笑う猫の軌跡
チェシャ猫さんのお話です。
内容は、エマ・ライディングと別れてから、稲川海希と出会いおとぎ話の世界へ拉致するまでのお話。
彼女の姿が、シュワっと光の粒の中に溶け込むように消えてしまった。
自分でも初めて見た色をしていた魔法陣。
あの子は、自分の能力を知ってて飛び込んだのか。
風に煽られ、ユグドラシルの緑が揺れる。
ザワザワと、葉が擦れ合う音。
ここで鳴り響く銃声に負けないくらいの大きな音が、遥か頭上から降ってくる。
レイル「って、いつまで続ける気だよ!!」
まだ魔法陣の光は残っている。
しかし、いつまでもそれに目を向けてはいられなかった。
さっきまで頭の隅で考えていた事が、すぐに掻き消えた。
動き回りながら相手を翻弄しつつ、レイルは銃を撃ち続ける。
知らない間に、自分は城内にいた。
城内にいたのだから、それを守る兵士達の怒りを買うの当たり前。
頭の中で素早くその答えを弾き出すと、レイルは近くに浮かんでいた魔法陣に飛び込んだ。
このまま撃ち合っていてもきりがない。
そう判断して逃げる事にしたのだった。
レイル「たくっ、何がどうなってんだよ」
一瞬にして森の中に戻って来た猫の青年は、不思議に思いながら首を傾げた。
何の為に城にいたのか。
一度も興味を持った事のないユグトラシル。
あんな場所に自分1人でいたなんて。
不思議な事に、全く思い出せないでいる。
レイル「...あいつ、誰だったんだ?」
次に生まれた疑念。
いつの間にか目の前にいた相手。
一体彼女は誰だったのか。
自分に笑い掛け、去り際にはご丁寧に別れの挨拶までして来た。
自分には無関係で、名前さえ知らない人間。
興味がなさ過ぎて、その顔すら既に出てこない。
レイルは、森の中を気儘に歩いた。
小さい頃からここに住んでいる。
彼にとって、この森自体が家だと言っても良いくらい慣れ親しんだ場所。
暖かい木漏れ日が、レイルの眠気を誘う。
レイル「眠い...とりあえず、家に帰るか」
と、彼は拳銃を構えた。
しかし、ふと考える。
もしかすると、自分は夢遊病かもしれない。
いつものように眠っていて、無意識にあのお城に忍び込んでしまった。
有り得ない事だが、これが一番考えられる。
レイル「...なら、家に帰るのはやめだな」
なんだか自分が怖くなった。
夢遊病なのかもしれないのに、そうやすやすと寝て居られない。
天気も良い午後だ。
何処かへ出掛けようと考える。
真っ先に頭に浮かんだのはレオナード・ライディングのお屋敷だった。
拳銃を握り直すと、躊躇なく地面に撃った。
クルクルと回る魔法陣。
落とし穴に落ちるように、それに滑り込む。
落ちた先は広い庭。
手入れされた花や芝生。
手作り感満載のブランコが、風で揺れている。
レイル「よぉ〜しっ!今日は何して遊ぼうかな〜?」
鼻唄混じりに歩きながら、庭を横切っていく。
そして邸の扉を叩こうと、拳を作った時だった。
分厚いドアの前で、握った拳が止まる。
レイル「...あれ?」
自分は、誰に会う為にここにやって来たのだろう。
さっきまで、誰と遊ぼうと考えていたのか。
少し考えてみたが、答えが出てこなかった。
ぽっかりと、心に穴が空いたような感覚。
今日は何をして...
つまりそれは、昨日までは誰かと何かをしていたという事になる。
レイル「.....?」
思い出せない。
今まで、自分が何をしにここに来ていたのか。
そして、自分が何をしにここに来たのか。
レイル「まぁ...男爵がいるだろ」
気に留める事なく、作った拳で扉をノックした。
コンコンっ、と最初は軽く。
しかし、しばらく待っても返事はない。
そこから屋敷を見上げると、二階の窓が少し開いているのが見えた。
レイル「おーい!!!男爵のおっさん!!!」
声が聞こえないのか。
そう言えば、彼とは最近会っていない気がした。
もしかすると、仕事で忙しいのかもしれない。
開いた窓の隙間を眺めながら、レイルは男爵の姿を頭の中に浮かべる。
レイル「...って俺、何で男爵に会いに来てるんだろ?」
なんだか自分が気持ち悪くなってきた。
はっきり言って、友達は少ない。
しかし、年増の男性に会いに来るほど遊びに飢えてなどいない。
レイルの頬が引き攣った。
レイル「しょうがねぇな、ピーターに会いに行くか」
拳銃を握り、また発砲する。
現れた魔法陣に飛び込み、その場を移動した。




