私の告白
レイルは、私とのデートの為に本当に早く仕事を片付けてしまった。
やはり、餌をぶら下げてやれば食い付くのは早い。(こいつは、そこまでしてデートしたいのか)
とは言え、約束は約束だったのでデートと言う名を借りて帰宅中だ。
レイルにギュッと手を握られ、こうやって2人で森の中を歩くのは久々な気がする。
生い茂る葉の隙間から見える赤い空に目を細めた。
レイル「にゃははは...なんか嬉しいな!アマキとこうやってデートしてるなんて、凄く楽しい!」
デートではない。
これは、家に向かって歩いているだけ。
その事に、彼は気付いていない。
私はなんて悪い女なんだろう。
ここまで純粋なレイルを騙しているのだから。
海希「そうね、楽しわ。今度はみんなを誘ってピクニックでも良いかも」
私の手を握るレイルの手を見つめながら苦笑した。
伝わってくる温もりと、嬉しそうに左右に揺れる尻尾に、私の良心が痛む。
なので、小さな償いとして言ってみた。
これはさっきも思った事だった。
レイル「みんな?俺とあんただけで良いよ。他の奴が居たらデートじゃないだろ」
海希「グループデートよ。これなら、デートに入るでしょ?」
レイル「2人が良い。2人の方が絶対楽しいって!」
大勢の方が楽しいに決まっている。
けれど、それを口には出さない。
海希「分かった。じゃぁ、2人で行きましょう」
お詫びのつもりでだ。
それに、お礼も兼ねている。
海希「...助けてくれて、ありがとね」
レイル「ん?何が?」
サクサクと歩きながら、レイルが不思議そうに私に目を向けた。
もちろん、鏡の城の中での話だ。
海希「レイルが来てくれなかったら、私ずっとあそこにいたと思う。あなたのおかげよ」
レイルにまだお礼も言っていなかった。
帰って来てすぐは、私もまだ混乱していたのでそのまま忘れてしまっていたのだ。
忘れていたと言うのも、とても失礼な話だと思う。
レイル「お礼なんて良いよ。当たり前だろ?お姫様を助けに行くのは、王子様の役割だからな」
彼は得意げに鼻で笑った。
猫の王子様なんて、どのおとぎ話にも出て来ないし、聞いた事がない。
海希「猫の王子様ね。ふふっ、なんだか可愛い」
思わずクスッと笑ってしまった。
イメージするのは、シャトールだ。
彼の場合、王子様と言うよりナイト様に近い。
レイル「可愛いって...そこは格好良いだろ?あんまり嬉しくない」
海希「でも、仕事中のレイルは格好良かったわよ?」
ポロリと口にしてしまっていた。
ニヤリと笑うレイルを見て、私は少し後悔した。
レイル「俺の事惚れ直した?じゃぁ俺達、もう一線越えても怒らないよな?」
海希「あんたね、調子に乗らないでよ」
何故そんな話になるのか不思議だ。
怒るに決まっている。
この変態猫め。
どの線もまだ越えた覚えはない。
レイル「えぇ〜、俺ってまだ気長に待ってる方だと思うんだけど?俺だって男なんだ、これ以上は待てないかも」
海希「耳、引きちぎるからね?」
と、脅しておく。
怖い怖い、とレイルは軽く聞き流していた。
それを聞くと、なんだか可愛い猫だと思っていたのに、妙に男として見てしまう。
今更な話だったが、今夜は別の場所で寝る事にする。
レイル「まぁ良いや。これからはずっと一緒にいるんだし。その気になれば、押さえ込んででも...」
海希「あんた、その耳がいらないみたいね」
人の話を全く聞いていない。
怖いのはどちらだ。
それでも、レイルが憎めないのはどうしてだろう。
今まで、あのバスを出て他の場所に移ろうとも思わなかった。
やはり、彼はコロで私の家族だからなのだろうか。
けれど、ここにずっと一緒に居られそうにもない。
まだ、レイルには話していない事があった。
海希「...レイル、私は向こうの世界に帰ろうと思ってるのよ?」
レイルの足が止まる。
自然に、私もその場で立ち止まった。
レイル「なんで?あんたは元々、ここの人間なんだろ?」
先程の明るい口調とは違い、声のトーンも低い。
レイルの瞳孔が、すぅーっと細くなった。
海希「向こうにも待ってる人が居るわ。きっと心配してるだろうし....」
レイル「ここに居れば良いだろ?俺と一緒に幸せになりたくないのかよ?」
幸せになる事はどの女性でも願っている事だ。
でも、私は幸せになんてなれない。
いや、幸せになる事を許される筈がない。
海希「私の幸せはどこにもないわ。でも、両親や友達にその犠牲にはなって欲しくない」
レイル「俺だってあんたと一緒にいたい!」
なら、私と元の世界へ帰ろう。
また、飼い主とコロの関係に戻る。
それが一番良い選択なのだ。
でも、私には言えなかった。
彼の居場所はこの世界だ。
私の為に、彼を連れては行けない。
それに、家族と言う関係に戻る事にも、なんだか変な気持ちを抱いてしまっている。
言いたい言葉を、喉の奥へと抑し込んだ。
レイル「俺は嫌だ。ここで暮らす為に、あんたをここに連れて来たんだ。ここなら、アマキを守ってあげられる」
連れて来たと言うより、私にしてみれば拉致されたも同然だ。
それに、ここの方が危険も多い。
何しろ、そこらへんで銃が発砲されているのだ。
向こうの世界の方が、確実に平和に過ごせる自信がある。
けれど、彼は私の意見なんて聞いてくれないだろう。
聞いてくれなければ、帰る手段がない。
そうなれば、私はあの世界に帰れない。
強く引っ張られるように、また歩き出す。
とても強引で、一途な猫。
思っている以上に難しい性格をしている。
そして、私も素直じゃない。
それは十分に分かっていた。
海希「レイル...」
レイル「その話はこれでおしまい。せっかくのデートなんだから、もっと楽しい事話そうぜ」
これからしつこく説得しても、きっと無駄に終わってしまうだろう。
帰る事を諦めた訳ではないが、とりあえず話を戻すのはやめておいた。
私だって馬鹿じゃない。
彼がもっと機嫌のいい時を狙うしかない。
海希「...そうだ。レイルって舞踏会とか興味ある?」
楽しい事と言われ、ふと思い出すのは王妃様から貰った招待状だった。
近々行われる舞踏会に招待された事だ。
レイル「舞踏会?俺がそんなのに興味あるように見えるのか?」
見えない。
レイルがダンスを踊る姿なんて、全く想像がつかない。
と言うか、彼が踊れるのかさえ疑問だ。
レイル「もしかして、毎年恒例のお城の舞踏会にアマキは招待されたのか?」
海希「...まぁね。いろいろコネがあるのよ」
レイル「あんたは行きたいの?」
海希「まぁ、滅多にある事じゃないし...それに、ご馳走も用意されてるみたいだし楽しそうじゃない?」
レイル「...まさか、誰かとダンスの約束をしてる訳じゃないよな?」
ちらりと目を向けられる。
そんな怖い言い方をされなくても、レイルが怒るような事はしていないし、しようとも思わない。
海希「そんな訳ないでしょ。私はダンスなんて踊れないの。誘われても断るわよ」
それに、たった今レイルを誘おうとしているのに。
ダンスは無いにしても、舞踏会に行ってその時間を一緒に楽しむお誘い。
どうしてこんなに鈍感なんだろう。
レイル「なら、俺と一緒に居れば良いだろ?舞踏会なんかより、あんたの事たくさん楽しませてあげるからさ」
どうやら、レイルは舞踏会に参加するつもりはないらしい。
想像出来た事なのに、なんだか凹んでいる。
きっと、私はレイルと舞踏会に行きたかったのだ。
その時、初めてそれに気が付いた。
他の誰でもない、彼と舞踏会に行く。
期待していたつもりではなかったのに、なんだか気持ちも沈んでしまった。
そんな私に気付きもせず、レイルは私の手を離しはしなかった。




