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OTOGI WORLD   作者: SMB
* have an adventure *
54/92

絵本の追憶


私は、真っ白な絵本を持ったままここにいる。

目の前には、2人の幼い少女と猫の少年がいた。


??「うぅっ...」


エマ「やめなさいよ、レイル!」


泣いている少女を庇うようにして、エマが怒りの声を上げた。


場所は再び森の中。

見覚えのある、小さな煙突が突き出した赤い屋根の家の前。


そして泣いている少女は、きっとドロシーだ。

エマの後ろで、彼女はひたすら涙を流している。


レイル「俺、泣いてる奴って嫌いなんだ。見ていて苛々する」


レイルは、とても意地悪な台詞を吐き捨てた。


喧嘩の理由はとても簡単だ。

レイルが泣き虫のドロシーをからかった事によって、この状況になっている。


エマ「あんたが泣かせたんでしょ?!」


レイル「勝手にあいつが泣いたんだ!」


どこかで聞いた事のあるような会話だった。

自分は泣かせていないと言い張るレイル。


と、後ろで泣いていたドロシーが、静かにエマの肩を退かせた。

次の瞬間、作った拳を握りしめ、勢い良くレイルに殴り掛かった。


レイル「グヘッ!!!?」


拳が少年の頬に、ドゴォッ!!とめり込んだ。

吹っ飛んだレイルを、ドロシーは冷たい目で見下す。

優しい目は吊りあがり、怒りに満ちていた。


狂乱ドロシーのお出ましだ。


ドロシー「てめぇ、いい気になりやがって!猫の分際であたいに喧嘩売ってんじゃねぇ!!!!」


レイル「なっ?!お前、二重人格...」


ドロシー「あたいに口利いてんじゃねぇよ、野良猫がぁぁあ!!!!!」


レイルに有無を言わさず、ドロシーは彼に馬乗りになり殴り続けている。

彼女の拳がレイルにヒットするたびに、悲痛の叫びが木々を揺していた。


....怖い。

こんなのは、幼い少女のやる事ではない。


エマ「ドロシー、やめて!お願いだからやめて!」


エマが止める相手も変わる。


悲劇だ。

こんなに昔から、この悲劇は続いていたのかと、私は身震いした。








絵本のページをめくると背景が変わり、今度は空の上だった。


緑の少年に体を抱えて貰いながら、エマは気持ち良さそうに飛んでいる。

柔らかい風を受けながら、とても上機嫌そうだった。


エマ「ピーター、あなたって本当はいくつなの?」


エマは緑の少年にズバリ訊いていた。

緑の少年とはピーターの事だ。

趣味の緑である服装は何一つ変わっていないのですぐに分かる。


違うのは、見た目がおぼこくなっている事だ。


ピーター「歳上に年齢を聞くなんて、マナー違反だぜ、エマ」


満面な笑みを浮かべながら、ピーターは優しい口調で答えていた。


やはり、彼は年齢を偽っている。

本当に少年なら、そんな答えは返さない。


エマ「ピーターはお兄さんなの?」


ピーター「そう見える?」


エマ「ピーターはピーターよ。見た目も年齢も関係ない」


もっともな答えだった。

そこまでして年齢や見た目にこだわる必要が、どこにあるのだろう。


ピーター「エマは優しいんだね。でも、君がもっと大きくなれば、気にするようになるさ」


エマ「気にしないわよ。で、いくつなの?」


ピーター「見た目通りだよ。なんなら、エマをもう少し大人にしてあげようか?」


その会話が繰り返される空の散歩。


やはりピーターは年齢を明かそうとしない。

お互いにしつこいやりとりが行われていた。








ページをめくり、更に背景が変わる。


どうやら、屋敷の中に居るようだった。

寝室に集まる人々。

男爵が、ベッドで寝ているマリアの手を握り、とても暗い表情をしている。


レオナード「...それで、病状はどれくらい進んでいるんだ?」


男性「はい....そろそろ、マリア夫人の体力は限界に近いかと...」


白衣を着た男性と、深刻そうに会話をしている。


マリアの顔は真っ青だった。

そして、唇も青い。

私が見ても分かるくらいに、彼女の病気は悪化していた。


寝室の扉から、部屋を覗く少女。

エマは、とても悲しげにその光景を見つめていた。


なんとかならないかと医者に懇願する父親に、小さな呼吸だけを繰り返すだけの母親。

少女は小さいながらも、この状況を把握しているのかもしれない。








ページをめくると、見覚えのある森の中。


レイルとエマが、2人で木陰に座り込んでいた。

暖かい日差しが2人を包む。

けれど、少女は物悲しげに目を伏せていた。


エマ「...しばらく、ここには来られないと思う」


切り出したエマに、レイルは首を傾げた。


レイル「なんで?」


エマ「お母さんが倒れたの。出来る限り、側にいたい」


エマの瞳に、悲しみの色が映る。


飲んでいた飲み物から、レイルは口を離した。

何かを言いたそうに、顔を顰めている。

けれど、その口から言葉は出ない。

彼女に掛ける言葉を、彼なりに探しているのが分かった。


レイル「...そっか。お前もいろいろ、大変なんだな」


エマ「うん。落ち着いたらまた来るから、絶対に家に来ないでね」


そういう約束だった。


不安のこもった笑顔を浮かべるエマに対し、レイルはそれ以上、何も言わなかった。








そして、次のページで私の胸を酷く締め付けられた。


喪服を着た人達が、柩の前でズラリと並んでいる。


そこにはエマもいた。

男爵の隣に立って、柩が土の中に埋められていく様を静かに見ている。

泣き喚きもせずに、ジッと見ているのだ。


そして、父親を見上げる。


彼の肩が震えていた。

その姿を、悲しそう見上げる少女。

その小さな手で、ギュッと父親の手を握る。


とても辛い光景だった。

エマと言う少女の移り変わる生活を見せられ、感情移入してしまっていた。


哀愁の漂う2人の背中に、ズキズキと胸が痛む。


これ以上は見たくない。

そんな思いから、私は逃げるようにページをめくった。









屋敷の庭に、少女が1人で座っている。

手作り感溢れる小さなブランコに揺られながら、ジッと地面を見ていた。


その目の色に輝きはない。

俯く彼女は肩を落とし、深く沈んでいる。

その表情は、とても暗いものだった。


エマ「!」


屋敷の敷地に入ってくる少年。

レイルはエマを見つけると、すぐに声を掛けた。


レイル「待ち切れないから、こっちから来てやったぜ」


エマ「...来るなって言ったでしょ」


とても落ち込んでいる。

彼女の声に、元気はない。


レイル「まだ落ち込んでるのか?さっさと元気になってくれないと、こっちが困るんだ」


エマ「あんた、とても不謹慎ね」


レイル「猫にそんなこと言っても、分かる訳ないだろ?」


揺れるブランコの鎖を、レイルは両手で掴んだ。

すると、小さく揺れていたブランコが動きを止める。


エマ「何するのよ?」


自分勝手な少年に、エマは彼を睨み上げた。


レイル「1人で遊ぶ余裕はあるみたいだな」


エマ「遊んでいる訳じゃないわ」


レイル「なら、なんで森に来ないんだよ」


エマ「レイルには関係ない。放っておいて」


2人の間に沈黙が流れる。


エマは怒ったように顔を背け、視線を足元に戻す。

俯いたままの少女を、レイルは綺麗な虹彩を光らせながら見つめていた。


そんな彼女の腕を、突然レイルは掴んだ。


レイル「ちょっと来い」


エマ「!?」


拳銃が発砲され、魔法陣が現れる。


エマはレイルに向かい何か言っていたが、レイルは気にせず飛び込む。

2人が姿を消したと共に、私も後を追うようにページをめくった。









広大な草原の中にいる。

私にとっても、とても思い入れがある場所だった。


私が初めてレイルと出会った場所。

初めてこの世界にやって来た場所がここだった。


風に揺れる短い草の上に、2人は並んで寝転がっていた。


レイル「気持ち良いだろ?」


耳をピクピクと動かしながら、レイルがちらりとエマに視線を向ける。

隣にいた少女は、ジッと空を見上げていた。


エマ「...そうね。少し楽になった気がする」


ゆっくりと瞼を閉じ、その居心地の良さを感じているようだった。

レイルも満足したように微笑み、そして瞼を閉じる。


2人の時間が、ゆっくりと流れていた。

柔らかい風に揺れる草花。

暖かい日の光が、2人を温かく見守る。


レイルなりの小さな優しさに、きっとエマも感謝している筈だ。








ページをめくると、屋敷の中に私はいた。


少女の姿が、一回り大きくなっていた。

あれから何年か経ったのだろう。

大人に成長したエマは、扉の前で父親の姿をを見つめていた。


たくさんの本で埋め尽くされた部屋。

机に向かい、何かをひたすらノートに書き込んでいる。

髪をぐちゃぐちゃに掻き回し、ビリビリと紙を破く。

その繰り返しだった。


そんな彼を、心配そうに見ている。

そして何かを振り切ったように、彼女はその場を後にした。







レイル「親父さんがおかしい?」


屋敷の庭に、景色が変わる。

大きくなったレイルが、エマと一緒に話し込んでいた。


エマ「うん...お母さんが亡くなってから、仕事も手に付かないくらい落ち込んでたんだけど。最近になってなんだか何かに取り憑かれたように没頭してるみたいで」


レイル「何かしてないと落ち着かないんじゃないのか?そんなに心配する事でもないだろ」


エマ「でも、鏡に向かって話してたりするのよ。なんの話をしているか分からないけど、なんだか心配なの」


心配そうに話すエマ。

それに対し、レイルは指で拳銃をクルクルと回しながら答えた。


レイル「よく分かんないけど、親父さんも趣味を見つけたんだろ?それで良かったじゃねぇか」


エマ「そうなんだけど...」


あまり納得のいっていないエマの言葉。

彼女は視線を足元に落とす。

彼女の不安は消え去ってはいないようだった。


少し気になったが、私はページをめくり、次へと進んだ。







見覚えのある湖が、目の前に広がっている。

そこで、レオナードは歩いていた。

彼の背中が、ゆっくりと霧の中に消えて行く。


その後ろをつけていたエマは足を止めた。


霧の中に浮かぶ城。

それを見上げ、深刻そうに顔を顰める。







ページをめくれば、次は鏡の城の中だった。


やはり辺りは真っ暗で、エマの前には玉座に座る少女の姿があった。

私も会った事のある少女。

エプロンドレスを着た、可愛い少女だ。


少女「そんなに奴を助けたいのか?」


相変わらず、無表情で話している。

その言葉に、感情は入っていない。


エマ「えぇ。今のお父さんはどう見てもおかしいわ」


少女「...そうか。なら、手助けをしてやれ。ここに魔女を連れて来い。そうすれば、奴はまともに戻るだろう」


魔女を集める?


そうか、これが魔女狩りの始まり。

そんな事を考えながらページをめくり、変わりゆく背景に目を奪われた。








赤い頭巾をかぶったエマ。

その頭巾で顔を隠すように、小さな家を訪れていた。


そこから出てきた老婆に、優しく声を掛けている。


エマ「こんにちは」


老婆「若いお嬢さんが私に何の用だい?」


エマ「お婆さんが魔女の力を持つと聞いて、お伺いに参りました」


老婆「誰からそれを...?お嬢さんは誰....」


老婆の言葉を最後まで聞かず、エマは彼女の額に人差し指を当てた。

確か、ロイゼにもこんな事をしていた記憶があった。

しばらくしてエマが指を離すと、老婆は不思議そうに首を傾げた。


老婆「あれ..?私は何を...」


エマ「お婆さんの家はここじゃないよ。私が案内してあげる」


何事も無かったかのように、優しい笑みを浮かべる。

老婆の手を取り、ゆっくりと歩き始めた。

向かうのは、鏡の城に続く道。


どうやら、魔女を集めていたのは彼女だったようだ。








ページをめくると、また屋敷に戻る。


屋敷から出て行く彼女の背中に、レイルが声を掛けた。


レイル「エマ!」


駆け寄る彼に、エマは振り返る。

今から何処かへ出掛けて行くようだった。

その行き先は、今の私になら分かる。


エマ「レイル...」


バツが悪そうに、エマは目を伏せた。

赤い頭巾が、その表情を隠す。


レイル「最近出掛けてばっかみたいだけど、何処に行くんだよ?」


相手にして貰えないレイルは、なんだか不機嫌そうだった。

彼女の顔を、しつこく覗き込んでいる。


エマは、苦笑を浮かべながら答えた。


エマ「用事があるの。だから、また今度ね」


レイル「用事ってなんだよ?俺も一緒にい...」


エマ「ごめんね」


トンっと、レイルの額に人差し指を当てる。


またこの動き。

どうやら、それが彼女の能力のようだった。


レイル「...エマ?何の話してたんだっけ?」


エマ「偶然ここで会ったのよ。ごめんね、今から出掛けなきゃいけないから、帰って来てから遊んであげる」


意地悪な笑みを残し、エマは駆けていく。

その背中を、レイルは不思議そうに眺めていた。







レオナード「エマが家にいるなんて、なんだか珍しいな」


エマ「そんな事ないわ」


ページをめくれば、書斎で2人の親子が会話をしている光景だった。

部屋にひきこもりがちの父親に、エマはカップに入ったコーヒーを差し出している。


男爵の姿は前に見た時よりも、だいぶとやつれていた。

頬を痩けており、着ているシャツも大きめに感じる。

伸びきった髪や髭は手入れされる事もなく、見た目はまるで別人だった。


エマ「...また痩せたね」


心配そうに、レオナードに言葉を掛ける。

憂心のこもったその視線を、彼は気にする事なくコーヒーを飲んでいた。


レオナード「よくレイルがお前を訪ねて来るが、エマは誰と会っているんだ?」


エマ「その日によって違う。私だって、レイル以外に友達はいるわ」


少しムキになりながら、エマが答えた。


エマが普段何をしているのか。

レオナードは気付いていないみたいだった。


レオナード「...そうか。なにか変な事に巻き込まれていないか?」


エマ「ううん。どうして?」


レオナードは、エマを見つめながら押し黙ってしまった。

何かを言いたそうにしている。

けれど、迷っているようにも見えた。


そんな彼に耐え切れなくなったのか、エマは自分から顔を背けた。


エマ「変な心配しないでよ。私だって、もう子供じゃない」


レオナード「...そうだな。余計な心配をして悪かった」


部屋を出て行くエマの表情は、暗く沈んでいた。








ページをめくると、次は夜になっていた。


自室に帰って来たエマは、赤い頭巾を取りながらベッドに腰を下ろす。


散らかり過ぎず、綺麗過ぎずと言った部屋だった。

壁にはたくさんの絵が飾られており、小さな机には淡いピンクの花が添えらている。


ふと、エマは眉をひそめた。

ゆっくりと立ち上がり、可愛らしい花柄のカーテンを睨む。

ツカツカとそちらへと歩いていくと、勢い良くカーテンを開いた。


窓の外はベランダになっていた。

薄暗い夜空を背景に、猫の青年が立っている。

こちらに銃口をまっすぐ向けていたが、エマと目が合うと目を丸くしていた。


エマ「あんたね...!」


ガラガラと音を立てながら、エマが窓を開ける。

すると、レイルは拳銃を懐にしまった。


レイル「なんだ、いたのかよ?部屋に隠れて驚かしてやろうと思ったのに...まぁ、俺の手間も省けたし良っか」


エマ「不法侵入で裁判にかけるわよ!」


レイル「まだ忍び込む手前だっただろ?そんなに怒るなって」


エマとは違い、レイルはヘラヘラと笑っている。

尻尾と耳を揺らし、とても上機嫌そうだった。


レイル「昼間はいつもエマがいないから、夜に遊びに来てやったんだ。だから、一緒に出掛けようぜ」


エマ「あんた、こんな時間に女の部屋に来るなんて、意味分かっててやってるの?」


エマはとてつもなく呆れていた。

小さな溜息を漏らしながら、重くなる額を押さえている。

しかし、レイルは全く気にしていない様子だった。


レイル「意味なんて一つしかないだろ?俺はエマと出掛けたいんだ。たまには俺に付き合えよ」


そう言って、彼は強引にエマの手を掴む。

彼女はレイルに手を引かれるがまま、渋々彼の言う事に従っていたのだった。








草原で寝転ぶ2人。


大きくなった少女と少年。

並んで夜空を見上げている。

暗い背景に浮かぶ小さな星が、チカチカと光を放っていた。


瞬く間に走っていった流星。

その星に願いを込めるように、2人は瞼を閉じた。


エマ「ねぇ、レイルは何をお願いしたの?」


虫の声が綺麗に響いている。

昼間とは少し違う、とても静かな空間。


レイル「星に願ったって叶う訳ないだろ。俺は自分しか信じてない」


エマ「へぇ。あんたって、ロマンチストじゃないのね」


レイル「エマはどうなんだよ?もしかして、もっと胸を大きくしたいとかそんなやつ?」


ケラケラと笑うレイルを、エマがギロリと睨む。

けれど、青年は気付いていない。


エマ「...あんたは、悩みとかないの?」


視線を夜空に戻しながら、頭に浮かぶ父親の姿を目の前の景色に写す。

その目は、とても悲しげに見えた。


レイル「悩み?エマはあるのか?」


上半身を起こし、隣に寝転ぶ彼女をオッドアイが見つめた。


エマ「そうね...あんたの短気なところが悩みかな」


レイル「なんだよ、可愛くねぇの。もっと俺と一緒にいたいとか、そう言う悩みはないのかよ?」


エマ「私は正直者なのよ」


意地悪く笑うエマ。

それに対し、レイルは鼻を鳴らす。


レイル「って言うか、悩んでる事があるなら俺に言えよな。エマの悩みなんて、俺が瞬時に解決してやるぜ」


エマ「ふふっ、人の話なんて聞いてないくせに。期待しない程度に頼りにしてるわ」


レイル「馬鹿にするな。俺だったら、エマが何処で悩んでようがいつだって飛んで行けるからな!なんなら、迷子になってたって助けに行ってやれるぜ?俺の能力は超便利だから...」


と、ふいにレイルは言葉をやめた。

隣にいるエマをまじまじと見つめ、ゆっくりと目を細める。


レイル「...なぁ、お前の能力って見た事ないんだけど、どんなやつなんだ?」


首を傾げながら、レイルは訊く。

その言葉に、彼女は薄い反応で答えた。


エマ「能力なんて、知る必要ある?」


レイル「気になるだろ。誰もエマの能力を知らないなんておかしいって」


エマ「知ってる筈よ。みんなが忘れているだけ」


レイル「俺は物覚えは良い方なんだぜ?」


眉を寄せながら、レイルが口を尖らせる。


エマ「だって、本当の事だもん。レイルだって忘れてるのよ」


レイル「俺は忘れない!エマの事なら尚更だ。勿体つけてないで、教えろよ」


ジリジリと詰め寄るレイルに、エマは溜息を吐いた。

ゆっくりと起き上がると、レイルに顔を近付ける。


レイル「な、なんだよ...!?」


2人の顔の距離が近くなる。


赤くなるレイルに向かい、彼女はいつものように人差し指を彼の額に当てた。


レイル「...ん?」


ポカンと口を開けているレイルから指を離す。

エマは、またゆっくりと寝転がった。


レイル「...俺、何の話してたんだ?」


エマ「星の話をしていたわ」


何事も無かったかのように時間が流れる。

レイルは首を傾げながら、再び寝転がった。







ロイゼ「今日こそは、てめぇを攫わせて貰うぜ」


いつものように空は青く、天気は快適だった。

木々から漏れる日の光。

さえずる小鳥達は、とても呑気そうに見える。


森の中で出会ったロイゼとエマ。

ロイゼは、ガチャっと音を立てながら、猟銃を彼女に向ける。


エマは、ジリジリと彼から距離を取っていた。


エマ「あんたとは長い付き合いだけど、どうも折り合いがつかないみたいね」


と、2人の間に緊迫した空気が漂っていた。

エマの目が、ロイゼを睨んでいる。


ロイゼ「折り合い?おいおい、俺様はお前が気に入ってるんだぜ?別に命まで貰おうって訳じゃねぇんだ。金さえ手に入れば、お前を俺様の女にしてやっても....」


その瞬間だった。

ロイゼに勢い良く入ったドロップキック。

最後まで言葉を繋ぐ事が出来なかったロイゼは、大きく吹っ飛んでしまった。


エマの前に、綺麗に着地するレイル。

二丁の拳銃を素早く抜いた。


ロイゼ「この、猫野郎が!!!」


レイル「黙れ、この変態犬野郎!!!」


ロイゼも素早く立ち上がり、猟銃を撃ちまくる。

道のど真ん中で、銃弾が飛び交っていた。


レイル「エマって、いつもあんな奴にからまれてんのかよ!?」


逃げ回りながら、レイルもロイゼに撃ち返す。

周辺は、魔法陣がグルグルと回っていた。


エマ「今は巻き込まれているの!」


耳を塞ぎながら、小さく蹲るエマ。

銃声が鳴り響き、耳がおかしくなりそうだった。


エマ「いつもは穏便に済ませているの!あんたのせいだからね!」


レイル「俺はお前を助けてるんだぜ?感謝して欲しいくらいだ!」


ロイゼ「エマ、てめぇ!よりにもよって、こんな魚くせぇネコ科に入れ込みやがって!俺から逃げられると思うなよ!!!」


レイルの耳がピクリと動く。

その途端、尻尾を激しく揺らし始めた。


レイル「うるせぇ!!!これだから犬はなりふり構わずワンワン吠えやがって!とんだストーカー野郎だぜ全く!」


ロイゼ「お前こそ、どうせ餌に集ってそいつに付きまとってんだろ?いっちょまえに狩りも出来ねぇ奴が偉そうな口叩いてんじゃねぇ!!!!」


レイル「殺す!!!!」


ブチ切れているレイルの姿が、とても懐かしく思う。

短気なところは相変わらずのようだった。


けれど、これは昔の話。

私が知っているレイルではなく、私の知らないレイルだ。








エマ「あんたって人は...」


屋敷の庭で、2人が座り込んでいる。

赤い夕日に顔を染められ、2人の影が地面に伸びていた。


体のあちこちに怪我をしているレイルに、エマは呆れたように声を漏らす。


エマ「その短気なところ、直せないの?」


レイル「なんだよ、それ?せっかく助けてやったのに」


手の甲の傷を、レイルはペロペロと舐めている。

その姿はまるで猫だ。


エマ「駄目!!バイ菌が入っちゃうでしょ!」


傷口を舐めるレイルの腕を引っ張る。

エマは絆創膏を取り出し、それを傷口に貼った。


レイル「こんなかっこ悪いもん貼ってられないって。舐めときゃ治る」


エマ「猫の考えそうな事ね。でも、駄目!」


きつく言い聞かせ、レイルの頬の傷に目をやる。

消毒液を布に染み込ませ、丁寧に傷に触れていく。


エマ「あんまりやんちゃしないでよ。こんなに怪我されちゃったら、心配になるでしょ」


レイル「.....」


真剣に傷口を見ているエマを、レイルはジッと見つめていた。

黄色と青色の虹彩が、宝石のように煌めいている。


しばらく彼女を見つめていたレイルは、瞳孔を細くした。

そして何を考えたのか、レイルは彼女に顔を近付けた。


2人の距離が、更に縮まる。

重なる2つの影が、スゥーッと伸びる。


レイルは、エマの唇に自分の唇を重ねてしまっていた。


エマ「!?」


チュウっと音を立てた、軽いキスだった。

とても可愛らしいキス。

その動きはとても俊敏で、あっと言う間の出来事だった。


動かなくなったエマから唇を離すと、レイルは悪戯っぽく笑っていた。


レイル「すきあり」


悪戯だったかのような振る舞いを見せた。

悪びれる事もなく、耳と尻尾を揺らしながら、とても楽しそうにしている。


レイル「にゃははっ、そんなに驚いたのか?これだからエマって面白よな。イタズラのしがいがあるぜ」


固まっているエマに、レイルはケラケラと笑う。


エマ「〜〜〜っ!!!!」


彼女の肩が震えていた。

拳を握りしめ、口をパクパクとさせている。


けれど、しばらくすると我に返ったように毅然な態度になった。

その視線も、どこか冷たい。


エマ「...あんた、誰にでもこんな事するの?」


レイル「は?」


エマ「あんたは、誰にでもキスをするのかって訊いてるの」


同じ事を2回繰り返す。

それでもレイルは、ピンっと来ていないようだった。


レイル「しないに決まってんだろ。何言ってんだ?」


お前が何を言っているんだと言いたくなるような発言だった。

それに対し、エマはフッと鼻で笑ってみせた。


エマ「そう。じゃぁ、あんたは私の事が好きなのね?」


レイルの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。

尻尾や耳が、ピンっと立った。


レイル「なんでそうなるんだよ!?だいたい、今のはイタズラだって言ったろ!?」


エマ「変態猫」


ぼそっとエマが呟いた。


レイル「変態言うな!」


エマ「変態猫。変態変態変態」


レイル「だから、変態って言うな!」


エマ「変態よ。女に勝手にキスしたんだから。やってる事はロイゼと変わらないじゃない」


レイル「あんなイヌ科と一緒にするな!...って言うか、あいつにこんな事されたのか!?」


口調が荒くなるレイルに対し、エマは至って冷静だった。


エマ「そんな訳ないでしょ。こんな事するのはあんたぐらいよ」


構わずエマは、新しい絆創膏を取り出し、頬の傷に丁寧に貼った。


大人しくなったレイルは、顔を赤くしたまま押し黙ってしまった。

どこか落ち着かない様子で、エマを見つめている。

しばらくすると、困ったように顔を顰めながら、ゆっくりと口を開いた。


レイル「...嫌いじゃない」


エマ「?」


レイル「お前の事、嫌いじゃない。これって、好き...なのかな?」


困ったように深く考え込む猫の姿は、とても可愛らしく見えた。

そんな彼に、エマは優しく笑う。


エマ「そんなの、私が知る訳ないでしょ?」









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