嘘吐きには嘘を盛れ
目の前の景色は、外だった。
体のサイズが、みるみるうちに戻っていく。
雨が降っている事に気付いたのは、空から転げ落ちるように、地面に落ちた時だった。
ポツポツと私の体に降り注ぐ雨。
私が落ちてきたのは、いつも夢の中で眠っていた草原だった。
初めてレイルに出会った場所。
草花がクッションになり、体にさほど痛みを感じなかった。
海希「レイル?!」
すぐさま起き上がり、苦しむように悶える彼に駆け寄った。
海希「レイル!レイル、しっかりして!」
レイルの頬から、じわじわと侵食するように黒い文字が浮かび上がっている。
雨のせいではない。
これは、呪いだ。
ドロシー「アマキ!ピーターが!」
ドロシーの声と、雨の音が混ざる。
頭が混乱し、そして酷く痛む。
もう何がなんだか分からない。
レイルの呼吸が荒い。
更にピーターに目を向けると、私は叫び声を上げた。
体の皮膚は、まるで乾燥したように深くて長い皺を刻んでいく。
柔らかい栗色の髪も、所々に白髪がまじっていた。
か細い体に、木の枝のような指。
まるで別人だ。
ピーターには見えない。
ドロシー「と、とにかくここから離れましょう....」
男2人を、それぞれが運ぶ。
ピーターを背負ったドロシーについて行きながら、私はレイルの顔色を見ていた。
草原の隅にある岩場まで来る。
そこに、ひっそりと洞窟が存在していたのだ。
中に入れば、そんなに深くない穴だった。
しかし、雨宿りくらいは出来る。
私とドロシーは、2人をその場にゆっくり寝かせた。
ドロシー「どうしよう....こんな...こんな事って...」
今にも泣き出しそうなドロシー。
こちらにやってくる間に、狂乱ドロシーから元に戻ったのだろう。
海希「落ち着いてドロシー。私達が落ち着かないと、どうしようもない」
強がっているだけだ。
私だって不安だった。
いつもレイルやピーターに頼っていた事が、仇となってしまった。
海希「とりあえず...彼はピーターなの?」
見た目からして別人だ。
どう見ても老人。
とてもピーターに見えない。
ドロシー「ここは、唯一マナが届かない場所なの。全員、ここに来れば能力は使えない」
哀れみの目でピーターを見ているドロシー。
そして、こう続けた。
ドロシー「ピーターは能力を使って、自分を保っていたから...ここじゃぁ、干からびちゃうのよ。あんまり見ないであげて...」
そう言われ、私はピーターから目を逸らす。
一体、ピーターの年齢はいくつなんだ。
かなりサバをよんでいる。
けれど、力を無くしたピーターにそんな事が答えられる訳がない。
海希「...そのままでも平気なの?」
ドロシー「分からない...でも駄目な気もする」
ちらりとレイルを見る。
呼吸が荒く、苦しそうだ。
たまに苦痛の声を上げている。
海希「とりあえず、帰りましょう。少し距離はあるけど、このままここに居てもまずいでしょ?」
女2人で、どこまで行けるかは分からない。
けれど、行くしかなかった。
せめて、マナの届く場所までだ。
ドロシー「分かったわ。ゲートの近くに、私の家があるの。そこまでなら、なんとかなりそうだわ」
私は頷き、レイルを肩で抱える。
半分引きずるような形だったが、やむ得ない事だった。
ここは一度、歩いた事がある場所。
雨に打たれながら、あの日の事を思い出す。
とても遠い昔のようだった。
コロだと言い張るレイルと出会い、この世界にやって来た。
あの時は、まさかこんな事になるなんて思いもしなかった。
とても悲しい。
胸が痛い。
私の肩で、ダラリと首を垂らしているレイルが信じられなかった。
しばらく歩き続ける。
黙々と、ただひたすら歩く事しかできなかった。
それでも、歩いて歩いて歩いて。
たどり着いたのは、いつか見た場所。
そこに、あの人形の少年がいた。
ピノキオ「う〜ん....?君はドロシーじゃないかい?」
カチャカチャと動く奇妙な人形は、まるで玩具だ。
いや、玩具なのだ。
ドロシー「...こんにちは」
ピノキオ「相変わらず可愛いね!とっても可愛いよ、うん!」
鼻が伸びていないので、嘘は言っていないようだ。
苦笑を浮かべつつ、ドロシーは挨拶を交わす。
ピノキオ「それと...あれ、君は誰だ?」
私の顔をよく見ようと、彼は身を乗り出す。
目をギョロギョロとさせ、喰い入るように観察している。
とても嫌な気分になった。
ピノキオ「何処かで会ったような気がするんだけど...まぁ、良いや!で、なに?こっちに入りたいの?」
カチャカチャと体から音を出している。
彼は私を忘れているようだが、私は覚えている。
そのお喋りっぷりは、相変わらずのようだ。
ドロシー「入れてくれないかしら?こんなに雨も降っているし、大変なの」
困った表情でピノキオに訴えかける。
だけど、ピノキオは聞いていない。
ピノキオ「んんっ?!よく見れば、そいつはレイルじゃないか!!!駄目駄目!そいつは指名手配犯だよ!入れる訳にはいかない!」
はっきりと言われてしまった。
しかし、ここで引き下がる訳にはいかない。
海希「ちょっと、入れてよ!少しくらい良いでしょ!」
強めに言ってやる。
しかし、ピノキオはやはり気にしない。
ピノキオ「なんだよ、君は?初対面の相手に失礼じゃないかい?」
初対面ではない。
むしろ、私を忘れているお前の方が失礼だ。
海希「入れてくれないと、ドロシーがキレるわよ!」
こいつはドロシーの事を知っている。
ならば、狂乱ドロシーの事も知っている筈だ。
試しに脅してみる。
ピノキオ「なーに言ってるの?ドロシーを怖がらせなければ平気さ!それに、あんな醜い凶器は出てこない!」
弱点も分かっているようだ。
とても厄介な人形だった。
ピノキオ「それに、見た事もない君もアウトだね!そうだ、ドロシーだけなら良いけど...そのおじいさんは誰?」
こいつは、どうしても入れてくれないつもりらしい。
最初にここにやって来た日、レイルが銃で脅していたのがよく分かる。
あの時は、とても野蛮だと思っていた。
そこで私はハッとなった。
ここはマナの届かない場所。
どうしてあの時、レイルは能力を使おうとしたのか。
あれが脅しだけの為なら、ピノキオだって従わないはず。
けれど、彼は従った。
なぜなら、レイルがここでも能力を使えると分かっていたからだ。
海希「黄金の林檎....」
私はポツリと呟いた。
すると、ピノキオの視線がこちらに向けられた。
ピノキオ「え?なに?」
海希「私も林檎を食べたの」
持っていたレイルの銃を、まっすぐにピノキオに向ける。
すると、ドロシーが悲鳴を上げた。
ピノキオ「君は何を言っているんだ?本気なのかい?」
さっきよりも、慌ただしく動くピノキオ。
私は止めなかった。
海希「入れてくれないなら、あんたを撃つわ!」
カチャリと握る。
銃など撃った事はない。
もちろん、現実世界にあった偽物の拳銃だって握った事はない。
これが発砲するものが、銃弾ではなくても怖い。
私の手は震えていた。
キノピオ「たとえ林檎を食べたとしても、人の能力は使えない!」
海希「あら、そうでもないわ」
あえて余裕振ってみせる。
海希「私の能力は、人の能力を少しだけ借りる事が出来る。少しだけだから、あまり使えないけど、あなたをここから消す事は出来るわ」
ピノキオ「そんな馬鹿な能力は聞いた事がないぞ!ハッタリはよせ!」
海希「そう。じゃぁ、証拠を見せてあげる」
私は拳銃をしまい、ポケットに手を入れた後、ドロシーの持っているバスケットに手を入れた。
そして、もう一度手を出してみる。
作っていた拳を広げ、握っていたマッチを見せた。
まるで、四次元バスケットから取り出したようにだ。
ピノキオ「そんな馬鹿な!ここはマナの届かない唯一の場所!有り得ない...それに、彼女の能力を...!!!?」
慌てるピノキオを尻目に、私はマッチをポケットにしまう。
代わりに、再び拳銃を取り出した。
海希「もう一度言うわ。私達を入れなさい」
迷いなく、銃口を向ける。
ピリピリとした空気が漂っていた。
私の額からは、雨の雫が滴り落ちる。
このままだと、レイルとピーターの体が心配だ。
早く、ゆっくりと寝かせてあげたい。
ピノキオ「分かったよ!君、なんだかレイルにそっくりだな!」
舌打ちをするピノキオは、ゲートを開けた。
私は一息吐き、ゆっくりとそこを通る。
キノピオ「君の顔は、絶対に忘れないからね!」
すでに彼は、私の顔を一度忘れている。
私はズルズルとレイルを引きずりながら、振り向かずに歩いた。
ドロシー「アマキ、今のって...」
海希「手品みたいなものよ」
私は、思わず苦笑いした。
ここで能力を使えないドロシーやピーターとレイルの違い。
本当に永遠の知を手に入れたのなら、有り得ない事もない。
海希「....ピノキオみたいに、鼻が伸びなくて良かった」
嘘で鼻が伸びていたら、ここを越えられなかった。
彼の弱点には、とても同情する。
海希「ねぇ、ピノキオの能力ってなに?」
ドロシー「彼の能力は....人間になれる事よ。ただ、それだけ」
羨ましいとは思わないが、彼からしてみれば、それは夢のような能力だろう。
彼の能力が、嘘を見破る能力だとか、能力を無効化する能力じゃなくて、本当に良かったと改めて思った。




