とある日の舞踏会
番外編を作ってみました。矛盾部分もあると思いますが、薄目で読んで貰えれば幸いです(苦)
馬車に揺られながら、小さな窓から覗く夕陽を眺めていた。
赤い光が、徐々に沈んでいく。
その引き換えにやってくるのは、綺麗な星を散りばめた夜。
いつもなら、自室で寛いだり、父親と夕食をとる時間だ。
今夜は私にとって、とても面倒な夜だった。
男「ミス・ライディング、もうすぐお城にご到着でございます」
馬を走らせる男が、私に丁寧に言葉を並べる。
その堅苦しい言い方も、私がライディング家の娘だと言うのが理由だ。
エマ「ありがとうございます」
アルムヘイム城で毎年行われる舞踏会。
持参したワインレッドのドレスを着込み、髪をひとまとめにアップにしている。
履きなれないピンヒール。
こんな靴は好きではない。
おまけに、こう言う畏まった立場での対応も大嫌いだった。
私の父は、レオナード・ライディング。
あれでも一応は貴族なのだが、実に貴族らしくないはみ出し貴族だった。
人当たりもよく、立場で人を判断したりしないような男性。
なので、私も堅苦しい決まり事に沿わず、自由に暮らしていた。
淑女らしくない暮らし。
しかし、その代償は小さくない。
同じような人間達から、白い目で見られ、相当な変わり者だと呟かれている。
それが、いつからだったのかも分からない。
ただ、私にとっては擦り傷にもなっていない。
そんな関わりは面倒であり、そちらの方が付き合いも楽なのだ。
馬車がゆっくりと停車する。
揺れを感じさせない安全運転。
扉が開けられ、私は外へと出た。
赤みがかっていた空が、今では暗い。
城の外からでも、煌びやかや音楽が聴こえてきていた。
ヒールの音を響かせながら、城の兵士に案内される。
この兵士は、無駄な話をしない感情のない存在。
案内係にしては、とても楽な相手だった。
話し相手をせずに済むからだ。
開けられた扉から入り、エントランスを突っ切って、更に大きな扉からホールへと入る。
煌びやかな大きなシャンデリア。
すでに、おいしそうな料理が並んでおり、スーツやドレスを着たたくさんの人がフロアの真ん中でダンスを楽しんでいる。
多彩な色を持ったグラスのお酒。
私は飲み物に目もくれず、真っ直ぐに進んでいく。
王「エマではないか」
中央の王座に座る笑顔の爽やかな男性。
その隣には、王妃であるセイラ・アシェンプテル・アルムヘイムが腰を据えている。
エマ「陛下」
私が近付くと、2人は立ち上がって私を迎えてくれた。
そんな身分でもない私を、2人は丁寧に相手をしてくれる。
エマ「今日はお招き頂き、ありがとうございます」
深々と頭を下げた。
小さい頃から、この2人には良くしてもらっていた。
とくに、彼女の方は私の父の友人の娘なので、私が生まれたばかりの頃は、よく遊びに来てくれていたようだ。
王「よく来てくれたね。ようこそ、アルムヘイムの舞踏会へ」
セイラ「大きくなりましたね。ドレスがよく似合っていますよ」
王妃様にドレスを褒めて貰い、私はもう一度頭を下げた。
王「堅苦しいのはよそう。久々に君と話せて良かった。立場上、あまり話す機会もないからね」
国王様は、ラフな口調で言葉を並べる。
私の知っている男性に戻ってくれた。
セイラ「レオナードは、やっぱり来なかったのね」
そう言われ、バツが悪くなり、顔を俯かせた。
母が亡くなってから、父は何かに没頭したように家にこもっている。
それは、娘の私でさえ何をしているのか分からない。
エマ「父は身体を壊しておりまして...なので、代わりに私がご挨拶をと」
2人の目は、とても暖かい。
けれどその反面、私に同情するような眼差しにも感じてしまう。
王「そうか...では、医者を手配させよう。たまには顔を見せて貰わなければ、私も寂しのでな」
エマ「そう伝えておきます。きっと父も喜ぶと思います」
セイラ「エマ、貴女は大丈夫ですか?」
キラキラと光る王妃様は、このホールで一番輝いていた。
ダイヤをあしらったティアラに、白く光るドレス。
細いその足には、ガラスの靴を履いていた。
いつでも優しい王妃様。
私は心配かけまいと、明るく笑ってみせる。
エマ「気に掛けてくださり、ありがとうございます。でも、私は大丈夫ですよ」
セイラ「あまり無理はしてはいけませんよ。何かあれば、いつでも頼っていいのだから」
その言葉だけで十分だった。
私は、笑みを浮かべながらもう一度頭を下げる。
エマ「私には、勿体無いお言葉です。お二人には、感謝してもしきれません」
私の中で、2人の存在は兄姉のような存在だった。
とは言っても、私の一方的な気持ち。
そんな2人に迷惑を掛けたくない。
私が顔を上げても、2人の表情は優れない。
エマ「主役の2人がそんな顔をしていては駄目ですよ」
私がそう言うと、2人は顔を見合わせる。
その姿が少しおかしく見えて、思わず笑みをこぼしてしまう。
エマ「大丈夫です!私はそんなに弱くはありません。お二人が一番それを分かっているでしょ?」
もう、子供じゃない。
母が亡くなったのは、昔の事だ。
私がしっかりしなければ、あの父を支えていけない。
王「...そうか。では、要らぬ心配をしたな。是非、今宵は楽しんでいってくれ」
2人に挨拶をした後、私は別の場所へと移動した。
お酒の入ったグラスを手に取り、少し口にする。
アルコールの味が、ジワリと舌を湿らせた。
思っていた以上に緊張してしまったようだ。
カラカラだった喉の渇きを潤す。
昔からの付き合いがあったとは言え、昔と今では立場が違い過ぎる。
2人が心の広い人で良かったと、つくづく感じた。
??「ふざけんじゃねぇ!!あたいの酒に手を出すな!!!」
その大声に、私は咄嗟に振り返る。
視線の先に、大きな人集りが出来ていた。
その隙間から見え隠れする少女の姿。
??「落ち着けって、ドロシー!」
人の塊の中から、声だけが聞こえてくる。
その声は、私の知っている人物のもの。
最初のものがドロシー(現にそう呼ばれていた)で、その後のものがきっとピーターだ。
ガシャンと何かが割れる音や悲鳴まで。
それだけ聞こえていれば、一体どんな状況なのかは想像がついた。
ドロシー「んだと、年増小僧!あたいに指図すんじゃねぇ!」
??「だから俺は嫌だったんだ!たくっ、こいつと関わるとロクな目に遭わない!」
...レイル?
思わぬ声に、私は目を丸くした。
彼は、この手の催しが苦手だった筈。
声だけでは正確に判断出来ないほど、ここにいる事が信じられない。
もしも、本物の彼ならいつから来ていたのだろう。
確認する為にも、私の足は自然とそちらに向かっていた。
??「君はライディング家の...」
横切った男に声を掛けられてしまい、思わず足を止めた。
目を向ければ、貴族風の立派なスーツを着こなす人達。
そんな相手に、私は口元を引き攣らせた。
エマ「...どうも、こんばんは」
面倒な種族に捕まってしまったと思った。
すぐに帰ろうと思っていたのに。
しかし、立場の事があって、無視は出来ない。
男「今日は、父親と一緒じゃないのかね?」
長い髭を生やした男。
お酒を飲んでいたのか、顔は赤い。
エマ「えぇ、父は身体を壊しておりまして」
女「へぇ...噂は本当だったのね。道理で、最近姿を見ないと思っていたわ」
隣にいる女性が話に入る。
彼女も、私の苦手なタイプの人間らしい。
男「彼も大変だな。そんなに体が弱かったなんて」
女「外に出た方が気分転換になるでしょ。せっかく王がご招待してくれた場なのに...」
私の存在を無視し、2人の男女は会話を続ける。
これも慣れた光景だった。
引き止めておいて、まるで私がここにいる事を忘れてしまったかのような口振りで、彼らの口から出てくる言葉は捻くれたものだった。
しかし、それは一理ある事。
いつまでも母の死に塞ぎこんで、一体なにをしているんだと、私が一番文句を言いたい。
かと言って、それを他人に言われてしまえば腹も立つ。
けれど、胸の中で渦巻く怒りをおさめる事しか出来なかった。
それを、ぜひ本人に言ってやって下さい。
まだ話し込んでいる2人に、そんな視線を送りながら、黙って解放されるのを待っていた。
??「いい加減にしろよ、ドロシー!」
ビクッと肩が飛び上がる。
一際目立つ怒鳴り声に、目の前の男女も、私と同じ場所に視線を向けていた。
やはり、あの声はレイルの声に似ている。
ドロシー「うるせぇ!あたいに触るんじゃねぇ!」
ピーター「あぁ、もう!とりあえず大人しくしなってば!」
食器の割れる音が聞こえてくる。
どうやら、あの3人はまだ何か揉めているらしい。
女「嫌ねぇ、こんな場所で騒いで...どうしてああ言う野蛮な人達が参加できるのかしら」
女の声に、私の眉がピクリと上がる。
彼女はとても不愉快そうに、口元を手で押さえていた。
男「こういう場に慣れていないのだろう。恥ずかしいと思わないのかね」
と、今度はあの3人に標的を変えたようだった。
本当に、馬鹿な人達。
私は眉を寄せながら、大きな溜息を吐いた。
エマ「ちょっと、失礼します」
2人に言い残し、人集りの方へと歩いて行く。
人を掻き分けて割って入っていき、その中心にいた3人を見つけた。




