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クソゲーがしてえ!  作者: 濱野乱
宝石の国
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息抜き


ランカが俺の顔を遠目に見つけた時は、満面の笑顔だった。しかし、近づくにつれその顔はみるみる険しくなる。


「タロウ、ん!」


俺の口にくわえられた煙草を指して怒っているのだとわかるまで、時間がかかる。


「んっ!」


唇を突き出し、頑なに求められると、火のついていない煙草をランカに手渡した。


「念のために訊くけど、タロウは煙草吸う人?」


「いや」


ジョエルの姿は見られていないらしい。ややこしくなりそうだから都合が良かった。


「ハテナイは喫煙率が高いから仕方ないかもしれないけど、私、煙草吸う人はないな」


「ないんだ」


俺はこれからも吸う予定がないから、ない人に当てはまる心配はないだろう。ランカがここまで煙草を毛嫌いしてるとは知らなかった。


「ねえ、私、真剣に話してるんだけど」


ランカは食ってかかるように俺に近づき、鼻を鳴らす。


「ほらー、服に臭いついちゃってるー、私絶対嫌だから。吸うなら別れる」


「いや、話聞いてよ。俺吸ってないし」


「じゃあ何で煙草くわえてたのよ」


喧嘩腰で向かってこられた上に、サボっていた罪悪感で声も小さくなる。


「……、息抜きかな」


矛盾しているように聞こえそうだが、そうとしか言えない。そもそもジョエルと話してたって問題ないじゃないか。俺が打ち明けようとしたら、ランカが俺の胸に顔を埋めてきた。


「ほんとに吸ってない?」


「うん。神に誓って」


「はー、良かった。キスした時の口の臭いが気になるからさ」


俺はランカの言葉がひっかかり、顔を上げさせた。鼻の頭に汗をかいている。


「お前……、俺と付き合う前に煙草吸う男と付き合ったことあんのか」


「……、うーん……、でもハテナイ来る前だよ。蜂に入ったばかりの頃、半年くらいかな」


予期していたこととはいえ、俺は軽いショックで何も言えなかった。


「今なんでもないからね。連絡も取ってないし。その人ひどいギャンブル狂いで、蜂のお金使い込んじゃってクビになったの。今どうしてるんだろう。元気にやってるといいんだけど」


俺を元気づけるように元彼の情報をリークする。皆色々な過去を抱えている。


「ひょっとして嫉妬してたりする?」


「してねえよ! お前が誰と付き合おうと勝手だよ」


ランカは調子づいて、俺の恋愛遍歴を訊き出そうとしたが、そんなものないから答えようがない。


劣等感で俺のテンションはダダ下がりだった。




「ねえ、息抜きっていえば、息抜きしようか」


昼食のサンドイッチを食べながら、ランカが言った。サンドイッチは村にいるノーラの手作りらしい。若干不安だったが、新鮮な野菜とパンのコンビネーションは抜群で、チキンに甘辛のあるソースがかかっていた。


「息抜きはさっきしたからいいよ。修行しないと」


「嘘だー、さっきサボってたじゃん」


ずばり言い当てられた。俺は、隠し事がへたなのを忘れていた。 


「ちょっと気分が乗らなくてさ」


「そんなことだろうと思った。じゃあ私と気分転換しようって話。良い場所見つけたんだ」


「気分転換って?」


俺が身を乗り出すように訊ねると、ランカは艶のある低い声で応える。


「気分転換は気分転換だよ。私の口から言わせないの」


俺が後かた付けをしている間、ランカは髪をとかし、着替えていた。


神殿の東側は切り立った崖になっていたが、西側は狭い坂になっており、下に降りられるようになっていた。


恐らくヤギの通り道なのだろう。人の手が加えられていない獣道だった。


ランカはずんずん先に行ってしまう。坂を下りると松に似た植物が右手に見え、そこからさらに下りの道が続く。


俺は手の甲で汗を拭い、神殿のある方向を見上げた。厳めしい神殿の裏側はぽっかり口を開けていて、光を飲み込むような暗い内面がわずかに見えた。


「わあっ!?」


ランカが悲鳴に近い声を上げる。俺が後ろから抱きついたからだ。俺の手はランカの胸に張り付いている。


「あっ、ちょっと……、そういうつもりで誘ったんじゃないんですけど」


口では非難しているが、ランカは本気で抵抗していない。俺の手に手を嵩ね、必死に声を抑えている。足腰立たなくなるまで、滅茶苦茶にしてやりたい。ここに来るまでそう思ってたけど、急にやる気がなくなった。


「……、どうかした?」


俺はランカの胸から手を離した。ランカは中途半端にされたことで逆に燃えたのか、俺のシャツをがむしゃらに掴んでキスしてきたが、適当に挨拶してそれで終わり。


「もしかしてさっきのこと気にしてる?」


「違う。こんなことしてる場合じゃないと思ってさ」


後ろめたさから我に返ったわけではなく、斜面の上からヤギがこっちを見下ろしていたのだ。それも複数。ヤギとはいえ、見られて行為に及ぶほど俺は大胆になれない。 


ランカは目的地につくまで一言も口を利かず、気まずい沈黙が続いた。


水の流れる音が段々近づいてきて、川が近いことがわかる。


ものの五分もしないうちに行き止まりとなり、崖下は渓流となっていた。


「ランカ、良い場所ってここか」


振り返ったランカは膨れ面で頷いた。


「タロウ、見てて」


そう言い終わる前に、ランカは背中から崖に身を投じていた。

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