落し物には要注意!
海希「疲れた...」
現実世界でも、このおとぎの世界でも、歩く事には慣れていたつもりだった。
けれど、私の足はとても正直だ。
関節が微かに痛み始めている。
歩いても歩いても同じ景色が広がるばかりで、鏡の城なんてものは一向に見えてこない。
その事が余計に、私の気力だけを削り取っていく。
どうしてこの世界は、こんなに緑が多いのだろう。
いや、植物が多い事はとても良い事だ。
動物だって快適に過ごせるだろうし、温暖化だって免れる。
だからと言って、電車や車を走らせてはならないと言う事ではない。
海希「駄目...少し休もう」
額から流れる汗を拭いながら、私は呟いた。
本当に、3日で鏡の城に着く事が出来るのだろうか。
まだそんなに経っていないが、今の私の足の疲労力がそう言っている。
...あの胡散臭いオヤジめ。
まさか、私に嘘を吐いたのではないだろうか。
一度道を外れ、木々の中へと入っていく。
影に入ると、風が涼しく感じる事が出来た。
少し奥へ入った先に、池を見つけた。
私はそこへ歩み寄り、水面に自分の顔を映す。
これはとてもラッキーだ。
そこに手を入れ、水をすくう。
ひんやりとした水の冷たさが、熱を持った私の体を冷やしてくれた。
とても気持良い。
なんなら、このまま飛び込みたいと思ったが、ここは外だ。
残念ながら、私はそんなに野性的ではない。
せめてと思い、ハンカチを取り出して水の中に沈めた。
水を染み込ませ、それを両手で絞った後、体を丁寧に拭いていく。
静かな空間。
銃声や爆音、叫び声も聞こえない。
ただ、鳥の可愛いさえずりが音楽のように聴こえてくるだけ。
とても平和だ。
私が求める安らかな時間。
私が想像していたおとぎの国。
どこかのお姫様が、小動物とお話をしに登場してきても、おかしくない状況だ。
海希「わっ!!!?」
癒されていた私は、思わず声を上げた。
足元で飛び跳ねた大きなカエルに驚き、思わず尻餅を着く。
とても油断していた。
私は爬虫類や昆虫が苦手なのだ。
海希「あっ!」
大きなカエルに気を取られていて、それを手離してしまった事に気付いていなかった。
私が気付いた時には、それは水面を漂い、水を多く含ませ水中へと沈んでいくさまだった。
私のお気に入りのハンカチが...
ここで買ったものではなく、現実世界から共にしてきたハンカチ。
母親に買って貰った、大事なハンカチでもあったのに...
姿を消したハンカチに、私は大きく溜息を吐いた。
ついてない。
たかがハンカチだが、されどハンカチだ。
諦めるしかない私は、もう一度大きく溜息を吐いた。
海希「....?」
池の真ん中辺りから、ブクブクと音が聞こえ始めた。
しばらくすると、慌ただしく泡が立ち始め、湯を沸かしたようにゴボゴボと激しい音に変える。
その異様な光景に、私は思わず後退った。
一体なんだ。
ドキマギしながら様子を見ていると、そこから飛び出してきた人物がいた。
跳ね上がる水飛沫。
その雫が、シャワーのように降り注ぐ。
??「.....」
優しい笑みを浮かべた女性。
白いワンピースのような物を着込み、長い髪には艶がある。
水の中から出て来た筈なのに、何故か服や髪は濡れていない。
その身なりと雰囲気からか、私の目には彼女から後光が差しているのが見える。
私は、ゴクリと息をのんだ。
女性「あなたが落としたのは、この金の斧ですか?」
そう言いながら、女性がどこからともなく取り出したのは、金色に輝く斧。
それを見た瞬間、私の体は硬直した。
これは...
こんな場所で会えるとは。
という事は、彼女はこの池の女神様なのか。
と、勝手に解釈させて貰う。
が、話通り過ぎて私は焦っていた。
海希「....ち、違うわ」
明らかに違う。
全てにおいて違う。
金の斧なんて、落としていない。
女神「では、あなたが落としたのはこの銀の斧ですか?」
取り出したのは、今度は銀色に輝く斧。
眩暈がした。
さっきの言い方では、どうやら足りなかったようだ。
海希「いえ、違う。って言うか、全然違うわ」
そもそも、斧なんて物は落としていない。
私が返して欲しいのは、ハンカチだ。
何の変哲もない可愛らしいハンカチ。
それはどこへ行ったのだ。
女神「あなたは正直な方ですね。ならば、この2つの斧をあなたに差し上げ...」
海希「いらない!!!」
女神様に対して、とても失礼だったかもしれない。
だが、即答させて貰う。
確かに正直に答えた。
何故なら、斧なんて落としていないからだ。
そんな物は必要ない。
なんなら、荷物になるだけだ。
そんな重荷なるような物は欲していない。
海希「あの、私が落としたのはハンカチなんですけど」
話に忠実過ぎて、とても困った女神様だ。
これでは、何を落としても斧が出てくる。
なんでもかんでも、すべて斧で解決すると思わないで欲しい。
女神「あら、間違えたわ」
彼女は、ついうっかり、と舌を出して笑っていた。
所謂、テヘペロと言うやつだ。
女神「ごめんなさい、これは前にやって来た男性の物だったわ。あなたが落としたのはこっちね」
そう言って、仕切り直す。
けれど、彼女の取り出し物に私の顔は青ざめた。
女神「あなたが落としたのは、この金のアサルトライフルですか?」
思ってもみなかった物が飛び出してきた。
一度だってそんな物は手にした事がない。
その細長い黒い銃は、いつだって私を恐怖に陥れる代物だ。
海希「だから違うってば!」
人の話を聞いていたのだろうか。
いや、確実に聞いていない。
聞いていたら、こんな恐ろしい物は出てこない。
どうやったら、私の可愛いハンカチがこんな恐ろしい兵器に変わるんだ。
女神「では、あなたが落としたのはこの銀の...」
海希「違う!金でも銀でもないし、まずそんな恐ろしい物を落としていないわ!絶対にいらないからね!」
既に彼女のパターンは読めていたので、まとめて言ってやった。
そんな物を落としてしまう人物がいるとした、狂乱ドロシーか凶悪双子のいずれかだ。
女神「あら、また間違えたわ」
二度目のテヘペロを見せ付けられる。
もはや、この顔がしたいだけではないかとさえ疑ってしまう。
女神「あなたが落としたのは、ハンカチだったわね」
今更何を言っているんだ。
私は少し前に、そう言ったではないか。
と、心の中で舌打ちをした。
とても厄介な女神様だ。
落とし物をする時は、これからは細心の注意を払わなければならない。
今日の出来事は、私にそれを学ばせてくれたのであった。




