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クソゲーがしてえ!  作者: 濱野乱
宝石の国
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パパ、ありがとう。


ランカが川面に叩きつけられる音を聞き届け、俺は崖をのぞき込む。渓流は結構流れが速く、ランカは浮かび上がってこない。飛び降りる? 五メートル以上下だ。溺れるかも。


考えがまとまる頃には、既に俺の体は崖を離れて浮いていた。落ちている時間が異様に長い。ようやく着水した時は逆に安心できた。


派手な水柱を立てて川にめりこんだ俺だったが、自分が泳げないことに気づいた。足がつかないし、水流に巻き込まれ木の葉のようにもてあそばれる。洗濯機の中ってこんな感じなのかもしれない。


粟粒が俺の体を包み込みながら水の中を進む。川底の岩に腕や足にぶつかって離れて、磁石みたいに反発を繰り返した。


息が続かなくなる寸前で誰かに引っ張り上げられた。水面に顔が出た時は何が起こったかわからず、息を吸うのがやっとだった。


ランカが俺の体を抱き止めていた。俺はランカに体を預けきってあえいでるだけだ。


「ごめん……、泳げないの知らなかった」


ランカは申し訳なさそうに言って、俺を支えた。足がつく場所まで流れ着くと、大きな平べったい岩の上に二人で上がった。


「はー、マジでビビった。ランカ何してんだよ」


俺は岩の上に寝ころび、せき込んだ。水が肺に入ったみたいだ。未だに苦しい。


「タロウを試したんだよ。もしかしたら来てくれないかと思っちゃった」


「ばーか、助けるに決まってんだろ」


「実際、助けたの私だけどね」


「いいんだよ、それは。気持ちの問題だから」


「そう、気持ちの問題だよ」


ランカは俺の肩に頭を載せる。濡れた髪から濃い匂いが漂った。


「私を助けられるのに、ヒロコさんたちが駄目なわけないでしょう。違う?」


「それとこれとは話が別だ」


「別じゃない。タロウは決断するのが怖いだけ。ほんの少しのきっかけがあれば進めるはず」


そのための度胸試しか。だが俺は迷っていた。俺の決断で多くの人の運命が変わってしまうかもしれない。


「イリスちゃんのパパは世界でタロウしかいないんだよ。もう一度考えてみてね」


濡れた服を脱いで乾かしていると、変な葉っぱみたいなものを見つけた。川を流れてきたようだ。楕円形で、表面がザラザラしており、目を凝らすと細かい毛がたくさん生えている。色は赤みがかった緑色だ。


全裸のランカが、俺の手元をのぞき込む。


「あ、それピュウイだよ」


「ピュウイ?」


俺は奇妙な葉っぱの裏表を確かめつつ、怪しんだ。ノーラのせいで警戒心が強くなっている。


「幻覚作用のある葉っぱだよ。一応合法だけど、栽培には許可がいるかな」


「大麻みたいなもんか。ランカ、よく知ってるな」


俺をベッド送りにしたサルササルサ草より危険度は下がるようだが、警戒するに越したことはない。


捨てようとしたが、ランカは横からひったくって、葉っぱを噛み始めた。


「おおい! 幻覚作用あるんだろ。吐き出せ」


「大丈夫だってぇ、合法だよぉ。タロウも噛みなよ」


ランカの目は焦点が合わなくなっている。意識はあるようだが、体に力が入らないらしく寝転んでしまった。


「葉っぱ持ってるとますますタヌキみたいだよな」


「んふふ……、誉めたって何も出ないよ」


ランカが葉っぱを手放そうとしないので、放置して俺は辺りを散策した。川に沿うように立つピュウイの灌木を見つけた。


葉っぱをちぎって、少し噛んでみると舌が痺れる。国によっては煙草感覚で使われるらしいと後で聞いた。


岩に戻るとランカはだらしなく舌を出して、まだ幻覚を味わっている。俺はかんかんになり、ほっぺをつねる。


「いい加減にしろ! 頭が馬鹿になるぞ」


「わかったよぉ……、お堅いなあ」


ランカの手から放れた葉っぱは、川に飲まれて見えなくなった。


足下がおぼつかないランカを連れて神殿まで戻るまで一時間以上かかった。道中もまだ幻覚が残っているのか、へらへらとおかしなことを言い出すし。


「ねーえ、タロウ。ピュウイ噛んでするとめっちゃ気持ちいいんだって。やってみない?」


「オナラか? ウンコか」


「んもう、知ってるくせに」


神殿の丘に着く頃には体力が尽き果て、ランカと共にどうと倒れた。


足が棒になったみたいでもう歩けない。離れた所にヤギが密集しており騒がしい。餌でももらってんのか。ヤギは何を食べてるんだろう。


「餌?」


ヤギの群の中心に、うっすら人影が直立しているのが見えた。暗くなってきているから人相まではわからないけど間違いなく誰かが餌をやっている。


俺は気力を奮い起こし、ヤギの群れに近づいていった。


ヤギは我先にと餌を食べるのに夢中で、俺には無関心だ。食べ残しを手に載せてみると、さっき川で見つけたピュウイと同じ葉っぱだった。


ザルに葉っぱを山と盛って、ヤギに与えているのは、まだ幼い少女だ。ついこの間までつかまり立ちしてたのに、いつの間にか背丈も伸びている。


虚ろな表情で、機械的に葉をまいて俺に見向きもしない。


「イリス……」


俺が呼びかけても反応はない。でも聞こえているらしく、かすかに唇が震えている。


俺は辛抱強く、イリスの餌やりが終わるのを待った。獰猛なヤギたちは葉を平らげると満足げに散会し、丘から消えた。イリスはそれを見届けてから神殿に素早く体を向けた。が、俺の方に振り返り、また顔をそらし、何度か同じ動作をしてから、歩み寄ってきた。


「タロ……、怒ってない?」


小さな声で俺にお伺いを立てる。どうしてそんな態度を取るんだろう。


「タマさんには憤りを感じてる。お前、元気だったか?」


タマさんの名前を出すと、イリスは肩に力を入れた。


「イリスは元気……、だけど」


さっきからイリスは鼻をずっとすすっている。今泣くか今泣くかと思っていたが、我慢している。俺がサボってる間もずっと重荷に耐えていたんだろう。


俺はイリスの頭を抱きしめる。それでもイリスは泣かない。悔しそうに体に力を溜めている。


「タロ……、ママが、ママが死んじゃうよ。イリスのせいだ。イリスがやった。うわあああ……」


俺の服に口を押し当て、声を殺している。好きなだけ俺の側で泣けばいいのに、こいつはいつからこんなに我慢強くなったんだろう。


「タマさんに聞いたのか」


「うん……、イリスが泣くとママが具合悪くなるから泣くなって」


真偽は定かではないが、泣いても状況が好転しないのは確かだ。イリスはただの子供じゃない。タマさんなりに何か考えていると信じたい。


「イリス、お前、今までどうしてたんだ」


イリスは、びくびくと俺の反応を伺うように上目遣いをしている。


「タマのおばばに、訓練された。力をコントロールできるようにならないとだめだって」


イリスの情報は俺を少しばかり安心させた。イリスを俺に殺させるつもりなら訓練させる意味もないはずだ。


「お前、頑張ってんだな。偉いぞ」


俺が頭を撫でると、イリスの表情が少し和らいだ。それもわずかな時間だけだった。 


「タロ……、怒ってない?」


「何で? 怒るわけないだろ」


何度も愛情を確認しようとする姿に、いたたまれなくなる。


俺が宥めようとすると、イリスは激しい感情を爆発させた。


「イリスは魔物と友達だ。ママのことも傷つけた。嫌いになっただろ」


タマさんは全部洗いざらい真実を語ったのだろう。あるいは俺の知らない事実も。でも一番弱いと思っていたこいつは逃げずにしっかり俺の前に立っている。


「子供を嫌いになる親はそんなにいない」


「そんなにいるかもしれない」


「ママも俺と同じだ。お前は俺たちの子供で魔物だろうが、何だろうがずっと味方だ」


今、こいつを受け止めなくていつ受け止めるっていうんだ。腐ってる場合じゃない。


さっきまでイリスは試すように俺を見上げていたが、今はもう卑屈な態度ではなくなっていた。自信をつけたように胸を張る。


「イリス、強くなる。ママを助ける。競争だ。タロも頑張れ!」


イリスは神殿の階段に走っていった。階段を登り終わると、笑顔で手を振ってきた。


「パパ、ありがとう! イリス、パパとママの子供で良かった」


イリスが神殿の中に姿を消すと、声に出さずに俺も礼を言った。


こっちがありがとうだよ。親が子供に育てられるケースは本当にあるものらしい。


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