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OTOGI WORLD   作者: SMB
* fall in otogi world *
35/92

追い掛けてくる白ウサギ


冷たいコンクリートの地面。


唯一の小さな窓には、鉄格子がはめられていた。

そこから差し込んでくる明かりだけが、この薄暗い空間を照らしてくれている。


海希「寒い....」


ひんやりとする。

ジメジメとして、とても嫌な気持ちになった。


レイル「大丈夫か?」


心配そうに、私を見つめるレイル。


その言葉は、とても優しい。

私の心配をしている場合ではないのに。


海希「....焦ってないの?」


私が訊くと、レイルはキョトンとした表情を浮かべていた。


レイル「俺が怖いのはアマキが傷つく事だけだ。まぁ、俺の拳銃も気になるところだけど」


何よりも私が優先。

その気持ちが、とても痛い。


海希「自分の心配をしたらどうなの」


それでも冷たく言ってしまうのは私の悪い癖だ。

本当は感謝している。

それに、レイルの事が心配なのだ。


レイル「俺は良いんだ。どうせ、いつかは裁かれないと、って思ってたから」


海希「え?」


そんな風に見えなかった。

それよりも、裁かれるとは何に対してなのか。


海希「あんなに逃げ回ってたのに?」


レイル「あんたの事幸せにしたくて、罪を償う為にここに帰って来たんだ。でも、アマキとここで過ごす内に、なんだか楽しくなっちゃって。罪を償うことが怖くなってたんだ」


海希「でも、レイルは誰も殺してないんでしょ?」


私は見た。


あの暗い部屋で、レオナードさんと思われる男性が首を吊っていたのを。

視界は悪かったが、なんとなく分かる。


レイル「それはね。でも、林檎は食べた」


ハッとしてしまう。


金色に輝く林檎。

それを口にすれば永遠の知を手に入れる事が出来る。


そんな事は、くだらなさ過ぎる話だと思い、忘れていた。

今思い出してもくだらない。

くだらない話であって欲しい。


海希「なんで....そんなの、くだらないわよ」


一緒に謝ってあげるからと、私は口にした。

けれどレイルは、彼らしくもない苦笑を浮かべ、首を横に振った。


レイル「駄目なんだ。これは俺の問題で...それに....」


それに...

レイルはそう言うと、深く考え込んでいた。

記憶を思い返し、何かを探し出すような感じ。


レイル「...食れば...分かる気がしたから」


海希「何をよ?」


レイル「食べれば答えが見えそうな気がして....あぁ、もう!とにかく、謝って済む話じゃない」


まだ納得がいかない。


たとえこの世界で禁忌だったとしても、たかが林檎を食べた。

それだけの事だ。

どうして、それだけの事でレイルが...

コロが死刑になるのだろう。


兵士「おい、女!立て!」


檻の扉が開けられる。

そこから入ってきた兵士達に、乱暴に腕を掴まれ立たされる。


海希「痛っ!」


私のその一言で、レイルの表情が変わった。


レイル「お前ら!その子は関係ないだろ!」


檻から出され、何処かへ連れて行かれる。


後ろを振り向き、鉄格子の向こうからこちらを覗く彼の姿に、私は涙が出そうになった。


私のせいだ。

私のせいで、レイルが捕まってしまった。

私のせいでコロは....


だいぶ歩かされた。

通って来た道は、地下。


エレベーターに乗り込まされ、二階のボタンを押される。

扉が開くとさっきまでとは違い、真っ赤な空間の廊下が続いていた。


絵画や銅像が飾ってある。

赤いハートマークが、あちこちにあるのが目に入った。


しばらくその廊下を進むと、とある一室に連れてこられた。


1人の兵士が、そのドアをノックする。


??「はーい、どうぞ」


兵士「失礼します」


扉を開けると、そこは執務室。


立派なソファやテーブルが並び、優雅な紅茶の香りまで漂っていた。

そこに座る、ウサギ耳の男。

彼の顔は、死んでも忘れられない顔だ。


兵士「女を連れて来ました!」


セリウス「ご苦労様です。じゃぁ、もう良いですよ。あとは裁判で....」


兵士達がビシッと頭を下げ、部屋から出て行く。


セリウスは、持っていたティーカップを置き、立ち上がった。


セリウス「お久しぶりですね。貴女に会いたかったんですよ」


海希「私は会いたくなかったわ」


これはあえて冷たく言ったのではなく、本音だ。

だが、彼は全く気にしていない様子だった。


セリウス「そんな冷たい事を仰らずに。まぁ、座って下さい」


セリウスが私にそう促した。

けれど、私は両手を縛られたままだ。


海希「だったら、これ解いてよ」


と、セリウスを睨む。

両手の動きを封じているこのロープ。

これ見よがしに、縛られた手首を前に出す。


セリウス「えー?両手が不自由でも、座る事は出来ますよ?それに、それを解いてあげたら私が襲われそうですしね」


海希「そんな事する訳ないでしょ」


襲うだなんて、そんな事はしない。

隙を見て逃げる気はある。


彼の能力は時間を止める事。

私にはなんの効果もない事は分かっている。


セリウス「言い方を変えましょう。貴女が縛られたままで居てくれた方が、いろいろと良くしてあげられます。いろいろと...ね」


ゾゾっと悪寒がした。


嫌な事を思い出す。

その笑みが怖過ぎる。


セリウス「まぁ、とりあえず座って下さいよ!貴女が来ると思って早めに出勤したんですからね!少し迷いましたが、間に合って良かったです」


この方向音痴め。

それなら、ずっと迷っていれば良かったものを。

と、心の中で毒吐いた。


けれど、このまま言い合っている気にもならなかったので、相手の言う事に渋々従った。


目立つ赤色のソファー。

とても目がチカチカする。


セリウス「いやー、まさか貴女をここにお迎えできる日が来るなんて夢のようです!さぁ、紅茶でもどうぞ」


前に出されたティーカップ。

可愛らしいハート柄のソーサーの上に乗っている。


私は、隣に座るセリウスに目を向けた。


海希「縛られてるんだけど」


お茶も飲めやしない。

それはさっき話したつもりだ。


セリウス「おっと、失敬。うっかりしていました」


絶対にわざとだ。

そうとしか思えないうっかりさ。


セリウス「じゃぁ、私が口移しで飲ませてあげましょう。私の中で冷まして、飲みやすいようにしてあげますからね」


海希「やめて!いらない!」


なんて男なんだ。


到底ウサギとは思えない発言だ。

ウサギは可愛くなくてはならない。

これは、可愛い発言ではない。


セリウス「ふふっ。冗談ですよ、冗談。貴女って本当に可愛い反応を見せてくれますよね」


そんな事を言いながら、彼の手は私の膝の上に乗せらている。


海希「あなたが言う事は、冗談に聞こえないのよ!」


本当に焦る。

なにせ、既に前科がある男だ。

私の中で、要注意人物になっているのだから。


セリウス「貴女は面白いですね...そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。危害を加えるつもりはありませんからね。少し、お喋りしたかっただけです。私、珍しいものって大好きなんですよね」


海希「仕事しなさいよ、仕事」


山積みになっている書類。

明らかに、何かを溜め込んでいる。


セリウス「それはそれ、これはこれですよ。メリハリはきっちりつけないと」


どこでメリハリをつけているんだ。

こいつは仕事をサボりたいがだけではないか。


セリウス「仕事が溜まっているのは事実ですが、ほとんどが軽いものです。放って置いても構わないくらいに。あとは未解決のものですから、私が動いたところでどうにかなるものではないんですよ」


優雅に紅茶に口を付けている。

見た目だけだと、やはりサボっているようにしか見えない。


セリウス「とくにこの魔女狩り事件は全く手掛かりがなくて、困ってるんです。もう、誰かに罪を擦りつけて早く片付けたいぐらいですよ」


それは確実に冤罪だ。

そんな事を軽く口にしてしまう辺り、彼はいい人間ではない。


海希「最低ね。そうやってレイルも裁くつもり?」


セリウス「チェシャ猫はしっかりと罪を犯していますよ。私が本当にそんな事をするように見えます?」


見える。

とても胡散臭い。

こいつならいつかしそうだ。

いや、もうしているかもしれない。


セリウス「彼の罪に貴女は何の関係もない人ですから釈放です。良かったですね、もう自由ですよ!」


どこが自由なのか。

私の両手は、未だに自由を奪われている。


海希「だったら解放してよ。私に用は無いんでしょ?」


セリウス「えぇ、ありません。でも、気になるでしょ?」


海希「何が?」


クイッと顎を持ち上げられる。

片眼鏡の丸いレンズ越しにある赤い瞳に、私が映っているのが見えるくらいに近い。


こいつ自身だと言ったら、蹴りをお見舞いしてやる。

私は密かに構えていた。


セリウス「もうすぐ、チェシャ猫の裁判が始まります。貴女を特等席にお連れしようと思いましてね」


優しいでしょ?と、自惚れた一言がとてもウザい。


けれど、レイルの裁判は気になる。

いや、気になるどころではない。


海希「裁判って...禁忌を犯したら死刑なんでしょ?」


裁判をする意味はあるのだろうか。

そこが疑問だ。


セリウス「えぇ、形だけですよ。一応、そう言う事はしているんです」


顎から手が離され、懐から取り出された懐中時計を見たあと、彼はスクッと立ち上がった。


そして、私の肩を優しく支え立ち上がらせると、にっこりと笑う。


セリウス「もう少し話していたいところなのですが、そろそろ行きましょうか。私が案内しますよ」


言葉と口調はとても優しい。

けれど、腹では何を考えているのか分からない。


それでも、私はレイルに会いたくて、方向音痴である彼の後ろをついて行った。





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