王子と姫と私と
唯と微妙な距離になったまま、時間だけが過ぎていった。
大学内で会っても、挨拶を交わす程度でそれ以上の事はない。
ありさは相変わらず、心配ないよと私を安心させてくれるが、どうして私がこんなにモヤモヤしなければならないのか。
なんだか腹が立ってくる。
傷心中とは言え、そこまで避けられていては納得がいかない。
そう考えてから、あまり唯の事を考えなくなった。
ありさの言う通り、放っておくのが一番なんだと気付いたのだ。
私が気にしたところで、どうしようもないのだから。
この日、私は授業の一環で課題発表があり、その為に帰りが遅くなった。
事前にバイトも休みにして貰っていた為、時間に追われる事もなかったが、コロの様子も心配だった為、急いで帰る事にした。
校舎を出て、門を潜ろうとした時だ。
日向「稲川さん!」
名前を呼ばれ、振り返れば彼はいた(ある意味ホラーだ)。
軽く手を振り、こちらにやって来る。
唯を本気にさせた男。
王子様のような、甘い笑顔を向けられる。
日向「今から帰るの?」
海希「はい。先輩も?」
日向「そう。じゃぁ、途中まで一緒に帰ろう」
軽く頷き、私は日向先輩と並んで歩いた。
唯への罪悪感は無く、気持ちもどこか軽い。
日向「だいぶ遅かったんだね。何してたの?」
海希「課題発表で。これで、毎日のレポートからも解放されましたよ」
なるほど、と日向先輩は納得していた。
これで少しは忙しさから解放されると思うと、ホッとする。
日向「稲川さんも大変だな。そう言えば、仲野さんって何かあった?」
えっ...
彼の口からいきなり唯の名前が飛び出した。
私の中で、触れてはいけない部分だと思い、なんとなく触れずにいようと思っていたのだが。
そんな気遣いはいらなかったみたいだ。
海希「何かあったとは?」
何かあった?なんて訊かれても、私には分からない。
ありさは知っているかもしれない。
むしろ、私より日向先輩の方がよく知っていると思う。
その原因が、彼本人にあるのだから。
日向先輩「うーん...結構頻繁に連絡とかくれてたんだけど、急に来なくなって。校内で会ってもあんまり話す機会もないし...」
日向先輩は考え込むように話す。
うん、それはね。
あなたが彼女を失恋させてしまったからですよ、彼女を傷付けてしまったんです、この後始末どう片付けてくれるつもりですか。
と、いろいろ言いたかったがさすがに言えない。
まだデビルになりきっていない私が、言える訳がない。
海希「なんか身体壊しちゃったみたいで。そこまで気にする事でもないみたいですけど...」
日向「そうなんだ。大丈夫なの?」
大丈夫なのかは分からないが、とりあえず頷いておく。
長い人生の中で、たくさんした恋の一つが失敗しただけだ。
冷たく言えば、誰にでもよくある出来事。
私にだって、そんな経験はある。
日向「早く元気になると良いんだけど...そうだ、稲川さん」
話題が変わる事を察し、私は返事をする。
どんな言葉が先輩の口から出てくるのだろうと待つ。
日向「今度、俺とデートしない?」
でっ....でででで!!!!!???
頭がクラリとする。
デートってなんだ、と頭の中で検索を掛けてみるが、その意味は一つしか出て来ない。
海希「で、デートですか!?」
大きな声になってしまうのは、突然変な事(先輩には失礼だが)を言われて驚いているからだ。
日向「そう。俺、稲川さんの事好きみたいだから」
海希「えっ!?すすすすっ、好き?!!」
これも、さらりと出た言葉。
年頃の女子がこんな大事なセリフを、さらりと言われてしまって良いのだろうか。
いや、こんな甘い言葉は何度か言われたり言った事はある。
それも昔の話で、このまま続けると昔の古傷をえぐる事になるので、ここで止めておく。
ただ、久々に聞いた呪文だったので、免疫力が無くなっていた。
日向「ははっ、そんなに驚かなくても。面白いな、稲川さんって」
海希「お、面白くないです!」
そこは即答出来る。
面白い、面白くないの話ではない。
そこではないのだ。
海希「本気ですか?なんで私?」
日向「何でって言われても。稲川さん、面白いし、真面目だから」
なんだ、そのどこにでもいそうな人間像の押し付けは。
決して言われたかった訳ではないが、可愛いから、優しいからなどの方がマシだ。
海希「無理ですよ!だって、先輩モテるし!私とは別の世界の人間で、王子様だし!」
日向「え、なに?王子様?」
ずっと思っていた事を口にしてしまった事すら気付かず、私は言葉を続ける。
海希「駄目です!私、先輩をそんな風に思ってなかったし!って言うか唯が....」
日向「え?仲野さんがなに?」
海希「唯が...だって...」
唯は先輩が好き。
でも先輩は私が好きで。
私は唯を応援していた。
考えただけでも吐き気がしてくる。
こんな事はドラマでしかありえない。
こんな三角関係があってたまるか。
こんな脚本は昼ドラだけで十分だ。
日向「とりあえず、返事は今じゃなくて良いからさ。今度にでも聞かせてよ」
非常に困る展開になってしまった。
日向先輩から好意を持たれていた事に驚きだ。
こんな事になるなら、もっと醜態を曝け出して嫌われておけば良かった。
いや、今からでも十分に嫌われる要素はある。
日向「って言うか稲川さん、俺が好きだって事、気付いてなかったんだな。もしかしたら、仲野さんが言っちゃったかなって思ってたんだけど」
思考が止まる。
そのおかげで、熱くなっていた体が徐々に冷めていくのが分かった。
頭の中で嫌な予感が、ほんの一瞬だけ過る。
海希「....唯は知ってたんですか?」
ゴクリと息をのむ。
そうでなければ良いと願うしかない。
日向「話の流れで、好きな人はいるんですかって訊かれて。いるよって言ったら、しつこく訊かれたからつい言っちゃったって感じだったんだけど...」
なんて事をしてくれたんだ、と言いたくなる気持ちを抑える。
気のせいではなかった。
彼女は、私を避けていたのだ。
日向「仲野さんも好きな人がいるって言ってたんだけど結局教えてくれなかったな...」
それは....
きっと言い出せなくなったのだろう。
まだ知らない相手だったら、平気だったかもしれない。
突然出て来た名前。
それも、自分の友達。
私だったらどうするだろう。
複雑な気分だ。
想像しようとしても、想像が付かない。
今、唯は私の事をどう思っているのだろうか。