表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
OTOGI WORLD   作者: SMB
* the real world *
6/92

ティータイムの後の憂鬱


唯「え?海希ちゃん、猫飼い始めたの?」


ある晴れた午後。


女友達3人で、駅前のカフェに来ている。

ケーキと飲み物を頼んでから、話題はコロの事だった。


海希「そう。最終的には親に預かって貰うつもりなんだけど」


とは言いつつも、なんだか手放したくないなとは感じつつある。


最近になって、包帯も取れたところだった。


元気になったのだろうか、部屋の中をちょこちょこ動き回るようになったのだ。

日向ぼっこの光景や、ご飯を食べている時の仕草は、目を奪われるような可愛さだ。


私は元々猫が好きだが、まさかこんなに溺愛してしまうなんて。

猫とは、なんて恐ろしい生き物なんだ。


海希「でも、私にはまだ懐いてくれないのよね...ご飯をあげる時しか寄って来ないし」


ありさ「猫なんてそんなものよ。犬はいつでも愛想があって、可愛いけどね」


ありさは犬派の人間だ。

実際に大きな犬を一匹飼っている。


ありさ「まっ!その冷たさが良いとこだよ!クールなのに、自分だけに懐かれた時は、本当に可愛いんだろうな」


その時は来るのだろうか。

たまに私を睨みつけ、唸っている時がある。

何か悪い事でもしたのかと、容赦なく傷付けられている。


唯「あたしはアレルギーだから触れないしなー。良いなー、2人とも。ペット飼えてさ」


注文したメニューが届く。

それぞれの頼んだ物が目の前に並べられ、私もそれを堪能した。

私がチョイスしたのは、栗の乗ったモンブラン。


唯「って言うかさ!あたし、今度日向先輩をデートに誘おうと思ってるんだ!」


ウキウキとした突然の告白に、私とありさは少し驚いた。


ありさ「え?いきなりそこなの?」


唯「うん!先輩とは何度か話した事あるし、この前、メアド交換したんだ!デートに誘うくらいなら大丈夫かなって」


さすが恋多き乙女だ。

いや、恋愛のスペシャリストと言うべきか。


これが、今草食系男子を脅かす肉食系女子と言うものなのだろう。


唯「だって、急がなくちゃ誰かに先越されちゃいそうだしね!先手必勝よ!」


ありさ「さすがは唯。私には真似できないわ」


唯は相変わらず日向先輩に夢中だった。


私は私で、コロに夢中になっている。

寂しいなんて、これっぽっちも思わない。

何故なら、うちの子が可愛いからだ。


学校やバイトの帰りには、スーパーで猫用のご飯を買って帰るのが日常で、親に引き渡すと言って、ズルズルと引き延ばしている。


唯の恋愛トークを中心に午後の女子会は御開きになり、私はバイトへと向かったのだった。







帰宅した頃には21時を回っていた。


いつものように、暗く狭い玄関。

廊下の電気を点けてから、靴を脱いで、部屋へと歩を進める。


そこには、未だに見慣れない猫の姿があった。


海希「まだ懐かないか〜」


私の理想では、私が帰って来るとコロが既に玄関でお出迎えしてくれると言う画だった。


けれど、コロは私には全くの無関心で、カーテン越しに外を見ている。

そのひょろりとした背中は小さく、バランスよく座っている。


この猫は、いつも私の期待を裏切ってくれる。


海希「コロ〜、ご飯買ってきたよ。お腹空いてるわよね?」


コロがやって来てから、独り言が増えていた。


私的には、コロに話し掛けているつもりなのだが、相手は無視をしている。

それでも冷たくする気にはならない。

何故なら相手が猫であり、やはり可愛いからだ。


海希「はーい、どうぞ」


キャットフードをのせたお皿と、お水の入ったお皿を出してやる。

食事の時には、すぐに近くにやって来る。


その隙に、頭や背中を撫ぜたりして、私はコロから癒しを貰っているのだ。


海希「あんたって、私の事嫌いなの?」


もくもくとご飯を口にするコロに、私は拗ねたように声を掛けた。


海希「こんなに良くしてるのに、ありがたく思いなさいよね」


わしわしと頭を撫でる。

しかし、コロはやはり無反応だった。


海希「そんなに冷たいと、なんだか悲しくなっちゃうわね」


それだけ言って、私は私で自分の夕食にありつく事にした。


今日もスーパーのお弁当だ。

親に知られれば、きっと心配されるだろう。

なので、親には言わない。







今日も、またあの夢を見る。


もう何度も見た夢の中で、私はまたのんびりと横たわっている。

風が涼しく、心地良い。

この場所には、既に慣れてしまった。


広大な草原ではあったが、ここから移動してみようという気になった事はない。

ただ横たわり、風を感じつつ眠っている。


癒しの空間。


最近疲れているせいなのか、この夢を見る事が多くなった気がする。


いつもと違うのは、瞼の裏に焼き付いたように見える、ある人物の顔だ。


優しい笑顔を浮かべた、眼鏡を掛けた男性だった。

私に向かい何かを言っているが、全く声が聞こえない。


....落ち着く。


知らない人間なのに、とても落ち着く。

会ったこともない男性。

年齢は、私の父とそこまで変わらないような気がする。


一体、この人は誰なのだろう。


夢の中で、また夢に落ちる。

不思議な感覚だった。







午後の授業が終わり、そのままバイト先へ向かおうとしていた時だった。


後ろから声を掛けてきたのは、日向先輩だった。

いつもの爽やかな笑顔。

表情だけではなく、全てにおいて爽やかだ。


日向先輩の姿を見ると、何故か唯の姿が目に浮かぶ。

きっと、彼女が会うたびに日向先輩の話をしているからだ。


日向「今日はアルバイト?」


海希「はい。時間も中途半端なんで、このまま行っちゃおうかなって」


日向「なら、駅まで一緒に帰らない?俺も、今から帰るところだからさ」


断る事も出来ず、自然と二人並んで歩き出す。


一緒に帰るだけなら、唯だって何も思わないだろうと自分に言い聞かせてみた。

けれど、そこで彼女に出くわしてしまう事になった。


唯「あれ、海希ちゃん?」


ギョッとした。

悪気など全くなかったのだが、本人が登場すると、悪い事をしていたと感じさせられてしまう。


唯「....と、日向先輩」


なんだか気まずい空気だ。

いや、私だけが感じているだけかもしれない。


海希「あ....唯...」


まだ大学から出ていないのだから、"一緒に帰る"は未遂になっている。

まだ罪を(なんで、そこまで気を遣わなければいけないのだろう)犯していない。


唯「あっれ〜?もしかして先輩達、一緒に帰るんですかー?私も一緒しても良いですか?」


私とは裏腹に、唯はニコニコと笑いながら近付いて来た。

ニコニコと。

私ではなく、日向先輩に向けられている笑顔。


そうだ、彼女は肉食系女子だ。

こんな事でへこたれる唯ではない。


日向「そう言えば、稲川さんと仲野さんって仲良かったんだね。じゃぁ、3人で帰ろっか」


唯は全く気にしていない様子で、日向先輩ものほほんとしている。

私だけが、ドキマギしていた感じだった。


だいたい、この男が悪いんだ。

無駄に爽やかな笑顔を振りまいてくる。


もともと一人で帰りたかったものが、何故か3人になり、いつの間にか気まずいメンバーになっている。

これは、何としてでも回避したい。


海希「あっ!」


大袈裟に大声を上げると、2人は驚いた表情で私を見た。


唯「なに?どうしたの?」


その反応を待っていた。

私はできる限り、大袈裟に言ってみせる。


海希「ごめん、私バイト前に寄らなきゃいけない所があって!ごめんね、唯と先輩!先に帰ります!」


日向「え?そうなの?」


ペコペコと頭を下げながら、私は思いっきり困った表情を作った。


海希「せっかく誘って貰ったのにすみません!じゃぁ、急ぐので!また明日!」


逃げるように走る。

いや、逃げるようにではなく逃げた。


ややこしい事には巻き込まれたくない。

と言うか、友達として唯の恋を応援してやりたいと言う気持ちがあった。


いつもより早めに向かってしまった為、バイト先には早くに着いてしまった。


勤務時間まで、休憩室でレポートを整理し、携帯をいじったりとのんびりと過ごす。


休憩室で、スイッチが入りっぱなしだったテレビから聞こえるニュースは、薄暗い出来事ばかりを取り上げていた。


芸能人がスピード離婚。

政治問題や、殺人事件。


なんとなく印象に残ったのは、この辺りの山中で、女性の死体が発見された事件だ。


唯やありさと泳ぎに行った川が流れている山だ。

あそこで私も行方不明までなったのだから、他人事とは思えなかった。


海希「え....これ、近くじゃん」


さらに続くニュースは、どれもこれも暗くて怖いものばかりだった。


一軒家に住んでいた老人夫婦。

そこに強盗が押し入り、2人を殺し逃走。

目撃者がいた為、その顔写真が公開されていた。


現場は、私の実家の近くだった。

近くと言っても、目と鼻の先と言うほどではない。


捜査は大規模で行われており、犯人の名前すらあがっていた。

これなら、捕まるのも時間の問題だろう。


あぁ、怖い怖い。


毎日こんなニュースで溢れていると、平和な世界なんて、どこにもないのだろうなと感じてしまう。


CMに入るタイミングで、私はテレビのスイッチを切った。

勤務時間になり、いつもように、仕事をこなす事になったのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ