爽やか王子は白馬に乗らない
日向「なんか、付き合わせちゃって悪いね」
私とテーブルを挟んで、向こう側で本棚を整理する青年。
モテるだけあって、その後ろ姿でさえ爽やかだ。
海希「いえ、私も暇だったので。言ってくれれば、手伝いますよ」
私は、テーブルの上に積まれた書類に目を通す。
必要の無い物は、持っていたゴミ袋に滑り込ませていく。
その後は、埃まみれだった床を箒で掃いた。
今、私がいるのは大学の教授室だ。
私が、何故こんな埃臭い場所で掃除をしているのかと言うと、少し前に遡る。
授業を終わらせ、早々に帰宅しようとしていたところに、日向先輩とばったり出くわしたのだ。
そんな彼は、両手に大きなゴミ袋を抱えていた。
私が気になって訊いてみると、どうやら仲の良い教授に頼まれて、ここの掃除を手伝っていたらしい。
そんな事情を聞いたら聞いたで放っておく事も出来ず、私は教授を手伝っている日向先輩のお手伝いをしているのだ。
今では、そんな事を聞くんじゃなかったと後悔している最中だ。
ちなみにその教授本人は、たった今放送で呼び出され、ここには不在だ。
海希「今日はバイトもなかったし、家にいても暇だったから」
と、口では良い後輩を無駄にアピールしておく。
それにしても、ここの部屋の散らかり具合は半端ない。
どれくらい放置にしていたらこうなるのだろうと、呆れてしまうくらいだ。
埃臭くて仕方がない。
日向「そう言って貰えれば助かるんだけど。稲川さんは、1人暮らしだっけ?」
海希「はい。私の家も相当酷いですけど、ここはもっと酷い」
私だって掃除はしない方だ。
実際に私が1人で住む家の中は、物で散らかっている。
足の踏み場さえないと言うのは大袈裟だが、清潔感溢れるとも言えないだろう。
実家に暮らしていた時は、母親が掃除をしてくれていたのにな、と今になってありがたみを感じている。
海希「日向先輩は綺麗好きそうですね」
何しろ、見た目からして爽やかだ。
部屋だって、爽やかに違いないと勝手に決め付けている。
観葉植物を部屋の隅におき、なんなら英新聞とコーヒーをセットにしても良いだろう。
日向「俺?俺は、少し散らかっている方が落ち着くタイプだからね」
軽く笑いながら彼に整理された本棚は、とても綺麗に並べられていた。
大きさや出版社順に並べられ、とても見やすい。
日向「こっちは終わったけど、そっちはどう?」
海希「はい、こっちも大丈夫ですよ」
ちりとりに集めた細かいゴミを袋に入れ、その口をギュッと縛った。
その後、日向先輩と2人で外へと出た。
向かうのは焼却炉がある場所。
私は大きなゴミ袋を一つ抱え込み、日向先輩の後に続く。
その間、話題は1人暮らしでの炊事の話になっていた。
海希「料理は嫌いじゃないんですけど...なんだか面倒くさくなって、最近疎かになってるんですよね」
日向「へぇ、じゃぁ稲川さんは、料理が上手なんだ。そう言う女の子って良いよね」
何故か、彼の中で私の株価は上がったみたいだ。
料理は嫌いじゃないが、別に得意な訳でもない。
手軽な物を手軽に作るだけの、ごく凡人の腕前だ。
海希「上手くなんかないっですって。簡単な物くらいですよ?」
日向「じゃぁ、今度稲川さんの手料理をご馳走になりに行くよ」
焼却炉の中にゴミ袋を投げ込む手が、一瞬動きを止めた。
海希「ははっ....また機会があればぜひ」
苦笑を浮かべながら、曖昧な返事をした。
これだからモテる男は困る。
私が日向先輩の事を好きなら、喜んで招待していた。
けれど、あいにく私は彼の事を先輩としか見ていない。
先輩という存在は、大半が気を遣わなければならない存在でしかないのだ。
そんな先輩を家に招待するなど、今の私には100%有り得ないだろう。
それに、先輩との付き合いはこれからもある。
やんわりと断るのさえ気を遣ってしまうのだ。
軽い気持ちで、そんな台詞を吐いて欲しくないものだ。
日向「じゃぁ、約束ね。俺は実家だから、そんなに困る事はないけど、稲川さんは大変そうだ」
私達は、元来た道を戻っていく。
背の高い、優しい笑顔の日向先輩。
まるで王子様のように眩しい。
モテる男は、やはり違う。
そんな事を思いながら、彼の話に相槌を打ちながら歩く。
その時、私の耳に微かな音が入り込んだ。
海希「.....?」
思わず足を止める。
夕方になり、暗くなり始めるこの場所は、いつもより人が少ない。
違和感のした音をもう一度確認しようとしたが、その音は聞こえてはこなかった。
日向「稲川さん?どうしたの?」
はっきりとは言い切れなかったので、あえて日向先輩に教えようとも思わなかった。
私は首を横に振る。
海希「いえ....なんでもないです」