笑う猫の記憶
遥か遠くに見える光の粒。
誰かに決められた訳でもないのに、それらは綺麗に並んで光を放つ。
目の前に広がる夜空に、レイルは目を細めた。
虫の鳴く声が、輪になって響いてくる。
まるで、子守唄のように眠気を誘う。
涼しい風が彼の意識を飛ばしていくように。
重くなる瞼に、レイルは瞳を閉じた。
とても気持ちが良かった。
たった1人の時間。
1人だけの世界に感じる。
鼻に入る微かな花の香りは、レイルをリラックスさせてくれた。
"....願ったって....訳ないだろ"
とても静かな場所に、ぽつりと降ってきた言葉。
その声が落ちてきた雫のように、頭の中に波を打つ。
"なや...?....は.....のか?"
途切れて聞こえてくる声。
一体何を言っているのか分からない。
だが、その声の主が自分だと分かった。
俺は何言ってんだ...?
その声に、自然に耳を傾ける。
続けて響いてくる声は、やはり所々が途切れている。
"...でるこ.....な...解決し...."
やはり、何を言っているか分からない。
そもそも、一体これは誰と何の話をしている時のものなんだろうと考える。
"いつ....飛ん......!.....まい...にな...た..助け..."
ふと、目を開けた。
その目に映った夜空に走る一筋の光。
瞬くに消えてしまった。
それが当たり前なのに、何故か胸がざわついた。
もう、消えてしまった。
自分の目の前から、一瞬にして。
見失ってはいけないものだったはずなのに。
手放したくないと思っていたはずなのに。
レイル「行かないと...」
追いかけるように、レイルは体を起こした。
ポツリと口から出た言葉。
誰かに言われた訳でもないのに、何かが自分を急かしてくる。
何とも言えない感情が、自分の背中を押す。
早く行かなければと、会いたいと無性に思ってしまうのだ。
思い立ったように、彼は立ち上がった。
勝手に動き出す脚。
マナが届く山道まで歩いていくと、その場で魔法陣を撃ち出す。
響く銃声を置き去りにし、レイルは光の中に消えた。
魔法陣を潜り抜けた先は、夜の闇に紛れるお屋敷だった。
夜だと言うのに、見上げる二階の窓は開いている。
夜風を部屋に取り入れる為かもしれない。
レイルが向かったのは、玄関ではなかった。
建物の裏手に回り、その二階にある小さめのベランダを見上げる。
レイル「よ...っと!」
屋敷の窪みに手と足を引っ掛けながら、少しずつ登っていく。
その動きは無駄がなく、そして素早い。
目的のベランダに入り込み、目の前の窓に目をやった。
透明な窓の向こう側は、厚いカーテンで仕切られていた。
そこに反射して映る自分の姿。
決して、不自然なところはない。
なのに、肩を落とす目の前の自分は、とても暗い顔をしていた。
レイル「...って、俺は何やってんだ」
薄っすらと映る自分の影を見つめながら、ただ呆れるしかなかった。
暗闇に光る黄色と青色の二色の虹彩が揺れている。
窓の表面に、自分の手を重ねた。
冷たく、硬い感触が手のひらから伝わってくる。
それと一緒に伝わってきたのは、やるせない気持ちと虚しさだった。
男爵の部屋か?
無意識に足を踏み入れてしまった場所。
ここは誰の部屋なんだろう。
いや、そんな事より自分が何をしにここに来たかだ。
そんな事をしばらく考えながら、猫の青年はベランダから飛び降りた。
地面に綺麗に受身を取り、ゆっくりと歩き出す。
頭を抱えながら顔を上げると、不意にブランコが目に入った。
広い庭で小さく揺れるブランコ。
鎖が擦れる音が聞こえてくる。
誘われるように、彼はゆっくりと近付いていく。
静かに揺れていたブランコの鎖を、両手で優しく掴む。
動きが止まってしまった、小さなブランコ。
誰の為にこんな所にあるのかも分からない。
しかしレイルは、何故だか悲しい気持ちなった。
俺、やっぱり変だな。
夢遊病になってしまうのも分かる気がした。
鎖から手を離し、銃を構える。
撃ち出した魔法陣に、ゆっくりと足を踏み入れたのだった。




