塔の上から狙います
ほんの若干、百合色注意
バレッタ「可愛いですわ!」
目の前にいる可愛らしい少女。
金色の長い髪を引きずりながら、私の周りをグルグルと回っている。
海希「あ、ありがとう...」
そんな私は、とてもメルヘンなドレスを彼女に着せられていた。
レースとリボンだらけの可愛らしいドレス。
こう言った物は、私には似合わない。
いや、私の好みに合わない。
なぜこんな物を着せられているのか、とても疑問だ。
バレッタ「次は、こっちのドレスを着てみてくださる?きっとお似合いですわよ!」
これも、もう何十回も繰り返した会話だ。
そのおかげで、周りにはたくさんの洋服が散らばっている。
彼女の視線がとても眩しい。
海希「あの...そろそろお暇しても良いかな?私も、ちょっと用事があって...」
ガチャリ...
いつの間にか、バレッタの手には銃が手にされている。
彼女の体なんかより、大きいなスナイパーライフル銃。
私には向けられていない。
ただ、手に持っているだけだ。
バレッタ「さすがに飽きますわよね?なら、お人形で遊びますわよ!」
大きな箱をひっくり返すと、そこからたくさんの縫いぐるみが転がる。
ウサギやクマやネコの形をした縫いぐるみの視線が、私を見上げるようにして落ちた。
海希「......」
抵抗できない。
私に銃を向けないし、乱暴な事もしてこようとしない。
むしろ、とても子供らしい少女だ(飾れた銃を除けば)。
着せ替え人形の様に、私に可愛いドレスを着させたり、縫いぐるみや人形を使って遊んだりと、とても子供。
なのに、たまに視界に入ってくる恐ろしい銃たちが、私に警告音を鳴らすのだ。
海希「...ねぇ、せっかくだから、外で遊ばない?」
なかなか解放してくれない彼女に、私は外へ行くように促した。
こんな室内にいるから逃げ出せないのだ。
外に出れば、いつだって逃げられる。
こんな所に、いつまでもいる訳にはいかない。
バレッタ「わたくし外は嫌いですの。この塔から出たくありませんわ」
きっぱりと言われたが、私だって退くつもりはない。
この子はよっぽどの引きこもりらしい。
だが、子供は風の子で元気な子なのだ。
この歳から引きこもっていては、将来はお先真っ暗だ。
相手は少女。
乗せてやれば気分も変わる筈。
海希「外の方がたくさん遊べるわよ?ほら、かくれんぼとか鬼ごっことか」
私はずるい女だ。
彼女に勧める遊びは、全て逃げる為のフェイク。
私だって、これでも大人だ。
大人のずる賢さは、なんなりと使わせて貰う。
バレッタ「外は危険ですわよ?それに、そんな野蛮な遊びは気が引けますの」
野蛮な遊び?
野蛮なのは、あなたが手にしているものです!
そんな気持ちを込めた視線を送っているが、彼女にはなかなか伝わらない。
確かに外は危険だ。
いつヘンゼルのような凶悪な人間に出会してしまうか分からない。
けれど、このままここにいる訳にもいかない。
海希「せっかく良い天気なんだし、外で遊びましょ!」
彼女の手を軽く引っ張りながら、私は出来限り優しく誘う。
バレッタは、しばらく顔を顰めながら考えていたが、渋々承諾してくれた。
バレッタ「...あなたがそう言うなら、仕方ありませんわね。じゃぁ、わたくしが鬼をやりますわ」
よし。
私の誘いにかかった。
あとは、彼女の隙を見て逃げれば良い。
私はリュックを背負い込み、逃げる準備を整えた。
窓から降りる為バレッタを待っていると、彼女は彼女で恐ろしい準備を行っていた。
ガチャリ...
窓に身を乗り出し、鋭いスナイパーライフルを外に向けている。
そして、髪を窓の外に垂らしながら、私に笑顔で言うのだ。
バレッタ「わたくし、ここで鬼をさせて貰いますわ。だから、アマキは思う存分お逃げになって」
カチャッと音を立てた銃。
私の体は固まる。
海希「...それは何に使うの?」
バレッタ「何にって、逃げるあなたを捕まえる為にですわ。わたくしは鬼ですのよ?」
海希「そんなサバイバルゲームには誘っていないわ!!」
恐ろしい少女だ。
この子は本物の鬼だ。
捕まえると言うより、殺す気満々ではないか。
バレッタ「大丈夫ですわ、足を狙うだけで頭を狙ったりなんてしないですわよ」
海希「そんな問題じゃないのよ!」
どちらにしろ怪我をしてしまう。
痛い思いはしたくない。
バレッタ「あなたが言い出した事ですのよ?」
と、呆れたように言われてしまった。
言い出したのは私だが、まさかそんなデスゲームにされるとは思っていなかったのだ。
子供だからと言って、油断をしていた。
こんな遊びは、彼女の言った通り野蛮過ぎる。
海希「外で遊ぶのはやめましょう。そうだわ、お喋りでもしましょ!私、あなたの事を何も知らないから」
そうなれば話は別だ。
そんな命を掛けた脱出ゲームに参加するつもりはない。
他のチャンスを見つける為、大きなベッドに腰を下ろした。
小さな体の少女にしては、釣り合わないキングサイズの大きさのもの。
こんなにふかふかのマットレスで1人で寝ているなんて、なんて贅沢な子。
私なんて、狭苦しいベッドで変態猫に毎日狙われながら寝ているというのに。
逃げる為にと背負ったリュックは、呆気なく元の位置へと戻る。
バレッタ「まぁ!わたくしの事が知りたいだなんて、とても嬉しいですわ!」
嬉しそうに笑いながら、彼女は私の隣に座る。
その笑顔は、やはり少女だ。
海希「その髪...邪魔じゃない?」
金色の長い髪。
見れば見るほど、とても不思議な髪だ。
手入れするには、とても手間がかかるだろう。
バレッタ「慣れれば邪魔だなんて思いませんわ」
私なら、慣れるまでに切ってしまう。
夏が来れば、その長い髪は地獄を招く。
その夏がやってくる前に、その髪は始末した方が良いとお勧めしたい。
海希「とても綺麗ね。触っても良い?」
バレッタ「良いですわよ」
バレッタからの許可を貰い、髪に触れてみる。
とても柔らかい髪質で、繊細だ。
なのに、この塔の梯子の役割をしているのだから、よく傷まないものだと関心してしまう。
バレッタ「あなたの手、とても気持ちが良いですわ...」
私が髪を丁寧に撫でていると、彼女は目を細め、甘い声を出した。
なんだか、レイルのような反応されてしまい、実は彼女も動物寄りの人間なのではと疑ってしまう。
海希「あなたは、ここで1人で住んでるの?」
バレッタ「えぇ、そうですわ。たまにお客が来るけれど、とても退屈な相手ばかりですの」
少女は口を尖らせる。
なるほど。
では、自主的にここで引きこもっているという事になる。
海希「ヘンゼルとは友達?一緒に遊んだりしないの?」
ヘンゼルもバレッタも子供だ。
子供は子供らしく遊んでいれば良いものを、どうして子供に似つかわしくないもので遊んでいるのだろう。
なにが楽しいのか、私には理解できない。
バレッタ「ヘンゼルとわたくしが?おかしな事を言いますわね、そんな訳がありませんわ」
鼻で冷たく笑う。
確かに、彼女は平気でヘンゼルに銃を向けたのだから、友達ではないだろう。
バレッタ「もしかして、アマキはわたくしとあの男との仲に妬いてますの?」
海希「え?」
いきなり何を言い出すんだ。
私は、子供の仲に口を出すような人間ではない。
意味深にニヤつくバレッタは、私に顔を近付けてくる。
海希「あなた達の仲に口を出すつもりはないけど、ヘンゼルは危険だから、あまりお勧めしないわね」
おまけにグレーテルもだ。
簡単に人に毒を盛る少女。
あの2人は、危険過ぎる。
私が彼女の親なら、あんな子と付き合っちゃ駄目!と口煩く言うだろう。
バレッタ「ふふっ、安心してくれて良いですわ。わたくしは、あんな男は嫌いですのよ」
何を安心すれば良いのか。
さっきから、意味の分からない事を口にする少女だ。
海希「そうなんだ...なら、良いんだけど」
バレッタ「アマキは、恋人はいらっしゃらないの?」
女とは、小さい頃からませている。
きっと、私だってそうだった。
少女とこんな話をするのは変な気分だが、嫌にはならない。
海希「いないわ」
頭に過る猫の青年。
彼は恋人だと言い張るが、私はそうは思わない。
なので、きっぱりと口にする事が出来る。
海希「バレッタは好きな人がいるの?」
バレッタ「えぇ、まぁ...わたくしの一目惚れですの。こんな気持ちになったのは、久々ですわ」
顔を赤くする少女は、目を輝かせながら私を見ている。
とても眩しい。
眩し過ぎる。
そして、何故その眼差しを私に向けてくるのかも分からない。
さっきから分からない事だらけである。
彼女と喋っていても、謎が深まっていく一方だ。
海希「へぇ、両想いだと良いわね」
小さな少女の恋を応援した。
相手はどんな人か分からないが、彼女は可愛らしい女の子だ(銃を扱わなければ完璧なのだが)。
それに、髪の長いお姫様。
いつか、この塔に王子様が迎えに来てくれる筈。
私の妄想は、どんどん膨らんでいくばかりだ。
そんな私に、バレッタはジリジリと詰め寄ってきていた。
女の子らしい大きな瞳に、長い睫毛がかかっている。
バレッタ「あなたは、わたくしの事が好きですの?」
既に、彼女と私との間に距離はない。
ぴっちりと体を密着させられ、相手の体温がこちらまで伝わってきていた。
海希「え?まぁ...好きよ。あなたはとても良い子だし」
好きな主な理由としては、私に銃口を向けようとしないのが大きい。
....本当に良い子なのか?
自分が口にした言葉なのに、ふと疑問を抱く。
バレッタ「わたくしも、アマキの事が大好きですの」
にっこりと笑うバレッタ。
その小さな指が、私の指に絡む。
...さっきから嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
ヒヤリとする背筋。
いや、彼女は子供だ。
と、頭に浮かんだ変な予感を掻き消した。
海希「あ、ありがとう...」
スリスリと擦り寄ってくる。
まるでどこかの猫ように、どんどん彼女は私に詰め寄ってくる。
既に彼女のテリトリーは、私の膝の上まで広がっていた。
海希「ねぇ、近くない?」
顔が近い。
少女は私の視線に合わせる為、膝を立てる。
私の手に絡めた指を、今度は頬に移動してきた。
バレッタ「わたくし、あなたみたいな可愛い子に目がありませんの...あなたと両想いで、本当に嬉しいですわ」
両想い?
その瞬間、私の体が大きく傾く。
目の前に見えるのは、ピンク色の天井。
それを遮るかのように、少女の愛らしい顔が私を見下ろしていた。
頬を赤らめ、うっとりとした眼差し。
柔らかいベッドの上に、私はいつの間にか仰向けになっていた。
海希「ば、ばばばバレッタ!!?」
這い寄ってくる彼女の小さな手が、私に着せられていたドレスのボタンに掛かる。
何がどうなっているか分からない。
いや、分かりたくないだけかもしれない。
バレッタ「ふふっ。そんなに照れなくても、丁寧にしてあげますわ」
丁寧にしてあげるって何が!?
どうやら、バレッタは私が思っている以上ににませ過ぎていた。
と言うか、とても複雑な趣味をお持ちらしい。
海希「バレッタ!私はあなたが好きだけど、そう言う意味ではないのよ!?」
バレッタ「大丈夫ですわ、最初は慣れないでしょうけど、すぐに気持ち良くなりますわよ」
海希「なんの話をしているの!?」
何に慣れれば良いのだ。
とても複雑過ぎる状況に、私の顔は熱くなるどころか青ざめていく。
こんな可愛い少女に、百合のような趣味を持たせてはならない。
海希「だいたい、私なんかよりも可愛い子はいるわよ!?」
バレッタ「あなたって、とても謙虚ですのね。ふふっ、そんなに心配なさらなくても、わたくし目移りなんてしませんわよ?」
そう言う心配はしていない!
お前の将来を心配しているんだ!
私を可愛いだなんて、彼女の目はとんだ節穴だと言える。
私なんかよりも、ドロシーやエリーゼの方が何十倍も可愛いじゃないか!(友達を売ってしまうので口には出さない)
バレッタ「アマキは可愛い...可愛すぎて、コレクションにしたいですわね」
小さな手が、私の肌に触れる。
私の背筋がゾクリとした。
海希「やめなさいってば!バレッタ、いい加減に...」
ドォォォォンっ!!!
私の声が、綺麗に掻き消される。
窓から入る爆音に、私の体は飛び上がった。
今の音はっ!!?
私がベッドの上で硬直していると、バレッタは素早く飛び降りる。
壁に立て掛けてあった銃を手にすると、窓の縁に銃を置き、スコープを覗いた。
バレッタ「ちっ!良いところを邪魔されましたわ」
私にとっては危機一髪だった。
何が起きているの分からないが、少なくともこの少女の魔の手から逃げる事が出来た。
ドォォォォンっ!!!
また爆音が聞こえる。
立て続けに何度も。
それも、とても近い場所だ。
地響きで建物がガタガタと揺れ、近くにあった棚から、いくつもの縫いぐるみ達が床に落ちる。
海希「な、何が起きてるの!?」
スコープを必死に覗いているバレッタに、私は恐る恐る訊いてみた。
バレッタ「お客がいらっしゃったようですわ。わたくしの仕掛けたトラップに、はまり込んでいやがりますのよ」
海希「トラップ?」
バレッタ「えぇ、この辺りにトラップを仕掛けてありますの。ここに近付けるのは、わたくしが許した者のみ」
そう言って、バレッタはいきなり引き金を引いた。
銃声が響き、私の耳がキーンっと鳴る。
硝煙の酷い臭いに、私はむせかえっていた。
バレッタ「甘いですわね。わたくしから逃げられると思わないです事よ」
ブツブツと言いながら、彼女は引き金を引き続ける。
連続で発射される銃弾。
彼女の背中は、まるで本物の殺し屋のように見えた。
海希「あの、バレッタ...?」
バレッタ「!」
バレッタは銃を手放した。
代わりに手にとったのは、大きめのフライパン。
窓から投げ込まれた何かを、そのフランパンで打ち返す。
ドォォォォンっ!!!
爆発音が半端なく響き渡る。
もはや、外は戦場と化しているに違いない。
相手は誰なのか知らないが、私を巻き込まないで欲しい。
ひたすら何かをフライパンで打ち返す少女。
その度に爆発音が響き渡り、更にはヘンゼルから取り上げた銃を片手に撃っている。
1人でいろいろと忙しそうだが、私には見ている事しかできない。
と言うか、この少女は一体誰と戦っているんだ。
耳を塞ぎながら、慣れた手付きで動き回る彼女を見つめる。
バレッタ「逃がしませんわ!!!」
再びスナイパーライフルを手に取る。
構えた銃に、彼女は躊躇なく引き金を引く。
その光景に、私は唖然とするしかない。
怖過ぎる。
いろんな意味で、彼女は怖い。
バレッタは塔に住む長い髪のお姫様の筈。
なのに、この状況は一体なんだ。
この子の将来が、とても心配だ。
バレッタ「ふぅ...やっと片付きましたわ」
長い髪をかき上げながら、バレッタは窓の外を睨んでいた。
その目は、やはり殺し屋の目をしている(殺し屋の目を見た事はないが)。
バレッタ「またトラップを仕掛け直さないといけませんわね」
そう言って、銃を床に置いた。
外はどんな状況なのだろう。
気になるが、怖くて見られない。
いや、見てはいけないのだ。
そんな事より、塔の周りにトラップを仕掛けるなんて...
これでは、いつか彼女を迎えに来てくれる王子様が、木っ端微塵になってしまう。
バレッタ「さぁ、お待たせしましたわ!先程の続きを...」
海希「しないわよ!!」
彼女の言葉を遮り、私は声を張り上げた。
続きとはなんだ。
あんなものの続きなんて、誰も見たいとは思わない。
やはり、あのお菓子の家の常連だけあって、彼女はとても危険な存在だった。
いや、私にとって別の意味でも危険な存在。
早くこの塔から脱出しなければ、レイルも私も助からないだろう。




