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OTOGI WORLD   作者: SMB
番外編
91/92

とある日の舞踏会2


履きなれないヒールの為、躓かないよううまく歩きながら、人集りへと向かった。


食器の割れる音や、何かがぶつかり合う甲高い音。


とりあえず、騒々しいのは確かだった。

人と人の間に入り込み、やっとの事で輪の1番前に到達する事に成功し、目の前の惨劇を目の当たりにした。


丸テーブルがひっくり返り、床にずれ落ちたテーブルクロスがワインのシミで広がっている。

割れた食器が無残にも散らばり、豪華な料理があちこちに散乱。


そんな光景に唖然としている私の鼻の先に、何かぎ猛スピードで駆け抜けていった。

一瞬過ぎて目がついていかなかったが、真っ直ぐに壁に突き刺さったそれを見て、私は目を見開いた。


あまりの勢いに、突き刺さったシルバーナイフが衝撃で微かに揺れている。


ピーター「あれ?なんだ、エマじゃないか」


キッと彼を睨んだ。

その手には、何本もの食事用のナイフが手にされている。

そのナイフを武器のように扱う男はこいつしかいない。

緑のネクタイが、ピーターにはよく似合っていた。


エマ「ちょっと!何しているのよ!?」


もう少しで、ジャックナイフ化したシルバーナイフに鼻を削がれるところだった。

私の怒りは、上昇していくばかりだ。


レイル「なんだよ、エマも来ていたのか?」


声の方へ視線を移すと、そこにはレイルとドロシーがいる。


やっぱり、彼がいた。

両手に握ったフォークで、ドロシーのナイフの攻撃をもの凄いスピードで払いのけている。

その動きは私には見えない。

けれど、小さな火花が散っているように見えた。


そんな最中にも関わらず、ピーターはナイフを投げ、ドロシーはすかさず近くのテーブルを足でひっくり返し、それを盾にした。


何本ものナイフやフォークが突き刺さる。

まるで、ダーツゲームのようだ。


エマ「やめなさいよ!ここを何処だと思っているの!?」


ピーター「勘違いしないでよ、俺は彼女を止めているんだ」


と、困ったような表情を浮かべつつも、彼は手慣れたようにカトラリーの類のものを投げていく。

もちろん、彼は的ではなく私を見ながらだ。


エマ「ドロシーの心臓を止めるつもり!!?とにかく今すぐやめて!それにレイルも!!!」


レイル「俺のせいじゃないっての!こいつが暴れるんだ!」


ドロシー「この野良猫野郎!だいたいてめぇが悪いんだろ!一々苛つきやがって!」


どうやら、ドロシーは豹変しているようだった。

彼女の品の無い言葉遣いは、着ている薄ピンクの可愛らしいドレスには似合わない。


レイル「人のせいにしてんじゃねぇよ、地雷女!!!お前らが無理やり連れて来たのがそもそもだろが!!!」


ドロシー「やかましい!!偉そうな口叩くのは、あたいに勝ってからにしな!!!」


レイル「上等だ!!てめぇとはケリをつけようと思ってたとこだしな!!!ちょうど良い機会だ!!!」


と、2人は大人しくなるどころかヒートアップしている。

激しい攻防戦は、人知を超えた動きだ。


残念ながら、そんな機会はここに用意されていない。


立派なお城で開かれた舞踏会。

あの2人の顔に泥を塗る気か。

色々と問題がある2人を見つめ、意を決した。

痛くなる頭を押さえながら、思い切って2人に近付いた。


エマ「ドロシー!」


彼女の名前を呼ぶと、ドロシーはグルリと首を回し、私に目を向けた。


ドロシー「なんだい、エマ!?いくらあんたでも、あたいを止める事なんて出来な...」


その一瞬をつき、彼女の額に人差し指を当てる。

指先から伝わる彼女の記憶。

それを、一気に抜き取っていく。


ドロシー「あ....れ...?」


吊り上がった目が、徐々に柔らかくなっていく。

冷たい瞳の色が温もりを取り戻していくのを確認し、私は指をドロシーから離した。


頬を赤くし、ゆらりと体を傾かせる。

そんな彼女を、ピーターが絶妙なタイミングで支えた。


ピーター「助かったよ、エマ!流石だね!」


エマ「助かったよ、じゃないでしょ!!」


こちらからすれば、迷惑極まりない所業だ。

ニコニコと爽やかな笑顔を振りまく彼は、全く悪びれる事もない。

そして、それはレイルも同じだった。


レイル「って言うか、ドロシーに何したんだよ?」


両手に持ったフォークを手放し、私の方へと近付いて来る。

お前こそ、一体何をしているんだと言いたくなった。


エマ「レイル!またドロシーを怖がらせたんでしょ!!」


私は眉を上げた。

こんなところで暴れるなんて、恥曝しも良いところだ。


レイル「勝手にあいつが豹変したんだ。俺に怒るな」


呆れて言葉も出なかった。

こいつには、何を言っても駄目らしい。

分かっていた事だったけれど、ここまでだったとは。

もう、溜息しか出ない。


ピーター「とりあえず、ドロシーを部屋で休ませて来るよ。彼女、飲めないお酒を無理に飲んでいたからね」


ピーターに寄り掛かっているドロシーは、酷く酔っているようだった。

目がトロンとしており、焦点が合っていない。

1人で立っている事さえ難しいようだ。


エマ「お願い。ドロシーの事、よろしくね」


私達に背を向け、ピーターはヒラヒラと手を振った。

ドロシーの肩を支えながら、ゆっくりと歩いていく。


そんな私は、惨劇の現場となった場所の後片付けをするメイド達に謝った。

床に散らばる皿の破片を拾いながら、大丈夫ですよと、優しく笑ってくれてはいたが。


彼女達の仕事を増やしてしまった。

私だったら、舌打ちをしていたと思う。

それに、このお城のお皿には価値がある。

お皿だけではなく、このグラスもフォークもナイフもスプーンも。

一体、いくらの損害が出たのか気になるところだ。


レイル「おい、待てよエマ」


その場を離れようとして、レイルに後ろから腕を掴まれてしまった。

まだ何か用なのかと、私は渋々彼に振り返る。


エマ「なに?」


レイル「どこ行くんだよ?」


エマ「どこって...」


いつの間にか、周りにいた人集りが消えていた。

視界が良くなった辺りを見回せば、そこら辺に自分と同じ種族の人間がいる。


周りに張り合うようにして着ている、パティー用の豪華なドレスやスーツ。

少し鼻の高そうな態度や、品のある立ち振る舞い。

見ればすぐに分かる事だった。


レイル「せっかくだから、一緒に飲もうぜ」


そう言いながら、彼は私の腕を掴んだまま歩き出す。

持っていたグラスを落としそうになり、彼の背中を見上げた。


エマ「ちょっと...!!」


本当に身勝手な猫。

私の返事を必要としていない。

だいたい、あれだけ騒いでおいて、どうしてこんなに平気そうなのか不思議だ。


レイルは、お酒が入ったグラスをテーブルから一つ取ると、ニンマリと笑いながら私に振り返る。


レイル「んっ!乾杯だ!」


勝手に私のグラスにチンっとぶつけると、一息に口に流し込んでいた。

...そんな彼に流される私も私なんだが。


エマ「って言うか、レイルってこう言う場所は嫌いじゃなかったの?」


どうして彼がここにいるのか。

お酒を少し口にしながら、レイルを見つめる。


レイル「ピーター達に無理やり連れて来られたんだ。俺は行かねぇって言ったのに...って言うか、エマだって行かないって言ってたろ?来るなら俺に言えよ」


確かに言った。

ピーターとドロシーに、一緒に舞踏会に行かないかと誘われ、私は丁寧に断った。


私がここに居るのは、別の用事があったからだ。

ダンスや料理を楽しみに来た訳じゃない。

けれど、その理由もなくなり、帰宅するつもりだった。


エマ「用事があったのよ。それが終わったから帰るつもりだったの。別に遊びに来た訳じゃないわ」


足元に目を伏せながら冷たく言った。

このピンヒールだって、歩き辛くて堪らない。

ドレスだって動き辛く、早く脱ぎ捨てたいくらいだ。


レイル「へぇ、じゃぁエマは1人で来た訳だ。エスコートもしてくれない男もいないなんて、寂しい奴」


ケラケラと笑うレイルに、私はムッとした。


エマ「あんただって、人の事言えないでしょ」


レイル「俺は良いんだ。そう言う堅苦しいのはパス。だいたい、面倒だろ。それに、猫は単独行動が好きなんだ」


猫としてはそうかもしれないが、男としてはいかがなものか。

それに、面倒だと思っているのは私だって同じ。

なのに、こいつは何様のつもりなのか。


エマ「エスコートさせてくれるような子もいないくせに。強がらなくて良いのよ」


レイル「俺に喧嘩を吹っかけてくるな。俺はエマと会えて喜んでんだぜ?」


彼の突然の言葉に、目を丸くした。

左右の違う二色の虹彩がキラキラと光り、宝石のように見えた。


レイル「まさか、お前と会えるなんて思ってなかったからさ。たまにはこう言うのも悪くないな」


アルコールのせいなのか、レイルの頬が少し赤い。

彼の目が、嬉しそうに細くなる。


エマ「なによ、それ。もしかして、私の事口説いてたりして」


レイルは目を丸くし、パチパチと瞼を瞬かせていた。

が、すぐに調子を取り戻したようで、ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべながら、私に顔を近づけて来る。


レイル「俺が口説いたら、エマは落ちてくれるのか?」


茶化したつもりだったのに。

なのに、彼は楽しそうに笑う。

耳と尻尾を揺らして、上機嫌そうなのが分かる。


まだアルコールが回っていない私は、完全に言い負かされいる。

それが悔しくて、なんて言い返してやろうかと考えていると、レイルの背中越しに見えた男の姿に目がいった。


銀髪の長髪を綺麗に束ね、紺のスーツを身にまとう男。

彼も私と同じ貴族であり、変わり者の男だ。

いや、私達以上の変わり者だ。


エマ「エリック!」


彼も私に気付いたようで、こちらに向かって笑顔で歩いてくる。

久々の彼の姿に、私の表情が綻んだ。


エリック「どこぞの綺麗な嬢ちゃんかと思えばエマじゃないか。それに猫の坊主も久しいな〜。元気にしていたか?」


エリックは父の幼馴染みだった。

自由奔放な性格の持ち主で、立派な家元を出て旅をしている。


たまに帰って来る時があるが、その時はいつも屋敷に顔を出してくれていた。

旅先のお土産だと変な物を持って帰って来る時があるが、彼は穏やかな性格で、私には小さい頃から良くしてくれている。


私の家に毎日のようにやって来るレイルと出会すのは、難しい事ではなかった。


レイル「なんだ、おっさんかよ。あんたってこの時期になるといつも帰って来るんだな」


エリック「帰って来ちゃ悪いのかい?それにしても、ドレスが良く似合っているな、エマ。いつも以上に綺麗だよ」


優しく目を細めるエリックは、紳士的にドレスを褒めてくれた。

ありがとう、と御礼言うと、今度はレイルに目を向ける。


エリック「...で、あんなに小さかった猫の坊主が大人の男になっちゃって。エマも良い男を見つけたもんだな、おじさんも嬉しいよ」


レイル「って言うか、その坊主ってやめろ!」


エマ「一体なんの話をしているのよ、あなたは!?」


レイルの声と私の声が綺麗に重なってしまった。

それを見て、エリックは機嫌が良さそう笑う。


エリック「おっと、息ぴったりだね〜。これならレオナードも許してくれるだろうよ。良かったなエマ、坊主ならおじさんからもお墨付きだぞ」


レイル「だから!坊主って言うな!」


エマ「そんなものはいい迷惑だわ!」


また、レイルの声と綺麗に重なってしまった。


このオヤジはなんの話をしているのか。

それに、レイルもレイルだ。

気にする所は、そこじゃない。


エリック「まぁ、そう怒るなよ。あっ、でも2人でここの部屋に消えるのはいただけないぞ?エマはあいつの大事な一人娘だ。その辺りの嬢ちゃんとは訳が違うんだから....坊主なら分かってるよな?」


レイル「いい加減にしろよ!さっきから坊主って...」


エマ「そんな話は必要ないわ!」


今度は、レイルの言葉を遮った。

彼の訳の分からない教育理念は聞きたくない。

そして、レイルもしつこ過ぎる。


エリック「相変わらずエマは元気が良いな〜!おじさん、久々に2人に会えて安心したよ」


楽しいそうに、ケラケラと笑っている。

何が楽しいのか分からないけれど、彼の元気そうな姿を見れて、私も嬉しく思った。

長らくエリックには会えてない。

それに、彼が父に会いに来てくれたら、きっとあの父も少しは元気になってくれる筈。


エマ「あとで家に寄ってね。きっと、お父さんも喜ぶだろうから...」


??「あれは、もしかしてエリック・ハールメンか?」


私が言葉を言い切る前に、耳に入ってきた声。

声を掛けられた訳じゃなく、近くないその距離から、ヒソヒソと声を潜めたもの。


??「まだライディング家と連んでいたなんて...」


??「似た者同士、馬が合うんだろう。私達とは違う」


??「一緒にされちゃかなわないわ。あんまり関わらない方が身の為よ」


ヒソヒソと。

大広間に流れる美しいバイオリンの音の方が大きい筈なのに、その旋律なんかよりも先に私の耳に届いた。


自分の話題をされていると、どうしてこうも耳が敏感に反応してしまうんだろう。

グラスを握る手に力が入った。


エリック「やめとけ、レイル」


呆れたような声に、俯いていた顔を上げた。


耳をピンっと立てたレイルの肩を掴むエリック。

彼らの姿を見て、私は驚いた。


レイル「離せよ。俺ならどいつが言ったか分かる」


そう言う彼の尻尾の毛は少し逆立っていた。

その目はパーティーを楽しむ人の中に向けられている。

冷たい怒りを露わにするレイルにエリックは笑った。


エリック「やめとけやめとけ。絡んだって面白くないだろうし、坊主が損するだけだって」


レイル「良いから行かせろよ...!」


エマ「ちょっと、レイル!」


レイルの瞳孔の形が変わる。

スーツの上着の内側に手を入れたのを見て、すかさず私も止めに入った。

彼は、銃を持っている。

普通の銃ではなく、人を殺すような物ではないが、それでも騒ぎになるのは間違いない。

また、悪目立ちしてしまう。


けれど、その必要はなかった。

今にも飛び掛かって行きそうなレイルの肩を、エリックは更に強く押し留めた。


エリック「そんな事は坊主のやる事じゃないだろ?そう怒るなって」


周りになんと言われようと、彼は気にするような人ではない。

それくらいに大らかで自由気儘な男だ。

悪く言えば、彼にはプライドがない。

家を出た時に、そんなものは捨ててしまったらしい。


エリック「俺達の為に怒ってくれてありがとよ。やっぱ坊主って良い奴だな〜。エマもそう思うだろ?」


エマ「えっ?」


急に話を振られてしまい、戸惑ってしまった。

そんな私の返事なんて待たず、エリックは話を続けてしまう。


エリック「そんな事より、せっかくの舞踏会なんだから踊って来いって。男女2人が揃ってるんだ、踊らずして何しに来たんだか」


レイル「はっ!?何言ってんだよ、俺は踊れないんだ!そんな事より、坊主って呼ぶのやめろ!」


こいつはまだ気にしていたのか。

だからエリックに坊主扱いされるんだ。

と、私は視線で彼にそう訴えた。


エリック「良いから踊って来いって。ダンスは楽しいぞ?気分も良くなるしな〜」


エリックの視線が私に注がれる。

その目は、早く踊って来いと言っているのが分かる。


レイル「だから、俺は踊れないんだって!」


エリック「すぐにでも踊れるようになるさ。お前は器用だから、慣れるって」


レイル「嫌だ!あんなのには興味が...」


しょうがないな...


レイルの言葉を遮るように、彼の手首を掴んだ。

このままいても仕方がない。

彼を引っ張りながら、真っ直ぐにホールの真ん中付近へと歩き出す。


エマ「レイル、行きましょう」


レイル「おい、エマ!?」


背中からレイルが何か言っていたが、私は聞こえない振りを続けた。


エリック「楽しんで来いよ〜」


ヒラヒラと手を振るエリックに見送られ、私達2人は人の中へと消えたのだった。









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