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OTOGI WORLD   作者: SMB
* have an adventure *
59/92

迷う者と導く者


勢い良く降ってきたそれは、猫耳が生えた人間だった。


長い尻尾をしならせ、尖った歯を見せながら笑っている。

黄色と青色の虹彩が、暗闇の中でキラキラと光る。

黒と白がよく似合う青年。

こんな人物は、1人しかいない。


レイル「アッマキーーーーっ!!!!」


聞き慣れてしまった明るい声が、暗い穴の中で響き渡る。

...いや、しばらく聞かなかった声なので、それが本物なのかも分からなかった。


突然現れたレイルの姿に、私は酷く驚いた。

驚愕な出来事に、言葉が出ない。

私は目をひん剥いた。


海希「レ、レイル?!」


私に落ちてくるような形で、彼は上から降ってきた。


その腕で、強く抱きしめられてしまう。

彼の腕の中に、すっぽりと収まってしまった私の体。

おまけに、彼はすりすりと熱い頬ずりまでしてきた。


レイル「良かった、無事だったんだな!マジで心配したんだぜ?1人でどっか行くとか、これからは無しだからな!」


頬が痛い。

レイルの頬が、必要以上にめり込んで来る。


いや、そんな事はどうでも良かった。

本当に本物の彼なのか見定める為に、私は何度も瞬きを繰り返す。


何しろ、先程も言ったが彼の顔と声はしばらく見てもいないし聞いてもいない。

その為、ジャッジし難い。


レイル「泣いてたのか?」


海希「本当に本物なの!!?なんでいるの!!!?」


心配そうに、私の目元をペロペロと舐めてくる。

暖かいレイルの舌が、私の頬に残る涙痕を丁寧に舐め取ってくれた。


けれど、私は彼の言葉を無視する。

言いたい言葉は色々あったが、その言葉しか出て来ない。

まじかで見るレイルの頬に、あの黒い文字は無かった。


レイル「なに言ってんの?アマキに対しての俺の愛は本物だって。俺は浮気なんかしないし、アマキだけだ」


そんな話はしていない。

だいたい、浮気とはなんだ。

そんな心配は誰もしていない。

何故なら、恋人ではないからだ。


私が持つ光る拳銃を、レイルはゆっくりと取り上げた。

その光のおかけで、彼の顔がよく見えた。


海希「それ、意味分かんないし訊いてないから!!!って言うか呪いは!!?平気なの!!?」


訊かずとも、元気そうなのは分かっている。

けれど、私はパニックに陥っていた。

何度も確認しなければ、気が済まなくなっている。


レイル「久々に会えたのになんだよ、それ?なんかもっと他に言う事あるだろ?」


海希「ないわ!!答えて欲しいのはそれだけよ!!」


正式には、今は一番にそれに答えて欲しいのだ。

他の事なんてどうでも良い。

とにかく、お前は本物なのかと訊きたい。


私が何の為にここまで旅をしていたのか、その意味を忘れないで欲しい。

助けようとしていた本人が何故ここにいるのか。


そして、どうしてこんなに元気なんだ。

なんなら、私なんかより元気ではないか。


レイル「即答かよ...。愛だよ愛!久々に会えたカップルは愛を確かめ合う!これがお決まりだろ!?」


そう言って、また熱い抱擁と頬ずりをしてくる。


...痛い。

痛いのだ。

私の頬もそうだが、彼の言動が最も痛い。


海希「なに!?あんた馬鹿なの!?離れなさいよ!!!」


ありがたい事に、レイルのおかげで私はいつの間にか正気を取り戻していた。


こんな所でいちゃつかれても困る。

何しろ、真っ暗闇の中で落ち続けいるのだ。

それどころではない。


レイル「って言うか、こんな所で何してんの?あんたって、やっぱ1人にしておくと危なっかしいよ」


危ないのはお前の言動だ。

と、久々に毒吐いておく。


やはり、私は彼のせいでいつもの私に戻れたらしい。

この私が、一体どっちの私なのかは分からないが、もはや落ち込んで考えている暇も与えてくれない。


海希「あんたね!!!今の状況分かってるの!?」


レイル「分かってるって。だから、とりあえずここから出よう」


カチャッと銃を構えるレイル。

そして、私の腰にしっかりと腕を回した。


海希「ま、待って!出られるの?!」


レイル「ん?なに、出たくないの?」


そんなつもりで言ったのではない。

相変わらずのレイルワールドだ。

久々過ぎて彼に対しての免疫力が低下し、上手くかわせない。


レイル「俺は早く帰ってアマキにしてあげたい事がたくさんあるんだけど...ここでしちゃう?」


海希「何をするつもりなのよ!?」


もう一度言う。

私はそんなつもりで言った訳ではない。


とりあえず、このまま彼の根城に帰ってしまえば、何かされる事は確実のようだ。


レイル「何って、俺の口から言わせるつもり?そりゃ良い事だよ...お互いに」


レイルは、ニヤリと口角を引き上げて笑った。

色違いの二つの瞳がギラリと光る。


その怪しい笑みに、私の背筋がゾクリとした。


どこがお互いなんだ。

きっと、私にとっては悪い事だ。


海希「この〜っ!!!ケダモノ!!!」


レイル「今さら何だよ?俺は獣だろ?獣で可愛い猫さんだ。まぁ、こんな暗闇だとあんたの可愛い顔も見えないし...」


予告もなく、ドンッ!!と一発放たれる。


ちょうど、私達が落ちている真下だ。

落ちているが故に、魔法陣に吸い込まれる様に潜り抜ける。

気付いた時には、ドサッと音を立ててどこかに落ちていた。


レイルを下敷きにして落ちた私は、体の痛みをあまり感じなかった。


少女「.......」


ハッとなり、顔を上げる。


暗い穴の中から、鏡の城の中へ戻って来ていた。

辺りが真っ暗なのは同じなのだが、今はレイルがいる。


先にある玉座に座る少女は、ジッとこちらを見ていた。

その表情に、感情は見られない。


レイル「痛ってぇ...アマキ、怪我してない?」


海希「うん...大丈夫」


少女の前なので、なんだか声が小さくなってしまった。

ゆっくりと立ち上がる。

私は、彼女から視線を逸らせずにいた。


レイル「!」


少女の存在に、レイルもやっと気付いたようだ。

指先で拳銃をクルクルと回しながら、少女を観察している。


レイル「あぁ...あんたか、俺の恋人をこんな趣味の悪い場所に閉じ込めたのは」


まるで情報を探るように、レイルの猫耳が激しく動いていた。


両目の色違いの虹彩が暗闇の中で光る。

その瞳孔が、獲物を狙う猫のように細くなった。


海希「誰が恋人よ!」


このやりとりも、なんだか懐かしい。

果たして、何度目の台詞だろう。

けれど、レイルは聞いていない。


レイル「連れて帰らせて貰うぜ?ここで俺とアマキとお前と暮らすつもりはないからな。俺たちの甘い一時が台無しだぜ」


そんな一時はない。

私がレイルと帰れば何かされる...

そうなれば、彼には痛い一時しか待っていない。


私は彼に訂正を入れようとしたが、それよりも早く少女が反応した。


少女「帰る?」


不思議そうに首を傾げている。

そして、少女は続けた。


少女「娘に帰る場所などない。それにチェシャ猫、お前は監獄送りだ」


表情一つ変えず、少女は言う。


彼女が私に思い出させる。

私の消えた記憶。

帰る場所など、既にないと言う事を。


レイル「はっ!俺は猫だ、帰る場所なんていくらでも作れる!それに、監獄送りなのはお前だよ、アリス」


カチャリと少女に拳銃を向ける。

レイルが彼女の名前を呼んだ瞬間、相手の眉がピクリと動いた。


レイル「お前、アリスって名前なんだろ?ずっと一人でここでひきこもっている。お前の妹さんが心配してたぜ?たまには外に出てみろよ。その根暗な性格も、ちっとはマシになるんじゃねぇの?」


アリスはゆっくりと立ち上がる。

両手を大きく伸ばすと、目の前にいくつもの鏡が現れた。


そこに映るのは、2人の男女。

拳銃を向けるレイルと、その背後で小さくなっている私だった。


アリス「私は幻覚を見せる者。人を惑わし、迷いに誘う。お前があの子から何を聞いたのか知らないが、ここから出る事は出来ない」


レイルの拳銃から、ドンッドンッ!!と発砲される。


けれど、少し遅かった。


鏡が怪しい光を放ち、辺りが真っ白になる。

眩しくて、私は思わず目を閉じた。


次に目を開けた時には、さっきまでいた場所と景色が変わっていた。

重力を無視した奇妙な空間。

私が穴に落ちる前にいた、不思議な部屋だ。


レイル「あのやろ〜っ!!どこ行きやがった?!」


尻尾を激しく動かしながら、レイルは聞き耳を立てていた。

だが、彼女の姿は何処にもない。


海希「幻覚?」


幻覚を見せ、人を惑わす。

それが、彼女の能力らしい。

ここも、その幻覚なのだろうか。


銃声が鳴り響く。

最初は、ドンッ!!と一発。

現れた魔法陣は小さな光の粒になって、すぐに消えていく。


更に、ドンッドンッドンッ!!!と連続で発砲する。

やはり、魔法陣はすぐに消えてしまうだけ。

その繰り返しだった。


ここでは、レイルの能力が通用しないらしい。


海希「...ここから、出られないの?」


不安になり、私は小さな声を漏らした。

けれど、私とは違いレイルはとても愉快そうに笑っていた。


レイル「大丈夫だって!人を迷いに誘うのがあいつの能力なら、俺のは人を導く為の能力だ」


人を導く為の能力....


一人じゃなくて良かった。

レイルがいてくれて、なんだか安心する。

彼の言葉の信憑性は薄いが、そんな気にさせてくれる。

それだけで、十分だった。


レイル「面白くなって来たぜ〜っ!!!行こう!!!」


手を掴まれ、急に走り出す。

ガンガン撃っていく魔法陣が、消えたり現れたりの繰り返しだった。


海希「闇雲に撃ってるの!?」


まさかとは思うが、一応訊いてみる。


レイル「ゴールが分からないんじゃぁ、片っ端から撃つしかないだろ!?」


とても楽しそうだった。

彼はゲーム感覚でこの脱出ゲームを楽しんでいる。

無差別に銃を撃ち鳴らしながら、走り続ける。

寝込んでいた分、その体力が無駄に温存されていたようだ。


レイル「確か、あいつは鏡を使ってたよな?って事は....」


壁に張り付いたように飾ってある大きな鏡。

レイルは急な方向転換で、そちらに向かう。

振り回される私はクタクタだ。


海希「走る必要はあるの?!」


と、質問ばかりしている私もどうかと思うのだが、やはり訊いてみる。


レイル「走ってる方が、なんかドキドキするだろ!?」


なんだその理由は。

動悸息切れが励しくなるから、ドキドキするのだ。

決して、楽しくてワクワクする方ではない。


海希「...ねぇ、さっき、どうして私の所に来られたの?」


暗闇の中で、突然目の前にレイルが現れた。

突然過ぎて驚いたが、ここに簡単に来る事が出来たのなら、出る事も容易い事のように感じる。


レイル「俺の銃はツインなんだ」


そんな事は知っている。

お揃いの2つの拳銃は、どちらも黒と白の二色使いのカジュアルなもの。


彼は、いつだってそれを肌身離さず持っている。

ちょっとした事でそれを取り出して乱射してしまう事だって把握済みだ。


レイル「能力者本人、つまり俺が俺自身を撃てば、もう一つの銃が反応して、その場所まで移動出来る。まぁ、別の場所にあった時限定だけど」


一つの能力に、たくさんの使い道があるようだ。


なんて便利なんだろう。

と、私は走りながら感心していた。


ドンッ!!と銃声が響く。

走りながら見上げれば、そこには大きな鏡があった。

鏡の表面に、魔法陣がシールのように張り付き、そこでクルクルと回っていた。


レイル「ビンゴ!」


魔法陣は、見事に姿を保ったままだ。

レイルはニヤリと笑うと、足を止めた。


レイル「よっと」


海希「わっ!!!?」


膝の下に腕を差し込まれ、そのまま抱きかかえられてしまう。

突然のお姫様抱っこに、私の顔は熱くなった。


拳銃を口でくわえ、壁を軽く蹴り上げながら、うまく上へと上っていく。

その立ち振る舞いはとても器用で、そしてとても猫らしい姿だった。


海希「は....は....っ!!!」


恥ずかしい...!!


前にも、こうやって彼に抱えられた事がある。

前回のは一瞬だったので、そこまで何も思わなかった。


相手は猫だが、それはそれ、これはこれ。

猫と言っても、姿は人間の男だ。


それに、見上げた彼の表情はなんだかいつものレイルに見えない。

可愛らしい甘いマスクなのに、どこか男を感じさせられてしまう。


不思議な気持ちに、私の頬が徐々に熱を持っていく。


レイル「にゃに?」


ちらりと私を見る黄色と青色の二色の瞳。

私は思わず視線を逸らした。


海希「な、なんでもない!」


レイルの両腕に抱えられながら、鏡の中へ飛び込む。


飛び越えた先の地面に、綺麗に着地した。

人を一人抱え込みながら、よくもこんなに動けるものだ。


レイル「....?」


目の前に広がる鏡たち。

一面がいくつもの鏡で覆われている。

どの鏡にもレイルと私が映り込み、この光景を不思議そうに眺めていた。


たくさんの鏡の壁の間に、細い通路がいくつも枝分かれしている。

側から見れば、これは鏡の迷路だ。


海希「...おろしてよ!」


耐え切れなくなった私は、レイルを睨む。

素直にありがとうと言えば良いのに、なんだか照れてしまい、その一言が言い出せない。


ここまできて素直になれないなんて...

なんて可愛気がないのだろうと、自分に嫌気がさした。


レイル「俺はこのままでも平気だけど?あんた、すっごく軽いし」


と、丁寧におろしてくれた。


火照った頬を軽く叩きながら熱を冷ます。

これ以上レイルの側にいたら、色々と危ない気がした。

こいつは変態猫なんだ!と、何度も自分に言い聞かせる。


レイル「今度は迷路かよ〜。流石に面倒になってくるぜ....」


冒険心は、もうなくなったようだった。

見境なく拳銃を撃っていく。

けれど、鏡は割れる事なく魔法陣を吸い込んでいく。

青白い光が粒になり、儚く散ってしまう。

とても不思議な鏡だった。


レイルの能力は、どうやらここの鏡では無力のようだ。


歩くレイルの後ろを静かについていく。

何処を見ても、鏡鏡鏡。

鏡の壁が立ちはだかっている。

どの鏡にも、不安げな表情を浮かべた私がいた。


レイル「また行き止まりかよ...!!!」


立ち止まるその先に、また鏡。

また引き返し、分岐点に戻る。

それの繰り返しだ。


今、私達が居る位置は何処なのだろう。

この迷路が、どれくらいの規模なのかは分からないが、ゴールまでは程遠いようだ。


見上げれば天井なんてものはなく、真っ白な空間が広がっている。

どうやら、この空間に限界なんてものは無いように見えた。


レイル「今度は右....いや、左だ!」


と、レイルは1人、声を張り上げている。

迷路に挑むなんて、何年振りだろうか。

私はそんな事を考えながら、ぼんやりと鏡を見つめる。


海希「そう言えばこう言う時って、確か右側の壁に手を置いて、それを沿って行けばゴールに行けるって聞いたことがあるような...」


そう言いながら、私は右側にあった鏡に手をついた。


その瞬間、私の腕が鏡の中に入り込んだ。

まるで、水に溶け込んでいくように。

一瞬、驚き過ぎて声も出なかった。


海希「レイル!!!」


私が叫ぶと、レイルがこちらを振り返る。

目を丸くし、私の方へ駆けて来る。


レイル「アマキ!!!」


既に、私の体の半分が鏡の中へ消えていた。


どんどん吸い込まれる。

もがけばもがくほど出られない。

まるで底無し沼のように、はまっていく。


レイルの手が、私の指先に触れる。

掴み損ねた彼の手が離れ、私は鏡の向う側に弾き出されてしまった。






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