い返した。
「可哀想だが、手を抜くつもりはない。雌雄を決するぞ」
もう逃げるなと念を押された。言われなくても逃げるつもりはない。
あの神官、性根が腐りきってる。
前に失敗した挑戦者と、新しい挑戦者を競わせるなんて意地が悪いなんてものじゃない。お互い譲れないから死にもの狂いになる。彼に譲れないものがあるように俺にもヒロコを助ける大儀がある。その上、死十朗はイリスを殺すつもりかもしれない。十分ありうる。
小手調べとばかりに槍が雨のように降り注ぐ。逃げ回るしかない。だがそれがどうだっていうんだ。今の俺は無敵だ。
「どっちにしろ同じじゃねえか」
槍をよけた先に死十朗が回り込んでおり、一刀の元に俺は切り捨てられた。続けざまに地面から生えた槍に喉と、心臓を瞬時に串刺しにされた。
その答えは0点なの。
イリスの声が蘇る。俺は結局何も選べなかったみたいだ。ありえないことだが、俺が死十朗に勝ったとしても俺がイリスを殺すようにし向けられる。
それならこのまま死んだ方がましなのかもしれない。
「恥じることはない。俺が矢倉を使ったのは三度だけ。俺に嫉妬して殺そうとしてきた親友、そして神官タマ。お前は決して弱い男ではなかった。俺が強すぎるだけだ」
何か言ってら。死ぬ間際に誉められても嬉しくない。
自分の意志に反して、体がけいれんしだした。意識が薄れる。
左手が、死十朗の持つ刀に触れた。
その瞬間、俺の眼前にウインドウらしきものが出現した。目の錯覚かもしれないが、習慣で読もうとしてしまう。
ユニークスキル 魔鉱反射炉 起動しますか?
そういえば、研究所のベッドにいる時にユニークスキルがレベルアップしたと告知があったな。
忘れてた。今更遅過ぎる。
Yes Noの白字が明滅している。
俺が選んだのは……