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OTOGI WORLD   作者: SMB
* have an adventure *
56/92

記憶の果てに


屋敷に帰ったエマは、父親の部屋に立ち寄っていた。


父親の姿をしたそれは、人形のように天井からぶら下がっている。

これは夢ではなく、現実の出来事。

その現状にエマは嘔吐し、苦しそうに泣き喚いていた。


どれだけ泣いても涙は溢れてくる。

頭が重たく、酷い激痛が身体中を駆け巡る。


心臓を鷲掴みにされたような感触だった。

キリキリと締め付けられ、その爪が食い込んでくるような。

どんなに足掻いてもその痛みから解放されない。

どうしようもない気持ちが、泣けば泣くほど込み上げ、息が詰まった。


涙で滲んだ視界に浮かぶ、黄金の林檎。


初めて見るものだった。

話で聞い通りの、金色に光る林檎。


嗚咽を漏らし、足をフラつかせながら、エマはゆっくりと立ち上がった。


テーブルの上に置いてあったそれは魅惑的な光を放ち、異様な雰囲気を漂わせている。

エマは、誘われるようにして林檎に手を伸ばした。


一緒に置いてあった膨大な紙の束。

その内の一枚に、"黄金の林檎"と走り書きされていた。


蘇生の力

死者

転生


そんな言葉も添えられている。

レオナードの能力は"再生"。


壊れたものを元に戻す能力だった。

いくら再生の力だと言っても、決して人の命までは戻せない。


林檎を使って、その力を大きなものにしたかったのだろう。


優しかった母のマリア。

体が弱くても、いつも元気な振る舞いで笑顔を絶やさなかった。


2人はとても仲の睦まじい夫婦だった。

娘の自分から見ても、それはとても羨ましい関係だった。


だから、あの父からマリアの記憶を消す事が出来なった。

母を忘れて欲しくなかったと言う気持ちもある。


彼から記憶を抜き取ってしまったところで、父はまた思い出してしまうと思った。

見えないマリアの記憶を辿るように、彼女を求め探し続ける。

けれど、今となっては同じような結果になってしまった。

...いや、今の方が残酷で酷い結果に終わった。


エマ「......」


林檎を黙って見つめるエマ。

虚ろな目をし、ただジッと見ている。


永遠の知、それが永遠の力。


エマにとって、そんなものには全く興味がなかった。

この力で、本当に母を蘇らせる事なんて出来たのかさえも分からない。


分かっている事は、大好きだった2人においていかれてしまった事。

外は痛いほどに晴れ渡っていて、窓から差し込む光が眩しい筈なのに、この部屋はとても暗い。


暗い屋敷に1人きり。

自分1人だけになってしまっていた。


こんな物の為に...


入ってくる風が、青いカーテンを優しく揺らす。

溢れてしまった紅茶は、分厚いカーペットに大きな染みだけを残し乾ききっていた。


そして、エマの手には黄金の林檎。


ゴクリと息をのみこむ。

そして、ゆっくりと口元にそれを近付けた。


震える唇をこじ開け、林檎をかじってしまった。

シャリっと小さな音が鳴る。

小さな音の筈なのに、頭の中では大きな音がこだました。

心臓がドクんっと大きく脈を打つ。


その途端、エマはその場に蹲った。

激しくむせ込み、落とした林檎が手から離れゴロゴロ転がっていく。


彼女は逃げるようにして部屋を飛び出した。

苦しそうに咳き込みながら、重い体を引きずるように下へと降りて行く。

フラつく体で扉を開け、外へと出た。

眩しい日の光が目から入り込み、頭がクラクラとした。

庭を横切っていき、急いで屋敷を出る。


この場所にはいたくない。


行く宛などなかったが、その気持ちがエマの足を止めなかった。


レイル「エマ?」


エマは、驚いたように振り返った。

そこには、居て欲しくなかった人物が立っている。


黒の髪に白のメッシュが入り、色違いの瞳を持つ青年。


このタイミングで...


彼女の名前を呼んだ彼は、まだエマを忘れていはいない。

よりにもよって、その彼はレイルなのだ。


レイル「やっと見付けたぜ。さっきここに来た時は、誰も居なかったみたいだし...」


エマはレイルに背を向け駆け出した。


この場所にはいたくない。

とくに、自分の家と彼の側には居られない。

こんな姿を見られたくない。


レイル「おい!?エマ、待てよ!」


おぼついた足取りだった為、簡単にレイルに捕まってしまった。

腕を掴まれ、必死に抵抗する。


レイル「どうしたんだよ?何かあったのか??」


それでもレイルの手が、エマを離さない。

無理やり振り向かされ、交差する視線。

その瞬間、レイルの耳と尻尾が反応した。


レイル「泣いてるのか...?」


エマは咄嗟に顔を隠した。

見られたくなくて、顔を俯かせる。

しかし、それではもう遅い。


レイル「...誰に泣かされたんだ?」


彼の声が低くなる。

眉は徐々に吊りあがり、口調も荒くなっていく。

エマの肩を揺らし、強く問い詰める。


レイル「誰に何されたんだ!!?あの狼か!?それとも、もっと別の奴かよ!!?」


エマは答えない。


激しく怒っているレイルに抵抗出来ずにいた。

いや、そんな事よりいきり立つ彼に目を奪われている。


レイル「黙ってないでちゃんと答えろよ!!!一体何されたんだ?!今から俺がそいつを殺してやる!!!だから、ちゃんと教えろ!!!」


熱くなるレイルに、エマはクスッと笑った。


とても悲しそうに。

そして、とても嬉しそうに。


レイル「何笑ってんだよ!?」


エマ「...本当にあんたにはかなわない...」


エマは、ただ笑っていた。

虚ろだった目が、徐々に生気を取り戻していく。


レイル「何言ってんだ?!しっかりしろよ!」


エマ「...しっかりするのはあんたよ。私は何もされてない」


レイルの手を押しやり、彼から離れた。

目元を拭い、意地悪な笑みを浮かべる。


エマ「レイル、デートをしましょ?」


レイル「え?」


ニコリと笑うエマに、レイルは驚いていた。

先程とは全く違うエマの態度に、戸惑っている。


エマ「行き先は...そうね、ユグドラシルをもっとまじかで見てみたい」


行った事のない場所。

とても神秘的で、近寄りがたい場所。

エマが、ずっと行ってみたいと思っていた場所だった。


レイル「あんな所に行きたいのか?それに、あそこにマーキングはしていないし...城の中なら、大丈夫だけど」


エマ「それで良いわ」


レイル「なんだよ、城の奴らと追いかけっこでもしたいのか?」


嫌そうな顔するレイルに対し、エマはとても平気そうだ。


エマ「たまには悪い事もしてみたいの。それくらい、可愛いものでしょ?」


渋々、レイルは白黒銃を取り出す。

適当にその辺りに一発撃ち込むと、魔方陣が現れた。


レイル「...本当に行くからな?」


エマ「どうぞ」


2人で魔方陣を潜る。


その先に待っていたのは、お城の中だった。

長い廊下に、深紅の絨毯が敷かれている。

ここが城の何処なのかも分からない。


レイル「...エマ?」


走り出していたエマに、レイルはギョッとした。


広い廊下を駆け抜けていく。

ただひたすら走っていた。

後ろを振り向かず、ただ前だけを見て走る。


レイル「エマ!!!」


レイルの声が、エマの背中を追いかける。

これではまるで、エマとレイルの追いかけっこだ。


兵士「侵入者か!?」


レイルの声に、兵士達が気付く。

エマを追いかけるレイルを、兵士達が追いかける。


長い廊下を走って行くと、なんとか外に出る事が出来た。

とても大きな庭が広がっている。

煌めく緑の葉が、頭上からひらひらと舞っていた。


どれとも比べられない大きな木が、そこにそびえ立っていた。

青空をキラキラと光る緑が覆い、日の光は遮っている筈なのに、不思議と暗くは感じない。


とても、神々しい。

立派で凛々しくて、そして不思議な木。

ずっと昔から、ここに存在するユグドラシル。

広い世界を繋ぐ世界樹。


エマは、その前に立った。

激しく息を切らしながら、その木を見上げる。

まるで、自分を待っていてくれていたように感じた。


大きな根元に、そっと手を置く。

瞼を閉じれば、そこから不思議な力を感じる。


何処かに繋がってる。

自分の知らない場所。

何もかもから逃げられる場所。

それは、ここからとても遠い場所。


レイル「エマ!!!!」


その声に振り返る。


レイルが彼女に追いついた。

彼も息を切らしながら、肩で呼吸をしている。


レイル「なんで逃げるんだよ!俺に嫌がらせしてんのか?」


顔を顰めたレイルの瞳に、エマの姿が映った。

黄色と青色の綺麗な瞳。

宝石のように煌めいている。

その二色の瞳も、彼の魅力の一つだった。


エマ「レイル」


エマは、悲しそうに笑った。

その小さな口から、震えた声を漏らす。

いつも側にいてくれた優しい猫に、最後の別れを告げる。


エマ「...私も、あなたの事が嫌いじゃないわよ」


レイル「え?」


震える指を、彼の額にコツンっと当てる。

気が付けば、エマの目からは涙が流れていた。


エマ「...レイルと...あなたとここで出逢えて良かった...」


返事も聞かないまま、レイルの頭から記憶を吸い上げる。


自分の全てを

自分との思い出を


初めて会った森の中

分けてあげたサンドウィッチ

一緒に寝そべった草原

見上げた夜空に浮かぶ星

2人で見てきた綺麗な景色も、会話した言葉達も全て


夕日に顔を染められ、イタズラだと言って交わしたキスも


彼の記憶が、煙のように宙を漂う。

それが、風に乗って儚く散っていくように。

エマの存在が、無になっていく。


彼が、この世界で楽しく暮らしていけるように。

自分のいない世界で、幸せになれるように、と...


エマ「...ありがとう...さようなら...」


その間、彼女は静かに泣いていた。

レイルの目から視線を逸らすように、顔を俯かせていた。

彼に対するエマの気持ちが溢れ出るように、彼女の目から止めどなく涙が溢れ、頬を濡らしていた。


エマが、そっと指を離す。


レイルの目が、徐々に丸くなっていく。

しばらくすると、確認するように辺りをキョロキョロと見回した。


レイル「あれ...俺、ここで何してたんだ?」


惚けたように首を傾げる。

目の前にいたエマとバチッと目が合い、目を細めた。


レイル「...お前、誰だ?」


二色の虹彩を光らせながら、レイルは目の前の彼女との距離を取った。

警戒するように、その手にはしっかりと銃を握っている。


もう二度と、名前を呼んではくれない。

その優しい声で、自分には笑い掛けてくれない。


そんな彼に、エマは優しく微笑むだけだった。


兵士「いたぞ、あそこだ!」


猫の青年を追いかけてきた兵士達。

2人は同時に彼らに目を向けた。


レイル「なんで俺が追いかけられてんだ!?」


兵士の撃った銃が、足元に弾痕を残す。

レイルは訳も分からず、魔法陣を撃ち返した。

一瞬にして、目の前が青白く光る魔法陣で埋め尽くされる。

飛び交う銃弾と鳴り響く銃声。


兵士「大人しくしろ!」


レイル「じゃぁ撃ってくんな!」


動き回りながら、レイルが銃を撃っていく。

その一発が偶然にもユグトラシルの根元に当たってしまった。


眩い光が弾ける。

その近くにいたエマは目を見開いた。


そこに創り出された魔法陣は、金色に輝いていた。

エマを誘うように、その場でクルクルと回っている。


エマは、その魔方陣にゆっくりと歩み寄った。

どこに繋がっているのか分からないが、自然と恐怖を感じない。

彼とユグドラシルが、どこかへ繋いだ入り口。

何故か、とても惹きつけられた。


レイル「おい、あんた!どこ行くんだ!?」


レイルの目が、チラリとエマを見る。

記憶を無くしても、自分を気に掛けてくれたようだった。

そんな優しい彼に、エマはニコッと笑った。


エマ「ばいばい」


何の躊躇いもなかった。

彼女の姿が、不思議な魔法陣に吸い込まれるようにして消える。


その瞬間、金色に輝いていた光が霧のように薄らいで、小さな光と粒なって消えてしまった。





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