金無双 其の二 油断
殺気が違う。
俺が動けなかったのは、椿死十朗の動きが速かったわけでも、意表をつかれたからでもない。
まっすぐ額の中央を射抜くような、男らしい殺気に痺れた。変なスイッチが入って、気持ちよかったのかもしれない。
「隙あり! キエエエエエッ!!!」
横なぎの一閃が俺の左上腕部を直撃する。飛び上がるほど痛かったが、血流がみなぎり、体に活が入る。いうなれば、雑念を払う澄み切った一撃だった。
惜しみない賞賛を送っているが、俺だってやられっぱなしじゃない。右腕を上げ、構えを取る。
ぱんっ! と、風船が破裂するような音が鳴った。何の音か瞬時にわからず、体が強ばる。なんか急に涼しくなった。腕をさする。袖がない。股に触れるとすね毛が。俺、ハーフパンツ履いてなかったと思うんだけど。それどころか靴以外何も履いてない。
気づけば、全裸で敵の真ん前に立っているんだが。
「きゃああああああ!」
事の推移を見守っていたランカが絶叫する。
「おいおい、落ち着けよ。まだ負けたわけじゃない」
俺は大事なものを隠そうともせず、ランカに笑いかけた。
「そうですけどぉ、大事なもの色々失っちゃってますよ。ちょっとは恥ずかしがってください」
ランカは眉間に指を当て、俺から目をそらす。
「その通りだ。隙だらけだぞ」
木の棒が俺の股下を容赦なくえぐる。痺れるどころじゃなく、一撃で失神した。
「なんて卑劣な! 服を破いて急所を狙うなんて。ここは一時撤退です」
ランカが何か言っているのがかろうじて聞こえた。気づいた時には、一夜を過ごしたワンルームに戻ってきていた。間接照明の光が涙でちかちかする。
「う、くそ……、負けちまった」
さすが三百年前最強だった冒険者だ。一見ふざけた能力だが、敵の守備力を削って急所を狙う戦術は合理的といえる。無防備過ぎた俺が全て悪い。
「タロウ……、大丈夫?」
ランカが心配そうに俺の顔をのぞき込む。俺は無理して笑って見せる。
「あんな技、一度見ればもう怖くない」
「いや、そっちじゃなくてこっちの方」
ランカがいきなり俺の股間に触れてきた。背骨までむずむずしそうだ。未だに慣れない。
「大丈夫だ。問題ない」
「そっかあ……、よかった」
股間をまさぐる手の動きが激しくなってきたので、俺はベッドから降りる。放っておいたら、戦いどころじゃなくなる。
「秘策があるんだ」
俺はピュウイの葉を股間に張り付けた。
ピュウイの葉 防御力+2
いちいち服が破れるのが面倒だから、応急措置だ。それに棒自体を右手で止めれば効果は防げるはずだ。キリコと同じ対処法で事足りるような気がした。
「ねえ、タロウ」
ベッドの上にいるランカが何か言いたそうに俺を見上げていた。
「この格好なら仕方ないだろ。すぐ倒して帰ってくるから」
「いや、違くて。えっと……」
ランカはなかなか口を開かない。
奥歯に物が挟まったような言い方自体珍しい。大事なことかもしれない。傾聴したいのは山々だったが、早く戦いたくて俺の体の血がたぎる。
「悪い。話は後で。とりあえず行ってくる」
俺は我慢できずに外への扉へ急いだ。後で聞いても差し支えないと思ったのだ。
扉を開けるとすぐに異世界だ。日が高く昇り、背中に汗をかく。なかなか悪くない解放感だ。
「待ちくたびれたぞ」
椿死十朗が、素振りをしながら俺を待ちかまえていた。
「あんたの対策を考えてたのさ」
「ほう、それが我が”金無双”への対策か」
死十朗は背筋を伸ばしたまま素振りを繰り返している。あれが刀でなくてよかった。じゃなかったら今頃体が縦にまっぷたつだろう。
「こっちの都合ばっかで悪いけど、もう一回お願いできるか」
「是非もなし。何度でも、打ち砕いてやるさ」
死十朗の持つ棒は長さ一メートルにも満たない。威力自体は大したことはない。今度は止める。
死十朗がじりじり間合いを詰めてくる。俺は後退せずに迎え撃つ。
鋭くうねるような突きが、俺の左胸に迫る。見える。払っても追撃されるだけだ。わき腹で棒を挟んで動きを封じた。その後右手で掴んで終わりになるはずだった。
俺は勝利を確信した。しかし、死十朗は涼しい顔で動じなかった。
「どうした? 何もしないのか。では次行くぞ」
流れるように左手を後ろに引き、前に突き出す。まるで弓を引くような美しい所作に目を奪われる。
「二の秘剣。矢倉」