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クソゲーがしてえ!  作者: 濱野乱
宝石の国
105/128

一次試練終了

ランカはたき火の側でうとうとしていた。俺が両肩を掴むと、びくっと身をすくめる。


「寝る所どうする?」


俺が意見を訊ねると、ランカは目をこすりながら、FGを眺めていた。


昨日は疲労困憊で泥のように眠れたんだろうけど、明日は大一番。休息はちゃんと取っておきたい。


「あれー、遅いなあ。もうすぐ届くはずなんだけど」


ランカは今か今かと落ち着きがない。どこからともなく妙な音が聞こえてきた。


大気を叩きつけて進むような激しい律動。


鳥の羽音に似ていたが、あまりに響きが深いのでどこから聞こえてくるのかとっさに判断できない。


ランカが空を見上げている。俺も目で追うと、空に異形の姿があった。


上空にいたのは大人一人と同じくらいの大きさの鳥だった。近づいて来るにつれ、鳥の正体がペリカンに似た生物というのがわかってきた。白い羽根に、魚を入れるために巨大化した特徴的な嘴、全てがオーバーサイズだった。


俺たちから二メートル近く離れた位置にペリカンが着地する際、風が起こり、たき火は消えてしまった。


「失礼。お荷物お届けにあがりました」


男の渋い声がペリカンの嘴から発せられる。羽根を折りたたみ、ランカに紙を渡してきた。羽根の部分に小さい指があるらしい。


「受領サインをお願いします」


「はーい。ご苦労様です」


俺は夢でも見ているのだろうか。ペリカンが舞い降りて、ランカにサインを求めている。まるで宅配便だ。


「では荷物を取り出しますので、少し離れて頂いてもよろしいですか」 


ペリカンは言うが早いか嘴を大きく上下に広げる。口の中は明かりがないのでよくわからないが、闇がどこまでもひろがっている。鳥というより鯨みたいだ。


嘴の中から細長い大きな木箱が転がり出てきた。


ペリカンが俺の方を向いている。黒いサングラスをしており、赤いマフラーを巻いている。首の所に鎖でFGを下げている。彼は冒険者だ。


「初めまして。私こういうものです」


ペリカンは慇懃に頭を垂れ、一枚の名刺をくれた。名刺には、”あなたの心をピックアップ。ファムファール通運”と書かれていた。


「ご依頼あれば世界のどこにでも荷物お届けに参ります。以後お見知りおきを」


聞くところによると冒険者専門の運送を生業とするギルドの一員のようだ。フレンド登録しておくと、配送料が少し安くなるらしい。言われるまま登録する。ギルドにも色々な業種があるのだとわかり、勉強になった。


クールなペリカンが飛び去った後には、大きな木箱だけが残された。


「ランカ、これ何?」


「んふふ、開けてからのお楽しみ。開けてみよ」


木箱は横五十センチ、縦二メートルくらいで厚みはそれほどない。


箱の中央にICタグが埋め込まれており、ランカが手をかざすことで蓋が横にスライドして開いた。


箱の中には扉が納められていた。ブラウンの木の板にドアノブがついている。何の変哲もない扉にどんな用途があるというんだろう。俺たちに必要なのは休息場所であってパーティーグッズではない。


真意を計りかねる俺を置き去りにするように、ランカは木箱の枠をまたいで、中に入ってしまった。


「お先」


ランカの姿が忽然と消えた。暗い風景に同化して俺をおどかそうという趣向なのか。イタズラ癖も度が過ぎている。


俺はランカの荷物を調べてやろうと思って、木箱の中の扉に手を触れた。


景色が歪み、一瞬だけ意識が遠のいた。まばたきを繰り返すと、風景を像として視認できるようになる。


目の前にはフローリングの床が続いている。俺がいるのは、白い壁に囲まれた狭い通路のようだ。


この山に着いてから、幻覚を多く視るから今更驚かないが、ランカはどこに行ったのだろう。ランカの靴が脱いで置いてある。


俺はフローリングの床を進んだ。足が汚れてるからべたべたする。他人の家だったら申し訳ない。


通路の途中に二つ扉があって、中はそれぞれトイレとシャワー室に当てられていた。


通路の突き当たりにある扉を開けると、ランカが勢いよく飛び出してきて迎えてくれた。


「お帰り!」


ランカがいた部屋にはベッドと、キッチンで占められていた。窓はないから少し閉塞感がある。


「ランカ、ここはどこなの」


俺は立ちくらみを覚えながら、じゃれつく子犬のようなランカに訊ねる。


「ここはね、携帯式のコテージだよ」


ランカによると、ペリカンが運んできた扉は異空間へのゲートだったらしい。次元蟻という特殊な種族が冒険者用のプライベートルームを作って売っているそうだ。


「一番安い奴だけど、自分達の城っていいよね」


ランカはベッドに仰向けになり、手足をうんと伸ばした。俺は肩身の狭い思いをしながら端に座る。


「こんなこと言いたくないけど、ランカ、お金大丈夫? ジョエルの借金も肩代わりしてんだろ。何でそんなことを」


「あー、別にいいよぉ。私が好きでやってることだし。それよりタロウ、この部屋気に入った?」


「うん、よく眠れそう」


俺たち以外の物音が一切ないから、静かすぎるけど、地下だと思えば気にならない。


「快適過ぎて引きこもってもいいんだぞい」


「そういう奴も出てきそうだよな。犯罪の温床になってたりしないの?」


「一応管理人がいるけど、大いにありそうだよね。入っちゃったら持ち主以外は干渉できないし」


俺は話とは違う意味で喉を鳴らす。誰にも干渉できないということは、ヤギもタマさんもここには来れないということだ。


「タロウ、今、エッチなこと考えてたでしょ?」


「何でわかんの?」


「私も同じこと考えてた。そういう目的で使ってる人も結構多いんだよね。女王蜂は男をたくさん囲ってるって噂だし」


 VAFの闇の一端を覗いた気がした。ランカが悪事に手を染めないことを祈る。


「すまん、詳しい話は明日でいいかな。久しぶりに足のばせて幸せなんだ」


体がどこまでも沈み込むような錯覚を覚える。一番安いなんてとんでもない。かなりの高級品に思える。


俺が目を閉じると、ランカの右手が俺の髪を梳いていた。気持ちいいのでされるがままにしておいた。


「タロウは怖くないの? 私、何するかわかんないよ」


「人の手を握ってないと、夜寝れない奴なんか怖いもんか」


ランカが俺の体にぴったりと体を寄せる。


今夜、ランカはまたうなされるのだろうか。俺ができるお返しは手を握ってあげることだけだ。いつか穏やかな夜が訪れますように。



線香花火……? いや、違うな。


油が跳ね、弱火であぶっているような音が聞こえてくる。


俺は寝たまま頭を後ろに倒した。反転した世界では、ランカが真剣な表情でフライパンを握っている。


「あ、起きた?」


ランカが俺にやさしい眼差しを向けてきた。


「うん、あー、よく寝た」


「まだ寝ててもいいのに」


FGで時間を調べるとまだ六時だ。でもゆっくりはしていられない。体を起こしゆっくり腕を伸ばした。体幹の調子は悪くない。耳の左右の音程差も大分改善されてきた気がする。


「朝食準備してるから、シャワー浴びて来たら?」


「うーん、そだな」


シャワー室の前の棚にタオルと清潔な俺の着替えが用意してある。さっぱりして戻ってくると、ランカがベッドを壁際に寄せている最中だった。


「何してんの?」


「ベッド大きすぎて食べる所ないからスペース作ってるの」


「台所で食べれば?」


俺が頓着せずに言うと、ランカは苦い顔で首を振った。


「やだ。座って食べたい」


「わかった。手伝うよ」


今は時間が惜しい。ランカを手伝い、スペースを作った。とはいえ、テーブルすら置けない狭さで、座るのがやっとの状態。壁とベットの間で向かい合って皿を持ってるとお互い笑いがこみ上げてくる。


「なんか貧乏カップルって感じだよね、私たち」


「うん。でもいいんかな、俺なんかが」


ランカは俺の唇に指を当てて発言を封じた。


「昨日言った通り、私が勝手にやってることだからタロウはタロウのやりたいことをしてくれればいいんだよ」


もし失敗しても心配するなとランカは言ってくれているが、このままヒモ状態でいるわけにもいかない。改めて気を引き締めた。


食器を二人で片づけて出かけようとすると、ランカに引き留められる。


「ちょっと待って」


ランカは後ろから俺の背中に抱きついてきた。鼻を押しつけて、顔を左右に振っている。別れがたいのか、なかなか離してくれなかった。


「あれ、ここから出るにはどうすればいいんだ?」


ランカは俺の背中を押し、廊下に出した。玄関から出るのは実際の建物と変わらないらしい。


「早く帰ってきてね。私、待ってる」


期待を込めて送り出され、俺の気分は充実していた。


それと同時に、俺の体は既に神殿のある丘の上に戻っていた。


日が昇ってまだ時間が経っていないせいか、吹き抜ける風に冷気がある。ヤギの群が黒い転々となって神殿から遠ざかっていくのが見えた。


俺は一定の距離を開けてヤギの群れを追った。ヤギは縦列を崩さず、昨日俺とランカが辿った斜面を通過した。どこまで行くのか後を追うと、渓流脇に生えているピュウイの木に集まっていた。全員そろって朝食をするみたいだ。昨日、イリスが餌をやっていたから好物なのかと思ったが、やはりそうだ。


俺は食事に夢中のヤギたちの背後から近づく。慎重を期したつもりが、小石を踏んでしまい、音が鳴る。濁流の音にかき消され、遠くにいたヤギには気づかれなかったが、恐慌が伝播するのに時間はかからなかった。


危険を察知したヤギは必死に逃げる。押しあいへし合い、逃げるヤギに手は触れても捕まらない。毛をむしり角につつかれ、蹄に頭をこすられ、泣きそうになる。ここで逃すと絶対時間切れになる。逃すわけにはいかない。


木に張り付けたマジックテープを剥がす。枝から振動が伝わり、ピュウイの葉が舞い上がる。条件反射なのかヤギの目が一斉に上に向く。


一番図体の大きいヤギの胴に組み付く。ヤギは俺が目に入らないかのように、無心に葉っぱを食んでいる。ピュウイには幻覚作用があるからたくさん食べてる奴の方が弱いんじゃないかと踏んだのだ。タマさんに小さい奴は駄目だとかごねられると困るから念のためでもある。


「おーい、タマさん、見てるか?」


試しに呼んでみたものの、数匹のヤギの胡乱な鳴き声だけしか聞こえない。


俺はヤギを捕まえろとしか言われていない。神殿まで連れて帰らないといけないとしたら厄介だぞ。焦りを感じ始めたが、異変が起こりそれどころじゃなくなった。


ヤギの毛が見る見る抜け落ち、それと比例して骨格の構造も変化していく。俺はヤギに抱きついたままその変身を見守ることしかできない。


俺の腕の中にいたのは、もはやヤギではなかった。


背中まで届く黒髪に、精悍な体つきをした男が体を丸めている。


一糸まとわぬ男の鼓動が、呼吸が、その存在を主張する。


俺の鼻の上に葉っぱが落ちてきた。噛んでみると煙草に似た苦みが舌の上に広がった。


葉っぱを噛んでも男の姿は消えずに残った。


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