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OTOGI WORLD   作者: SMB
* have an adventure *
57/92

赤い頭巾が消える時


エマが飛んだ先は、どこかの山中だった。


すぐ側で、水の流れる音がする。

心が洗われるような、柔らかい音。

けれど、マナの力が感じない。


エマは、ゆっくりと瞼を開けた。

目の前を、川が緩やかに流れている。

日差しが水面に反射して、キラキラと光っていた。


エマ「.......?」


ゆっくりと立ち上がった。

フラつく足取りで、川沿いをどんどん歩いていく。

途中で茂みに入り、木々を避けながらまっすぐ進んでいく。


どこかも分からないジメジメとした場所。

日の当たらない暗い場所。

今の自分には、とても落ち着ける場所だった。


ここは何処だろう

ううん、何処だって良い

自分の知らない場所なら、ここがどんな場所だろうと構わない


そう思い、彼女は歩いた。

一心不乱に歩き続ける。


そして、彼女は何かに足を取られた。

ドサッとその場に倒れてしまい、体を強打する。

冷たくて固い土の上。

所々から、岩のような塊が出っ張っている。


力を振り絞り、ゆっくりと体を起こす。

そして、そこにあったものに大きく目を見開いた。


エマ「!」


女性の体が横たわっている。

ゴツゴツとした固い岩の表面に、赤黒いものを広げてそこに倒れている。


相手はピクリとも動かない。

仰向けの状態で、人形のように横たわっている。

一緒に置いてある大きな荷物からは、彼女の所持品だと思われるものが散乱していた。


予想外の事態に、エマは固まっていた。

叫びもせず、逃げようともせず、ただジッと横たわる女性を見ている。


しばらくすると冷静を取り戻したように、エマは女性の体に触れた。


エマ「冷たい...」


肌は青白く、頭の辺りに広がっていた血が乾いている。

見上げれば、そこには急な斜面が上の方まで長く続いていた。


なかなかの高さと急な角度だった。

そこから足を踏み外し、落下したのかもしれない。


落ちていた物の中に、不思議な物を見つける。

エマはそれを手に取り、不思議そうに見つめた。


エマ「...稲川海希」


そこに写る写真に、自分にそっくりな顔があった。

まるで、生き別れた姉妹。

ドッペルゲンガーだと言っても言い。

それくらい似ていたのだ。


更に、青くなった彼女の額に人差し指を当てた。

瞼を閉じ、彼女の記憶を読み取る。


恵まれた両親。

仲の良い友達。

そして、人並みの恋愛を楽しんでいたようだった。


ごく普通の生活。

それが、一瞬の出来事で崩れ去る。


友達とここへ遊びに来ていたようだ。

その帰りに山中で迷子になり、足を踏み外して勢い良く転倒する。

そこで、彼女の意識は無くなっていた。


エマは、ゆっくりと指を離す。


彼女は異世界の人間。

こんなに自分にそっくりな人間が、他の世界いるとは思わなかった。

いや、今は自分が異世界の人間なのだ。


免許証をポケットに入れ、また歩き出す。

もちろん、行く宛などなかった。

帰る場所も無ければ、迎えてくれる場所もない。


歩いて、歩いて。

ひたすら歩くしかない。

もうどれだけ歩いているのかも、自分でも分かっていなかった。


レオナードとマリア。

昔に見た2人の笑顔。

いつも家で、自分の帰りを待っていてくれていた姿が目に浮かぶ。


とても優しい両親だった。

お堅い貴族の生まれだからと言って束縛させず、自由にさせてくれていた。

目の前の土色の景色が、涙で滲む。


エマ「レイル...」


最後に見た彼の姿が、頭の中でグルグルと回る。

もう、彼と会う事もない。

それを選んだのは、他の誰でもない自分なのだから。


ずっと歩き続けて、やっとの思いで山道まで出ると、エマは力尽きたようにその場で膝を折った。


もう、足に力が入らない。

体が重く、頭がクラクラとする。


エマ「まだ、マナは残ってる...」


こんな辛い記憶は消さなければならない。

全てを消してしまえばいい。

この重たい気持ちを捨ててしまえば、今までの事は淡い夢となる。


そう思い、自分自身の額に人差し指を近付けた。


...その、瞬間だった。


??「いたぞ!あそこだ!」


男の声がする。

いくつもの知らない男の声。

荒々しい足音と共に、近付いてくる。


その中の1人がエマを抱き起こし、急いで顔を確認している。


??「まだ息はある!急げ!」


抵抗する気力もなく、エマは男達に運ばれる。

無線の音が、男の胸の辺りから鳴り響く。


??「稲川海希さんらしき女性を発見。今すぐ、救護に当たります....」


繰り返される男の声。

意識が遠くなっていく。

エマは力尽きたように、ゆっくりと瞼を閉じた。







場所は、どこかの病院だった。


彼女は、真っ白な部屋のベッドの上で眠っている。

そして、エマにつきそう男性と女性の姿。

彼女の手を握り、祈るように寄り添っている。


エマが目を覚ます。

瞼をゆっくりと開き、天井を見上げていた。


女性「海希!」


エマに声を掛ける女性は、今にも泣き出してしまいそうな勢いだった。


エマがゆっくりと体を起こす。

女性は優しくエマを抱きしめ、男性も安心したように胸を撫で下ろていた。


男性「無事でよかった...!!!お前が行方不明になってから、1週間は経っていたからな!間に合って良かった!」


エマは、状況を理解出来ないまま、されるがままでいた。

女性に強く抱きしめられた事が、不思議でしょうがなかった。


しかし、ふと思い出す。


この2人は、稲川海希の記憶にあった顔。

彼女の両親だ。

これは、エマだから分かった事だった。

どうやら、2人は自分の娘だと勘違いしているようだった。


エマは、ゆっくりと女性から離れる。


エマ「そう...寂しい...?」


寂しい。


エマには、もう両親はいない。

どの世界にも、自分にそう思ってくれる人間はいない。

いたとしても、自分の存在を消してしまった。

自分がこれ以上、悲しくならないように。


女性「当たり前でしょ!お母さんが、どれだけ心配したと思っているの!?」


彼女の両親と、エマの両親は似ていない。

似ていない筈の両親なのに、その娘は瓜二つ。

まるで、鏡に映った自分を見ているように。

性格までは分からないが、見た目では判断出来ない程に似ているのだろう。


こんなに心配してくれる両親が、彼女にはいる。

とても羨ましくなった。


自分の両親が生きていたら...

彼女のように、自分を心配してくれていただろうか。

泣いてくれていただろうか。

怒ってくれていただろうか。


もう、その答えも見つからない。

誰も、その答えを教えてくれない。


稲川海希の両親を見て思う。

2人は安心している。

彼女がいなくなった事に酷く悲しみ心配していた。

そう思うと、胸が張り裂けそうに痛んだ。


...この2人を、悲しませてはいけない。


エマ「...まだ、使えるよね」


永遠の知の効果は、マナのない世界でも使えるようだった。

これはマナの力ではなく、魔力。

それは、なんとなく感じた。


エマは最後の力で、自分のこめかみに両手を当てた。


彼女の能力は"記憶操作"。

これが、最後の能力だ。


女性「海希?」


エマが動かない。

目を閉じ、まるで痙攣したようにピクピクと体を震わせている。

苦しそうに表情を歪め、震える声を小さく漏らしていた。


男性「おい!海希?!」


女性「後遺症かしら!?先生を呼ぶわ!」


ナースコールを慌てて手に取る女性。

しかし、彼女のその手にエマが優しく手を重ねる。


??「...大丈夫」


ゆっくりと目を開けた彼女は、明るい笑顔を見せていた。

母親の手から、ナースコールを取り上げる。


海希「本当、お母さんって大袈裟。心配掛けてごめんね。しばらく休んだら、ありさ達にも連絡入れてみる」


海希の明るい声が、白い病室の中で弾んだ。


エマの記憶が、静かに消えていく。

捨てられた彼女の記憶。

その事すら、誰も気が付かない。


何事も無かったかのように彼女の能力は、彼女自身の記憶も奪ってしまった。




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