世界樹と林檎
女性「お待たせしました〜。アイスのミルクティーと、アップルティーになります」
店員から、飲み物を受け取る。
私はミルクティーを。
ドロシーはアップルティーをだ。
ドロシー「....でね、パパがあたしに言ったの。最近、お前の売り上げが良いから、今度遊びに連れてってやるって」
とても嬉しそうに話すドロシー。
私達は、城下町にあるカフェにいる。
カフェテラスの席に座っている私達。
道行く人々を眺めながら、暖かい午後を過ごしているのだ。
海希「ドロシーは、お父さんの事が大好きなのね」
ドロシー「えぇ。厳しい時もあるけど、父親としては尊敬しているわ」
ドロシーには悪いが、私は別の事を考えていた。
彼女が口にする、そのアップルティー。
その一点だけを見つめている。
海希「....やっぱり不思議ね」
つい、本音が出てしまう。
それを普通に飲んでいるドロシーに対してではない。
ドロシー「どうしたの?」
ドロシーは私の目線に気付き、ピクリと体を震わせた。
なぜなら、私が凝視しているからだ。
海希「不思議なのよ」
不思議でしょうがない。
この世界の七不思議の一つに入ってもいいぐらい不思議だ。
海希「林檎は食べちゃ駄目なのよね?なんで、アップルティーは良いの?」
アップルパイや林檎のコンポート。
周りを見ても、明らかに林檎を使った食べ物を食べているお客さんだっている。
海希「成分?成分量の問題なの?」
ドロシー「アマキ、落ち着いて」
しつこく訊いてしまった事が彼女を怖がらせたのか、ドロシーは震えている。
海希「あ....別に怖がせていないから!ごめんね!」
彼女は、恐怖を限界まで感じると狂乱してしまう。
そうなってしまうと、ここは戦場にされてしまうだろう。
私のせいで、こののどかな午後を地獄絵図にしたくない。
海希「少し気になって。林檎を食べると死刑なんでしょ?なのに、みんな林檎を食べてる」
ドロシー「なんだ、そんな事を気にしていたの?」
彼女がクスクスと笑っている。
ドロシー「林檎は林檎でも、これは良いのよ。だってこの林檎は赤いもの」
林檎は赤い。
なら、青い林檎は駄目なのだろうか。
海希「じゃぁ、青林檎は駄目なの?」
ドロシー「そんな事はないわ。それじゃぁ、青林檎が可哀想」
可哀想なのは私だ。
一向に理解出来ない。
この林檎事件も、迷宮入りしてしまう。
ドロシー「この世界にはね、赤や青の他にも林檎があるの。でも、誰も見た事がないの」
海希「見た事がない林檎なのに、食べたら死刑なの?」
更に不思議だ。
とても高級で、手に入りにくい林檎なのだろうか。
ドロシー「そうよ。これは、ここに伝わるお話なんだけどね。遙か遠い昔、ここにたくさんの神様が住んでいたの」
と、彼女は昔話を話し始める。
ドロシー「もちろん、私達みたいな人間も住んでいたわ。彼らは、ユグトラシルを守り、この世界を守る事が役割だったの」
神話。
私の現実世界でも、そんな話はある。
私が相槌を打つと、更にドロシーは話を続けた。
ドロシー「...で、彼らには、もう一つ守るべき物があった。ユグドラシルに実る果実よ」
海希「果実?」
ドロシー「そう。その果実を口にすると、永遠の知を得ると言われていた。永遠の知は、永遠の力。その魅力に惹かれ、誰もが求めたそうよ」
ゴクリと息をのむ。
いつの間にか、ドロシーの話に聞き入っていた。
ドロシー「どんな力が手に入るのかは分からないけれど、とても良い物だったのね。その果実を巡って、皆が争った。我先に手に入れようとしたの。それが、神様の逆鱗に触れてしまった」
海希「それで...それでどうなったの?」
ドロシー「愚かな争いをした人々に、彼らは天罰を下した。それがラグナロク」
ラグナロク?
なんだか聞いた事のある言葉。
きっとまた、ゲームや映画の影響だ。
ドロシー「この世界を0に戻したの。一度無に戻し、新たな世界を誕生させた。それが、今、私達が住む世界よ」
なんて神秘的なんだ。
メルヘンの中に、そんな神秘なものが隠されていたなんて。
私の夢にしては、出来過ぎている。
ドロシー「再生された時に、神様は二度と争いが起きないよう、果実を実らないようにしたの。そして、その果実を口にする事を禁忌にした」
海希「もう実らないのに、禁忌にしたの?」
ドロシー「そうよ。この話は、ここじゃぁ、有名なの。本当の話かは定かじゃないけど」
しかし、現に法律に組み込まれている。
その果実を食べれば、首をはねられてしまう。
海希「それが林檎なのね。もう実らないのに、どうやってそれを食べるのよ」
矛盾している。
もう手に入らない林檎なのだ。
そこまで、重要視される意味もない。
ドロシー「噂ではね、その果実はまだ存在しているって言われてるの。現に、レイルはそれを口にした」
....そうだった。
レイルは、それで指名手配犯になっている。
一体、どこでそんな物を手に入れたのだろう。
海希「本物だったの?だいたい、誰かレイルが食べた所を見たの?」
ドロシー「お城の人がね。果実を持ったレイルを見つけたの。それで追いかけた....そして、逃げる寸前に口にしたのよ。金色に光る、その果実を」
半信半疑だ。
普通の林檎に絵の具を塗った物かもしれない。
レイルの事だ、十分に有り得る。
と、そこまでレイルを庇ってしまうのは、私もまだまだ良い飼い主だという事だ。
海希「....あなたは、レイルの事を信用していないの?」
恐る恐る訊いてみた。
彼女を疑っている訳ではないが、あのお菓子屋の双子事件の事もある。
いつ売られるか分からない。
ドロシー「禁忌を犯したとしても、レイルは友達よ。それに、戻ってきたレイルに会ってみて、彼は何も変わっていなかったわ。永遠の力なんて、どんな力なのかも分からないし、本当にあるのかどうかも疑わしいわ」
その言葉に安堵した。
ドロシーは、やはりドロシーだ。
優しくて、友達を大事にする子。
レイルに、もっとドロシーに優しく接するように、説教をしようと思う。
金色に光る果実とは、金色の林檎という事になる。
黄金の林檎...確か、あの奇妙な屋敷で見た言葉だ。
ドロシー「あたし的には、あなたの方が不思議よ?」
突然のドロシーの一言に、私は目を丸くした。
海希「え?」
ドロシー「だって、あなたってここの世界の人じゃないもの。何処から来たのかなって」
優しい笑みを浮かべ、紅茶を口にしている。
ドロシー「あなたの世界は、どんな場所だったの?」
初めて訊かれた事だった。
私が住む現実世界。
海希「そうね、私の世界は....」
少なくとも、ここの人達のような不思議な能力は持っていない。
車や電車が走り、人を殺せば捕まってしまう。
さらに言えば、レイルやドロシー、そしてピーターは銃刀法違反だ。
無免許の運転も、問答無用で処罰される。
獣耳を生えやした人もいない(遊園地のようなテーマパークに行けば、似たような人はいる)。
それが、私の現実世界。
もっと違いはある筈だが、全てを説明しようとすれば長くなるだろう。
女2人の楽しいお喋りは、まったりと時間を進めてくれた。
銃やナイフで邪魔されなくて済む、とても優雅なひと時だった。




