猫との出逢いは突然に
部屋の掃除が終わると、私は日向先輩に別れを告げ、帰宅しようとしていた。
家に帰ってから、やらなければならない事を頭の中で整理する。
日向先輩と料理の話をしたせいか、なんとなく自炊してみる気になったので、とりあえずスーパーに寄らなければと考える。
そこで食材を選びながら夕食のメニューを考えれば良い。
中庭に出て、焼却炉がある場所の前を通りがかる。
先ほど日向先輩とやって来た場所だ。
また、聞こえる音。
とても微かな小さい音を、私の耳が捉えた。
足を止め、また耳を澄ます。
普段なら気にも留めなかっただろうその音は、どうやら何かの鳴き声のようだった。
....猫?
聞き耳を立てるが、そのか細い声は聞こえなくなってしまった。
けれど、私の足は自然に動いた。
惹きつけられるように、とぼとぼと歩き出す。
声はもうしないのに、なんとなく声がした付近に歩み寄る。
茂みの中に入り込む。
あまり人の気配が無い場所。
薄暗く、少しジメジメしている。
視線を地面に這わせるようにして見てみる。
その声の主を辿るように、自然に視線はある一点に向かっていた。
海希「あっ」
小さな花が咲いている。
その場所から少し離れた木々の陰に、その子はいた。
その陰に身を隠すように、小さく丸くなっている猫。
黒色の毛に、部分染めしたように白色の毛が混じっていた。
あまり見た事のない毛色な気がする。
丸い目が私を捉え、ジッと見ていた。
私も、その目をジッと見る。
丸くて大きな黄色の瞳。
よく見れば、左右の瞳の色が違う。
片方は黄色で、もう片方は綺麗な青色だ。
瞳孔は開き、さらに丸い。
その目は、私から一瞬も目を離さない。
少しずつ近付いて行く。
黒と白の毛が、少し逆立っているのが分かった。
私を警戒しているのだろう。
少し立ち上がろうとしたように見えたが、動こうとはしない。
ピクピクと動く、その小さな体。
近くまで来ると、その原因が分かった。
海希「怪我しているの?」
声は掛けたが、返事を期待して言ったのではない。
その場にしゃがみ込み、ジッと猫を見る。
毛の色とこの場所が薄暗いのもあって、よく見ないと分からないが血が出ていた。
フーフーと荒い息遣い。
小さな体が震えている。
海希「大丈夫、怖くないからね」
猫に触ろうと手を伸ばす。
その瞬間、ガリッと手の甲に痛みが走った。
思わず声をあげ、咄嗟に手を引っ込める。
見てみれば、くっきりと引っ掻き傷が残ってしまっていた。
海希「いったぁぁ....」
さすがに凹む。
動物は好きだ。
とくに猫は。
自由気儘で、それでも甘えてくる様子は本当に可愛く思える。
傷を負った猫を助けてあげようとしただけなのにこの始末。
だけど、怒れない。
この猫は怪我をし、さらに私を警戒しているのだ。
私だって、自分より体がデカイ見ず知らずの人間に近付いて来られたら警戒はする。
この子を怯えさせてしまった。
海希「大丈夫よ、大丈夫だから」
警戒心を取り除くにはどうすればいいのか。
考えてはみたが思いつかなかったので、とりあえず微笑んでみる(効果はないだろうが)。
目を細め、指先をゆっくりと猫の鼻の近くへ持っていく。
噛まれるかもと思ったが、相手は鈍い動きで私の匂いを嗅いでいた。
どうやら、私の事を判断しているようだ。
相手は、だるそうに頭を地面に寝かせる。
そして、動かなくなってしまった。
もしかして死んでしまったのかと、一瞬焦った。
海希「と、とりあえず、怪我をなんとかしないと...」
こういうのは、動物病院に連れて行った方が良いのだろうか。
動物病院と言えば、頼れるのは一人しかいない。
ある人物に連絡を取る為、携帯を取り出す。
ありがたい事に、相手はすぐに電話に出てくれた。
海希「あ、もしもし、私だけど...」