サラバ! クソゲー
芥川竜之介の短編小説に、蜘蛛の糸という作品がある。
死んで地獄に落ちた、ある男の元に一筋の糸が垂れてくる。糸は極楽にいるお釈迦さまが垂らしているものだが、地獄にいる男は知る由もなくそれに縋り、救われようとする。
そしてここがお話の肝なんだろうけど、地獄にいるのは当然男一人というわけではなくて、有象無象の亡者がひしめき合っているのだ。男の後に、まるで甘い蜜をかぎつけた蟻みたいに亡者が群がってくる。
糸はとても細いから、いつ切れるともしれない。男は他の亡者を押し退けて自分だけ助かろうとする。
それを察知したお釈迦さまは、糸を切ってしまう。浅ましいってね。みんな地獄に逆戻りだ。
俺、何度読んでも不思議なんだけど、お釈迦さまは男を救う気あったのかな。
もし、男が、
「みなさん、安心してください。ちゃんと上れますよ」
と言って、後ろの奴を宥めながら上ったとして、お釈迦さまは、
「よい心がけじゃ。極楽に住まわす」
と、男を救っただろうか。
男の後ろの、そのまた後ろの亡者も、延々と順列を守ったかもしれない。帰納法的に考えれば、地獄に亡者はいなくなる。
前提として地獄にいるから利己的で、救いようがないっていうのは、わかり切っているわけだから、どう考えてもクソゲーだ。
お釈迦さまは、彼らのことなんてどうでもよかったのかもしれない。単なる気まぐれに糸を垂らして食いついたのが、一人目の男だっただけだ。
男が糸を掴んだ時、お釈迦さまはどんな顔をしていたんだろう。
俺、思うんだ。お釈迦さまは、きっと何の感慨もわかなかったんじゃないか。
物語に描かれる超越した何かは常に残酷で、俺たちを突き放す。やさしい振りをした、無慈悲な何かだ。
(1)
「はーい! みんな、ちゅーもーく」
神官アテナが右手を高く掲げ、一同の耳目をひく。
選ばれた聴衆は、アテナを襲った数名の男たち。総勢十二名。彼らは茫然自失という体で、地面に体を投げ出すようにして座っていた。
森からショータが連行した時には、既に戦意を失っていたものの、俺たちを襲った奴らなんだと思うと気が気じゃない。ゲームとはいえ、平気で人の命を奪おうとしたのだ。
そんな彼らに向かって、アテナは何をするつもりなんだろう。
「貴方たちは罪を犯しました。おわかりですね?」
普段のふにゃふにゃした喋り方ではなく、毅然と、なおかつ彼らに寄り添うように、一人一人の目を見交わす。
それは、俺が知らない神官アテナの顔だったのかもしれない。
「自然淘汰という言葉があります。ある形質を持つ個体がより多くの遺伝子を残す可能性を持つという意味ですが、貴方たちは、強い者が弱い者を虐げる方便に使っているのではありませんか?」
押し黙る一同。アテナから目をそらそうとする者もいる。
「さて、アテナは今回、弱者として貴方たちに選ばれてしまったわけですが、結果はどうでしょう?」
俺たちから少し離れた岩場にいるショータが、月にじっと目を注いでいる。その傍らには、ツインテールの可愛い女の子が寄り添っていた。
「争いは争いを生むしかありません。貴方たちのやり方は、より大きな災いを呼び寄せて終わりました。結論、貴方たちは間違えた」
アテナは、ミュールを強く踏みならす。身震いする男たち。
「しかしながら人は誰しも間違える生き物。そしてアテナは慈悲深い神官。貴方たちの罪、許そうと思います。でも……」
突如、両手で顔を覆うアテナ。肩を落とし、途切れがちに嗚咽を漏らす。
「本当に、こわかったんだからぁ!」
美女の泣き落としは前半の説法より、効果てきめんだった。大泣きするのではなく、控えめにしゃくりあげる。男たちに罪の意識を植え付けるには、最適の方法だ。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「俺たちが悪かったです!」
「許してください!」
必死で許しをこう男たちの輪の中で、アテナは泣きやむことはない。この世の終わりのように嘆く。
「だめ、地獄に落ちるの。アテナ、神官だから知ってるんだもん」
「どうしたら、いいですか?」
アテナの乾いた瞳が一瞬だけ指の隙間からのぞく。俺には、その目が獰猛な蛇のように光って見えた。
「みんな、天国行きたいの?」
「はい!」
アテナはぐずりながら、バッグからお札のような紙を取り出した。
「これは免罪符だよ。これを持ってるとね、地上での罪は許されたことになるから、神様は許してくれるかも」
「本当ですか」
「でもやっぱりだめ!」
アテナは、やたらと嵩のある免罪符を胸に抱えた。
「アテナは許してあげるけど、神様は許してくれないかもしれないわ。かえって怒らせちゃうかも。みんなの罪はアテナが持っていくから、心配しなくていいんだよ」
いじらしい笑みで、彼らの心を掴みにかかる。負い目があるし、ここでアテナを突き放すなんて真似できるわけがない。
「どうしたら、その免罪符を頂けるんですか」
「だめったら、だめ。みんなの罪はアテナが持ってくの」
「そんなぁ、俺たち反省してるんです。神官さま、お慈悲を」
押し合い圧い、なぜか免罪符の奪い合いになってしまった。熱狂する男たち。
アテナは器用に身をかわし、一指も触れさせない。
「あーん、だめー。ほーら、そんなに欲しいなら、一列に並ぶの」
調教師のような手並みに、俺はあきれた。この女、本当に、
「手作り免罪符一枚、50リラクマでーす。汚いお金なんて罪と一緒に捨て去って、アテナと天国イッちゃお☆」
クソビッチ。
(2)
「臨時収入、臨時収入♪」
すっかり夜も更け、そよぐ風が肌をざわつかせる。
アテナが喜びに満ちた足取りで俺の元に駆け寄ってくると、安心する反面、苦言を呈したくなった。
「あんまりじゃないか、あんなやり方」
「はて。タロウ、怒ってる?」
「初めから免罪符を売る気だったんだ。詐欺だろ」
免罪符をありがたそうに額に捧げ持つ彼らが、俺は哀れに思えたのだ。
アテナは、石で舗装された道に座り込んでいた俺の隣にしゃがみこむ。
「たとえば、タロウがアテナを怒らせるとするじゃない?」
「俺はそんなに真人間じゃねえぞ」
「もう、たとえばって言ってるでしょ。話の腰を折らないで。アテナが許してあげるって言ったら、タロウは信じる?」
「どうかな。あんまり信じられないかもな」
だってこいつアテナだよ。腹になに抱え込んでるかわかったものじゃないものな。それに女って、許すって言っといて、後々まで覚えてたりするじゃんか。うちの両親がそれで喧嘩するのをよく目にするんだ。
「形があると安心するでしょ。証文とか」
学校の卒業証書とか、免許とか、自分の略歴なら信に足るものかもしれない。でも金を担保に安心を得るって考えは、俺の肌になじまなかった。大人はそうなのかもしれないけど。
「彼らは、アテナの作った罪という形式に救いを求めたの。お金は人を救うし、未来を奪うこともある。使い方しだいなのだよ」
札束で扇作ってんじゃねえよ。こいつが言うと説得力ないな。
この時、初めてリラクマという紙幣にお目にかかった。紙幣だった。松崎し○る似の一度見たら忘れない男の顏が描かれた紙幣だった。彼は建国の父らしい。
「まあ、どうでもいいや。先に進もうぜ。おーい! ショータ」
ショータと、もう一人、謎の美少女と合流する。間近で拝むと、妖精のような儚い容姿の娘だ。彼女の無骨な眼帯と、硬い表情に俺は少し緊張した。
「だいぶ予定が狂ってしまいましたが、大丈夫ですか? タロウさん」
「え、何が?」
ショータは笑ってごまかしたけど、何かふくむところがありそうだった。
アテナが眠たそうに目をこする。
「アテナ、疲れたー、早く庁舎のベッドで休みたいの」
「はいはい、わかったって」
そもそもここまでこじれたのは、お前のせいだろ、アテナ。だが、昨日から眠ってないのは俺のせいでもあるし、そういや、俺も一睡もしていない。
「タロウさん、無理せず野営しますか? 僕、テントありますし」
ショータって本当気が利くよな。キュンキュンしちゃうぞ、俺。
「ねーぇ、雑魚なんて捨てといて、二人で行こうよ、ショータ」
眼帯のロリがショータに甘えるようにしなだれ掛かる。この娘は誰なんだろう。自己紹介する機会もない。敵の一味じゃなさそうだし、それにどこかで会ったような。
「王都まで後少しなんだろ。迷惑かけないように頑張るから」
俺は立ち上がろうとして、右足に力が入らないことに気づく。アテナが迷いなく肩を貸してくれた時は、素直に甘えることにした。
お札をもらった奴らは、既にその場から立ち去っていた。アテナが許したのだから、俺が気にすることじゃない。
「あ、僕が肩貸しますよ。アテナさんは疲れているんですから」
やけに俊敏な動きで、俺の腰に腕を回すショータ。身長差があるから、アテナの方がよかったけど歩けないほどじゃない。
ちなみにアテナの身長は俺より二、三センチ高く設定されているらしく、あまり隣に立ちたくなかったりする。
「チッ!」
ロリが俺に聞こえるように激しく舌打ちした。腕を組んで、俺にばかり、にらみを利かせてくる。こえー。
足手まといなのは事実だ。俺は申し訳なさそうに首を縮めた。
「彼らは人質を取られていたようです」
石で舗装された道を歩きながら、ショータが言った。
女子二人は一定の間隔を置いて、数メートル先を歩いている。お互い目も合わせようとしない。
「それって、さっきの奴らが?」
「アテナさんの命と引き替えに、仲間の命を助けると」
王都では今現在、取り締まりが厳しいらしく、スパイ容疑で捕らえられる冒険者が後を絶たないようだ。その仲間は檻の中に囚われている。
彼らを纏めていた、今は行方知れずになった男が話を持ちかけてきたらしい。
「アテナは、命を狙われるほど王都で嫌われてるのか」
「神官はこの世界で一目置かれる存在ですが、彼女は、ここから海を隔てた教皇領、グラナダから出向してきた、いわば余所者なんです」
どうせさっきのインチキみたいなことやって、国を追われたのだろう。目に浮かぶようだ。
「釈放をちらつかせたということは、国政に携わる人間が関与した可能性があります。アテナさんは型破りな政策を王に進言して、敵も多いですから」
ショータはあまり犯人探しをしたくなさそうだった。大事になると困るのは、アテナも犯人と同様のようだ。
アテナが謀権術数渦巻く世界の住人であるという事実は、俺を萎縮させた。
ビッチだけど、家族に仕送りをする甲斐甲斐しい一面もあるようだし、俺にも上辺だけは、まめやかに接してくれる。でも、心の根の部分ではどうなのかなって思う。あいつはあまり本心を晒したりはしない。それが神官という役職のせいなのだとしたら、そうまでして神官であり続ける理由があるのかもしれない。
アテナが振り返り、俺にほほえむ。俺は目をそらす。
俺は、あいつのことをまだ何も知らないみたいだ。
(3)
ついに! ですよ、皆さん。
不肖私、タロウは、やっとここまで来ました。
こちらに迫ってくるような、灰色の高い壁が何キロにも渡り地平を遮っている。王都ハテナイを囲む城壁の一端に、ついに俺は到達したのだ。
長かった。不覚にも涙が頬を伝い、アテナにからかわれる。
「タロウが泣いてるー、変なの」
男のロマンはこいつにわかんないよな、うん。
「門は遅いから開いてませんね。今夜はここで過ごすことになりそうです」
そのまま街に入れたら、感動も増したろうけど仕方ない。明日に持ち越しだ。
眼帯の少女、エチカが、はっと息を飲む。
「ショータとお泊まり……、げふっ!?」
惚けた彼女だったが、アテナの肘が顎に当たって、悶絶した。
アテナはエチカを省みることなく、ショータを抱きしめる。わざとだ。俺じゃなくても見逃さないね。
「ショータ君、暫く会えなくなっちゃう。さみしいよぉ。でも、会いたくなったら庁舎に来てね。これ部屋の鍵だから」
ショータは逡巡することなく小さな鍵を受け取った。
「お忙しいようですけど、無理は禁物ですよ。あと、競馬と買い物は、ほどほどにしてください」
俺は手慣れた二人の会話をできる限り聞かないように距離を取ったが、そうか、もうアテナとは会えなくなるのか。
「こほん、タロウ君」
ショータと話を終えたアテナが、俺のところにも来た。
「よくここまで頑張りました。誉めてあげます」
「それだけ?」
「うん」
こいつからしたら仕事の一環なわけで、バスツアーのガイドのようなものだ。変な感情を持ったら負けなんだろうな。
「あ、そうだ、タロウ。アテナに会いたくなったら」
俺は期待のあまり、目を大きく見開き、アテナの一言を聞き漏らすまいと気力を振り絞る。なのに、
「ごらあああああああああああ!?」
大事な場面だっていうのに、俺は背後から勢いよく突き飛ばされた。
痛みから回復してきたエチカが、アテナにつかみかかろうとして、俺を押し退けたのだった。
だがその動きは、アテナに読まれていたようで、足をひっかけられたエチカは、顔面からあっさり地面に倒れた。
肘だけで起きあがる俺の背後に回り込んだアテナは、横顔同士をぴったりつけて囁く。
「アテナに、ぱふぱふしてもらいたくなったら、競馬場においで。待ってるよ」
俺が何か口にしようとすると、アテナが体を離す。
「ばいばい」
アテナの姿は闇に溶けるように消えていった。あっさりしすぎてないかと思うと、声だけが聞こえてきた。
「あ、いけない、忘れるところだった」
何か大事なことを思い出したようだ。
「FGのコマンドを、上下右下右左ABって入力するとアテナのスチルが見られるから、一杯使って楽しんでね♡」
「使うか! 表現が生々しいんだよ、お前は。それにFGにそんな機能ねえよ。さっさと去ね」
あ。
消えろって言っちゃった。本当にいなくなりやがったあの女。
俺だってさ、別れの一言くらい言いたかったんだぜ。アテナの場合、それも言われたくないのかもしれないけどな。
情が移るのを避けているのかもしれない。あくまで好意的に捉えてだけど。
「ありがとう、アテナ」
俺は城壁に向かって、さよならの練習をする。いつか会えるその日までFGを頼みに生きてゆきます。
と、俺が一人きりになれる場所を探そうとしていた矢先のことだ。
悪魔が視界に入った。
「クソビッチッッ! 殺ス、ぶっ殺してやらるああ! どこだああああ!!! こいやあああああっ!」
エチカの、憎悪の叫びがこだまする。そういや虚仮にされてたな、あの娘。
俺は、アテナのいなくなった虚空に目を注いだ。世界からビッチいなくなったら、世界は平和になると思っていた。
ところが新世界で始まったのは、エチカの見るに耐えない狂乱だ。どうしよう怖い。俺の知らない汚い言葉を機関銃のようにわめいて、手足を振り回している。こっちが殺されやしないか気が気じゃない。
ショータが、発狂寸前だったエチカの背中に蹴りを入れ、転がす。女子の扱いじゃないな、うん。
「あっ! ショータが、あたしを力づくで……」
「騒ぎすぎ。大人しくしててよ」
ショータは、ぞっとするような冷たい声で、うつぶせのエチカの背中を踏みつけたまま、両腕を無造作に引っ張る。
「あッああああああ、だめ、そんな、こんなところで人に見られながら、ショータがあたしを貫いてるッツーーーーーーーーー!?」
聞くに耐えないむごい悲鳴と、ごーぎゃんという骨がきしむ音が、俺の耳にしばらく残った。
「肩の間接外したから。動けないでしょ」
エチカは陸の上の魚のように、うつ伏せのまま痙攣し続けた。
「さて、タロウさん」
何事もなかったように振り返るショータを前に、俺は身震いを隠すのに必死だった。
「だ、大丈夫なのか、アレ」
「ああ見えてしぶといですから。さ、入国審査に行きましょう」
エチカをその場に残し、俺たちは肩を組んで歩きだした。二人だけになって、口数も自然少なくなりそうだ。
「アテナさん、何か言ってました?」
「頑張れってさ」
俺は多くを語らない。こればっかりはショータにも秘密にしておきたかった。
「お前の方こそ鍵までもらって、いいよな」
冗談混じりに言ったが、ショータは真顔のままだった。
「どうせ部屋に行ってもいませんよ。忙しいみたいだし」
彼らしからぬ珍しくすねた口調だ。アテナがいなくなって、意気を落としているのは、俺だけではないらしい。
「お前ら、随分と仲がいいみたいだけど、どういう関係なん?」
ショータとも、いつまで一緒にいられるかわからない。勢いで訊いてしまった。
「一言で言うと命の恩人です。不思議な縁で、アテナさんとは一月ほど一緒に暮らしていたことがあります」
ショータは、聞かれたことに正直に答える。そういう時、俺の気持ちにとても鈍感なんじゃないかと思う。悪気はないんだろうけど。
俺たちがたどり着いたのは、城壁の手前にある木造の小屋だ。テラスつきで、入国管理局詰所と書かれた看板がかけられている。
金のベルつきのドアを開け中に入ると、カウンターの向こうで、一人の男が座っているのが視界に入る。
小屋の中の煌々とした明かりに、俺は目を瞬かせた。天井についている細長い棒状のものが光源だ。
「電気・・・・・・?」
「供給料は安定しませんけどね。地下ケーブルをひいてるんですよ」
ショータの説明を俺はぼんやり聞く。目の奥が痛くなってきた。
「ヘイ、門限は過ぎてるぜ、ご令嬢。鶏になって出直してきな」
カウンターの男が、ぞんざいな口調で俺たちを歓迎する。こっちを見やしない。金髪オールバック、彫りの深い三十過ぎの男で、熱心にピーナッツの殻を剥いてやがる。シャツにストライプのネクタイをしているところを見ると、入国審査官かもしれない。
「おひさしぶりですね、カーターさん」
ショータがカウンターに近づくと、男はうろんげに目を上げ、ピーナッツを剥く手を止めた。
「誰かと思えば、おチビさん。ショータじゃないか。生きてたか、てめえ」
「相変わらず口が悪いですね。よくクビにならないな」
「人のこと言えたタマか。よくおいでなすった。どれ、門番に連絡してやろう」
「あ、そんな。結構ですから。朝まで待ちますよ」
門番の覚えめでたいとは、さすがショータだぜ。そこに痺れる憧れるゥ。
「そっちの彼は? 見ない顔だな」
品定めするようにカーターは俺の全身に目を通した。
「俺は、タロウです。ここには初めて来ました」
「はん! 王都にようこそ、生娘。歓迎するよ、カカウ飲む?」
「はあ・・・・・・」
カカウという謎の飲み物を陶器のカップ一杯にもらう。ブラックのコーヒーより濃く濁った飲み物で、俺は後込みするが、飲まないのは失礼だろう。口をつけ、その強烈な味に目まいがした。
「あまーーい!!!」
カーターは満足げに頷いた。
「そう、それがカカウ。俺はここでカカウを振る舞うのが仕事だ」
「入国審査が本業でしょう? 真面目に働いてください」
ショータにネクタイを掴まれ、あえぐカーターだった。
「シット! ジョークの通じない奴だ。やるよ、すぐやるよ」
デスクに載っていた黒い機械のようなものを俺の目の前に持ってくる。機械の形は直方体で、ちょうどポ○キーの箱に似ていた。
「手だせ」
「え、何で」
「いいから」
カーターは俺の左手を取り、機械に近づけた。FGが一瞬だけ青白い光を放つ。
「終わったぜ。書類作るから、そこのソファで待っててくれ」
グレーのソファに身を沈めると、急激に眠気がおそってきた。張りつめていた神経がカカウのせいで、ゆるんだらしい。ココアみたいな粘っこい甘さが口の中で尾を引いている。
「タロウさん・・・・・・、何かあったら起こしますから、休んで大丈夫ですよ」
「あ・・・・・・、うん」
天井がマーブルを描く。俺は意識を蝕まれつつ、曖昧に返事をした。
そういや、意識がなくなると、アテナが側にいてくれたっけ。あいつはもう・・・・・・、
「タロウさーん」
・・・・・・、俺、名前呼ばれてる。
「タロウ=オオツダさん、一番窓口にお願いしまあす!」
起きないと。
身を起こすと、胃の当たりをパンチされたような不快な痛みが襲ってくる。カカウのせいか。
カウンターの向こうに暖炉があったが、火の気はなく気温は外にいる時と変わらなかった。
電気は、カウンター側に一カ所点いているばかりだ。
横に長いソファの端にショータが寝入っている。毛布を首までかけ、可愛い顔で熟睡していた。
俺は音を立てないようにソファから下りると、びっこをひき、カウンターに向かった。
「疲れてるとこ悪いね」
カーターが、俺に気を使うような男じゃないってのはもう承知していた。こっちに引け目を感じさせるのが狙いか。
「こっちこそ、すみません。夜遅くまで」
「まあ・・・・・・、仕事だからね」
出鼻をくじかれ、カーターはおもしろくなさそうだった。悪いけど、俺は喧嘩したいテンションじゃなかったんだよな。
それからカーターは、事務的な口調に切り替わったんだが、それが何となく違和感があった。
「手短に言うと、タロウ=オオツダ君。君は王都に入る資格なしだ」
「は?」
カーターが何言っているのか俺には理解できなかった。寝起きで頭がぼけているのかもしれない。
「君はまだ冒険者ですらない。王都の滞在許可は出せないね」