猫との出逢いは突然に2
ある人物に連絡を入れた後。
大学からそう離れていない場所に、小さな動物病院があった。
その名も、まなか動物病院。
真中ありさ。
私の友人の家だ。
ありさ「どこであの猫拾ったの?車にでもひかれてた?」
隣のソファに座る彼女は、二本のジュースの缶を持っていた。
その内の一本を、私に手渡してくれた。
海希「ありがとう。大学でね、他の猫と喧嘩して怪我でもしたのかな?私が見つけた時には、もう怪我してたのよね」
オレンジの味がするジュースを飲みながら、ありさに訳を話す。
そんなに長くないエピソードだ。
まだ密かにヒリヒリする手の甲を触りながら、あの怯えた猫の姿を思い出す。
ありさ「まぁ、命に別状はないみたいだよ?でもなんか変な怪我みたいだったけど」
海希「変な怪我?」
ありさ「うん。刺し傷とか、あと火傷もしてたみたいだし、それに弾痕も....誰かに虐待でもされてたのかも」
海希「弾痕!?」
動物虐待どころなはない。
それは、玩具のものなのだろうか。
そんな事をする人間が、本当にいるのだと実感する。
ありさ「珍しそうな猫だしね。もしかしたら、危ない人が飼ってたのかも」
海希「可哀想...だからあんなに怯えてたのかな」
ありさ「猫って、もともと警戒心強いしね。で、どうするの?」
言葉の最後に付け足された疑問詞。
私は、理解するのに時間が掛かった。
海希「どうするって?」
すると、ありさは目を丸くした。
ありさ「どうするって、あの猫の事」
猫。
私が見つけた、あの猫。
ありさ「飼い主がいたにしても、どこの誰かも分からないだろうし、虐待魔かもしれないしね」
ようやく、意味を理解する。
どうすると言うのは、あの猫の寝床の話だ。
確かに、飼い主を探すにしても簡単な事ではない。
かと言って、捨てる訳にもいかない。
ありさ「うちはもう犬飼ってるし、唯はどうだろうな...あの子、確か動物アレルギーだったし」
私の両親はどうだろう。
2人とも、少なくとも動物嫌いやアレルギーではない。
海希「私の親に聞いてみる。もしかしたら、引き取ってくれるかもだし」
ありさ「それなら安心だね。じゃぁ、しばらくあの子は海希が預かる?」
私の住んでいるアパートは、ラッキーな事にペット同居可なのだ。
親に引き渡すまでなら、私が面倒を見ても良い。
むしろ、その責任はあるだろう。
海希「うん。そうする」
ありさ「それにしてもオッドアイの猫か。本当に珍しい猫を拾ったのね」
オッドアイ?
なんだそれは、と頭の中でハテナが浮かぶ。
海希「オッドアイ?」
ありさ「そう。虹彩異色症って言って、両目の色が違う事をそう呼ぶの。白い猫に多いって良く聞くんだけど...あの猫はほとんど黒猫ね。とても珍しいの」
なるほど。
猫が好きな割にあまり詳しくない私に、ありさは丁寧に説明してくれた。
海希「それって病気なの?」
ありさ「病気ではないらしいけど、遺伝とか色々....でももしかしたら、目に何か虐待されてたのかもしれないわね」
ならば、とても可哀想だ。
もしかしたら、目が悪いかもしれない。
そんな猫を放っておくのは、私には出来ない。
こうして、しばらくの間、私があの猫の面倒をみる事になった。
動物専門の医者のありさの親から、包帯でぐるぐる巻きにされたあの猫を引き取り、お礼を言ってから家に帰る事にした。
買い物をするのに、スーパーに寄る事を忘れていた事に気付いたのは、家に帰ってしばらく経ってからの事だった。
仕方がないので、自分の夕食は、非常食用にとってあったカップラーメンをチョイスした。
私はこれで全く問題はない(健康的には問題)のだが、猫の食事にするにはまずい。
海希「鶏のササミならあるけど....」
とりあえず魚が好きなんだよね?と心の中で訊いてみる。
やはり、返事のない黒と白のモノトン猫は、カーペットの上で体を丸くさせ、目を閉じている。
そこから動く気配はない。
そんな態度をされると、死んでいるのかとヒヤヒヤさせられてしまう。
海希「まぁ良いや、これしかないしね」
鶏のササミ(サラダの余り)と、水の入ったペットボトル。
そして小皿を手に取り、猫の元へとやって来る。
気配を感じたのか、耳がピクリと動いた。
海希「私ね、海希って言うの。稲川海希、よろしくね」
無反応な態度。
次は、餌で釣ってみる。
海希「ご飯食べる?」
声を掛けると、うっすらと瞼を持ち上げ、こちらの様子を伺っている。
皿の上に水を注ぎ入れ、さらに鶏のササミを手の上に乗せてみる。
海希「うーん、食欲ないのかな」
やはり魚じゃないと駄目なのか。
猫は一向に興味を示さない。
愛想のない生き物とは思っていたが、食べ物をチラつかせても愛想のない猫だ。
海希「食べないなら、私が食べるからね」
そう言って、ササミのかけらを口に入れる。
柔らかく、脂っ気もなく、ヘルシーで美味しい。
海希「うん、美味しい」
モノトン猫は、私の一連の動作をジッと見ていた。
すると、鼻をちょこちょこと動かし、私の手元にある鶏のササミを嗅いでいる。
食べ物だと分かったのか、興味を持ったようだった。
海希「待ってね、今あげるから」
もう一度手に乗せる。
口元まで持っていってやると、猫は鼻を近付けた。
しばらく様子を見た後、やっと口にした。
クチャクチャと小さな音を立てながら食べている。
空になった私の手のひらを舐め終わると、ジッとこちらを見ていた。
か、かかかわいい!!!!!
もうないの?と、言わんばかりの表情だ。
イエローとブルーの瞳が、私を上目遣いで見つめている。
私は更に、手のひらに残りの鶏のササミを乗せ、また口元に持っていってあげた。
猫は躊躇なく、それを食べていた。
やはりお腹が空いていたのか、もりもりと食べている。
水をペロペロと舌で上手に飲んでいるその光景に、私はほっぺが落ちそうなくらい見惚れていた。
猫は可愛い生き物だとは思っていたが、想像を上回っていた。
とても癒される。
海希「あぁ...可愛い!!!!」
優しく頭を撫でてやる。
猫は満足したのか、また体を丸くして瞼を閉じた。
きっと疲れて眠たいのだろうと察し、私も夕食をとる事にした。
海希「あ、名前決めてあげなくちゃ」
麺を啜りながら、考えてみる。
名前を誰かに付けるなんて、テレビゲーム上でしかした事のない事だ。
海希「タマ...だとありきたりだよね」
眠っている猫の姿に目を移す。
目もまん丸で、今も体を丸めていて、コロコロしている。
海希「....コロ、で良いか」
とても適当に付けてしまったが、悪くは無いだろう。
私は、カップラーメンのしめのスープをズズッとすすった。