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OTOGI WORLD   作者: SMB
* have an adventure *
55/92

最後のページ


厚くもなく、薄くもない絵本のページは、既に半分を切っていた。

表紙だけでなく、中のページまでもが白紙な絵本。


この真っ白な絵本は、一体私に何を伝えようとしているんだろう。


魔女を集めていたエマと言う存在。

私が知っているおとぎの国に、彼女は居なかった。

もっと探してみれば、何処かにいるのかもしれない。

けれど、彼女と仲の良かったレイルから、エマと言う名前は聞いた事がない。


これまで、私がペラペラとめくっていた薄い紙。

その真っ白な絵本を見つめながら、私はふと思った。


これは....彼女の記憶?


私がそう思った瞬間だった。

持っていた絵本のページが、ひとりでにめくれ上がっていく。


私は目を奪われていた。

徐々に残りのページ数が減っていく。

けれど、すぐにあるページで動きが止まった。


開かれた白紙のページ。

それは、どこを見ても変わらない。


けれど、変わってしまった景色は今までの微笑ましい場面ではなかった。

とても暗く、悲しい光景が広がっていた。


エマ「...おとう...さん?」


マグカップが、真っ逆さまに床に落ちる。

パリンっと音を立て、それは簡単に割れてしまった。


床に破片が散らばり、広がった紅い液体が分厚いカーペットに染み込んでいく。


その先にあるのは、天井に吊るされた男性の体だった。

足元にある椅子が倒れ、開けっ放しの窓から冷たい風が入ってくる。


暗い部屋の中で、大きな背中が揺れていた。

日の光さえ、目に入ってこない。

一瞬にして周りの音が聞こえなくなり、自分の心音だけが響く。


その鼓動は早くなり、口の中が渇いていく。


机の上に残されているのは、金色に光る果実。

それが何を示しているのか、私にも分からない。


エマ「なんで...?」


慌ただしく部屋を出て行くエマ。


彼女の姿が部屋から消えた瞬間、ページが勝手にめくり上がった。


私は咄嗟に、それを手で押さえた。


心臓がバクバクと鳴っている。

何故か、とても動揺していた。

私の中の何かが、強い抑止力をかける。


これ以上は見たくない。

いや、見てはいけない。


なんで...!?


それでも、私の手を振り切るようにページがめくれてしまう。

その薄っぺらい紙は、いとも簡単に周りの景色を変えてしまう。


場所は、真っ暗な空間が広がる鏡の城の中。


目の前にいる2人の人間。

玉座に座るエプロンドレスの少女と、彼女に怒りをぶつけるエマの姿があった。


エマ「なんでお父さんが死んでるの?!約束が違う!!!」


泣き喚くエマに対し、少女は顔色一つ変える事もなく淡々と言葉を並べる。


少女「お前が救ってやったのだ。ただ、方法が違うかったがな」


エマ「あなたのせいよ!あなたがお父さんを殺した!私には分かるわ!」


少女「殺してなんかいない。むしろ、殺したのはお前だ 」


エマの表情が、一瞬して凍りつく。

目を見開き、ゴクリと息をのんだ。


エマ「...私が?」


少女「そうだ。お前がここに連れてきた魔女達。奴らは何の為に集められたと思う?」


茫然と立ち尽くす彼女は答えない。

いや、答えられないといった方が良いのだろう。

見開いたままの瞳からは、止めどなく涙が流れていた。


少女「それはな、お前の母親の為だ」


エマは、その場にがくりと膝を折る。

激しく呼吸を繰り返しながら、口を両手で覆った。


少女「男爵はな、自分の妻を生き返られせようとしていた。その為に力を欲したのだ。永遠の知と呼ばれる力をな。それをずっと研究し続けていた」


エマ「嘘よ...そんなの嘘だわ...」


少女「嘘じゃない。そして完成させたのだ、黄金の林檎を。お前のおかげだぞ、娘」


少女の言葉に、ガクガクと体を震わせている。

顔が真っ青になり、噛み締めた唇からは血が流れていた。


そんなエマに、追い討ちを掛けるように少女は続ける。


少女「魔女の血が永遠の魔力になる。それを使い、永遠の知を作った。それが、黄金の林檎だ。本物ではないが、それに近い力を持っているのは確かだろう。私も手に入れたかった、だから奴と組んだのだ」


エマ「お父さんは...お父さんはそんな事しない!!!」


体を震わせながら、必死になって相手に反論する。

けれど、少女は毅然たる態度を失わない。

むしろ、容赦なくエマを追い詰めていく。


少女「最後に教えてやった、どうやって魔女を集めたのか。奴は薄々気付いていたようだったがな。私が答え合わせをしてやった」


表情を変えず、ただエマを見つめている。

目の前で泣き崩れる彼女は、苦しそうに激しくえづいていた。


少女「...そうか、奴は死んだのか。お前が関わった事が相当ショックだったようだな。ここで喚き散らしていった程だ」


嘘だ...そんなの、嘘に決まってる


エマは、何度もその言葉を呟いていた。

何度も何度も。

自分に言い聞かせるように、その言葉を繰り返す。


既に、その目の焦点は合っていなかった。

壊れた玩具のように、ただその言葉を呟く。

次第にその声は小さくなっていき、思い出したように顔を上げた。


エマ「...消さなきゃ」


ポツリと言った言葉に、少女が首を傾げる。


エマはゆっくり立ち上がった。

髪で顔がはっきり見えなかったが、頬は濡れている。

フラフラとふらつくその両足で、体を支えていた。


エマ「私も...消さなきゃ...」


早く、消さなきゃ


次に繰り返したのはその言葉だった。

狂ったように、その言葉を口にする。

まるで、何かの呪文のようだった。


体を震わせながら、瞬き一つしない。

エマは、自分自身の額に人差し指を近付けていく。


だが、それを黙って見ていた少女が、突然彼女を止めた。


少女「待て、娘」


強い口調に、エマの肩がビクッと跳ねた。

俯いたまま、頬を伝う涙をポタポタと落としている。


少女「お前は消えない。ここにいる限り、お前をよく知る人間がいる限り、お前がいくら記憶を消したところで思い出す。お前の能力は、そう言うものだろう?」


父親を失った悲しさで、彼女はふらついていた。

立っている事がやっとだという感じだった。

少女の言葉が聞こえているのかさえ分からない。


少女「お前に鏡を貸してやろう。それでお前の存在を消すのだ。お前と私の能力があれば、容易い事だ」


その代わり...と少女が続ける。


少女「林檎をここに持ってこい」


エマは何も言わず、ただ黙って小さく頷いた。


目の前に現れた大きな鏡。

その鏡に映る自分の姿に、エマは虚ろな目を向けながら指で触れた。


水面に波が伝っていくように、鏡の中にいくつもの輪が広がっていく。

映っていたエマの顔が、小さく揺れた。


不思議な感覚だった。

意識が鏡の中に入り込むように、頭から何かが引き出されていくような感覚。

意識がぼぅーっとしていく。


少女「今から、お前の意識が鏡に映る。それを見た者は、お前の能力に掛かるだろう。鏡だけではない。水面に映る者、硝子に映る者。全てがお前の能力を映す」


彼女自身が、この苦しみから逃れる為だった。

首は項垂れ、ふらふらとしながらそこで立っている。


もう、少女の声すら彼女の耳には届いていない。

力なく、ただそこで立っている。

エマの意識は、既にそこにはなかった。







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