案内人はウサギさん?
ドロシーとお買い物の約束をしていた私。
その為、またメルヘンな世界に溶け込むように、メルヘンな変装をしている。
たまに、1人でどこかへふらりと出掛けるレイルを見計らい、私も出発した。
やはり買い物は、城下町に限る。
いろんなお店があり、一番楽しめるのだ。
お城の方へと歩いて行く。
今日も天気が良い。
歩くのはとても面倒だが、嫌にはならない。
海希「....ん?」
分岐点までやって来る。
その前で、頭を抱えてうろうろしている人物がいる。
??「えーっと...確かこっちだったような...」
ブツブツと何かを呟いている。
その頭には、真っ白なウサギの耳が生えていた。
うわぁ、出た。
と、思わず目を疑ってしまった。
できるだげ、獣耳を生やした人間に関わりたくない。
ウサギ男「いや、でもこっちだった気もしますし....いや、その裏をかいてこっち....の裏をかいて実はこっちだったり...さらにその裏をかいて...」
どれだけ裏があるのだ。
そこまでいくと、どれが表かも分からない。
とりあえず、道に迷っている様子だった。
ウサギ男「...あっ!そこのお嬢さん!」
無視をして横切ろうとした時、後ろから声を掛けられる。
あまり関わりたくなかったが、この際、仕方がない。
ウサギ男「赤の裁判所に行きたいのですが、どこをどう行けば良いですか?」
海希「赤の裁判所?」
レイルに見せて貰った、この世界の風景。
大きな地図を思い出しながら、彼の言っている場所を探す。
海希「それなら、確かあっちの方だったような...」
行った事はない。
しかし、方角は記憶にある。
ウサギ男「こっちですね!助かりました!なにぶん、急いでいるものでして」
丁寧にお礼をされる。
私も悪い気分ではなかったので、軽く頭を下げた。
海希「いえ、気にしないで下さい」
一度は無視をしようとしたくらいだ。
なんだか罪悪に満たされる。
ウサギ男「では、私はこれで失礼しますね」
片眼鏡を掛けた美男だ。
とても大人びている。
ただ、それをウサギ耳が台無しにしているのが残念だ。
海希「ちょっと待って!」
歩き出すウサギ男を、私はすかさず止めた。
彼は、キョトンとした表情を浮かべている。
ウサギ男「はぁ、何か?」
こいつは人の話を聞いていたのか。
進んでいる方向は、私が言った方とは逆の道だ。
海希「こっちって、言いましたよね?」
??「あぁ!すみません、つい!」
つい、とはなんだ。
そんな軽い気持ちで道を見失わないで欲しい。
ウサギ男「では、改めて失礼しますね」
2度目の挨拶をされ、また彼は歩き出す。
しかし、私は声を荒げた。
海希「待ちなさい!」
今度は、道なき道を行こうとしている。
草むらに足を突っ込み、さらに進もうとしているのだ。
ウサギ男「はい?まだ何か?」
....こいつ、わざとなのか?
疑ってしまう。
海希「なんでそっちに行くの?!こっちだってば!」
半分怒り気味に言ってみる。
どうか届け、私の想い。
ウサギ男「またうっかりしていました。どうも私、恥ずかしながら方向音痴みたいで」
本当に恥ずかしい奴だ。
こうもすぐに道を外されてしまうと、教えてあげたこちらとしても、責任を感じてしまう。
ウサギ男「こっちですよね?もう大丈夫です、覚えましたから!」
胸をドンっと張りながらのドヤ顏。
そんな事で自信を持たれても困る。
海希「そう。じゃぁ、気を付けて」
揺れるウサギ耳が可愛い。
彼は、私の示した道へと進んでいく。
しばらく、彼の背中を見ていた。
しばらく。
しばらくだ。
海希「....って、なんでなの!?」
真っ直ぐの一本道なのだ。
なのに、道から逸れて、また道なき道を行こうとしている。
ウサギ男「....まだ問題でも?」
やはりわざとだ。
逆にわざとじゃないと、彼が可哀想だ。
クリクリとした赤い目をパチクリとさせ、不思議そうに私を見ている。
海希「ここを真っ直ぐなの!なんで、逸れるの!?」
私の想いは、どうやら彼に届いていなかった。
とても残念な結果だ。
ウサギ男「うーん....真っ直ぐに進んでいるつもりなのですが....どうしてでしょうね?」
こちらが訊いているのだ。
本人に自覚がないなら、この謎は永遠に迷宮入りだ。
きっと、どんな探偵の孫でもこの謎は解けない。
ウサギ男「やはり今日も遅刻ですか...また怒られてしまいます」
取り出した懐中時計を見ながら、深く深く溜息を吐く。
このウサギさんは、どうやら方向音痴の遅刻魔らしい。
耳をシュンっとヘタらせ、なんだか可哀想だ。
海希「....私が案内しましょうか?」
懐中時計を横から覗き見ると、まだドロシーとの約束の時間まで余裕がある。
私だって行った事のない場所を、行った事のある人物(人なのか?ウサギなのか?)に案内すると言うのは、とても複雑な気分だ。
それに、私の知っている白ウサギは案内人である筈。
これではめちゃくちゃな話になってしまう。
ウサギ男「良いんですか?貴女にも、何か用事があったのでは?」
心配してくれるのはありがたい。
しかし、私も彼が心配だ。
知らない人間について行ってはいけないと親に教えて貰ったが、人なのかウサギなのか、微妙な判断だったので、とりあえず良しとする。
海希「大丈夫、まだ時間はありそうだし....あなたの方が心配よ」
嬉しそうに跳ねるウサギ男。
その笑顔が、美男子によく似合う。
ウサギ男「貴女は優しいですね。感謝します」
2人で歩き出す。
いつもとは違う獣耳を生やした男と歩いているので、なんだかぎこちない。
私は、獣耳を生やした人間と、縁があるのだろうか。
ウサギ男「ところで、貴女は見掛けない人ですね。最近、こちらに引っ越して来た方ですか?」
海希「あぁ....そうね。そんな感じ」
答えに少し迷ったが、大体は合っている。
素直に頷いておく事にした。
海希「あなたは、裁判所で働いているの?」
ウサギ男「えぇ、そうなんです。でも、よく遅刻をしてしまって、怒られちゃうんですがね」
海希「....でしょうね」
仕事場から家まで、どのように帰っているのだろう。
毎回困った展開になるのは目に見えている。
海希「職場に泊まれば?そしたら、そこにいるんだから、迷わずに済む」
ウサギ男「えぇ?嫌ですよ、そんなの。私はプライベートと仕事を分けたい派なんです。メリハリはきっちりつけないと」
なかなか良い提案だと思ったが、本人が嫌なら仕方がない。
なにせ、彼が遅刻したところで、私には何の関係もないのだから。
海希「確かに、メリハリは大事ね。休みの日に、仕事の事なんて考えたくないし」
ウサギ男「そうでしょ?ストレスも溜まるし、疲れなんか取れたもんじゃありませんよ」
爽やかな笑顔。
美形だ。
日向先輩も、なかなかの美系だったが、彼も負けてはいない。
それに、あまり見た事がない片眼鏡が、なんだか知性的な雰囲気を漂わせている。
いや、話し方や裁判所で働いている彼は、確実にインテリ系の男性なのだろう。
ただ、ウサギ耳が気になるだけだ。
ウサギ男「おぉ!貴女の言った通りですね!」
たどり着いた先に、真っ赤な建物があった。
黒い柵に覆われ、あちこちに薔薇が植えられている。
とても目がチカチカする光景だ。
ウサギ男「とても助かりました!いやー、貴女は稀に見るとても良い人ですね!このご恩、一生忘れません」
海希「そこまでの事じゃないから、気にしないで」
命の恩人なら、そこまで感謝されても当然の事だ。
ただの道案内にしては、大袈裟過ぎる言い方だ。
彼が、誰も案内出来ない白ウサギだった事に、軽くショックを受けた。
裁判所で働くウサギなんて、あのウサギしかいない。
ウサギ男「では急いでいるので、これで失礼しますね!」
跳ねるように走っていく。
ここまで来たら、もう迷う事はないだろう。
海希「....まさか、建物の中で迷ったりしないわよね?」
嫌な予感が過ったが、すぐに掻き消す。
私がしてあげられる事はここまでだ。
そこまで心配する必要はない。
私は元来た道を、今度は1人で歩いて帰った。




