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OTOGI WORLD   作者: SMB
* the future to choose it *
68/92

ようこそ、舞踏会へ


空が赤く染まっていく。

太陽が地平線に身を隠していく様を、私は目を細めながら見ていた。


もうすぐ夜がやってくる。

この世界にやって来て、一番長い夜になりそうな気がした。

果たして、私はこの夜を乗り切る事ができるのだろうか...


私はお城の前に並んでいた。

城を丸く囲んだ城壁に沿って、その長蛇の列がぐるりと一周し、それでも収まらない人の並びが城下町へと続いている。

人で溢れかえっている状態。

まるでどこかのテーマパークの開園時間を待っているかのようだった。


ドロシー「レイルは本当に来ないの?」


隣で心配そうに口を開いたのはドロシーだった。

相変わらず、マッチ(奥底に恐ろしい爆弾達も隠し持っている)の入ったバスケットを大事そうに抱えている。


海希「うん。聞いてみたけど行かないって。興味ないそうよ」


お城のご馳走でも誘ってはみたが、やはり彼の興味を惹く事は出来なかった。

彼は確実に損をしている。

私が彼の分まで食べるしかない。

今夜は熱いフードファイトになりそうだ。


私はと言うと、そんな彼の目を掻い潜ってここまでやって来た。

もちろん、ドロシーとピーターと待ち合わせをしてだ。


つまり、レイルを置いてきたのだ。


ピーター「あいつはいつもそんな感じだからな〜。去年も無理やり連れてった感じだったけど、結構不機嫌そうにしていたし」


前回の舞踏会を思い出しているのか、ピーターの遠い目が宙を仰ぐ。


ピーター「それでドロシーが怖がっちゃって。君が浴びるようにお酒を飲んで大変な目に合わされたっけな...それがトラウマだったりして」


ドロシー「そうだったかしら?」


苦笑を浮かべるピーター。


想像出来る。

きっと、今のドロシーではないドロシーが出て来たに違いない。

とても関わりたくない事件だ。


そんな中、少しずつ列が進んで行く。

開門されたお城。

その先に、カーテンで仕切られた3つの入り口がある。

私たちが並ぶ列が途中で3列になり、それぞれが目の前の入り口で待っていた。


??「次の方どうぞ」


中から聞こえてくる男の声。

どうぞ、と言われカーテンを手でめくり上げてから、私は中へと入った。


男「ようこそ、アルムヘイム城の舞踏会へ」


入っていきなり、一人の男性と会った。

そして、等身大の鏡が一つ。

鏡は若干トラウマになっているので、また変な物を見せられないか不安になった。


男はと言うと、ツーブロックに刈り込んだサイドに、前髪にはゆるふわなパーマで動きをつけている。

シルバーのパンツに、チェックのシャツとベストを着込み、赤いネクタイを締めている。

お洒落過ぎて、逆についていけないお洒落度だ。


背も高く、スラリと伸びた長い脚。

体も細く、どこかのモデルのようだ。

おまけに、とても男前だった。


海希「招待状はここで見せれば良いんですか?」


私は招待状を出そうとした。

が、男はそれを止める。


男「ノーノーノーよ、お嬢さん。そんな必要はナッシング。ここに必要なのは綺麗になりたいって気持ちと、自分を解放する勇気だけ」


.......。


とりあえず、招待状は見せなくていいようだ。

相手の何とも言えない雰囲気に呑まれまいと、私は意識を集中させる事にした。


男「招待状なんて、あってないようなもの。確認なんてここではしないわ」


海希「え?そうなんですか?」


男「お客様に失礼だからね。だから、そんなものはポイしちゃってくれて結構よ」


.......。


この男はあれだろうか。

所謂あれだ。

きっとあれなのだ。

きっと、ウィールと話が合う筈だ。


男「自己紹介をするわね。私の名前はセバスティ・ドライ・フェアリー。セバスチャンと呼んでちょうだい」


と、男前な顔で紹介される。


男前なのに...

そんな事を考えながら、私はコクコクと縦に首を振った。


セバスティ「それで?貴女のお名前は?」


あぁそうか。

この世界は、名前だけで相手がどんな人か分かる。

それなら、招待状なんて形だけの物かもしれない。


海希「稲川海希です。とりあえず、海希って呼ばれてます」


セバスティ「あぁ、貴女がアマキね!待っていたわ!」


私が名乗った途端、彼の目の色が変わった。

とても嬉しそうに、私の手を両手で包み込む。


セバスティ「王妃から話は聞いているわ。あぁ、貴女をコーディネート出来るなんて、私はなんて幸運に恵まれているのかしら。姉様達に自慢しなくっちゃ」


彼が絶賛する程の価値は、私にない。

けれど、この世界では宇宙人と同じ扱いなので、そこまで喜ばれるのならサインの練習をしておいても損はないかもしれない。


そんな彼は顎に手を当て、私をじっくりと見ていた。

頭のてっぺんから、足の爪先まで。

視線が私を這うように、何度も往復している。


セバスティ「一応希望も聞いてるんだけど、好みの色とか自分がこうなりたいっていうイメージはある?」


海希「とくにないですけど、でもメルヘンなのは勘弁だわ」


セバスティ「そう、それだけなら問題ないわ。私に任せてちょうだい」


そう言って、パチンッと指を鳴らす。

その瞬間、着ていた服が全くの別の物になった。


膝丈の、紫と黒のドレス。

胸が少し開いていたが、とても大人らしいドレス。

ヒールもそのドレスとお揃いの黒で、宝石がちりばめられていた。


胸元には、キラキラと光る二重連のネックレスが飾られている。

髪は丁寧に編み込まれてあり、蝶のモチーフの髪飾りが付けられていた。


海希「す....凄い.....!!!!」


まるで魔法だ。

鏡に映る自分が、自分に見えない。

一瞬にしてドレスアップされた私。

鏡の向こう側に、あかの他人が立っているように見えた。


唇を鮮やかに彩るグロス。

こんなものをつける習慣はないので、なんだか落ち着かない。


セバスティ「気に入ってくれて何よりだわ。とてもよく似合っているわね。私のセンスは間違いないわ」


これは、彼の能力だろうか。

いや、彼は魔法使いなのかもしれない。

12時までの魔法を得意とする例の魔法使い。

私も、その魔法にかけられてしまったのだろうか。


海希「とても素敵。ありがとう」


セバスティ「最後に、私から貴女に贈りたいものがあるわ」


そう言い、今度は両手を握られる。

セバスチャンの手は大きくて、綺麗でとても細い。


セバスティ「私が貴女に贈る物は一つだけ。それは、愛よ」


顔が赤くなる。

男前な男性にそんな事を言われると、誰だってドキッとしてしまう筈だ。

それに顔も近い。


セバスティ「...言っておくけど、私は男性が好みだからね?」


と小声で言い直され、我に返る。

そうだ、この人は女に興味はないのだ。


セバスティ「貴女が誰からも愛され、そしてどんな人にも温かい愛を分け合える女性であり続けますように」


セバスチャンの言葉が、私の体にすぅーっと自然に入ってくる感覚。

不思議な感覚だった。

体が軽くなっていく。


セバスティ「それじゃぁ、素敵な夜を過ごしてね」


私が入って来た場所とは反対側のカーテンを、セバスチャンはめくり上げる。


私はゆっくりと前へ進んだ。

とくに荷物を持っていなかった私はクロークを素通りし、前を歩いていた人達についていった。

行き着いた先にあった扉の中へと入っていくと、見た事もない眩しいくらいの大ホールが広がっていた。


天井にはいくつもの大きなシャンデリアがぶら下がっている。

反射する煌めく光。

大理石でできた床。


奥にはテーブルがたくさん並べられている。

中には、グラスが積み上げられたシャンパンタワーが見えた。

きっと、あそこがご馳走や飲み物が置いてある場所なのだろう。


ドロシー「アマキ!」


声のする方を見ると、そこにはドロシーとピーターが立っていた。

きっと、私を待っていてくれたのだろう。


海希「ごめんね、遅くなって」


ピーター「大丈夫、俺も今出て来たところだから」


ドロシーのドレス姿は、とても可愛らしいものだった。


ピンクと白のドレス。

髪はサイドにアップされており、毛先が軽く巻かれてある。

彼女らしい姿に、なんだか微笑ましくなった。

可愛らしいと言っても、決して子供っぽいと言う訳ではない。

可愛さの中にも、上品な形をしているドレスだった。


問題なのは、いつも緑を好んで着ている(偏見)、この男だ。


海希「ピーター...なんか大人になった?」


老けた、という言葉はあえて避けた。

老けたと言う程でもないが、声や背丈や顔立ちなどがさっきまでいた彼とは違う。

明らかに年齢を変えている。


大人だ。

大人の男。

そして、タキシードが更に男を演出している。


ピーター「今夜は特別だからね。それに、こういう服は大人の方が似合っているだろ?」


いつもとは違う白のタキシード。

黒のシャツに緑のネクタイ(やはりこいつは緑が好きなんだ)。

髪も動きをつけており、前髪には分け目をつけ、いつもは見せない額を出している。


いつもの優しそうなピーターではない。

とてもワイルドだ。

そんな彼はどう見てもホスト。

その姿が似合っているのだから、やはりホストとしか言いようがない。


ピーター「2人共、凄く似合っているよ。とても可愛いし綺麗だ。両手に華で俺も鼻が高いよ」


ドロシー「ありがとう。ピーターも似合っているわ。格好良い」


似合っている。

似合っているのだ。

似合い過ぎて、疑ってしまう。

胡散臭いのがパワーアップしている。


初見でこの姿だったら、彼とは仲良くしようとは思わなかっただろう。


ピーター「君は褒めてくれないの?」


海希「...とっても似合ってる」


考え過ぎて、出遅れてしまった。

似合ってるという事が褒め言葉になるのかは謎だが、とりあえず本音だったので言っておく。


ピーター「本当にそう思ってくれているの?」


海希「思ってるわよ。私が気を遣ってると思うの?」


するとピーターは、ははっと明るく笑った。


ピーター「思わない。君は嘘を吐くような人間じゃないしね。そうだドロシー、今回はあんまり飲み過ぎないでね?」


ドロシー「あたし、お酒はあまり飲めないのよ?だから、心配しなくても大丈夫よ」


そっちのドロシーじゃない。

とりあえず、ドロシーの恐怖心を駆り立て無ければ何も問題は起こらない...筈だ。


ドロシー「あ、そろそろ始まるみたいよ」


ドロシーの言葉に、私の目は自然とそちらに向かった。


ホールの一番奥にある、大きな螺旋階段。

そこから、2人の男女が降りてくる。

男性は立派な軍服を着こなし、女性は淡い水色のドレスを身にまとっている。

頭にはティアラを乗せ、そして足には硝子の靴を履いている。


王「皆様、ようこそアルムヘイム城へ。今宵は料理にお酒にダンスと、盛大な宴を楽しんで下さい」


隣にいた女性と共に、深々と頭を下げる。

その女性とは、セイラ・アシェンプテル・アルムヘイム。

正真正銘の王妃様だ。

やはり、私のイメージ通りのお姫様。


ただ、あの靴はどうにも靴擦れしそうで、彼女の小さな足が心配になる。


王「それでは、皆様にとって素敵な夜になりますよう」


パンパンっと、両手を叩く。


すると、後ろに控えていた音楽隊がメロディーを奏ではじめた。

綺麗なバイオリンの音色。

音楽には詳しくないが、この場所にとてもマッチしている。


ピーター「じゃぁ、まずはお酒でも取りに行こうか」


3人で、お酒の用意されたスペースへと移動する。

カラフルな色合いのグラスが、たくさん並べられていた。


まるで、アートのようだ。

そこから一つ手に取り、3人で乾杯した。


海希「...美味しい」


甘くて、とても飲みやすい。

これなら、私でもたくさん飲めそうだ。


ピーター「あれ、君は結構イケるタイプ?」


海希「そうでもないけど...普通かな。ピーターは強そうね」


場所を移動しながら、会話を弾ませる。

やって来たのは、その隣にあるテーブルだった。

美味しそうな料理がたくさん並んでいる。

目に付いたローストビーフに、早速手を付けた。

全体的に、食べやすいように小さくカットされている。


ドロシー「ピーターが酔っているところって、あたしも見た事がないわ」


ピーター「えぇ?そんな事ないよ。ドロシーはいつも先に酔っちゃうからね。覚えていないだけさ」


お酒を持てば、完全にホストだ。

ピーターは早くも、次のグラスに手を伸ばしている。


と、私の視界に小さく入ったウサギ男。

たくさんの人の中に、長くて白い耳が揺れているのが見えた。


確実にセリウスだ。

私はハッとなり、思わずピーターの後ろに隠れた。


ピーター「ん?」


ドロシー「どうしたの?」


あいつも来ていたのか。

と、舌打ちをしそうになった。

見つかれば、何かと面倒なのは目に見えている。

何しろ、あいつは私の中で要注意人物なのだから。


姿が見えなくなったのを確認し、私はピーターとドロシーを壁にしながら警戒した。

それでも、食べる事はやめない。

2人の後ろでコソコソと食事を楽しんでいた。


海希「何でもない!ほら、2人も食べましょ!」


2人に同じものを勧める。

キャビアのオードブルだ。


私達は、お酒と食事をしばらく楽しんでいた。


その間、ピーターはガバガバとお酒を飲んで、それでも顔色一つ変えなかった。

見た目通りの豪酒振り。

やはりホストにしか見えない。

彼に何度かお酒を勧められたが、私は丁寧に断っていた。

相手のペースに合わせていては身が持たない。

それに張り合おうなんて微塵も思わなかった。


ドロシーは、私の話を楽しそうに聞いてくれていた。

いつ狂乱するか少しハラハラしていたが、どうやらその心配は必要なさそうに感じる。

いつもはおどおどしている彼女だが、今日のドロシーは一段と輝いているように見えた。


そんな私は、料理が美味し過ぎて止まらずにいた。

フォグラやアワビや牛肉のステーキ。

これは、太る事を覚悟しなければならない。


そんなご馳走を堪能しながら思う。

こんなに美味しい物を食べ損ねるなんて、レイルはやはり損をしている。

私があれだけ声を掛けたのに、どうして来なかったんだろう。

今頃あのバスの中で、1人で何をしているのか。


ピーター「そろそろ、自由行動にしてみる?」


話していた話題が一通り終わり、ピーターが切り出した。

自由行動をしてセリウスに見つかってしまったら、とても厄介だなと考えてしまう。


ドロシー「そうね。たまには良いかもしれない」


ドロシーも納得したように頷いている。


ピーター「君はどうするの?」


返事をしていないのは私だけ。


自由行動と言っても、私はこの辺りから離れないだろう。

いや、離れられない。

食べ物の事しか頭にないのだから。


ピーター「それとも、俺と踊る?」


海希「私は踊れないの」


即答した。

ダンスは踊れない。

それに、こんな場所で恥ずかしい思いはしたくない。

足を踏まれる覚悟がある奴だけ声を掛けて来いと言いたい。


ピーター「別に気にしないのに。でも、レイルに後で何言われるか分からないしね」


本気なのか本気じゃないのか、よく分からない男だ。

少し前にレイルと殺し合いをしていた事は、まだ記憶に新しい。

なんなら、ここぞとばかりにこいつの足を踏んでやっても良いかもしれない。


ピーター「じゃぁ、俺は向こうで楽しくやってるよ。何かあれば声を掛けてね」


新しいグラスを一つ掴み、手を振りながら人混みの中に消えていく。

そして、ドロシーも私に手を振りながら別の方向へと消えていった。


こんな慣れない場所に1人だけ取り残され、なんだか変な気分になった。

じっとしているのも嫌だったので、とりあえずシャパンタワーの方へと向かった。


キラキラと光るグラスの山。

初めて見るものだった。

上からシャンパンが注がれ、綺麗に流れていく。

シュワシュワと音を立てながら、気泡が宝石のように見え、すぐに弾けてしまう。


なんて綺麗なんだろう。

あまり見ない光景に、私は見惚れていた。


??「やぁ、お嬢さん」


急に声を掛けられ、私はすぐに顔を上げた。

隣に居たのは、見覚えのある男。

その顔を見て、すぐに彼の名前が出てきた。


海希「...アルベルト?」


能力は千里眼。

冒険家のアルベルト・ガリバー。

前に会った時とは違い、白のタキシードに黒の蝶ネクタイを締めている。

そしてその隣には、私にとって会うにはとても気まずい人物が立っていた。


イザベラ「確か、アマキと言ったな。アルベルト、知り合いか?」


赤いドレスがとてもチカチカする。

いや、彼女の存在が目にも心臓にも悪い。

目立つ裁判長は、アルベルトに言った。


アルベルト「あぁ、旅の途中でね。また会えて光栄だよ」


海希「どうも...」


彼は良い。

だがイザベラの威圧が凄過ぎて、私は身動きが取れずにいる。


イザベラ「元気にやっておったか。まぁ、生意気にわらわに口を利いたのだ。それくらいの奴だとは思っておった」


真っ赤な唇が、ニヤリと口角を引き上げる。


...怖い。

逆に怖い。

こんなところで首をはねられるのではと、私は恐怖した。


海希「あの、大丈夫でした?呪いとか...」


と、本人に訊くのもどうかと思ったが、一応訊いておいた。

レイルがとても辛そうにしていたのだから、術者も同じ呪いにかかったのなら彼女も苦しんだ筈だ。


イザベラ「あぁ、そんな事を気にしておったのか。お前も、わらわの事など心配するとは優しい奴だな」


海希「一応訊いておこうと思っただけよ」


褒められた気がしない。

きっと、褒めた訳ではないのだろうけど。


彼女がピンピンしているという事は、大丈夫だったという事だ。

私が心配する必要は皆無だと言う事は見て分かる。


イザベラ「王妃に助けて貰ってな。あやつも優し過ぎるところがあるからな。私など見捨てれば良かったものを」


海希「そんな事をするような人じゃないと思うけど」


イザベラ「分かっておる。だから、王の心を射止めたのだ」


グラスに入った黄金色の飲み物を口にしながら、イザベラが続けた。


イザベラ「チェシャ猫は一緒ではないのだな?」


彼女からレイルの話が出てくるとは。

まだ彼の命を狙っているのかもしれない。

彼女に対しての警戒心が強まった。


海希「そうね。こう言う舞踏会は興味がないみたい」


すると、彼女は楽しそうにクスクスと笑い始めた。

何がそんなに面白いのか。

この女性とレイルが出会したら、なんだか厄介な事になりそうな気がするのは私だけだろうか。


イザベラ「そうか。お前にとても懐いておると思っておったが、お前が他の男と踊っても構わないという事か」


そう言うつもりではないと思う。

それに、私は黙ってここに来た。

きっと、帰れば彼にドヤされるだろう。


アルベルト「ほう。お嬢さんには恋人がいるのか?それは残念だ、ダンスに誘おうと思っていたのに」


そう言う彼は、残念そうには見えない。

それに、私は踊れない。


海希「ごめんなさい、私ダンスは踊れないの。それに、恋人じゃないわ」


アルベルト「照れる事はない。まぁ良いさ、他に楽しむ事はたくさんあるからね」


照れてなんていない。

千里眼を使えるなら今使え。

そして、私の本心をよく見定めろ。


アルベルトは、やはりよく分からない変質者だ。


イザベラ「ではアマキよ、今宵はチェシャ猫の分まで楽しめ」


2人は私に背を向け、ゆっくりと歩いて行く。

私は新しいグラスを一つ取り、彼らとは反対の方へと向かった。


次はデザートだ。

美味しそうなケーキやアイス、それに果物も並んでいる。

周りには、自然と女性が多い気がした。


??「あ!お姉さんだわ!」


また声を掛けられる。

今度は誰だと思い声の主を確かめると、またもや見覚えのある2人がいた。


黒いドレスを着た少女と、黒いタキシードに蝶ネクタイを締める少年。

声を掛けてきたのはグレーテルの方だった。


海希「うわっ....」


思わず声が出てしまっていた。

この双子は私に毒を盛り、更には子供らしからぬ銃を愛用する厄介な双子。

それに、ピーターやドロシーも殺そうとしたのだ(ドロシーに返り討ちにされたが)。


ヘンゼル「そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないか」


と、不機嫌そうにヘンゼルが口を尖らせる。

それに対し、私は言い返した。


海希「当たり前でしょ!あんた達には酷い目にあったんだから!」


そう、とても酷い目にあった。

あれはいつ思い出しても地獄絵図。

いや、ヘンゼルとグレーテルと言うより、狂乱ドロシーに対してのトラウマだ。


グレーテル「子供のイタズラよ?そんなに怒らないでよ」


毒を盛った本人が何を言うか。

だいたい、イタズラでは済まされない事件になっていた。


彼女は私の目の前で、平然とプリンの乗ったパフェを食べている。


ヘンゼル「お姉さんって、ピーターの恋人なの?」


海希「は!?」


突然の話題に、私の頬が熱くなる。


どうしてそんな話になるのか。

ここに本人が居なくて良かったと切実に思う。

きっと、ややこしい事になっていた筈だ。


海希「ピーターは友達よ、恋人じゃない。前にも言ったでしょ?」


ヘンゼル「へぇ〜。でも、お姉さんを守ろうとしていたし...相当仲が良いんだね」


海希「友達なんだから、当たり前でしょ」


それは、本人が言っていた事だ。

少し前に、怪しい事をされたし(レイルと殺し合いになった原因)、対応に困るような冗談(いや、あれは冗談なのか?)を繰り返すが、それは都合の良いように忘れる事にする。

とにかく、あまり思い出させないで欲しい。


グレーテル「お姉さん、ここのシナモンロールは絶品よ。あなたも食べてみると良いわ」


グレーテルが差し出す黄色いロールケーキから、シナモンの香りが漂って来る。

とても美味しそうだが、嫌な事を思い出してしまい眉を寄せた。


海希「いらない。こんな所で痺れたくないもの」


冷たく拒否する。

そう簡単に、彼女のお勧めは受けない。


グレーテル「馬鹿ね。こんな所で毒なんか盛らないわよ」


ヘンゼル「ねぇ、今度はお菓子の方じゃなくて僕の所来てよ。なんでも揃っているよ?お姉さんなら、軽くて反動の少ない扱いやすい物が良いよね」


こいつは可愛い顔をして、私に何を勧めているんだ。

だいたい、ここは舞踏会なんだからそんな物騒な話はして欲しくない(普段もそうだが)。

どうやら、私はとても面倒くさい奴らに捕まってしまったようだ。


海希「...バレッタはいないのね」


ヘンゼルと言えば、あの少女を思い出す。

塔の周りを爆弾で固めた髪の長い少女。

彼女にはある意味恐ろしい体験をさせて貰った。


ヘンゼル「バレッタは引きこもりだからね。あの塔から出ようとしなんだ」


だからあの少女は駄目なんだ。

そんなんだから、私に変な気を起こしたりする。

もう少し、外の空気を吸うべきだ。


グレーテル「もしかして会いたかったの?彼女、あなたに会いたがっていたわ」


クスクスと笑っているグレーテル。

その言葉に、私はゾッとした。


海希「それ、本当?」


グレーテル「えぇ。どうやらあなたに熱を上げているみたいだったわ。子供を夢中にさせるなんて、お姉さんも酷い大人ね」


ヘンゼル「へぇ。なら、お姉さんに値札を付けてバレッタの所へ連れて行こう。高く買ってくれるよ、きっと」


グレーテル「それはいい考えだわ!いくらくらいで売り付けてやろうかしら。きっと、いくらでも出す筈よ」


双子は私を無視し、ぺちゃくちゃと喋り出す。

私の値段の相談をしているらしい。


頭が痛くなってくる。

やはり、こいつらは凶悪な双子だ。

この2人に関わってはいけない。

と、私が頭を抱えていた時だった。


??「おい、ガキ共。食事の時くらい黙って喰え」


煩い双子に向かって、隣のテーブルから低い声が飛んできた。

何処かで聞いた事のあるような声。


なんだか、嫌な予感がする...


そんな事を思いながら、私は声の方へと恐る恐る視線を向けた。




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