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OTOGI WORLD   作者: SMB
* the future to choose it *
73/92

別れの後で


さっきまで眠っていた猫は、私の膝の上で綺麗に座っていた。

色違いの左右の瞳が、何かを求めるようにジッと私を見上げている。


海希「起きちゃったの?」


新聞に食い入り過ぎて、コロが目を覚ました事に全く気が付かなかった。


大きな欠伸を一つしてから、私に擦り寄って来た。

私の体に寄りかかり、夢中になって顔を埋めている。

喉をゴロゴロと鳴らしながら、私に甘えてくるのだ。


とても可愛い。

既に吐きそうになっていた今の私の現状を慰めてくれるかのように、コロは私に癒しをくれる。


私は笑みを浮かべながら、優しくコロの背中を撫でた。

私の知っている優しい猫。

その愛くるしい姿に目を細めた。


....その瞬間だった。


ボワンっと効果音が付いてもおかしくなかった。

まるで魔法が解けたように、小さかった猫の姿が一瞬にして姿を変えた。


海希「!!!!!?」


私の膝の上に収まっていた可愛い猫。

それが今や、猫耳を生やした青年が膝の上にまたがっている。


レイル「にゃははは...本当、あんたの手って気持ち良いよな」


尻尾がひょろひょろと動いている。

甘えるように目を細め、私に抱き付いてくる。


海希「やっぱり夢じゃ無かったのね!!!?」


いや、夢だと思いたかっただけ。

よくある物語の夢オチ。

そう思いたかったのだ。


レイル「ん〜?まーた変な事言ってる」


そう言いながら、スリスリと頬ずりをしてくる。

更に、彼は猫のように私の頬を舐めてきた。


海希「やめなさいってば!!!何してんのよ!!!?」


なんだ、この状態は。

ベンチの上で、猫耳をつけた変な青年にセクハラをされている。


レイル「何って、いつもしてただろ?今更どうしたんだよ?」


海希「こんな過激な事はしてないでしょ!離れてよ!!」


こんな所を誰かに見られたら、私は一生こいつを恨む。

この公園が人気がない場所だったのが、まだ救いだ。


レイル「こんなのが過激?何言ってんの...俺、もっとアマキが喜ぶような事出来るぜ?」


その器用な舌使いは、猫独特のものなのだろうか。

その舌で私の唇をなぞり、誘惑するように舌先を唇の隙間に軽く押し当ててくる。

黄色と青色の瞳に、私が映っているのが見えた。

その瞳孔が、すぅーっと細くなる。


レイル「あんただって夢中になる...何も考えられなくなるくらいお互いが熱くなるような事」


私の口元で呟くレイルは、ふわりと笑った。

私の髪を指で絡めながら、もう片方の手は私の頬をなぞる。


レイル「その内、アマキが俺の事しか考えられなくなるくらい過激な事でさ。もう俺無しじゃいられない程、気持ちよーくしてあげる」


海希「過激なのはあんたの頭だけよ!!!」


こいつの頭はどうかしている。

何も考えていないのはこいつだけだ。


向こうの世界ならまだ良い(いや、良くないのだが)。

しかし、ここは駄目だ。

たとえ未遂で止めたところで、既にアウトだ。


海希「公共の場で変な事しないでよ!!!良いからさっさと離れるの!!!」


レイル「じゃぁ、2人きりの場所なら良い訳だ?だったら、向こうに帰ったら覚悟してろよ」


やっとの事で、膝の上から隣に移動するレイル。

ムスッとしながら、不機嫌そうに言った。

一体なんの覚悟をさせるつもりなのか。

いや、知りたくない。

こんな変態猫の発言に付き合っていたらキリがない。


そんな事より、コロがレイルの姿になってしまった事が気になった。


海希「って言うか、ここでもその姿になれるのね...?」


非常に驚いた。

ここではコロの姿だと思っていたのに、急にレイルになってしまった。

そのおかげで、コロはレイルで、レイルはコロだと再確認する事が出来た。


レイル「ここに来ると何でか分からないけど、反動で変わっちゃうんだよな。時間が経てば、自分の気持ち次第で変われるみたいなんだけど」


海希「だったらコロの姿でいなさいよ」


その方が助かる。

やはり猫耳の青年は、この世界では目立ち過ぎるのだ。

痛過ぎる。


レイル「えぇ...嫌だよ、あんな格好。ダッサイしアマキに何も出来ない」


海希「何もしなくて良いのよ!!!」


一々文句を言うのも面倒になって来る。

私にこれ以上何をするつもりなのか...

考えるだけで頭が痛い。

自分の事でも頭が痛いのに、かなり最悪だ。


海希「とりあえず耳隠して、耳!」


レイルの上着に付いているフードを無理やり頭にかぶせた。


こんな物があれば注目の的だ。

そんな男の隣を歩かなければならないのだから、私だって白い目で見られる事になる。


レイル「なんでだよ?これじゃぁ、聞こえにくいだろ?」


海希「聞こえなくていいの!何も聞かないで!そして何も喋らないで!」


とにかく黙っていて欲しい。

私は混乱しているのだ

さらにレイルが出てきた事で、悩み事が増えてしまった。


レイル「うぅっ....なんかくすぐったい....落ち着かない....」


フードの表面から分かるくらい、不自然に耳の部分がポッコリと膨らんでいる。

そんな彼の、更に気になる部分を指摘する。


海希「それにその尻尾も!どうにか隠せないの?」


と、揺れる長い尻尾を掴もうとした時だ。


レイル「だ、駄目!!!」


私の手をすり抜け、レイルは自分の尻尾を抱え込む。

その俊敏な動きはまさに猫。

必死になって、私から守っているようだった。


海希「え?」


レイル「尻尾ってのは大事なもんなんだ!いくらアマキでも、駄目なものは駄目だ!」


そう言って、怯えたような目で私を見ている。

とくに痛い事をしようとしていた訳ではなかったので、なんだか変な気持ちになった。


海希「ごめん...ちょっと隠すだけよ」


レイル「だーっ!!!駄目だってば!」


ジリジリと近付いてみたが、やはり触らせてくれそうにない。


...なんだか面白い。

レイルの弱点が、また一つ分かってしまった。

いや、尻尾とはどの動物でも敏感な場所なのかもしれない。


海希「分かったわよ...そうやってしっかり隠してるのよ?」


毛を逆立てて威嚇してこないところを見ると、本気で私の事が好きなようだ。

尻尾をぎゅっと抱きしめ、心配そうに私を見つめている。

その姿が、なんだか可愛い。


海希「そんなに警戒しなくても何もしないわよ。そんな事より、どうにかして実家に帰らないと...」


稲川海希が見つかったとなれば、両親はどうしているだろうか。


エマが初めてこの世界にやってきた時に出会った、自分にそっくりな女性。

彼女に成り代り、エマが稲川海希として生活していたのだから、そのまま放置されていた死体が見つかるのも不思議ではない。


彼女には酷い事をしてしまった。

稲川海希は、ずっと一人でいたのだ。

誰にも気付かれず、声も出せずにずっと一人ぼっちだなんて、寂し過ぎる。


レイル「実家って、前にアマキが連れてってくれた場所の事か?」


猫とは、一度通った道をよく覚えているものだ。

それはレイルにも適応されているようで、コロだった時の事を覚えていてくれたようだ。


海希「そう。今はお金がないから、歩いて行くしかないわね」


方法がそれしかない。

それしかないと思っていた。


レイル「選択肢ならまだあるぜ。こいつを使おう」


レイルが取り出した白黒銃。

それを見て、ハッとなった。

その便利な能力を、うっかり忘れていた。


海希「使えるの?」


ここにユグトラシルらしき木は存在しない。

能力の源であるマナがないのだ。

けれど、私は更に思い出す。

彼は、不思議な林檎を食べた青年だ。


レイル「当たり前だろ?俺は林檎を食べたんだ。あんたを連れて帰るまでは、マナを温存しなきゃなんないんだけど」


ドンッ!!!


彼は何の躊躇もなく、突然銃を発砲してしまった。

急過ぎて、私は思わず耳を塞いだ。

人気のない静かな町中で、その銃声が響き渡る。


海希「レイル!!!」


警察がいれば、確実に銃刀法違反で捕まってしまう。

向こうの世界とは違い、ここはまともな世界なのだ。


海希「ガンガン撃たないで!」


レイル「だって家に帰りたいんだろ?だったら、さっさと行こうぜ」


私の言っている事の本当の意味が伝わっていないらしい。

私はレイルの心配をしているのだ。

レイルの為を思って言っているのに...


現実で、こんな夢のような光景が見られるとは。

ベンチの前で、クルクルと回っている青白く光る魔法陣。


彼に手を掴まれ、魔法陣を潜る。

一瞬で目の前に現れたのは、私の両親が住む家だ。


海希「お父さん、お母さん...」


私が最後にここへやって来た日から、何も変わらない状態だった。

いつものように、そこに家はある。

本当だったら、何も遠慮などする事なく家に入っていた。


ギュッと拳を握る。


今でも、私はあの2人を親だと思っている。

これが別の人間の記憶だとしても、親は親だ。

けれど、私の事を知ったら相手はどんな反応を見せるだろうか。


考えるだけでも辛くなる。

きっと、こんな私は嫌われてしまう。

娘としてではなく、人間としてだ。


??「...海希?」


名前を呼ばれ、体がビクリと跳ねた。

私を知っている人物に出くわしてしまったと、その焦りで胸が高鳴る。


??「...いや、そんな訳ないわね。急にごめんなさいね」


私の目に映る女性の姿。

その姿に、言葉を失った。


私は、彼女を知っている。

毎週金曜日の夜に、いつも決まった時間に電話をしてくる彼女の話を、私はうんざりする程聞いていたのだ。


お母さん


心の中で呟く。

いつも私の心配をしてくれていた人。

私が知っていた姿より皺も増え、だいぶ痩せ細っていた。


海希「...海希ちゃんの、お母さん」


言いたい事はたくさんあった筈だった。

けれど、口から出た言葉は別の言葉。

でもそれは、真実だった。


私は稲川海希ではない。

彼女の娘ではなく、ずっと偽物だった。

なのに、他人だったという事を口にすると胸が痛くなる。


母「何処かで会った事あったかしら?海希のお友達?」


目を丸くさせ、私に近付いてくる。

私は優しく微笑んだ。


海希「はい。よく似てるって言われるんです。友達なんかにも、本当は双子じゃないのって言われたりしてました」


嘘が嘘を呼んでしまう。

そのたびに、胸がズキズキと痛む。

どうすれば彼女が一番傷付かなくて済むのかを、ひたすら考えていた。


母「...そちらの方もお友達?」


私の隣にいる青年。

不思議そうに、レイルを見ている。


レイル「全然違うぜ、おばさん。俺はアマキの恋人で...」


その瞬間、私はレイルの足を思い切り踏みつけた。

叫び声を上げるレイルは、その痛みに跳ね回っている。


レイル「な、何すんだよ...!?」


母「海希の彼氏?あの子、彼氏がいるだなんて一言も言っていなかったのに...」


海希「天木!私の苗字なんです!なので、私の恋人なんです!」


レイルの言葉を無視し、慌ててお母さんに言い直した。

恋人だと嘘でも宣言してしまうのは癪だが、この際仕方がない。


母「天木さんね。なんだか、喋り方も海希にそっくり。娘のように思えてくるわ」


お母さんは嬉しそうに目を細め、私を見つめる。


彼女の言葉に、思わず肩が震えた。


稲川海希にそっくりな私。

そっくりなだけの私を、娘だと思い込んでいた母は、いつも私の事を心配してくれていた。


母「海希と仲良くしてくれて、ありがとうね。きっと、あの子も寂しがっているわ」


私のせいだ。

全部、私のせい。

稲川海希が、死体のまましばらく見つからなかったのは、私のせい。


母の顔を見ているのが辛くなる。

きっと私の想像以上に、彼女は悲しんだはずだ。

私以上に辛い思いをさせた。

細くなったその指先と、白髪の増えた髪を見れば分かる。

お母さんと呼びたいのに、それが許されない。


海希「ごめんなさい....」


私の目から、涙が流れていた。


"ごめんなさい"


その言葉しか出てこない。

今の私には、謝る事しか出来ない。


母「天木さん?」


馬鹿みたいに、何度も繰り返した。

何度謝ったところで、きっと許されるべき事ではない。

それでも、涙がどんどん溢れてくる。


海希「私は海希さんに酷い事をしました....私は....彼女に謝る事しか出来ません....」


謝ったって、もう遅い。

そんな事は分かっている。

泣きながら、私は母に言った。


母「海希と喧嘩でもしていたの?大丈夫、あの子の為にこんなに泣いてくるんだから。海希も許してくれるわ」


やせ細ったその手で、私の手を優しく握ってくれる。

母の温もりは、あの時のままだった。

病室で感じた母の手の温もり。


そうじゃない。

私は、とても罪深い事をした。

目の前にいる母を、ずっと騙していた。

とても弱くて、卑怯な人間だ。


母「良かったら、娘に会ってやって下さい。どうぞ、うちに上がっていって?」


彼女に言われ、家の中に招かれる。

住み慣れた筈の家は、既に他人の家。


この廊下で私は男に襲われ、そして気絶した。

目を覚ませばいつの間にか、いつも見ていた夢の中の草原で寝ていた。

隣には猫耳を生やした青年がいて。

今、隣にいるレイルの事だ。


案内されたのは、リビングだった。

私の知っている光景の中に、見慣れない仏壇が置いてある。

そこに、彼女の写真が飾ってあった。


私と同じ顔の女性。

きっと、この写真は彼女自身の物だろう。

なんだか、そんな気がするのだ。

仏壇の前に座り、お線香を立てる。

リンを軽く鳴らした後、合掌した。


隣に座ったレイルは、不思議そうに私を見ていた。

きっと向こうの世界に、こんな仕来りはないのだろう。

それに気付き、私はレイルに小声で優しく教えた。


海希「私の真似をすれば良いのよ」


そう言うと、彼は戸惑ったように両手を合わせた。

その仕草が可愛らしく、そしてとてもおかしかった。


私はもう一度、写真に向き直る。

そして、静かに合掌した。


彼女の名前を借りた事。

彼女のご両親を騙していた事。


許して貰えるとは思っていない。

でも、この罪はずっと背負っていくつもりだ。

彼女の分まで、私は稲川海希を名乗り続けるだろう。

それが、私に出来る償いだった。


海希「....ありがとうございしました。海希さんにご挨拶出来て良かったです」


後ろで見ていた母に、私は頭を下げた。


母「また会いに来てあげて下さい。あの子も喜ぶだろうから」


目の前にいる母を、もうお母さんと呼ぶ事は出来ない。

喉元まで出て掛かっていた言葉を、グッと抑え込んだ。


今思えば、母の姿を見たのは病院を退院したあの日以来だった。

それからずっと、電話でのやり取り。

もっと側にいてあげるべきだったと思った。

たとえ本物じゃなくても、娘として彼女の側に居たかった。


玄関に案内され、私はもう一度頭を下げた。

また、私は騙してしまった。

稲川海希の友達だと、嘘を吐いた。


海希「どうもお邪魔しました。お母さん、お身体に気を付けて下さいね?」


きっと、心身共に弱り切っている。

体を壊さなければ良いのだが...

でも、もう彼女の側にはいられない。


笑顔で見送られ、私はレイルと歩いた。

母は私の背中が見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれていた。


また涙が込み上げ、顔を隠すように俯いた。


お母さん、さようなら...


行く宛もなく、ただひたすら歩き続けた。

もう、立ち止まる事は出来ない。


海希「....!」


右手に感じた温もり。

俯かせていた顔を上げ、隣を歩くレイルを見る。


ただ前を見て、私の隣を歩いてくれている。


手を繋ぐなんて、いつもの事なのに。

それだけの事なのに、少しだけ楽になれた。


レイルの手をギュッと握り返し、私は目尻に溜まった涙を拭った。











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