彼と一緒に 〜最終話〜
海希「はぁ....」
大きな溜息を漏らした。
と言うより、溜息しか出てこない。
ひたすら歩いた先に辿り着いたのは河川敷だった。
こんな場所に腰を下ろしたのは初めての事だ。
平日だからか、真昼間なのにやはり人はいない。
その場に座り込み、浅い川の流れを見つめながら、何を考える訳でもなくぼぅーっとしている。
途方に暮れているのだ。
レイル「元気のないアマキって、なんか嫌だ」
そう言ってくるレイルは、隣から私の顔を覗き込んでくる。
本当にデリカシーのない男だ。
こんな状況で元気があれば、私はとんだクレイジーな人間である。
海希「...私にだって、そんな時くらいあるわよ」
確かに、私らしくないかもしれない。
口から出てくるのは弱々しい声。
母の前で泣いたせいで、まだ目元が腫れぼったい。
海希「レイルなんでしょ?家の中で男に襲われそうになったのを助けてくれたの」
切り出したのは、私がレイルに出会う少し前の話だ。
指名手配された男と揉み合いになっている内に、頭を強打して気絶した。
新聞の記事には、男が意味不明な発言をしていると書かれてあった。
レイル「それ、何の話?」
海希「夢に落ちる前...じゃなくて、向こうの世界に行く前の話。ほら、家の廊下で襲われたじゃない?」
銃を持った男。
そして人間が消える。
このキーワードに当てはまる人物は、レイルしかいない。
レイル「あぁ、あのおっさんね。あいつ、アマキを殺そうとするからさ、マジで殺してやろうかと思ったよ。まぁ、俺が銃向けたらビビって何もして来なかったけど」
当然だ。
銃を向けられて喜ぶ奴なんていない。
私だって、レイルの拳銃を初めて見た時は凄く驚いた。
ただの銃じゃないと分かった時は、もっと驚いたが。
海希「レイルは強いのね...羨ましい」
銃を撃つ勇気なんて、全くない。
そのおかげで、ロイゼの時は酷い目にあったものだ。
銃を撃てなくても、もう少し強い人間だったなら、父であるレオナードを失う事も、みんなの記憶を奪う事もなかった。
何より、稲川海希と言う女性の両親を騙す事は無かっただろう。
レイル「俺は強くなんかないよ。能力に頼りっぱなしだし、マナがないと生きていけない。能力が無くても平気なあんたの方が、よっぽど強いと思うけど」
海希「使えないから使わないだけ。あれば、きっと頼ってる」
現にそうだった。
都合の悪い事は、すぐに記憶を書き換える。
そんな能力があれば、今だって使っていた。
レイル「そんな事ない。アマキは実際、ちゃんとここに帰って来て責任って奴と向き合ったんだろ?俺はあんたが居なきゃ、帰れなかった。アマキに出会ってなかったら、ずっと逃げてたと思う」
そのレイルの罪も、私のせい。
彼は悪くない。
それに、彼の記憶も奪っている。
私はレイルにも、とても酷い事をしてしまった。
海希「...そう言えば、私とここで暮らしてた時、なんでその姿にならなかったの?なろうと思えばなれたんでしょ?」
コロの姿になるのは最初だけ。
あとは気持ちの持ちようだとかなんとか言っていた気がする。
コロの姿で私の恥ずかしい姿を見て来たのだから、それはそれで許されない。
それに青年になれるなら、私だって油断はしなかった。
レイル「え?たまに戻ってたけど」
海希「いつ!?」
予想外の返事に、私の声は上ずった。
しかも、なんの悪びれる様子もなくさらりと言い切ってしまった。
レイル「アマキの帰りを待ってた時とか。あ、あと一緒に寝る時とか」
海希「そんなに戻ってたの?!」
レイル「そうだけど。気付いてなかったんだな」
気付く訳がない。
だいたい、そんなに姿をあれこれと変えれるものなのか不思議だ。
レイル「この姿で会ったら嫌われないかってちょっと心配だったんだ。こう見えて俺って臆病だからさ」
海希「あんたね...」
呆れて言葉が出ない。
確かに今のレイルが急に現れたら、コロに愛着なんて湧かなかったかもしれない。
むしろ、有無を言わさずに追い出していると思う。
レイル「でも、あの姿でいて正解だったかも。あの時の方があんた優しかったし。それに、アマキのいろんなところも見れた訳だしな」
海希「確信犯でしょ、あんた!!!とっとと忘れて!!!」
自覚はある。
一人暮らしなのだから、下着一枚の時や、タオル一枚で歩き回った事もあった。
とりあえず、こいつは最低な奴だ。
レイル「忘れる訳ないだろ?好きな女の裸なんて...うわっ、思い出しただけで鼻血が出そう」
海希「引きちぎるわよ!!?」
もちろん、猫耳をだ。
この変態猫め、一体何を考えているんだか。
いや、こいつはピンクな事しか考えていないだろう。
レイル「そんなに怒る事ないだろ?一方的に見られたのが嫌だったなら、俺の裸も見る?これでおあいこだ」
海希「いらない!しかもおあいこなんかじゃない!」
それこそセクハラだ。
こんなところで公然猥褻行為が行われようとしている。
私は男の裸なんて、見たくないのだ。
レイル「恥ずかしがる事ないのに。その内俺の裸なんて慣れるって。あっ、でも恥ずかしがるアマキも可愛いよな。なんかそう言うの凄く興奮する」
海希「勝手に興奮しないでよ!!だいたい、そんなのに慣れたくもないし見たくないのよ私は!!」
とんだ変態猫だ。
こんな男と、どうしてこんな所にいるんだろう...
頭が痛くなる一方だ。
なのに、怒る私を見てレイルは怯えるどころか嬉しそうに笑っている。
レイル「元気出た?やっぱり、そっちの方があんたらしくて可愛いよ」
海希「.....っ!!!」
乗せられている。
彼は彼なりに、私を気遣ってくれているのかもしれない。
そんな事をしてくれるから、嫌いになれない。
本当にズルい生き物だ。
海希「...帰りましょ」
レイル「!」
責任と言うものと向き合えた訳でもないし、何も解決出来ていない。
むしろ、ややこしくしてしまったかもしれない。
それに、ここに私の居場所はない。
けれど母や唯に会えて良かったと思う。
それで私の罪が消えた訳ではないが、胸が少しスッとした気がした。
レイル「もう良いのか?」
心配そうに見つめてくる。
私は彼に言ってやった。
海希「早く連れて帰りたいくせに」
彼は、ここに居るべきではない。
どうやって帰るのかは知らないけど、彼のマナが切れる前に、ここを離れるべきだ。
黄金の林檎とは言え、あれは偽物。
王妃様が言っていた事が本当ならば、いつかその効果は切れてしまう。
海希「...良いの。私にできる事は、もうここにはないから」
向こうに帰ったら、男爵夫妻の墓参りをしよう。
彼らが私の本当の両親だ。
全く自覚はないが、挨拶はしておきたい。
レイル「...そうだよな。向こうに帰ったら俺のお嫁さんになってさ。子供もたくさん作って、円満な家庭を築こう。そしたら、もう少し広い家に引っ越さないと。にゃははっ、なんか忙しくなりそうだな」
海希「そうね。向こうに帰ったら、とりあえずピーター達に会って...」
....え?
こいつ、今何て言ったんだ。
危うく聞き逃す所だった。
この辺りが、実に私らしくない。
海希「馬鹿なの!!?もっと別にあるわよ!!!」
そう、私に出来る事。
いや、やらなくてはならない事はたくさんある。
こちらに戻って来る時にやり残した事だ。
法律は、絶対に作り変えなければならない。
レイル「そんなに照れるなって。まぁ、そんなあんたも俺は好きだけど...」
そう言って、レイルは私を軽く引き寄せた。
唇が重なる。
柔らかいレイルの唇が、彼の体温を伝えてくる。
急過ぎて、私の体は硬直していた。
レイル「...アマキって、本当に可愛い」
そう呟き、またキスをする。
チュッと音を立て、軽く吸い付くように何度も何度も繰り返す。
海希「〜〜っ!!!」
体中が熱くなった。
レイルの手も唇も、私を逃してくれない。
温かくて柔らかいレイルの唇。
少し強引だったが、優しいキス。
軽くついばみ、たまに舌がなぞってくる。
海希「...ちょ...っ!!!」
レイル「逃がさない」
押し退けようとするが、すぐに引き戻されてしまう。
しつこい程の甘いキス。
しばらくすると、彼の舌が唇を割って入ってきた。
唾液を絡め取るように、私の舌を逃してはくれない。
漏らした吐息に、リップ音が混じる。
その熱に、頭がクラクラとした。
海希「....んっ..」
レイル「......っ」
やっと離れたかと思うと、レイルは私の目をジッと見つめている。
怒ってやろうと思ったが、恥ずかしさのあまり声が出なかった。
レイル「やばい...こんなんじゃ全然足りない...」
また引き寄せようとするレイルを、今度こそ阻止した。
そう何度も同じ手は食わない。
今回は怒ってやる事にする。
海希「それでもやめるの!!!あんた、本当に何度言えば気が済むのよ!?」
やばいのは私の方だ。
彼の舌の熱と感触が、まだ口内に残っている。
こんな公共の場で、バカップルを演じるつもりはない。
それに、レイルとは恋人でもなんでもない...筈だ。
レイル「何度言われても気が済む訳ないだろ?俺はアマキと、もっともっと深い関係になりたいんだ。なんであんたはずっと倦怠期なんだ?」
海希「倦怠期なんかじゃないわよ!なんであんたはいつもいつも本能に忠実な訳!!?」
逆に聞きたい。
人前でもベタベタしてくるこの青年に。
隠そうとしないところが、逆にさっぱりしていて分かりやすいのだが。
レイル「猫は本能に忠実なんだ。それに前にも言ったけど、俺だって男だ。あんたの出方を待っていられるほど、優しくないぜ?」
ニヤリと笑うレイルに、背筋がゾクゾクとした。
可愛い猫だと思っていたのにと、またショックを受けた。
この男は、本当に困ったものだ。
海希「猫のくせに可愛くない!って言うか、早く帰らなくて良いの!?」
私がコロに求めていたのは癒しだ。
こんなゾクゾクするような恋愛は求めていない。
たまに猫撫で声で甘えてくる飼い猫のようなレイルが可愛いと思っていたのに、今では野生の猫だ。
獲物を狙う、本能剥き出しの危険な猫。
私の身に危険が迫っている。
レイル「いつもは可愛く猫かぶってんの。まぁ、良いや。続きは向こうでやれば良いし、早く帰ろう」
そう言って、私からやっと離れてくれた。
とりあえず、私は安堵した。
なんだか、日に日にレイルの行動が大胆になっている気がする。
思い当たる節はあった。
舞踏会の夜、私が彼に好きだと告げた日からだ。
なんだかとんでもない事を言ったのではないかと、私は後悔した。
グイッと引き寄せるように腰に手を回される。
拳銃を取り出したレイルは、自身のこめかみに銃口を当てた。
海希「...本当に死なないわよね?」
自殺でもするかのような画だ。
なかなか心臓に悪い。
レイル「死ぬ訳ないだろ?あ、でも今回は俺から離れるなよ?じゃないと、あんただけ置き去りにされちゃうから」
そう言われ、無意識にレイルにギュッとしがみつく。
すると、彼から嬉しそうな声が聞こえた。
レイル「やっぱり、あんたって可愛い。そんなに引っ付かれると我慢できないって」
そう言って、耳を舐められる。
私は身震いし、背筋を凍らせた。
海希「何してんのよ!!!早く行きなさいってば!!!」
この淫乱猫め。
少し隙を見せただけで、彼は私に手を出して来る。
もう油断は出来ない。
向こうに帰っても、もう一緒に寝る事は出来ないだろう。
私の勘が、そう言っている。
レイル「向こうに帰る前に、ちょっと味見しただけだろ?じゃぁ、しっかり掴まってろよ」
ドンッ!!!
音が耳に入った瞬間、目の前が真っ暗になった。
本物の銃で撃たれて本当に死んでしまったのではないだろうかと思うくらいだった。
また瞼が重くなる。
重くて堪らない。
また、私は落ちているのだ。
夢の中へ落ちていく感覚。
一体、何が夢で何が現実なのか。
分かっているのは、すぐ側に彼がいる事。
ギュッと抱かれている為、彼の心臓の音が聞こえてくる。
とても落ち着く。
彼の温もりが、私を安心させてくれる。
本当に不思議な人...
私はこの猫の青年と、またあのおかしな世界へと落ちていくのだ。
大好きだったおとぎ話とは少し違う、危険で騒々しいおとぎの国に。
こんな絵本はないけれど、こんな話があっても良い。
隣に彼が居てくれるから。
彼がいつだって迎えに来てくれるから、私は安心してあの世界に迷い込む事が出来るのだった。
〜fin〜
これで本編が終了です。長々とお付き合いありがとうございました!
次回より、チェシャ猫さんのお話と番外編をいくつか更新していこうと思いますので、ぜひお暇がある時に読んで下さい(^^)




