行こう
海希は、たまにレイルの前で玩具をいじっている事があった。
それは、玩具のようなもの。
手のひらサイズの、薄っぺらい四角の玩具。
それをいじっている間は、レイルの相手をしない。
その間、猫の彼はとてもつまらなさそうに彼女を見ていた。
レイル「どこか行くのか?またデートするのか?」
その声は届く筈もなく、レイルは海希の気を惹くように、彼女の膝の上にのしかかる。
しばらく待っていると、玩具をポケットに仕舞い、海希は手にした袋の中にお菓子や飲み物を詰め込み始めた。
そして、鞄とレイルを抱え、家を出たのだ。
外は暗く、空を見上げれば暗い曇が立ち込めている。
なんだか今にも雨が降りそうな暗さだ。
レイルは、雨に濡れないかとばかり心配していた。
初めて見た、箱型の乗り物。
車やバスとは違い、細長いものだ。
その中で揺られていると、隣に座ったお婆さんが、可愛いね、とレイルを褒めてくれた。
レイル「可愛いじゃなくて、格好良いって言ってくれよな」
恋人の前だ。
やはり、男は格好良くなければならない。
むくれつつも、レイルは海希の膝の上で大人しくしていた。
お婆さんと別れ、箱型の乗り物から降りる。
そこから、見た事もない景色を海希の腕の中で眺めていた。
到着したのは、古い一軒家。
海希は目の前のインターホンを鳴らしている。
レイル「誰もいないんじゃないのか?」
彼女がドアノブに手を掛ける。
海希「....あれ?」
扉は開いていた。
レイルの中で嫌な予感がした。
頭の中で、男爵の姿が浮ぶ。
玄関先で海希に降ろされ、とっさに駆け出した。
鼻をヒクヒクと動かし、臭いを確かめる。
とくに気なる異臭はしない。
しかし、微かにどこからか血の臭いがした。
レイル「どこからだ....?」
開けっ放しの扉を覗く。
臭いの元は、トイレでもなく脱衣所でもない。
角を曲がったところに階段を見付けたが、ここを登るのは相当な体力が必要だろう。
レイル「上か?」
ゆっくりとよじ登っていく。
まるで、上級者向けの山登りをしているようだ。
レイルは、必死に上へ上へと登っていく。
レイル「...げっ、雨水の臭いがする」
階段途中にあった窓を見ると、表面には水滴が付いていた。
次第に音は激しくなる。
レイルの嫌いな水の音。
この毛むくじゃらな体が濡れなくて済んだ事に、心から安堵した。
階段途中で、鼻を利かせる。
血の臭いはしない。
むしろ、離れていっているような気がする。
それに気付き、レイルは肩を落とした。
レイル「....?」
耳がすかさず反応する。
下の階で、何かが勢いよく転がる音がした。
レイル「アマキ?」
次に聞こえたのは、床に何かが倒れるような音。
その音は、どんどん激しくなっていく。
嫌な予感が的中した。
階段の下で、走って来た海希が派手に転倒した。
立ち上がろうとした彼女に、知らない男が後ろから覆いかぶさる。
レイル「アマキ!!!!!」
手には包丁。
臭いの元は、明らかにそれだった。
どこからどう見ても、こいつは海希を殺そうとしている。
男に首を絞められ、海希泣いていた。
レイル「てめぇ!!!!」
勢い良く階段を駆けていく。
その勢いで、男の肩に噛み付いた。
男「いでぇっ!!!!!」
床に着地した後、更に男の手に噛み付く。
持っていた包丁を、男は床に落とした。
しかし、自分も投げつけられ、体を強く床に打つ。
海希「コロ!!!」
レイル「あんたは逃げろ!!!」
立ち上がり、牙を男に向けて威嚇する。
男「....こいつ!!!」
男が包丁を拾いあげようとしたが、海希がそれを阻止する。
揉み合いの中、2人は床に倒れ込んでしまった。
その瞬間は、とても一瞬だった。
嫌な音が、廊下中に響き渡る。
耳の良いレイルからすれば、その音は煩いほどにこだまする。
レイル「!」
倒れた海希の腕が、床の上にくたりと倒れた。
そこから、ピクリとも動かない。
レイルの怒りが、頂点に達した時だった。
男は、海希にまたがる。
そして、その包丁の先を向けた。
カチャリ....
男の後頭部に銃口を押し当てる。
グリっと、ワザとねじ込むようにだ。
男「!!?」
レイル「動くな」
低い声で、男に言った。
男が呼吸する音。
それを耳にするのでさえ、苛ついてくる。
レイル「お前...この子に何をした」
ビクつく男は、その場に包丁を静かに置いた。
男「まだ何もしていない...本当だ!!!」
ドンッ!!!
大きな銃声が鳴り響く。
返事をされ、レイルは思わず拳銃を撃った。
その光が包丁に当たり、姿を消す。
男「なっ....!?」
レイル「さっさとそこから退け!!!」
すかさず、男が海希から離れる。
レイルは彼女にしゃがみ込み、息を確認した。
レイル「良かった、気絶しているだけか...」
ホッとし、胸を撫でおろす。
そして、彼女を引き寄せ、自分のこめかみに銃口を向けた。
帰らなければならない。
今更になって、その気持ちが強くなった。
彼女のおかげで、自分は救われた気がした。
だから、海希にも笑っていて欲しい。
躊躇はなかった。
この世界から向こうにあるツインの拳銃。
どこまで飛べるから分からないが、試してみる価値はある。
帰ろう。
彼女と一緒に。
向こうでなら、きっと彼女を守ってあげられる。
どんな時だって、助けてあげられる。
2度目の銃声が響く。
その瞬間、レイルは海希と共に、男の前から
姿を消した。
これにて、OTOGI WORLDが完結です!
長々とお付き合いありがとうございました!
現在、OTOGI WORLDの続編を少しずつながら執筆中であります。
公開予定は今の所、年始あたりを考えております。
文章力表現力、共に乏しいですが、また読んで貰えると嬉しいです(*^^*)
本当にありがとうございました!




