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OTOGI WORLD   作者: SMB
* the future to choose it *
62/92

カボチャの馬車の同乗者


晴れた日の午後。


城下町にあるお洒落なカフェ。

ここは、私がよく来るお店だった。

私はそこで、呑気にお茶を飲んでいる。


ついこの間、私は家族である飼い猫(本人は恋人と言い張るが無視する)の為に、この不思議なおとぎの世界で壮絶な冒険をした。


ちょっとしたバトルあり涙ありの長い旅だったが、最後には大きなピンチに陥ってしまった。

けれど、何故か私が助けようとしていた当の本人が颯爽と登場し、逆に助けられる(何の為に私は頑張ったのだろう。誰か教えてくれ。)と言う、なんとも不思議な結末を迎えた。


そんな旅の中で、物凄く濃い人達との出会いもあったけれど。

大半が危ない奴らだったのは言うまでもない。


そんな私が、呑気にここでティータイムをしているのだ。

先日起きた事が全て無かった事のように感じてしまうくらい、のどかな一時。


けれど、事実は事実。

起こった事を、なかった事になどできる訳がない。

エマだった頃の私になら可能だったかもしれないが、既に私にはそんな能力は残っていないのだから。


ピーター「俺が寝ている間に何だか大変だったみたいだね。無理やりにでも起こしてくれれば力になったのに」


真っ黒なコーヒーの芳ばしい香りに鼻を潜らせながら、それを口にする緑の青年。

そんな彼を、私はまじまじと見ていた。


ドロシー「そんな事出来なかったわ。あなただって、とても重症だったんだから」


そう、この男は重症だった。

とくに、見た目がだ。


今は、とても若々しいフレッシュな見た目(やはり緑は目に優しい)をしているが、あの時の彼は私が知っているピーターの姿ではなかった。


ピーター「それもそうか。なんだか格好悪い姿を見せちゃったな」


はっきり言って、格好悪いどころではない。

今でも、あの時の彼と同一人物なのか疑っている真っ最中だ。


ピーター「...ん?なに?」


私の熱い視線に、どうやら彼は気付いたようだ。

カップを持ち上げたまま、私を見ている。


目が合ってしまったが、気にせず目を合わせ続けた。

本当に彼は不思議だ。

不思議過ぎて、逆に怖い。


海希「...ピーターって、いくつなの?」


聞いてはいけない気がしたが、思いきってみる。

すると、彼は軽く笑い飛ばしながら答えてくれた。


ピーター「いくつに見える?それが答えだよ」


絶対に嘘だ。

この年齢詐欺め。

だいたい、それは答えになっていない。


なんだか少し羨ましい気もするが、その反面少し痛い気もする。


ピーター「言っておくけど、そんなに歳はとっていないぜ?君達とそんなに変わらないって」


海希「じゃぁ、元々の姿でいれば良いのに」


ピーター「俺は大人が嫌いなんだ。こっちの方が、何かと楽なんだよ」


海希「涼しい顔をしてブラックコーヒーを飲んでる子供なんて、そうそういないわよ」


いるにはいるだろうが、滅多にはいないだろう。

子供だと言い張るなら、もっと子供らしいものを飲むべきだ。


ピーター「俺は子供じゃないよ。大人でもないし子供でもない。だから良いんだ」


じゃぁ、お前はなんなんだ。

ただの胡散臭い葉緑体になりさがりたいのか。


訳の分からない理屈を言いながら、またコーヒーを飲んでいる。

緑が好きなら(偏見)、緑茶をこよなく愛するべきだ。


そんな事を思ったが口には出さない。

彼の趣味に、口を出すつもりはない。


ドロシー「アマキも無事で良かった。それにレイルも。私は何も出来なかったけど、またみんなで一緒にいられるのがとても嬉しい」


嬉しそうなドロシーの笑顔に、なんだかこっちまで明るい気持ちになった。

何も出来なかったと彼女は言ったが、そんな事はない。

ドロシーのマッチがどれだけ役に立った事か。


あのマッチがなければ、レイル共々閉じ込められていただろう。

彼女のマッチが飛ぶように売れている理由が分かる。


海希「そんな事ない!ドロシーがいてくれて凄く助かった。本当にありがとう」


ピーター「そう言えば、レイルは?」


この場にいない猫に、ピーターは不思議そうに首を傾げた。

こっちに訊かれたところで、彼の行動なんて私が知る由もない。


海希「さあ?その辺でもウロついているんでしょ」


彼は猫だ。

その時の気分で、私に好きだと言ってベタベタして来る時もあれば、たまに1人で行動する時もある。


何をしているのかは謎のベールに包まれているが、全く気にはしていない。

それに、本人に確認しようとも思わない。

私としては、そちらの方がとても楽で良い。


ドロシー「...でも信じられない。アマキが、元々私達の世界にいた人だったなんて...」


その事については、私だって未だに信じられていない。


2人に伝えた事は、私が男爵の娘でこの世界の人間だった事と、みんなの記憶から私の存在を消してしまった事だ。


魔女狩りの事件の関係は、私の中でもショックな出来事だったので、まだ言えずにいる。

いや、伝えるのが怖いのだ。


海希「私だって信じられない。何にも覚えていないから...」


少しでもピーターやドロシーの事を覚えていたら、もっと早くから心を開いていたと思う。


怪し過ぎるおとぎの国に、緑の青年と狂乱の少女なんて、初対面なら(狂乱ドロシーに至っては今でも若干)誰だって警戒してしまう。


ピーター「まっ、たとえ記憶が消えていても、今もこうして一緒にお茶を飲めているんだから気にする事はないさ。過去は過去。大事なのはこれからだ」


良い事を言ってくれるではないか。

しかし、私には償うべき事がある。

それを、2人は知らない。


ドロシー「ピーターの言う通りね」


と、彼女も笑顔を浮かべながら頷いていた。

けれど、その思い出作りにも限界がありそうだ。


海希「...うん。あとね、元の世界に帰ろうと思うの」


一瞬で2人の目の色が変わったのが分かった。

ドロシーに至っては目を見開き、口元を両手で覆っている。

オーバー過ぎるくらいのリアクションをしてくれていた。


ドロシー「帰るって...本当に?」


海希「そう。帰らなきゃって思ってたから。向こうにやり残した事もあるし」


両親の事。

それに、実家にいたあの強盗の男はどうなったんだろう。

唯とだって、まだ話し合えていない。

偽りの記憶だったとしても、私が招いた事には責任を取るべきだ。


ピーター「う〜ん...それ、レイルには言ったの?」


もちろん言っていない。

言えば、なんだか反対されそうな気がする。

だけど、彼には遅かれ早かれ言わなければならない。


海希「レイルに協力して貰わないと帰り道が分からないの。だから、言わなきゃとは思ってる」


私は、紅茶を一口飲んだ。

素直にレイルが聞いてくれるとは思っていないが、帰らなければならない。

それは、誰に何と言われようと変わらない。


ドロシー「ここに居れば良いのに...」


寂しそうに言ってくれるドロシーが、なんだか可愛い。

それに、そう言って貰えてとても嬉しかった。

でも、私には苦笑いで応える事しか出来ない。


海希「また遊びに来るわよ。そんなに寂しがらないで」


嘘を吐いた。

それも、とても簡単に。

きっと、またこの世界に来る事なんて出来ない。

私には、そんな能力はないのだから。


ピーター「.......」


ドロシー「.......」


2人は黙っていた。

私の嘘を見破ったのかもしれない。

その沈黙が、とても痛い。


気まずい空気を飲み込むように、私はグラスに残った紅茶を口にした。


海希「そう言えば、どうしてレイルの呪いが解けたの?」


沈黙を破るように、私は切り出した。


放っておけば、ピーターやドロシーに向こうの世界に帰る事を止められてしまいそうだから、と言う理由もあった。

本気で止められてしまえば、気持ちが揺らいでしまうのが目に見えている。


ドロシー「...そう言えば、アマキにはまだ教えていなかったわね」


話題を変える事に成功した。

彼女は、髪を耳にかけ直しながら答えてくれた。


ドロシー「実はね、あの呪いは...」


??「お前が他所の世界からやって来た女だな?」


その声に、即座に振り返った。


そこに立っていたのは、重たそうな鎧を身に纏う兵士達。

いつの間にか、私の前にずらりと並んでいた。

こんなに綺麗に並ばれていると、何処かのお金持ちの家に飾られているオブジェのように見える。


驚いたドロシーが、勢い良く立ち上がった。


ピーター「俺達、今はお喋りを楽しんでいるんだけど何か用?」


カップを静かにテーブルに置きながら、ピーターが溜息を漏らしていた。


とても面倒な事にならなければ、ピーターはレイルのように短気ではないので穏便に済む筈だ。

けれど、この人達が絡んだ出来事に穏便に済んだケースなんてない。


兵士「会って貰いたい方がいる。少し時間を頂きたい」


...え?


海希「あ...え?私?」


今?今なの?


急な展開に戸惑ってしまい、持っていたグラスを落としそうになってしまった。


いつもなら、命懸けの鬼ごっこが始まっている。

あの乱暴さは何処へいったのだろう。


兵士「心配しなくても乱暴な事などしない。私達は貴女をお連れするようにと命を受けただけだ。もちろん、強制ではない」


初めてここにやって来た時、私は彼らに強制的に連行されそうになった事があった。

あの時は、ピーターに助けられ何とか逃げ出す事が出来たが。


そんな彼らが、今はちゃんと私の返事を待ってくれている。

とは言っても、私の目の前で整列している兵士達の厳つい鎧姿は、なんだか圧力的のものを感じてしまうのだが。


どうしようか迷いながら、ドロシーとピーターに目を向けてみた。

ドロシーは少し怯えている様子だったが、ピーターは腕を組みながら何かを考えているようだった。


ピーター「...どうやら、アマキがご指名らしいね。俺達はここでのんびりやってるから、君が良いと思うのなら行ってみると良いよ」


と、またコーヒーを飲んでいる。


なんて呑気なんだ。

この人達が実はとてつもなく悪い事を考えていて、私を攫いにやって来たなどと言う仮説を立てたりしないのか。


レイルなら絶対に止める。

なんなら、有無を言わさず撃ち合いになっている。


兵士「女、どうする?」


ハッと我に返り、私は相手を見た。

今までの対応とは180度違う。

害がないのは確かだと感じた。

いや、そうであって欲しいと言う願望だ。


海希「...良いわ。行きます」


ゆっくりと立ち上がり、ポケットから小銭を取り出した。


このお金は、たまにレイルがお小遣いとしてくれるものだ。

本人がどこからこんな収入を得ているのかは不明だが、これ以上悪い話を聞きたくないのであえて触れていない。


ピーター「良いよ、ここは俺が出しとくから」


海希「そんなの悪い。自分の分くらいちゃんと出すわよ」


ピーターが止めるように、私の手に手を重ねた。

その仕草に、胸がドキッと跳ねる。


ピーター「良いって。お茶代ぐらい俺が出すからさ。少しくらい、俺にも格好付けさせてよ」


優しく笑っている。

あとで何か請求されないかと、少し疑いの気持ちもあった。

彼もまた、前科がある人間だ。

けれど、彼が折れるとも思えない。

ここは素直に彼に甘える事にしよう。


海希「そう?じゃぁ、ご馳走になろうかな。ありがとう、今度は私が奢るからね」


ピーター「あぁ、期待しているよ」


ひらひらと手を振るピーターと、不安そうに私を見送ってくれるドロシーを背に、私は1人の兵士について行った。

ずらりと並んだ鎧の列が、一斉に道を開けた。


その先にあるのは、大きなカボチャだった。


海希「...嘘でしょ」


大きなカボチャ...の形をした馬車。

大きな車輪が4つ付けられており、立派な手綱で綺麗な白馬を繋げている。

あちらこちらに宝石が装飾されており、キラキラと光っていた。


こんな物が本当に存在するとは...


私はゴクリと息をのんだ。

女の子なら、誰でも一度は憧れたのではないだろうか。


兵士「どうぞ中へ。王妃がお待ちだ」


海希「え!?」


更に驚かされてしまう。

今、彼は王妃と口にした。


それは、この兵士達が仕えるお城の王のお妃様だと言う事だ。

何故、王妃様が私に会おうとしているんだ。


...とても怖い。


カボチャの馬車に乗っている王妃様と言えば、私の頭の中ではイメージが出来上がってしまっている。


まさか...いや、まさか。


高鳴る胸を抑えながら、開けられた扉に突き進む。

乗り込んだ馬車の中に、1人の女性が座っていた。


??「良かった...来てくれたんですね」


優しい笑みを浮かべながら、空いていた正面の席を手で示された。


王妃「どうぞ、お掛けになって下さい」


青いドレスに、淡いクリーム色の巻き髪。

イメージ通りの女性だった。

カボチャの中身は、高級そうな赤いシート。

ふわふわのモコモコ素材で出来ている。


海希「恐れ入ります...」


彼女のような貴族に、私はお目にかかった事がない。

と言うか、無縁だと思っていた。

なので、そんなマナーさえも備わっていない。

ただただ、失礼のないようにと集中している。


王妃「そんなにかしこまらなくても平気ですよ?私、堅苦しいのは苦手ですから」


そんな事を言われても、固くなってしまう。

座るだけの動作なのに、ギクシャクと変な動きになってしまった。

ふっくらとしたシートが、私のお尻を優しく包み込む。


王妃「適当にゆっくり進んで下さい。帰る頃にはまた声をお掛けます」


窓から誰かにそう伝えると、カボチャの馬車がゆっくりと動き出した。

リズムよく揺られる感じがとても心地良いものだったが、やはり緊張は解れない。


海希「あの...王妃様が私に何のご用があったのですか?」


何か怒られるような事をしたのだろうか。

自覚はないが、思い当たる節はある。

散々、彼女の城の兵士に多害な迷惑を掛けている。

私ではないが、私も大いに関わっているので言い訳は出来ない。


海希「いや、思い当たる節はたくさんあります...ごめんなさい、ちゃんとレイルには言い聞かせますから、許してあげて下さい」


人を傷付けておいて、ごめんなさいで済む話ではない。


けれど、この世界では通用してしまうのだ。

あの兵士達は、アルムヘイム王の能力で動いている人形だと狂乱ドロシーが言っていた。

でも、あの2人はたとえ生身の人間であったとしても容赦なく叩きのめしているだろう。


王妃「あぁ、あの猫さんの事?私も猫は大好きなんです。でも、ネズミのお友達がいるのであんまり仲良くすると、怒られてしまうから疎遠なのですが」


海希「ね、ネズミですか...」


王妃様にも変わった友達がいるようだ。

なんだか意外だ。


海希「レイルの事じゃないんですか?」


王妃「猫さんのお話はよく聞きます。逃げるのがお上手で、兵士達が大層手を焼かされているのだとか。猫さんの話は、とても面白いから好きなんです」


この人はなんて事を言っているんだ。

あんな問題児の事を面白いだなんて...

王妃様にしては緩すぎる。

あの惨劇を目にすれば、笑い事ではなくなる。


海希「...迷惑を掛けて、本当にごめんなさい」


もう一度謝っておく。

なんなら、あと100回くらいは謝っておきたいぐらいだ。

いや、むしろ必殺土下座を繰り出したい。


王妃「こちらから誘っておいて、紹介が遅れましたね。もうご存知かもしれませんが、私はアルムヘイム城の王妃をつとめる、セイラ・アシェンプテル・アルムヘイムと申します」


とうとう、おとぎ話の王道が降臨なされた。

興奮のあまり、体が熱い。

おとぎ話好きだった私からすれば、とても贅沢な体験だと言えるだろう。


...眩しい。

彼女から後光が差しているのが見える。


王妃様の足元にチラリと視線を落とす。

残念な事に、彼女は白いヒールの靴を履いていた。

やはり、例の靴は普段履きには向いていないらしい。


海希「私は稲川海希です。ここでは異世界から来た人間だって言われます」


セイラ「そうでしょうね。他所の世界からやって来た人なんて、とても珍しいですから」


私から言わせれば、宇宙人扱いに近い感じがする。

スクープにされずに済んでいるのはありがたい事だが、そこまで珍しいのならいつか解剖されて調べ上げられやしないかとヒヤヒヤしてしまう。

と言うか、そこまで珍しいのなら異世界人割引とかあれば良いのにと、とても都合の良いように考えてしまった。


セイラ「話は全て聞いております。貴女に謝らなければなりません。鏡の城の、姉のアリスの事です」


真っ先に浮かんだ少女の姿。

そして、私は目を見開いた。


海希「姉?!」


どんな設定なんだ!

と、驚きを隠せない。

確かに、似ていると言えば似ている...かもしれない。


海希「謝るって...どういう意味ですか?」


セイラ「私は貴女の存在をずっと存じていました。貴女がここの人間で、そして姉と繋がっていた事も」


ゆっくりと語り出す王妃様は、膝の上に手を置いたまま、軽く微笑んだ。


私にとってはとてつもない爆弾発言だった。

いきなり、私の黒歴史を知っていると言うのだから。


セイラ「アリスとは、家の事情で幼い時期に離れて暮らす事になりました。アリスは母に、私は父に引き取られ、それぞれの道を歩いていました」


なんだか信じられない展開になって来た。

しかし、私は相槌を打つ事しか出来ない。

そんな私に、彼女は更に続けた。


セイラ「母が亡くなったと同時に、彼女はおかしくなりました。能力は、幻覚を映し出す事。人を惑わし、迷いに誘う。それ故に、彼女自身もずっと迷い込んでいたのです。誰にも気付かれず誰にも関わらず、ずっとあのお城で1人きりでいた」


海希「鏡の城は、もともと王妃様も住んでいたのですか?」


セイラ「えぇ。でも、彼女は私を入れてはくれませんでした。死んでいるのか、生きているのかさえ分からなかった。唯一の情報源は私の能力だけ...」


彼女にも能力があるようだ。

一体、どのようなものなんだろう。


海希「どのような能力なのですか?」


セイラ「言葉を聞く事です。花や木の植物、それに動物も。人以外にも話す事が出来る。それが私の能力なんです」


とても素敵な能力だ。

花や木と話せるなんて...

本当にメルヘン過ぎる。


セイラ「貴女の事も、ユグトラシルが教えてくれました。とても貴女の事を心配していましたよ」


海希「え?」


セイラ「ユグトラシルは、ずっと見ていたんです。男爵の事もアリスの事も。そして、貴女の事も。アリスはずっと黄金の林檎を欲していた。故に、男爵の弱みに付け込んだ...そんなところでしょう」


少し目を伏せ気味にさせ、寂しげに口にした。

彼女の長い睫毛が、悲しそうに下を向く。


こんな私でも、彼女の気持ちには共感出来た。

きっと、アリスの事を考えている。

自分の家族が、決して良い事ではない事をしていたなら、家族として心配になるのは当たり前だ。


海希「...彼女は、もう亡くなっていたのですか?」


セイラ「えぇ、きっとそうだと思います。それもだいぶ昔に。私が側に居てあげれば、こんな事にはならなかったかもしれない...」


暗い空気が漂う。


私だって、とても後悔している。

もう覚えてはいないが、どうしてレオナードさんを止める事が出来なかったのだろうと。

そうすれば、こんな気持ちにはならかった。


全てが、私のせい。

全ての責任から逃げた、私のせいだ。


セイラ「貴女には辛い思いをさせてしまいましたね。本当にごめんなさい」


海希「そ、そんな、謝らないで下さい!」


彼女に頭を下げられてしまった。

王妃様に謝られるなんて、私は何様のつもりだ。

むしろ、謝らなければならないのは私の方だ。


海希「それに、私は裁かれるべきです。私も林檎を食べていたから」


レイルだけが裁かれるべきではない。

効果は既に残ってはいないけれど、私だって禁忌を犯したのだ。


セイラ「あの林檎は本物ではありません。それを、貴女が証明していますよ」


海希「え?」


どのような製法なのかは分からないが、確かに本物ではなさそうだ。

ドロシーが教えてくれた話だと、黄金の林檎はユグトラシルに実る。

それを、はたして人口的に作れるのかも謎だ。

更に言えば、アリス自身もあれは本物ではないと口にしていた気がする。


セイラ「ライディング男爵が作ったものは、魔女の魔力を形にした物。魔力は魔女の特権であり、他の者が扱えるものではありません。簡単に言えば、電池のようなものでしょう。いずれは消えてしまう力。だから貴女は、マナのない世界でその力を失い、そしてあの世界の時間の流れによって、向こうの人間になってしまった」


海希「それじゃぁ、レイルも...」


彼は、指名手配犯。

もしも、私が罪人にならないのであれば、彼はどうなんだろう。

本物を食べてしまったのなら、私の期待は水の泡になる。


セイラ「ユグトラシルに黄金の林檎が実る事は二度とありません。きっと、彼も同じです」


体から、一気に力が抜けた。

たかが林檎を食べただけで死刑だなんて、今でも馬鹿らしいと思っている。

でも、あれはただの林檎じゃない。

たくさんの魔女が血を流して出来た、彼女達の結晶と言っても良い。


セイラ「彼の効果も、いつかは切れるでしょう。それがどれくらい持つかは、私には分かりませんが...」


海希「そう言えば、レイルは赤の裁判所で呪いを掛けられていました。なのに呪いが解けて...あれも、何か林檎の効果と関係があるのですか?」


ドロシーに聞き損ねてしまった。

私の汗と涙の大冒険が無駄に終わってしまった事は、まだ少しだけ根に持っている。


セイラ「それなら、答えはとても簡単ですよ?」


王妃様は、にっこりと笑った。

唇に塗られた薄いオレンジ色のグロスが、キラキラと光っている。


セイラ「...実は私、魔女なんです」


彼女のその一言は、何を意味するのか。

その後に彼女が語り出す話は、私がアリスと出会う、少し前の話だった。





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